2025/01/21 - 2025/01/21
55位(同エリア126件中)
naoさん
兵庫県加西市北条町は、1300年を超える歴史のある住吉神社や高野山真言宗酒見寺(さがみじ)の門前町として形成された町で、戦国時代には小谷城主の赤松氏が「古市場」を開き、『田舎なれども北条は都、月に六斎(回)市が立つ』と謳われるほど流通の拠点として賑わいました。
また、京都と出雲を結ぶ東西の街道に、山陽と山陰を結ぶ南北の街道が集まる交通の要衝でもあったため、江戸時代には「北条の宿」と呼ばれる宿場町として繁栄し、北播磨地域の中心として存在感を放ちました。
現在の北条町の旧街道筋には、かつての宿場町をしのばせる古い町並みが残っていて、本瓦葺きの大屋根に、卯建、袖壁、虫籠窓、千本格子などをしつらえた伝統的な町家が点在しています。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
北条鉄道の起点である北条町駅にやって来ました。
北条鉄道は旧国鉄北条線の路線を引き継いだもので、北条町駅と兵庫県小野市の粟生駅間の13.6kmを結んで、兵庫県と加西市などが出資する第三セクター方式で運営されています。 -
この車両は旧国鉄時代の昭和54年(1979年)に製造されたキハ40形気動車で、令和4年にJR東日本から購入されたそうです。
-
JR東日本時代は五能線を走っていたようで、今も五能線カラーそのままの姿で運行されています。
-
北条町駅の車両止めのコンクリート壁には、子供たちの手形の陶板が埋め込まれています。
-
北条町は「羅漢寺の五百羅漢」で知られた所でもあり、駅前の植え込みにはこんな標石が設置されています。
では、町並みへ向かいます。 -
北条町を東西にのびる旧街道筋に着きました。
旧街道筋に祀られている病除地蔵尊(西向き地蔵さん)から西の方に向かって町歩きを始めます。 -
病除地蔵尊の傍らに設置されている3基の道標。
手前の道標には「右 やしろ大坂京/左 明らくじ たん」、一番奥の道標には「無縁塔 右 やしろ/左 明らくじ 道」の文字が読み取れます。
なお、「享保13年(1728年)」と刻まれている一番奥の道標は加西市内では最古の道標なんだそうです。 -
北条町の町並みです。
-
1階の下屋に幕板が下ろされた町家です。
-
黒漆喰塗籠めの虫籠窓のある町家です。
-
格子窓の前には名栗加工の外格子がめぐらされています。
また、妻面の庇を支える持ち送りには金鏝細工が施されています。 -
白漆喰塗籠めの、瓜型の虫籠窓のある町家です。
-
こちらの町家は、玄関先に草花のプランターを並べて町並みに彩りを与えておられます。
-
二種類の格子を使い分けておられる町家です。
-
建物の角を大胆に切り取った町家です。
-
元々一間半幅の、広い間口の玄関があった町家です。
-
空地に面しているので、妻壁の状況がよく判る町家です。
-
こちらの町家の1階は、建築当初の木製建具をそのまま使っておられます。
-
丸太の外格子をめぐらせた町家です。
-
極端なほどに屋根のムクリが大きな町家です。
-
こちらは嘉永4年(1851年)の建築と伝わる町家です。
-
こちらの町家は、「横尾歴史街道町かど亭」と称されるカフェで、地域の人々や訪れる観光客の憩いの場として活用されています。
-
こちらも丸太の外格子をめぐらせた町家です。
-
間口いっぱいに入れられた木製ガラス戸は壮観の一言です。
-
こちらは、お堂の前にお地蔵さんが祀られている栗田大日堂です。
-
8月には地蔵盆が行われているそうです。
-
北条町の町並みです。
-
こちらの町家は、目隠しのための竹垣が設置されています。
-
とても間口の広い町家には、袖壁が設けられています。
-
その町家は、奥行きも深い敷地を持っておられます。
-
