2025/01/27 - 2025/01/30
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もっちさん
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私の未踏の地は鹿児島、宮崎、大分県。
今回は鹿児島、宮崎県のお城攻めです。
鹿児島は近代の歴史があり、特に知覧では考えさせられることが多々ありました。
1月27日 鹿児島空港→鹿児島市→知覧→平和特攻記念館→西郷隆盛像→かごしま近代文学館→むじゃき
1月28日 城山→西郷洞窟→西郷隆盛終焉の地→黎明館、御楼門→仙巌園→志布志
1月29日 志布志埋蔵文化財センター→志布志城→福山氏庭園→マルチョンラーメン→大慈寺→飫肥→飫肥城→青島
1月30日 青島神社
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鹿児島行きの飛行機予約したのは、5日前。
当初のお天気予報は曇か雨。
実際はほぼずっと雨でした。
山城はキツイ…。
知覧行きのバスに乗車するまで、軽く食べましょう。 -
アミュプラザ地下1階にスモモベーカリーさんがありました!
イートインもできます。
なお、直ぐ近くのイオンにも店舗があり、ブラックコーヒー無料だった…。 -
東京のパン屋さんに比べると全体的にお安い。
と調子にのって3つも取ってしまった。
お店の方にお勧めを伺いましたら、左の『黄金のきな粉もちもち 極み』とのこと。
さつまいもとバタークリームが程よい甘さで、ふりかけられているきな粉がとても香ばしい! -
バス停にある若き薩摩の群像。
知らない方が殆どでしたが、森有礼(初代文部大臣)がいました! -
アミュプラザとLi-Ka1920の間に鹿児島中央駅があります…。
こんなに目立たない駅だとは。 -
バス停でバスを待っていても来ないので、?と思っていたら、記念館に記載の時刻表が古かった。
でもそれでもバスの到着が遅れてて、前のグループの方々は、これが鹿児島クオリティー?って仰せでした。 -
1時間以上かけ、終点の知覧観音前で下車します。この並木道は桜。
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館内は撮影禁止です。
一式戦闘機隼(はやて)の復元。
120機以上がこの地から沖縄へ向けて飛んだそう。 -
詳細な説明書があります。
平和会館には、特攻直前、半分の手ぬぐいを婚約者に送った遺書が展示されてました。 -
勿論、飛行場もあったのですが、今は跡形もありません。
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館内で写真撮影可能だった、実際に使用され、引き上げられた零戦戦闘機。
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翼の左側は銃砲、右側は250キロの弾薬。
そして燃料は沖縄までの片道…。 -
亡くなった方々が無駄死、とならないよう後世の人間がしっかりしなければなりませんが、今のだらしのない政治を前に英霊の方々に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
特に国会議員には利益誘導や外国人優遇している時間があるなら、知覧に来て頂きたいです。 -
特攻命令まで時間を過ごした三角兵舎です。
実際は、敵からの攻撃を交わす為、屋根を杉の枝で覆ってました。 -
この中で遺書を書いていたそうです。
17才の子に特攻を強いて、遺書を書かせる国家がこの世にあっては絶対にいけません。
明治維新で英才を薩摩は沢山輩出したけど、まさか70年後、薩摩の地でこんな悲惨な事が起こるとは思いもよらなかったことでしょう。 -
続100名城のスタンプはこちらになります。
特攻記念館と入場券がセット販売されていることもあり、観光客はそこそこおられます。
係員さんもお忙しそう。 -
知覧ではとても重い気持ちになってしまいましたけど、日本人として絶対行かねばと思っていた場所なので、訪問することが出来、良かったです。
鹿児島市内にもどり、西郷隆盛像までやって来ました。
台座を含めると8メートル! -
鹿児島訪問して思いましたが、西郷隆盛ともう一人の偉人、大久保利通はあまり人気ないんですかね?
お土産は西郷隆盛の顔写真のものは沢山あったけど、大久保利通の顔写真のものは殆どなかった。
彼も紀尾井坂の変で暗殺されているので、悲惨な亡くなり方だと思うのですが。 -
鹿児島で楽しみにしていたのが、鹿児島近代文学館。
実は私、向田邦子先生のファンでして、こちらの文学館には先生の生前、使用していた家具や、実際オーダーされた洋服が展示されているのですよ。撮影禁止。 -
近代文学館に大満足し、天文館通りまでやって来ました。
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しろくまで有名なむじゃき、です。
夕方でかつ、体感温度は1度ですがしろくま食べたいと思います! -
有名店だけあって、サインが沢山!
店内は綺麗でしたよ。 -
しろくまの前に…
鹿児島産黒豚サンドイッチ頂きます!
ボリュームあって美味しい~。 -
真冬なんで小さいサイズのしろくまにしました。
でも、これでも東京では普通サイズだと思う…。
長崎で食べたミルクシェーキににてます。
ちゃんと下にもフルーツありましたよ。 -
ホテルはガストフさんにしました。
鹿児島中央駅からのバス停から直ぐ近く。
また維新ふるさと館からも近くで、交通の便はピカイチだと思います。 -
翌日はカゴシマシティビューという観光バスを利用して、仙巌園までいきます。
こちらの1日チケットは市電も乗れるスグレモノ! -
自力では行かないであろう城山で下車し、城山展望台に行きます。
バス下車後、まだ上りが続きます… -
桜島!
