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2度目のインド旅で宮殿ホテルのラスボスの存在に気付いた私は、翌年、ハイデラバードを目指して旅へ出た。<br />https://4travel.jp/travelogue/11936444<br /><br />バンガロールIN、デリーOUTの旅程表を自分で作り、インド専門の旅行会社V社に送って日本語ガイドと専用車の手配を依頼。今回の旅ではホテルを全て自分で予約した。<br /><br />Taj Hotels のWebサイトによると、インドのヘリテージホテルのトップ9を次のとおりランキングしている。順位に異論があるかもしれないが、トップ4は私が「インド4大宮殿ホテル」として見込んだとおりである。2015年に04→01→02の順に宿泊済み。今回、私が泊まるのは、03のファラクヌマパレスである。<br /><br />Top 9 Heritage Hotels &amp; Palaces in India<br />01 Taj Lake Palace, Udaipur<br />02 Rambagh Palace, Jaipur<br />03 Taj Falaknuma Palace, Hyderabad<br />04 Umaid Bhawan Palace, Jodhpur<br />05 The Taj Mahal Palace, Mumbai<br />06 Jai Mahal Palace, Jaipur<br />07 Taj Usha Kiran Palace, Gwalior<br />08 Taj Nadesar Palace, Varanasi<br />09 Taj Fateh Prakash Palace, Udaipur

3度目のインド ハイデラバードでファラクヌマパレスに泊まる(2016年12月)

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2016/12/17 - 2016/12/23

87位(同エリア94件中)

Fúgāngrénさん

2度目のインド旅で宮殿ホテルのラスボスの存在に気付いた私は、翌年、ハイデラバードを目指して旅へ出た。
https://4travel.jp/travelogue/11936444

バンガロールIN、デリーOUTの旅程表を自分で作り、インド専門の旅行会社V社に送って日本語ガイドと専用車の手配を依頼。今回の旅ではホテルを全て自分で予約した。

Taj Hotels のWebサイトによると、インドのヘリテージホテルのトップ9を次のとおりランキングしている。順位に異論があるかもしれないが、トップ4は私が「インド4大宮殿ホテル」として見込んだとおりである。2015年に04→01→02の順に宿泊済み。今回、私が泊まるのは、03のファラクヌマパレスである。

Top 9 Heritage Hotels & Palaces in India
01 Taj Lake Palace, Udaipur
02 Rambagh Palace, Jaipur
03 Taj Falaknuma Palace, Hyderabad
04 Umaid Bhawan Palace, Jodhpur
05 The Taj Mahal Palace, Mumbai
06 Jai Mahal Palace, Jaipur
07 Taj Usha Kiran Palace, Gwalior
08 Taj Nadesar Palace, Varanasi
09 Taj Fateh Prakash Palace, Udaipur

  • 2016年12月17日(土)<br />キャセイドラゴン航空で福岡から香港へ<br />KA381 福岡(FUK) 16:15 → 香港(HKG) 19:15<br /><br />香港ドラゴン航空(港龍航空)がキャセイパシフィック航空の完全子会社となり、2016年11月からブランド名がキャセイドラゴン航空(國泰港龍航空)に変更された。変更されて間もないので機体のロゴは旧塗装。

    2016年12月17日(土)
    キャセイドラゴン航空で福岡から香港へ
    KA381 福岡(FUK) 16:15 → 香港(HKG) 19:15

    香港ドラゴン航空(港龍航空)がキャセイパシフィック航空の完全子会社となり、2016年11月からブランド名がキャセイドラゴン航空(國泰港龍航空)に変更された。変更されて間もないので機体のロゴは旧塗装。

  • 香港国際空港(HKG)で乗り継ぎ。<br />キャセイドラゴン航空で<br />バンガロール(Bangalore)へ<br />Cathay Dragon KA154<br />香港(HKG) 21:00 →<br />バンガロール(BLR) 00:30+<br /><br />中文でバンガロールは<br />班加羅爾 Bān jiā luó ěr<br />バンジアルォール<br /><br />Kempegowda International Airport<br />バンガロールのケンペゴウダ国際空港で<br />ガイドと合流してホテルへ送迎。<br /><jüSTa MG Road 泊>

