2025/04/19 - 2025/04/19
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hijunoさん
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京都 長岡京市にある勝龍寺城跡とその周辺の遺蹟を訪ねました。
勝龍寺城は1571年、織田信長の命で細川藤孝が「瓦、石垣、天主」を備えた近代の城郭として改修したお城です。
瓦や石垣の使用は安土城が優れたことが知られていますが、それよりも早く勝龍寺城で使われていたことがわかっています。
瓦も信長の居所の瓦と同じ系統のものが使われています。
勝龍寺は1578年に細川忠興と細川玉(ガラシャ)が婚礼を挙げた場所ですが、この時期2年間の短い時間が二人の最も幸せな時期であったことがわかります。
1582年には玉の父である明智光秀による「本能寺の変」が起こり、細川玉は離縁され、丹後に幽閉されます。
1584年には許されて復縁し、大阪の細川屋敷へと移り、高山右近の影響もありキリスト教の洗礼を受けています。
波乱万丈だった細川ガラシャの唯一、静かで幸せな時期を過ごしたお城の跡が、今は資料館と公園になっており、
お城の遺構も残されています。
とても整備の行き届いた美し公園でした。
周囲には遺構もあり、めぐってみました。
こちらのお城は明智光秀が山崎の戦いに敗れて、最期の夜を過ごしたお城としても知られています。
光秀が脱出した北門もあり、石垣も残されていました。
光秀はここを夜中のうちに脱出して坂本城へ向かおうとしますが、途中で武者狩りにあい、討たれます。
激動の時代の様々なドラマのある勝龍寺城でした。
公園の中のお城風の建物は資料館になっています。展示物は撮影が禁止でした。
そのあと、お城の土塁跡や空堀跡、土橋跡、神足神社や勝龍寺をめぐりました。
早くも25度超えの暑い一日でした。
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勝龍寺城公園の近くに駐車場があります。
数台で数が少なく、ほぼ、満車でした。 -
ガラシャおもかげの水がありました。
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地下水だそうです。
飲めるようです。
近所の方々が利用されていました。 -
細川藤孝がお城を改修した際に造られた井戸もありました。
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16世紀末には埋め戻されたそうです。
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このあたりは沼田丸があったそう。
本丸のおとなり。
細川藤孝の妻のじゃこうの実家の越前の沼田氏から取られた名前のようです。 -
今は公園になっています。
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本丸のほうへ。
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立派な鯉たちがいます。
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お城に似た建物。
赤いツツジがお似合いです。 -
説明板がありました。
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イチオシ
明智光秀公三女の玉のお輿入れのお城とあります。
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明智と細川の家紋の旗がみえます。
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本丸の説明板。
こちらにも書いてありますが、瓦や石垣、天主といった構造の近代的なお城であったことや、
織田信長関連のお城、建物の瓦が同じ系統のものであったということ、明智光秀の坂本城の瓦も同じ系統のものであったそうで、
瓦の同じ職人が関わっていたことがわかります。 -
中国の寧波でつくられたもの?
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お城の跡が公園になっています。
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入口。
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エントランス。
フリーです。 -
イチオシ
1階には細川忠興とガラシャの画や、
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ガラシャ祭の写真、
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ガラシャ祭、、みてみたいです。。
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1階は休憩スペースがありました。パンフレットやビデオコーナーもあります。
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ビデオのコーナー。
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激動の歴史の舞台となった場所だったんですねー
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長岡京市、歴史の街です。
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明智光秀のゆかりの地もめぐってみたいです。
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2階にあがります。
二階は資料館になっていました。
こちらは細川忠興が使っていたものとありました。
そのほかは写真撮影禁止マークがあったので、写真はありません。
勝龍寺城に関わる遺物などが展示されていました。
出土した瓦など。
年表もあり、わかりやすく当時の歴史が理解できます。 -
説明。
忠興が関ヶ原の戦いで使っていた具足だそうです。
忠興自身が工夫して軽量化されたものだそうです。 -
外に出ると池。
ここにも立派な鯉たち。 -
イチオシ
お城風の建物ですが、資料館も充実していて、とても良い施設だとおもいました。
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池のある風景。
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園内にもガラシャのおもかげの水。
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ここも地下水をくみ上げているのかな。。
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井戸は本丸では全部で4つあったようです。
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細川藤孝がお城改修の際に造られたものは3つ。
発掘の途中でも水が湧き出るようで、排水設備もあり、ここが水気を多く含んだ土地であったと書いてありました。 -
よく整備された公園でした。
気持ちよく散歩しました♪ -
土塁跡もあります。
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この上に天守が造られたようです。
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こんもりとした高台。
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天守のあったほうへいってみます。
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説明板があります。
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地図。
この高台の天守が建てられて、周囲の街道などににらみをきかせていたそうです。 -
山崎の方面?
