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 第2回は、静和をスタートし、太田までのコースとなります。<br /> 午前八時四十分、静和駅を出発。旧国道50号線に入り、しばらく道なりに走ると「慈覚大師誕生の郷」の木彫りの案内碑が。釣られるように案内に従い道を進むと林の中の一画に大師の銅像が現れます。<br /> 再び旧国道50号線に戻り、途中犬伏宿方面に道を代え、佐野街道第二踏切を渡り、「真田犬伏の分れ」の地である新町薬師堂、犬伏宿、妙顕寺を経て再び旧国道50号線に戻り、天明宿に入り、味噌まんじゅう新井屋さんでまんじゅうとプリンを購入後、佐野厄除大師に向い惣宗寺を参拝。ここからは、例幣使街道の旧道を進み、寺岡山元三大師に立ち寄り藥師寺を参拝。複雑な道のりを進み、川崎橋で渡良瀬川を渡り、梁田宿を通過し、八木宿で小休止。気温が上昇しつつあったので、給水のほか、新井屋さんで購入したまんじゅうとプリンを食べて栄養補給。その後、例幣使街道を黙々と進み、本日のゴール太田駅に到着。<br /> 駅前の食堂で昼食を済ませた後、東武小泉線で館林に向い、館林駅で途中下車して花山うどん本店直売店でお土産用のうどんを購入、館林駅前商店で生ビールと昆布水つけ麺を堪能し、帰途に着いたのでした。

日光例幣使街道を行く【第2回】 静和→太田

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2025/03/02 - 2025/03/02

276位(同エリア399件中)

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23

かくちゃんさん

この旅行記のスケジュール

2025/03/02

この旅行記スケジュールを元に

 第2回は、静和をスタートし、太田までのコースとなります。
 午前八時四十分、静和駅を出発。旧国道50号線に入り、しばらく道なりに走ると「慈覚大師誕生の郷」の木彫りの案内碑が。釣られるように案内に従い道を進むと林の中の一画に大師の銅像が現れます。
 再び旧国道50号線に戻り、途中犬伏宿方面に道を代え、佐野街道第二踏切を渡り、「真田犬伏の分れ」の地である新町薬師堂、犬伏宿、妙顕寺を経て再び旧国道50号線に戻り、天明宿に入り、味噌まんじゅう新井屋さんでまんじゅうとプリンを購入後、佐野厄除大師に向い惣宗寺を参拝。ここからは、例幣使街道の旧道を進み、寺岡山元三大師に立ち寄り藥師寺を参拝。複雑な道のりを進み、川崎橋で渡良瀬川を渡り、梁田宿を通過し、八木宿で小休止。気温が上昇しつつあったので、給水のほか、新井屋さんで購入したまんじゅうとプリンを食べて栄養補給。その後、例幣使街道を黙々と進み、本日のゴール太田駅に到着。
 駅前の食堂で昼食を済ませた後、東武小泉線で館林に向い、館林駅で途中下車して花山うどん本店直売店でお土産用のうどんを購入、館林駅前商店で生ビールと昆布水つけ麺を堪能し、帰途に着いたのでした。

旅行の満足度
3.0
観光
2.5
グルメ
3.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 静和駅<br />駅前はいかにも田舎の駅という感じですが、駅を出て右手には新しいマンションもあり、寂れている感じはありませんでした。

    静和駅
    駅前はいかにも田舎の駅という感じですが、駅を出て右手には新しいマンションもあり、寂れている感じはありませんでした。

    静和駅

  • 慈覚大師円仁誕生の地<br />平安時代随一の学僧であり、天台宗興隆の一大貢献者であったという円仁は延暦13年(794年)にここで誕生されたとされています。大師の産湯に使った水を汲んだという井戸は今は池のようになっています。区画内は手入れされているようですが、かなり交通の便が悪いので、訪れる人は少ないかもしれません。

    慈覚大師円仁誕生の地
    平安時代随一の学僧であり、天台宗興隆の一大貢献者であったという円仁は延暦13年(794年)にここで誕生されたとされています。大師の産湯に使った水を汲んだという井戸は今は池のようになっています。区画内は手入れされているようですが、かなり交通の便が悪いので、訪れる人は少ないかもしれません。

  • 第二佐野街道踏切<br />1888年(明治21年)に両毛線が小山から足利まで開通し、この地に踏切が設けられた当時、ここを通る日光例幣使街道は「佐野街道」と呼ばれていたことが分かります。<br />

    第二佐野街道踏切
    1888年(明治21年)に両毛線が小山から足利まで開通し、この地に踏切が設けられた当時、ここを通る日光例幣使街道は「佐野街道」と呼ばれていたことが分かります。

  • 新町薬師堂<br />薬師堂は、大河ドラマのワンシーンにもなった「真田犬伏の分れ」の話し合いが行われたといわれている場所です。ドラマだと家の一室で話し合っていたイメージですが、お堂は狭い感じがしました。今日は地元の方がいてラッキーなことにお堂が開いており、真田親子が話し合ったというお堂の中まで見ることができました。