    香港国際空港(HKG)で乗り継ぎ。
    キャセイドラゴン航空で
    バンガロール(Bangalore)へ
    Cathay Dragon KA154
    香港(HKG) 21:00 →
    バンガロール(BLR) 00:30+

    中文でバンガロールは
    班加羅爾 Bān jiā luó ěr
    バンジアルォール

    Kempegowda International Airport
    バンガロールのケンペゴウダ国際空港で
    ガイドと合流してホテルへ送迎。
    <jüSTa MG Road 泊>

  • 2016年12月18日(日)<br />専用車でバンガロール市内観光へ。<br /><br />カルナータカ州政府庁舎<br />Vidhana Soudha ヴィダーナ・サウダ<br /><br />1956年に建設されたネオドラヴィダ様式の建築(Neo Dravidian architecture)で、バンガロールを象徴する建物の一つである。

    2016年12月18日(日)
    専用車でバンガロール市内観光へ。

    カルナータカ州政府庁舎
    Vidhana Soudha ヴィダーナ・サウダ

    1956年に建設されたネオドラヴィダ様式の建築(Neo Dravidian architecture)で、バンガロールを象徴する建物の一つである。

  • Tipu Sultan&#39;s Palace<br />ティプー・スルターン宮殿<br /><br />マイソール王、ティプー・スルターンが1791年に建てた木造の宮殿。

    Tipu Sultan's Palace
    ティプー・スルターン宮殿

    マイソール王、ティプー・スルターンが1791年に建てた木造の宮殿。

  • Bull Temple<br />ブル寺院<br /><br />1537年に建立されたヒンドゥー寺院。<br />高さ4.5m、幅6mの巨大な牡牛(おうし)、ナンディーの像が祀られている。<br />ナンディ(Nandhi)はシヴァ神の乗り物とされている。

    Bull Temple
    ブル寺院

    1537年に建立されたヒンドゥー寺院。
    高さ4.5m、幅6mの巨大な牡牛(おうし)、ナンディーの像が祀られている。
    ナンディ(Nandhi)はシヴァ神の乗り物とされている。

  • Mysore → Somanathapur(約35km)<br />マイソールの郊外にある農村、<br />ソムナートプルへ。<br /><br />Keshava temple at Somanathapur<br />ソームナートプルのケーシャヴァ寺院<br /><br />13世紀に建立されたホイサラ様式<br />(Hoysala architecture) の寺院建築の傑作。<br />星形の基壇(star-shaped platform)が特徴。

    Mysore → Somanathapur(約35km)
    マイソールの郊外にある農村、
    ソムナートプルへ。

    Keshava temple at Somanathapur
    ソームナートプルのケーシャヴァ寺院

    13世紀に建立されたホイサラ様式
    (Hoysala architecture) の寺院建築の傑作。
    星形の基壇(star-shaped platform)が特徴。

  • 村道を走る藁を満載したトラクター<br />過積載でもお構いなし。

    村道を走る藁を満載したトラクター
    過積載でもお構いなし。

  • 村道を歩む家畜のヤギの群れ。<br />インドではマトン=ヤギ肉なので、マトンカレー、マトンビリヤニの具材はヤギ肉である。

    村道を歩む家畜のヤギの群れ。
    インドではマトン=ヤギ肉なので、マトンカレー、マトンビリヤニの具材はヤギ肉である。

  • マイソールへ戻って本日の宿へ。<br />ラリタ・マハル Lalitha Mahal<br /><br />イギリス人建築家 E.W. Fritchley の設計により1931年に建てられたマイソール藩王国の迎賓館。インド総督など藩王の賓客が宿泊した。1974年より宮殿ホテルとして営業を開始。<br /><br />妹尾 河童 の著書『河童が覗いたインド』で紹介されている。

    マイソールへ戻って本日の宿へ。
    ラリタ・マハル Lalitha Mahal

    イギリス人建築家 E.W. Fritchley の設計により1931年に建てられたマイソール藩王国の迎賓館。インド総督など藩王の賓客が宿泊した。1974年より宮殿ホテルとして営業を開始。

