2024/10/01 - 2024/10/03
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西のマーガレットさん
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この旅行記スケジュールを元に
久しぶりに雲仙温泉まで行く計画を立て、その途中にある嬉野温泉にも帰りに寄ることにしました。嬉野温泉では立ち寄りでしか利用したことのない山の中の宿が予約できたので喜んでいたのですが、夜中にちょっと嫌なことが起こりました。もう、あの宿には二度と泊まらないでしょう。
1日目は、島原城下を通り、雲仙温泉へ、2日目は嬉野温泉で一泊という2泊3日の旅です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝、車で家を出て昼頃に島原まで来ました。そのまま雲仙に行ってもまだ宿に入るには早いので島原城下をぶらぶらしてみることになりました。お昼だったので開いているお店に入りました。
菜かの グルメ・レストラン
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昔城下町だったためか、道路が碁盤の目状になっています。そのまっすぐな道沿いにあった「菜かの」というお店です。
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こじんまりとした店内
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メニューに「具雑煮」とあったので聞いてみると、「お正月に食べるお雑煮のようなものです」とお店の方が言われました。島原の代表的な郷土料理だそうです。一説にはその考案者は島原の乱の総大将、天草四郎時貞とも言われているそうで、おもちの他に、海の幸、山の幸が たくさん入っていました。
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こちらも島原名物の「手延べそうめん」
「島原の乱で荒れ果てた地に、復興のため小豆島から移住した人々の中にいた手延べそうめん造りの名人が、藩主の保護を受けてその技法を島原地方に伝えたとされています。」と説明にありました。 -
これから武家屋敷跡を巡ります。お店の方に武家屋敷を巡るときの駐車場を尋ねると、この後お店はしばらく閉めるのでのまま車はおいていてもいいよと親切に言ってくださったのですが、本来の駐車場に置きました。
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この建物は中学校ですが、周りは白い塀で囲まれています。
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白い塀の中がお城の敷地だったようで、上士屋敷があったようです。狭間が並んでいます。
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お城を囲む塀には7つ門があったそうです。これはその一つ桜門跡なのかな?今は中学校の門となっています。
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「菜かの」の前を通るこの道は「殿様道路」と呼ばれているようです。確かに他の道より広い。
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この辺りの地図をよく見て、武家屋敷跡に行きます。
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島原城の外郭の西側に、扶持取70石以下の下士たちの住居がありそれが残されているのです。戦いのときは鉄砲を主力とする徒士(徒歩)部隊の住居だったことから鉄砲町とも呼ばれているそうです。
武家屋敷 名所・史跡
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真ん中に水路があり、今もきれいな水が流れています。まっすぐに伸びた道の両側に石塀があり、住居がずらっと並んで建っていたのでしょう。そのいくつかは残っており、無料開放されている家もあります。
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一部瓦の藁ぶき屋根の家がありました。
山本邸 篠塚邸 鳥田邸(武家屋敷) 名所・史跡
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「山本邸」です。山本家は、徳川幕府の譜代大名松平忠房が島原城に移されるずっと以前の松平家三河時代からの家臣だったそうです。
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六五の井戸
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大正六年五月に完成したので六五の井戸と命名したと書いてあります。
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篠塚邸です。入り口の緑の塀が美しい。やはり先祖は三河のようです。
山本邸 篠塚邸 鳥田邸(武家屋敷) 名所・史跡
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「ここ一帯に徒士屋敷があり、松重重政が島原城を築いたときに下士をまとめて住まわせた。上士は城内に取り込んでいる」と説明があります。また、鉄砲町の別の由来も書いてあります。「一軒一軒の屋敷には境界がなく燐家の奥まで丸見えで鉄砲の筒の中をのぞいたようだというので鉄砲町と呼ばれた」とあります。
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石垣の石の組み方が様々あります。
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注意深く見てみると、
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時代によって、
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いろいろな組み方をしていて
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興味深いです。
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組み方が異なる石塀が並んでいます。美しいです。
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武家屋敷町並み保存地区となっているので、今でもこのように美しい石塀が残っているのですね。
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鳥田邸
山本邸 篠塚邸 鳥田邸(武家屋敷) 名所・史跡
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やはり藩主と共に三河からやってきています。
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なになに、「吉田松陰来訪の地」とあります。
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吉田松陰は、島原藩士・宮川度右衛門(たくえもん)の家を嘉永3年(1850年)に訪ねたようです。ここは宮川邸跡です。彼は兵学研鑽の旅の途中、当主の度右衛門守興と鉄砲について語り合ったり、護国寺などを見学したりして、島原で一週間ほどを過ごしたのでした。島原のこの地を訪れていたこと、知りませんでした。
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島原城にやって来ました。見事な石垣です。
島原城 名所・史跡
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高い石垣の間を通り抜けて進みます。
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勇壮な白い五層の天守閣
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入場料一人700円を払って城内に入ります。
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島原城は、松倉豊後守重政によって1618年から7年の歳月を費やして築城されました。明治になって廃城となり、1960年に西櫓が復元され、天守や櫓が順次復元されていきました。天守はキリシタン関係の歴史資料館になっています。
島原城キリシタン史料館 西望記念館 観光復興記念館 美術館・博物館
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最上階からは360度辺りを見回すことができます。外郭は周囲4キロあり、三の丸跡には学校が建っています。
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西側の普賢岳方面
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説明板
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南の島原港方面
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南側説明板
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北側の諫早方面
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説明板
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東側熊本方面
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東側の説明板
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「島原大変肥後迷惑」とは、江戸時代に長崎県島原で起きた雲仙岳の噴火と津波で島原と対岸の熊本県天草にも被害が及んだことを言います。
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この角度も素敵
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記念写真はこちらで。
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日本100名城にも認定された勇壮なお城です。
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お濠がお庭になっていました。
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時鐘楼 延宝3年(1675年)、初代藩主松平忠房が「人々に時刻を知らせ、守らせることは政治の中でも大切なことである」と鐘楼を建てたそうです。
時鐘楼 名所・史跡
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日本人は昔から時を守って生活してきたのですね。これから雲仙に向かいます。
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