    新町薬師堂
    薬師堂は、大河ドラマのワンシーンにもなった「真田犬伏の分れ」の話し合いが行われたといわれている場所です。ドラマだと家の一室で話し合っていたイメージですが、お堂は狭い感じがしました。今日は地元の方がいてラッキーなことにお堂が開いており、真田親子が話し合ったというお堂の中まで見ることができました。

  • 日光例幣使街道犬伏宿<br />新町薬師堂から道は一直線になっていて宿場町だったという雰囲気は伝わってきますが、宿場町らしい建物は見当たりませんでした。

    日光例幣使街道犬伏宿
    新町薬師堂から道は一直線になっていて宿場町だったという雰囲気は伝わってきますが、宿場町らしい建物は見当たりませんでした。

  • 日蓮宗本山開本山妙顕寺<br />日蓮上人の直弟子である天目上人が永仁2年(1294年)に開創したお寺で、慶長2年(1602年)に現在地に移転し、写真の本堂は安政2年(1855年)に再建されたのだそうです。立派な本堂ですよね。

    日蓮宗本山開本山妙顕寺
    日蓮上人の直弟子である天目上人が永仁2年(1294年)に開創したお寺で、慶長2年(1602年)に現在地に移転し、写真の本堂は安政2年(1855年)に再建されたのだそうです。立派な本堂ですよね。

  • 日光例幣使街道天明(てんみょう)宿<br />周りの状況や種々の情報から判断するに、ここは栃木、今市を経て日光に通じる佐野道、館林、鴻巣を経て江戸に通じる館林道、太田、倉賀野を経て京に通じる足利道が交差する交通の要衝だったのではないかと勝手に妄想しています。

    日光例幣使街道天明(てんみょう)宿
    周りの状況や種々の情報から判断するに、ここは栃木、今市を経て日光に通じる佐野道、館林、鴻巣を経て江戸に通じる館林道、太田、倉賀野を経て京に通じる足利道が交差する交通の要衝だったのではないかと勝手に妄想しています。

  • 味噌まんじゅう新井屋<br />1895年(明治28年)頃に建造され、長らく薬局として営業していた建物を新井屋さんがリノベーションしたのだそうです。こし餡の味噌まんじゅうと揚げまんじゅう、味噌プリンを購入。「味噌」と名は付いていますが味噌の味はしません。味噌まんじゅうも味噌プリンも美味しかったのですが、揚げまんじゅうが予想外のうまさ!どうしてもまた食べたくなる味でした。

    味噌まんじゅう新井屋
    1895年(明治28年)頃に建造され、長らく薬局として営業していた建物を新井屋さんがリノベーションしたのだそうです。こし餡の味噌まんじゅうと揚げまんじゅう、味噌プリンを購入。「味噌」と名は付いていますが味噌の味はしません。味噌まんじゅうも味噌プリンも美味しかったのですが、揚げまんじゅうが予想外のうまさ!どうしてもまた食べたくなる味でした。

    味噌まんじゅう新井屋 佐野本町店 グルメ・レストラン

  • 惣宗寺(佐野厄除大師)<br />テレビCMで有名な佐野厄除大師。人気の厄除大師だけあってそれなりに混雑していました。ほとんどの人は参拝ではなく厄除に来ている感じでした。

    惣宗寺(佐野厄除大師)
    テレビCMで有名な佐野厄除大師。人気の厄除大師だけあってそれなりに混雑していました。ほとんどの人は参拝ではなく厄除に来ている感じでした。

    惣宗寺(佐野厄よけ大師) 寺・神社・教会

  • 田中正造墓所<br />田中正造の本葬はここ惣宗寺で執り行われています。この墓碑は正造分骨地の一つで自然石を使用しているのだそうです。<br />

    田中正造墓所
    田中正造の本葬はここ惣宗寺で執り行われています。この墓碑は正造分骨地の一つで自然石を使用しているのだそうです。

    田中正造墓所 (惣宗寺) 名所・史跡

  • 第一足利街道踏切<br />1888年(明治21年)に両毛線が小山から足利まで開通し、この地に踏切が設けられた当時、ここを通る日光例幣使街道は「足利街道」と呼ばれていたことが分かります。

    第一足利街道踏切
    1888年(明治21年)に両毛線が小山から足利まで開通し、この地に踏切が設けられた当時、ここを通る日光例幣使街道は「足利街道」と呼ばれていたことが分かります。

  • 例幣使街道道標<br />彫られている内容からすると左側の道標は「足利道」「太田道」の追分に、右側の道標は「日光道(佐野道)」「江戸道(館林道)」「善光寺道(足利道)」の追分にあったと考えらます。左の道標はここにあっても不思議ではないのですが、右の道標はここではなく天明宿の追分(本町あたり)にあったのではないかと勝手に妄想しています。

    例幣使街道道標
    彫られている内容からすると左側の道標は「足利道」「太田道」の追分に、右側の道標は「日光道(佐野道)」「江戸道(館林道)」「善光寺道(足利道)」の追分にあったと考えらます。左の道標はここにあっても不思議ではないのですが、右の道標はここではなく天明宿の追分(本町あたり)にあったのではないかと勝手に妄想しています。