    妹尾 河童 の著書『河童が覗いたインド』で紹介されている。

  • Reception Hall<br />レセプション・ホール<br /><br />レセプション(フロント)では、アンティークなカウンターで宿泊者名簿を手書きで管理していた。

    Reception Hall
    レセプション・ホール

    レセプション(フロント)では、アンティークなカウンターで宿泊者名簿を手書きで管理していた。

  • ロビーホールの真ん中に鎮座する象の置物

    ロビーホールの真ん中に鎮座する象の置物

  • Krishna Raja Wadiyar IV<br />マイソール藩王国の君主クリシュナ・ラージャ4世(在位 1894年 - 1940年)の肖像画。マイソールを近代化した名君と評価されている。

    Krishna Raja Wadiyar IV
    マイソール藩王国の君主クリシュナ・ラージャ4世(在位 1894年 - 1940年)の肖像画。マイソールを近代化した名君と評価されている。

  • ダイニングホール Dining Hall

    ダイニングホール Dining Hall

  • 客室の設備はいたってシンプル。<br />日本の国民宿舎みたいな公営ホテルなので、サービスは中級ホテル並みで宿泊料はリーズナブル。<br />

    客室の設備はいたってシンプル。
    日本の国民宿舎みたいな公営ホテルなので、サービスは中級ホテル並みで宿泊料はリーズナブル。

  • 宵闇の宮殿外観<br />外観は美しいが、メンテナンスが行き届いておらず、一部老朽化しているのが残念。

    宵闇の宮殿外観
    外観は美しいが、メンテナンスが行き届いておらず、一部老朽化しているのが残念。

  • Light up of Mysore Palace <br />マイソール宮殿のライトアップ<br /><br />宮殿がライトアップされるのは日曜日と祝日のみ。これを見たくてマイソール泊が日曜日になるように旅行計画を立てた。<br /><br />マイソール王国(Kingdom of Mysore)<br />君主の称号:マハーラージャ(Maharaja)<br />君主の宗教:ヒンドゥー(Hindu)<br />礼砲(Gun Salute):21発

    Light up of Mysore Palace
    マイソール宮殿のライトアップ

    宮殿がライトアップされるのは日曜日と祝日のみ。これを見たくてマイソール泊が日曜日になるように旅行計画を立てた。

    マイソール王国(Kingdom of Mysore)
    君主の称号:マハーラージャ(Maharaja)
    君主の宗教:ヒンドゥー(Hindu)
    礼砲(Gun Salute):21発

  • TDLのエレクトリカルパレードみたいな…

    TDLのエレクトリカルパレードみたいな…

  • 2016年12月19日(月)<br />マイソール市内観光へ<br /><br />Amba Vilas Palace アンバ・ヴィラス宮殿<br />通称、Mysore Palace マイソール宮殿<br />イギリス人建築家 Henry Irwin が設計。15年の歳月をかけて1912年に完成した。<br /><br />入場して宮殿の中を観覧。当時はカメラの持ち込みが禁止されてたので、内部の写真はない。<br /><br />神谷 武夫氏の著書『インド建築案内』によると、「全体を統括する骨格と力強さが欠けて、甘い砂糖菓子のような印象がある。」(P.468) と評価は芳しくない。

    2016年12月19日(月)
    マイソール市内観光へ

    Amba Vilas Palace アンバ・ヴィラス宮殿
    通称、Mysore Palace マイソール宮殿
    イギリス人建築家 Henry Irwin が設計。15年の歳月をかけて1912年に完成した。

    入場して宮殿の中を観覧。当時はカメラの持ち込みが禁止されてたので、内部の写真はない。

    神谷 武夫氏の著書『インド建築案内』によると、「全体を統括する骨格と力強さが欠けて、甘い砂糖菓子のような印象がある。」(P.468) と評価は芳しくない。

  • Chamundi Hill<br />チャームンディーの丘<br /><br />標高 1,092m の丘に登ると、魔族マヒシャースラ(Mahishasura)の立像がお出迎え。

    Chamundi Hill
    チャームンディーの丘

    標高 1,092m の丘に登ると、魔族マヒシャースラ(Mahishasura)の立像がお出迎え。

  • 見どころのチャームンディー・シュワリー寺院は改修中でシートで覆われていたので写真なし。<br /><br />子ども達が大人に引率されて来ていた。<br />学校の遠足かな?