かつては戦いがあったことなど想像もできないくらい静かで平和です。 -
天守があったといわれる場所。
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下をみおろします。
新緑がとても綺麗でした。 -
北門あと。
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桝形虎口になって、敵が入りにくい仕組みになっていたようです。
明智光秀はこちらの門を使用して、坂本に向かったとありました。 -
北門があったあたり。
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天守のあったあたりに登るためか、杖もありましたよ。
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水も流れるしくみ。
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明智光秀が脱出したといわれる北門には石垣も保存されています。
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イチオシ
石垣は、野面積みの方式。
大きな礎石も使って保存されています。 -
大きな石が礎石。
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石垣。
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北門のそばに石造物が集められていました。
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説明にもありますが、
当時、石垣用の石には↑のような五輪塔などの石造物も使われていたようです。
石垣用の石が不足していたのでしょうか~
石垣用の石を生産する設備もまだ整っていたかったのでしょうか~
お城を守る意味で、宗教に関しての石仏を用いたのか、、興味津々です。 -
今では戦いも一切想像できないくらい静か。
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緑がまぶしくて、公園のなかも綺麗に整備されています。
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イチオシ
桜はほとんど散っていました。
花びらの絨毯。 -
イチオシ
ベンチもお洒落^^
ピンクの絨毯です。 -
風情のある風景ですが、
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櫓もありました。
戦いのためのお城です。 -
庭園には水も流れる仕組みのようでした。
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イチオシ
もう少し早い時期だと、満開の桜の風景だったはず。
でも、葉桜になってますが、十分に美しいピンクの風景。 -
公園まわりの一段高い部分を歩きます。
説明によると7段の階段があって、あたりを見回せる櫓があったようです。 -
ここからも眺め良いです。
休憩できる場所もあちこちにあります♪ -
もう、一回雨が降ったら、残りの花びらも散ってしまうのでしょう~
桜、開花からあっという間に終わりを迎えてしまいますね。 -
イチオシ
でも、散ったあとのピンクの花びらがこんなに美しいなんて、
久々に感動してしまいました♪ -
水の豊かな土地のようで、井戸の遺蹟があります。
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センスの良い風景があちこち。
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イチオシ
細川忠興と細川ガラシャの像。
このお城での新婚の平穏で落ち着いた期間も2年間でした。 -
若い二人の幸せな様子が思い描かれます。
1578年に16歳の二人が結婚します。
父親である明智光秀の本能寺の変により、二人の関係も一変ります。
その後離縁されて、丹後に幽閉され、子供とも会うことができなかったそうですが、とても厳し時期を過ごします。
そのご、また豊臣秀吉のとりなしもあって、また復縁し、大阪の細川家の屋敷に移った玉は、高山右近の影響もあり、その後キリスト教の洗礼を受けて、ガラシャというクリスチャンネームを授かりました。
1582年本能寺の変、その後丹後に幽閉され、1584年には復縁、細川家屋敷に移り、1587年には生涯に一度だけ教会を訪れたそうです。
1600年には石田三成軍に屋敷を取り囲まれ、人質になることを拒み、
命を絶ちます。
38年の生涯。
激動の時代の中での一生。時代に翻弄された一生。
それらを想うとき、この勝龍寺城での二人の結婚生活が平穏で幸せに満ちたものに思えました。 -
疑似のお城は沢山ありますが、
ここは、こじんまりとしたお城風の建物ですが、周囲の遺構を保存し、
丁寧に説明してあり、資料館もわかりやすい説明で、お城や時代の様子がよくわかりました。 -
池。
水もあり、広い公園、家族連れの散歩の人も多く訪れていました。 -
イチオシ
とてもセンスの良い施設だとおもいました。
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門。
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端正な造りの建物でした。
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お堀。
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近くに関わりのある勝龍寺もあり、あとで訪れます。
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お堀まわりも綺麗に整備されています。
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赤いツツジとお似合いです。
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歩いて10分のほどのところに土塁と空堀跡がありました。
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歴史のある神足神社(こうたりじんじゃ)もあります。
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堅固な土塁も築かれています。
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土塁の構造も発掘の調査によって明らかに。
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空堀があります。
菜の花が綺麗です。
その先に、小さな土橋が見えます。 -
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敵の攻めを防ぐ構造になっています。
説明板。
敵は土橋を通しかなく、その橋も小さなもので多勢で攻めることは無理のようです。
よく考えられた構造。 -
土橋の説明。
1メートルの幅しかなかったよう。 -
お城を守る、大切な堀と土橋が分かりやすく保存説明されていました。
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細川藤孝以前の土豪の神足氏の城館の遺構も発掘されています。
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戦いの時代があったことが信じられないくらい穏やかな風景。
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そばに、神足神社。