今日は雨で曇がかかってますが、すこ~し、晴れ間が望めました。 -
なお、このバスは30分に1本ですが、まってられないので、歩きます!
一応、補足されてますが、下まで行かないと民家はないです。夜の一人歩きはやめましょう。 -
途中、こんな建物がありました。
西郷隆盛って本当に人気あるのね。 -
西郷洞窟まで来ました。
西南戦争で政府軍に追い詰められた薩摩軍の西郷隆盛と側近たちが、最後の5日間、立て籠もった洞窟。 -
西南戦争は西郷隆盛が主犯というより薩摩藩士に祭り上げられたという感がします。
武士の身分を剥奪されて、急に自分で生計たてて下さい、と言われても世の中の流れについてゆけず政府に不満を持つ人も出てくるかもしれません。
現代にも通じるような。 -
西郷隆盛の座右の銘です。
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鹿児島本線のトンネルの上!
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道なりに下って、城山トンネルを左にみて進むと西郷洞窟の近くに西郷隆盛終焉の地があります。
付近は住宅地です。 -
9月24日朝、洞窟を出て、城山を下る途中で被弾し、別府晋介の介錯で自刃。
晋どん、もうここらでよか。
西郷隆盛の見分をしたのが、(西郷に敬意を示しているものの)山縣有朋っていうのが、癪だわ…。 -
そのまま鹿児島城までやってきました。
ここら辺は西南戦争の銃弾跡が沢山残ってます。 -
西郷隆盛が明治6年の政変に破れ、薩摩に戻り設立した私学校跡です。
西南戦争が無かったら、それこそ6大学のように今に続く私立大学として存続していたのではないでしょうか。 -
結構銃砲跡残ってますね。
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復元された後楼門。
鶴丸城にそびえた国内最大級の城門。 -
100名城のスタンプは黎明館にあります。
色んなスタンプが沢山ありますのでご注意下さい。 -
バスに再び乗車し、仙巌園に到着。
世界遺産だけあって、大変綺麗に整備されてます。
なお、仙巌園駅という駅ができるそうです。
地元が結構費用負担するみたい…。
経済対策かな? -
旧集成館反射炉跡。
反射炉跡もそうだけど、こういう実験的なものを大名庭園の中に作ってしまう島津斉彬が凄い。 -
山神・水神にもお参りしましょう。
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仙巌園の中はこのように、おしゃれなお店が連なってます。お土産やお食事何処は充実してます。
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鶴灯籠。1857年斉彬がガス灯の実験を行い点灯に成功。その時に使用されていたのが、この灯籠。
浴槽近くのガス室から灯籠までガス管を引いてたそう。
自宅の浴槽を実験台にする斉彬! -
御殿は和室ですが洋服の設えのお部屋もありました。
実際、ロシアの皇太子やイギリス王族をここでおもてなしすることもあったそう。 -
忠義が日常使用していたお部屋。
とてもシンプル。 -
日常使用していた部屋からは桜島を拝見できます。
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1箇所中庭があります。
雄大な御殿のお庭より、私はこちらのお庭の方が落ちつきますw -
藩主専用の浴室。
日常を過ごす部屋や寝室、お手洗いとコンパクトにまとまっていました。 -
こちらのお部屋は皇族が使用されたことがあるそうです。
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鶴嶺神社は参拝すると綺麗になれるそうですが、今の何処、私には効果はないようです。
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隣の尚古集成館も仙巌園のチケットで入場できます。
日本最古の石造様式機械工場。重文です。 -
やっぱり島津義弘の敵中突破(関ヶ原の戦い)はテンション上がるわ。
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仙巌園から鹿児島中央駅まで戻りました。
これから明治の偉人達が幼少期を過ごした場所に向かいます。
この建物は維新ふるさと館。この付近に集中してます。 -
大久保利通、西郷隆盛の生い立ちの地。
明治維新が過ぎてこの地が風化してしまうことを憂いた方々(薩摩の偉い人達)がこの石碑を残したのだそうです。 -
公園から直ぐ近くには大山巌誕生地。西郷隆盛と従兄弟ですな。
ニコライ2世は大山の事、猿のようだと馬鹿にしていたけど、日露戦争に実質敗北してどんな気持ち?
因みに日露戦争は、欧州では、ヨーロッパが初めて有色人種に負けた戦争と認識されています… -
そして、鹿児島中央高校の一角にはバルチック艦隊を撃破した東郷平八郎誕生地!
陸の大山、海の東郷!
二人の誕生地を確認できて感激! -
もう一度、ふるさと館方面に戻り、西郷隆盛、従道誕生地へ。
西南戦争って随分とご近所での戦いだったんですね。 -
付近は立派な公園になっておりますよ。
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なお、大久保利通誕生地…
駐車場になっていたw
迫り来る地上げの波に飲まれたか…
誕生地はナポリ通りという幹線道路沿いです。
西郷隆盛誕生地は幹線道路からはちょっと外れた何処。 -
最後に西郷隆盛邸宅前。
実父逝去後、生活が困窮し先程の誕生地の土地を売却し、こちらに一時住んだそうです。
鹿児島中央駅周辺には、明治維新で活躍した以上達所縁の場所があり、一人大興奮してました。
これから志布志に停泊中のさんふらわー行きのバスに乗車し志布志城へ!
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