    見どころのチャームンディー・シュワリー寺院は改修中でシートで覆われていたので写真なし。

    子ども達が大人に引率されて来ていた。
    学校の遠足かな?

  • Devaraj Market<br />デーヴァーラージ・マーケット<br /><br />マーケットの散策はインド旅行の楽しみの一つ。

    Devaraj Market
    デーヴァーラージ・マーケット

    マーケットの散策はインド旅行の楽しみの一つ。

  • 果物屋<br />リンゴがきれいに積み上げられている。<br />フルーツの芳香が鼻孔をくすぐるようだ。

    果物屋
    リンゴがきれいに積み上げられている。
    フルーツの芳香が鼻孔をくすぐるようだ。

  • バナナ専門店<br />ガイドによると、バナナは皮をむくので食べても大丈夫らしい。<br />

    バナナ専門店
    ガイドによると、バナナは皮をむくので食べても大丈夫らしい。

  • 生花店<br />マリーゴールドは祭事や慶事で使われるインドでは定番の花

    生花店
    マリーゴールドは祭事や慶事で使われるインドでは定番の花

  • マイソールからシュリーランガパトナへ<br />Mysore → Srirangapatna(約20㎞)<br /><br />ダリア・ダウラト・バーグ<br />Daria Daulat Bagh<br />18世紀後半にマイソール王、ティプー・スルターン (Tipu Sultan)が建てた夏の宮殿。

    マイソールからシュリーランガパトナへ
    Mysore → Srirangapatna(約20㎞)

    ダリア・ダウラト・バーグ
    Daria Daulat Bagh
    18世紀後半にマイソール王、ティプー・スルターン (Tipu Sultan)が建てた夏の宮殿。

  • 18世紀後半、国王を傀儡化してマイソールを支配した、ムスリム軍人のハイダル・アリーとその息子ティプー・スルターンは、1767年から1799年にかけてイギリスと四度にわたって戦った(マイソール戦争:Anglo-Mysore Wars)。<br /><br />第二次マイソール戦争で、マイソール軍がイギリス東インド会社軍に勝利したポリルールの戦い(Battle of Pollilur:1780年)の様子が宮殿の壁に描かれている。

    18世紀後半、国王を傀儡化してマイソールを支配した、ムスリム軍人のハイダル・アリーとその息子ティプー・スルターンは、1767年から1799年にかけてイギリスと四度にわたって戦った(マイソール戦争:Anglo-Mysore Wars)。

    第二次マイソール戦争で、マイソール軍がイギリス東インド会社軍に勝利したポリルールの戦い(Battle of Pollilur:1780年)の様子が宮殿の壁に描かれている。

  • Lord Cornwallis Receiving the Sons of Tipu Sultan as Hostages<br /><br />第三次マイソール戦争で敗れたティプー・スルターンは、和平条約で領土の割譲と高額の賠償金の支払いを課せられ、二人の息子を人質としてイギリスに差し出した(1792年)。<br /><br />人質として差し出された二人の子どもの手を引いているのは、イギリス領インド総督兼総司令官のチャールズ・コーンウォリス。アメリカ独立戦争でイギリス軍を指揮した将軍の一人で、ヨークタウンの戦い(1781年)で、ジョージ・ワシントン率いる大陸軍に降伏した過去がある。

    Lord Cornwallis Receiving the Sons of Tipu Sultan as Hostages

    第三次マイソール戦争で敗れたティプー・スルターンは、和平条約で領土の割譲と高額の賠償金の支払いを課せられ、二人の息子を人質としてイギリスに差し出した(1792年)。

