2025/02/14 - 2025/02/24
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falcon38さん
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普段お世話になっている仏像の勉強グループの皆さんと、南インドを旅しています。表紙の写真は、マハーバリプラムにある遺跡群の一つで「海岸寺院(Shore Temple)」です。
8世紀のパッラヴァ王朝で建てられた切石積みのヒンドゥーの遺跡で、世界遺産に指定され多くの人が訪れています。2004年のスマトラ沖地震では津波の被害を受けました。
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2月19日。大きな花崗岩の岩の上に建てられたイスハラ寺院。
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岩の上からは悠久のインドの大地が眺められます。
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ヒンドゥーの浮彫を見学。
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昼食は、ビーチのそばのシーフードレストランでいただきました。
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ナイスな展望です。
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ロブスターは4~500gくらいで、新鮮です。たぶんフィリピンとかベトナムの観光地では数千円から1万近く取られるでしょう。タコのカラマリみたいなものはカレー味で美味。
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映画「ショーシャンクの空に」のラストを思い出させる眺めでした。
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昼食後は、午前に見学した岩山の寺院のふもとの岩をくり抜いて作られた本来はヒンドゥー教徒しか入れない寺院を訪ねます。左の壁に、ヴィシュヌのマークが見えます。
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お坊さんが来て、鍵を開けてくれます。この寺院は20年程前に日本の著名なインド美術研究家が訪れ文献にしたのですが、さほど詳しくは記述されていないらしい。
その時その研究家をガイドしたのも、今回のガイドさんです。われわれもガイドさんのお世話で見学が許されました。 -
ここの内部の浮彫もスゴい。これはインドの王様を描いたインド最古の浮彫と推定されているものだそうです。
いつも仏像の講義をしてもらっている先生は中国美術がご専門ですが、インド美術が専門だったら論文にしたいとおっしゃっておられました。 -
2月20日。今日は、カンチ-プラムの他の遺跡を見学に行きます。
海岸寺院(Shore Temple)は世界遺産で、きれいに整備されています。入場料はインド人40ルピー、外国人600ルピー。 -
寺院の全貌は、表紙の写真にお示ししたものです。
寺院前を飾る牛(ナンディ)たち。 -
この施設の電力は、すべて太陽光でまかなわれているとのことでした。
ペットボトル用のゴミ箱でしょうか?「ペットボトルが壊れるのに450年かかる」と書かれています。三菱電機が援助しているようです。外国企業に環境整備の補助を求めている一例。タミール・ナドゥ州立博物館の三菱UFJ銀行のwater supplyの話と同様です。 -
「アルジュナの苦行」と呼ばれる浮彫。
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中央で両手を挙げているのがアルジュナさんです。
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ファイブ・ラタ。一つの岩をくりぬいて作ったとのこと。
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マハーバリプラムからバスで南下して、今夜の宿泊地プドゥチェリーにやってきました。ホテルの会社はフランス系のAccordです。
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元フランス領でさぞかし素敵な町と思いきや、ホテルの前はクラクション鳴りやまぬ喧噪の街。そんな中、一頭のモーちゃんがゆっくり車道を歩いていていかにもインドらしかったです。
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2月20日。今日はプドゥチェリー郊外の石窟寺院を見学に行きます。
バスを降りて歩いてゆくと、 -
モーちゃんが草を食べていました。
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着きました。7世紀のパッラヴァ朝の王様が作らせたインド石窟のもっとも初期のものです。日本だと飛鳥時代。
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両サイドの守門神(ドバラパーラ)の表情がマッタリしていて、色も残っています。
内部は何らかの理由で浮彫はありません。
王様が亡くなった? 戦争に負けた? -
次に訪れた寺院は、鍵がかかっていて入れませんでした。
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ガイドさんが村人から鍵の所有者を聞いて、開けてもらっています。
ガイドさん、有能すぎる\(^o^)/ -
寺院を見学しているとどこからともなく一人のオバちゃんが現れ、
大変なけんまくでおじちゃんとケンカを始めました。
動画をご覧ください。
https://youtu.be/e5--k5sLBoQ
オバちゃん:ちょっと、アンタ!
ヒンドゥー教徒でもない人を入れてんじゃないわよっ!
おじちゃん:そんなかたい事、言いなさんな。
遠くからみえたんじゃけ、ええやろ。
オバちゃん:ちゃんとお布施はもらってんでしょうね!?
おじちゃん:ああ、頂いとるがな。 -
おじちゃんとのケンカが終わると、オバちゃんはわれわれにニッコリ微笑みかけ手を差し出します。
なんだよ、オバちゃんもお金が欲しかったんか・・・
「同情するなら金をくれ!」のセリフが思い出されました(^_^)
オバちゃんはガイドさんに説得され、何ももらわずに帰って行きました。 -
お昼は近くのヴェジタリアン・レストランで取りました。
インドは殺生を嫌う宗教上の理由から、ヴェジタリアンが多いらしい。 -
ガイドさんが「皆さんも手で食べてみましょう」と言って、食べ方を教えてくれました。
ご飯にカレー、豆の粉、ギイをかけ、5本の指で口に運び親指でpushするのがコツだそうです。 -
今回の旅行にあたり読んだ本には、古代ローマとの交易をしていた港町ポードゥケーが現在のプドゥチェリーで、ローマのガラス製品や葡萄酒の壺などが発掘されていると書かれていました。
(Wikipediaより)
17世紀から18世紀にかけてフランス領インドの首府であり、その後も非軍事的な植民地として英領インドのなかでフランス領として存続した。連邦直轄州の境界線はかつての国境線そのものであるが、フランスが半世紀以上かけて村落単位で植民地を広げていったため、いくつもの飛地が入り組んだ状態になっている。
現在でもタミル語、英語とともにフランス語が話されており、またフランス極東学院研究センターなどフランスの研究機関が設置されている。 なお、域内にはインドにおける古代ローマ人の居留地で、ローマ金貨などが出土するポドゥケー遺跡(アリカメードゥ(英語版))がある。 -
ホテル(Achorrd Puducherry )の前がどうも喧噪の街と思いきや、海岸沿いにホワイトタウンとよばれる瀟洒な町があるらしいのです。
行ってみました。 -
道路の名が「street」ではなく「rue」です。
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ここは博物館ですが、他にも市庁舎をはじめ瀟洒な建物が目立ちます。
入口で待ち構えている二人の女は、首にぶらさげた身分証明書(←もしやフェイク?)を見せながら署名を求めてきます(>_<) -
ニースとは程遠いですが、海岸沿いのナイスな通り。
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Street artには、町の名前を「Pondicherry」と書いてあります。
フレンチレストランを聞いてみたのですが、良いところはないそうで「La Maison Rose」というキレイな店で食事しましたが、基本的にインド料理でした。 -
一方、少し歩くと「Puducherry」(タミル語の呼称)となっています。
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お水チェックはCa 10mg/L、Mg 5mg/Lで、硬度は10x2.5+5x4=45 でインドのこの水は軟水でした。
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2月21日。帰りのチェンナイ国際空港では、ヒンドゥーの遺跡をfeatureしていました。
ヒンドゥー遺跡、近年日本でも増えてきた美味しい南インド料理、美しいビーチリゾートと、南インドはいずれアジアのリゾートの選択肢の一つに入っても良さそうに思えました。
ムンバイのように、日本からの直行便が飛べば最高ですが。
南インド遺跡巡りの旅(3/3)に続きます。
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