こちらの町家は1階下屋の間口が広いので、中間に柱を建てて荷重を支えておられます。
-
ガラス窓のデザインがアクセントになっている町家です。
-
北条町の町並みです。
-
「枯れた美しさ」と形容したいような建物です。
-
妻面に家紋が浮き出た町家です。
-
北条町の町並みです。
ここから、一旦東に向かって歩きます。 -
白漆喰に溶け込んだ格子が印象的な町家です。
-
その町家は軒先に草花のプランターを並べて、町並みに彩りも添えておられます。
-
こちらは、瓦葺の本卯建をあげた町家です。
-
白漆喰塗籠めの虫籠窓のある町家です。
-
とてもインパクトのある妻壁です。
-
加西市の汚水桝の蓋。
市章を中心に、市の花「サルビア」が八方に咲きほこるようなデザインになっています。 -
不釣り合いに見える扉が付けられていますが、これはやむを得ない事情があっての事だと思います。
私の勝手な推測では、設備機器のメンテナンス用に付けておられるのではないかと睨んでいます。 -
この建物には何ケ所も玄関があるので、長屋ではないかと思われます。
-
こちらは、地元の皆さんから「北条のえべっさん」と親しまれている大年神社です。
ここまで東に向かって歩いて来ましたが、ここで西の方へ方向転換します。 -
瓜型の虫籠窓のある町家は、袖壁も設けられています。
-
長大な虫籠窓があるのはお茶屋さんです。
-
晒葺きの下屋をめぐらせた町家です。
敷地に角には、車の衝突除けにコンクリート壁が設置されています。 -
北条町の町並みです。
-
由緒ある看板を掲げておられるのはお味噌屋さんです。
-
下屋の軒下には「味噌 糀 はかり」と書かれた看板も架かっています。
-
こちらは四軒長屋のようです。
-
煙出しの越屋根が付いた町家です。
-
厨子2階に格子窓の入った町家です。
-
こちらは、北条町の礎となった高野山真言宗酒見寺で、天平17年(745年)に行基菩薩により開創されたと伝えられています。
文政8年(1825年)に再建された仁王門は重厚な楼閣造りになっています。 -
仁王門をくぐって境内へ入ります。
-
広い境内に入ると、二層の屋根が架かった本堂まで続く二十一対の青銅製の飾り燈籠が迎えてくれます。
-
境内の右側には、木組みの美しい極彩色の多宝塔が建っています。
-
こちらは、酒見寺の塔頭寺院のひとつと言われる羅漢寺です。
境内には、通称「五百羅漢」と呼ばれる約500体の石仏が並んでいます。 -
境内の絵馬掛けには、願い事を書いた絵馬が奉納されています。
-
五百羅漢の案内板に従って境内の奥へ。
-
境内に北側に安置されている五百羅漢が見えてきました。
これらの石仏の制作者は不明とのことですが、慶長年間(1596年から1615年)に当時の酒見寺の住職や寺男などが関わったのではないかと言われています。 -
簡素な技巧で彫られた石仏は一体一体の表情が個性豊かで、その素朴さを好む人も多いとか。
-
羅漢寺の五百羅漢は古くから全国的に知られていて、『親が見たけりゃ北条の西の五百羅漢の堂に御座れ』と謳われています。
-
姿かたちの異なる多数の石仏の中には、必ず親しい人に似た顔があるそうです。
-
宝篋印塔の前には、狛犬ならぬ阿形の虎像と・・・
-
吽形の虎像が鎮座しています。
-
素朴さゆえに親しみが湧く石仏ですが、長年の風雪に耐えきれず、一部が崩れ落ちた石仏も見られます。
-
体の前で手を組む石仏。
-
この石仏は短刀のようなものを抱えています。
-
錫杖を抱く石仏。
-
こちらは明和2年(1765年)の作と伝わる来迎二十五菩薩像です。
-
では、この辺りで北条町の町歩きを終わります。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
加西(兵庫) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
73