  • 藥師寺(寺岡山元三大師)<br />聖徳太子の命により建立されたと伝わる藥師寺。駅から遠く車がないと参拝はままなりませんが、参拝客の姿をちらほら見かけ、厄除に来ていると思われる客が数組いました。<br />

    藥師寺(寺岡山元三大師)
    聖徳太子の命により建立されたと伝わる藥師寺。駅から遠く車がないと参拝はままなりませんが、参拝客の姿をちらほら見かけ、厄除に来ていると思われる客が数組いました。

  • 川崎橋から見た渡良瀬川<br />左奥に見える山が赤城山と思われます。

    川崎橋から見た渡良瀬川
    左奥に見える山が赤城山と思われます。

  • 日光例幣使街道梁田宿<br />渡良瀬川のすぐそばにあります。雰囲気的には、中山道の河渡(ごうど)宿に似ていますが(https://4travel.jp/travelogue/11811511)、水害防止のための盛り土がなされているかどうかは分かりません。

    日光例幣使街道梁田宿
    渡良瀬川のすぐそばにあります。雰囲気的には、中山道の河渡(ごうど)宿に似ていますが(https://4travel.jp/travelogue/11811511)、水害防止のための盛り土がなされているかどうかは分かりません。

  • 日光例幣使街道八木宿<br />写真は本陣跡付近ですが、痕跡は残っていません。八木宿は「八木節」発祥の地でもあるそうです。群馬と栃木の民謡なのだそうですが、聞いたことのある節回しです。大正時代にレコードが発売され、全国的に有名になったことが影響しているのかもしれません。

    日光例幣使街道八木宿
    写真は本陣跡付近ですが、痕跡は残っていません。八木宿は「八木節」発祥の地でもあるそうです。群馬と栃木の民謡なのだそうですが、聞いたことのある節回しです。大正時代にレコードが発売され、全国的に有名になったことが影響しているのかもしれません。

    日光例幣使街道 名所・史跡

  • 台之郷の辻<br />かつての交差点だったようで、東は佐野、西は太田、南は小泉、北は桐生に通じる道が交差していたようです。

    台之郷の辻
    かつての交差点だったようで、東は佐野、西は太田、南は小泉、北は桐生に通じる道が交差していたようです。

  • 東武鉄道太田駅<br />駅前ロータリーは新幹線の駅かと見まがうほど立派で、駅も大きく高架化されています。高架化する前から駅は立派だったようで、昭和16年(1941年)に建造された駅舎には貴賓室まであったそうです。

    東武鉄道太田駅
    駅前ロータリーは新幹線の駅かと見まがうほど立派で、駅も大きく高架化されています。高架化する前から駅は立派だったようで、昭和16年(1941年)に建造された駅舎には貴賓室まであったそうです。

    太田駅

  • 東武鉄道西小泉駅<br />太田からは小泉線で館林まで向いますが、乗換駅の東小泉駅で待っているだけというのもつまらないので西小泉駅まで行ってみました。左に見える線路はかつては貨物線としてつながっていたようです。

    東武鉄道西小泉駅
    太田からは小泉線で館林まで向いますが、乗換駅の東小泉駅で待っているだけというのもつまらないので西小泉駅まで行ってみました。左に見える線路はかつては貨物線としてつながっていたようです。

    西小泉駅

  • 館林駅<br />駅そのものは橋上駅舎ですが、この古い佇まいの駅舎が残っており、改札も行っています。

    館林駅
    駅そのものは橋上駅舎ですが、この古い佇まいの駅舎が残っており、改札も行っています。

    館林駅

  • 花山うどん本店<br />今日はお食事処がお休みの日曜日だったので、残念ながらここでうどんは食べられず、本店直売所で鬼ひも川と花山うどんを購入しました。午後3時、店内はお客が私のほかにもう一組と空いていました。

    花山うどん本店
    今日はお食事処がお休みの日曜日だったので、残念ながらここでうどんは食べられず、本店直売所で鬼ひも川と花山うどんを購入しました。午後3時、店内はお客が私のほかにもう一組と空いていました。

    花山うどん 本店 グルメ・レストラン

  • 館林駅前商店<br />午後3時でお客は私を入れて3組ほど。外観は大正ロマンを売りにしているようですが、中は若い女性の店員さんが3人でテキパキとお店を切り盛りしていました。

    館林駅前商店
    午後3時でお客は私を入れて3組ほど。外観は大正ロマンを売りにしているようですが、中は若い女性の店員さんが3人でテキパキとお店を切り盛りしていました。

  • 昆布水つけ麺<br />これがとにかく美味しくてびっくり!館林百年の小麦を使用しているとのこと。小麦の香りがする麺にあっさりスープがぴったり。また、食べたくなる味です。この麺、東京のどこかで食べられたらいいのになぁ。

    昆布水つけ麺
    これがとにかく美味しくてびっくり!館林百年の小麦を使用しているとのこと。小麦の香りがする麺にあっさりスープがぴったり。また、食べたくなる味です。この麺、東京のどこかで食べられたらいいのになぁ。

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