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説明板。
説明板には祭神が舎人親王とありました。
歴史の古い神社です。
文徳天皇の854年にはすでに記録にあるようで、桓武天皇の夢などの伝承も残る由緒ある神社です。 -
摂末社もありました。
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この辺りは、土豪の神足氏の城館があったところで、勝龍寺城を細川藤孝が大改修したころにこの神足氏の城館も勝龍寺城に取り込まれたようです。
8世紀末以前に創建されたと考えられる由緒ある神社です。 by hijunoさん神足神社 寺・神社・教会
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勝龍寺城の土塁や空堀の詳しい説明板もありました。
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細川ガラシャのゆかりの場所も沢山あるようです。
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たしか、ここがガラシャ通り。
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神足遺跡とよばれる遺跡もあります。
近くの小学校のそばに説明板がありました。
このあたり、旧石器から近世に至るまでの遺物が出土しています。
特に弥生時代中期の拠点集落遺跡として知られているそうです。 -
神足城跡があると聞いたので、探してみましたが、特に表示はありませんでした。
神足城はかつて土豪の神足氏の居住していた城館があったそうで、神足神社一帯にあったようです。
こちらは神社近くの公園。 -
神社周りをみてみましたが、とくの神足城跡の表示は見つからず。
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つぎに、勝龍寺城公園の横を通りながら、勝龍寺へ向かいます。
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民家の中の道を歩いて、
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到着。
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入ってすぐ。
藤棚が美しい。 -
綺麗なんですが、大きな蜂がいて、退散。
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説明があります。
こちらも歴史のあるお寺。
806年に帰朝した空海が青龍寺という中国のお寺の名前にちなんで勝龍寺として開基したとあります。
1470年には畠山義就がこちらのお寺を陣城とし、応仁・文明の乱のころには臨時的にこちらのお寺を砦としていたようです。 -
本堂。
室町時代には守護大名が拠点としていた場所でした。 by hijunoさん勝龍寺 寺・神社・教会
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境内に春日神社。
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こちらも歴史のある神社。
1174年に関白九条兼実により建立。
お寺の鎮守社だそうです。 -
古いお地蔵さま。
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ボケ封じのお寺としてもしられています。←よくお願いしておきました。
切実。^^: -
鐘楼があります。
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三代目の梵鐘だそうです。
初代は大阪夏の陣の跡、持ち去られてしまったそう。 -
説明によると、二代目は戦争で供出され、現在のものは三代目だそう。
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お昼になり、帰りみち、お蕎麦屋さんへ。
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入口。
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店内、広いです。
お客さんは私達ともう一組のみ。 -
私はくるみつゆのお蕎麦。
クルミの濃厚な味のタレが美味しです♪♪ -
夫は天ぷらと温かいお蕎麦。
こちらも、少しもらいましたが、からりと揚がった天ぷらが美味しかった♪
一緒に頼んだ天むすも美味♪ -
蕎麦湯も濃厚。
とても美味しかったです。
これで栄養満点。 -
メニュー
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メニュー。
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鉄瓶のほうじ茶も美味しかったです♪♪
だんだん日中も暑くなってきました。
昨年は熱中症で外出中に救急車にお世話になったので、今年は気をつけて
すごそうと自覚しております。
脱水は怖いです。^^:
皆さまもどうか、この夏を安全に健康に過ごせますように!!
最後までお付き合いいただいて、ありがとうございます^^
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この旅行記へのコメント (2)
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- sukecoさん 2025/04/21 11:12:59
- 細川ガラシャ!
- hijunoさん、こんにちは~
体調は良くなりましたか?
細川ガラシャ、波乱万丈の人生、hijunoさんの旅行記で興味深く拝見させていただきました。
勝龍寺城跡、綺麗に整備されていて、さんぽが楽しそう~
所々のサクラのうっすらピンクも気分を上げてくれますね♪
明智光秀や細川ガラシャのゆかりの地めぐりも行きたくなっちゃいます!
石垣では五輪塔や石仏などの石造物も使われていたようですね。
石垣用の石の紹介もほぅほぅと思いながら拝見。
五輪塔などの石造物も使われていた、、、やはり信仰心も絡んでいたのか?、それともお城を守るため?、いやいや石不足だったのか?。
想像することが、また楽しい~
急に暑くなってきたので、身体が暑さになれていない~
熱中症にはお気をつけくださいね♪
sukeco
- hijunoさん からの返信 2025/04/22 09:40:27
- ありがとうございます^^
- sukecoさん
おはようございます。
そして、ありがとうございます。
体調、復活いたしました。^^
疲れが抜けないなぁ~と家でダラダラして過ごしていましたが、
ちょっと外出してみましたら、逆に元気になってしまいました。笑
余計疲れると思っていたのに、身体を動かすと疲れるものの、元気も出てきたようです。
年寄りの身体はよくわかりません。笑
旅行記も詳しく読んでいただいて、感謝です。ありがとうございます。
勝龍寺城跡の公園は本当に心地よく、資料館も面白くて、想像以上の場所でした。
以前、細川ガラシャが幽閉された丹後、大阪城の近くの最期の場所となったところなどを訪れて、厳しい時代を生きてきたんだなぁ~と悲しい気持ちになりましたが、こちらの勝龍寺城跡を訪れると、新婚時代の穏やかな時もあったんだと、なんだかほっとしました。
とても素敵な公園でした。
そうなんです、ピンクの絨毯のような風景で、美しい公園でした。
資料館もわかりやすく、丁寧な説明で、周囲の遺蹟もまわれて楽しかったです♪
またまた一気に暑くなりましたよね~
今年は暑熱順化を今から意識して、汗をいっぱいかいておこうとおもっています。
sukecoさんも、どうかご自愛くださいね。
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