    人質として差し出された二人の子どもの手を引いているのは、イギリス領インド総督兼総司令官のチャールズ・コーンウォリス。アメリカ独立戦争でイギリス軍を指揮した将軍の一人で、ヨークタウンの戦い(1781年)で、ジョージ・ワシントン率いる大陸軍に降伏した過去がある。

  • グンバズ Gumbaz<br />ティプー・スルターンの墓廟。<br /><br />第四次マイソール戦争で、ティプー・スルターンはイギリス軍に最後まで抵抗し、1799年5月4日の総攻撃で壮絶な戦死を遂げた。<br /><br />ロンドンの V&A Museum で、Tipu&#39;s Tiger(ティプーの虎)を見たことがある。マイソール軍との戦闘に勝利したイギリス軍が、ティプー・スルターンの夏の宮殿から略奪して本国へ持ち帰った戦利品だ。ぜひ &quot;Tipu&#39;s Tiger&quot; で画像検索して見てほしい。虎がイギリス人兵士に襲い掛かる様子を模した外形は、ティプーのイギリス軍への憎しみを如実に表している。

    グンバズ Gumbaz
    ティプー・スルターンの墓廟。

    第四次マイソール戦争で、ティプー・スルターンはイギリス軍に最後まで抵抗し、1799年5月4日の総攻撃で壮絶な戦死を遂げた。

    ロンドンの V&A Museum で、Tipu's Tiger(ティプーの虎)を見たことがある。マイソール軍との戦闘に勝利したイギリス軍が、ティプー・スルターンの夏の宮殿から略奪して本国へ持ち帰った戦利品だ。ぜひ "Tipu's Tiger" で画像検索して見てほしい。虎がイギリス人兵士に襲い掛かる様子を模した外形は、ティプーのイギリス軍への憎しみを如実に表している。

  • The Last Effort and Fall of Tipu Sultan<br />マイソール戦争で最後の戦闘となった、シュリーランガパトナ総攻撃(1799年)の画。<br />中央左寄りに描かれているのは、刀を振るい最後まで奮戦するティプー・スルターン。<br /><br />この戦闘で勝利したイギリス東インド会社軍の編成部隊、歩兵第33聯隊(33rd Regiment of Foot)を指揮したのは、アーサー・ウェルズリー大佐(当時30歳)。彼は後にウェリントン公爵として連合軍を率い、ワーテルローの戦い(Battle of Waterloo:1815年)でナポレオン率いるフランス軍に勝利する。

    The Last Effort and Fall of Tipu Sultan
    マイソール戦争で最後の戦闘となった、シュリーランガパトナ総攻撃(1799年)の画。
    中央左寄りに描かれているのは、刀を振るい最後まで奮戦するティプー・スルターン。

    この戦闘で勝利したイギリス東インド会社軍の編成部隊、歩兵第33聯隊(33rd Regiment of Foot)を指揮したのは、アーサー・ウェルズリー大佐(当時30歳)。彼は後にウェリントン公爵として連合軍を率い、ワーテルローの戦い(Battle of Waterloo:1815年)でナポレオン率いるフランス軍に勝利する。

  • ココナッツを買い求めるガイドさん。<br />私はココナッツの果汁の青くさい風味が苦手なのでノーサンキュー。<br /><br />シュリーランガパトナ観光後、<br />今夜の宿泊地 Hassan へ移動。

    ココナッツを買い求めるガイドさん。
    私はココナッツの果汁の青くさい風味が苦手なのでノーサンキュー。

    シュリーランガパトナ観光後、
    今夜の宿泊地 Hassan へ移動。

  • Srirangapatna → Hassan(約100㎞)<br />Hassan で夕食。<br /><br />マサラドーサを食べた。<br />やっと南インドらしい食事にありつけた。<br /><br />食事代込みで旅行代金を支払っているので、<br />レストランのセレクトはガイドが主導。<br /><br />これまで北インド風のターリー定食が続いていたので、ちょっとモヤっとしていたところ。<br /><Mallige Residency 泊>

    Srirangapatna → Hassan(約100㎞)
    Hassan で夕食。

    マサラドーサを食べた。
    やっと南インドらしい食事にありつけた。

    食事代込みで旅行代金を支払っているので、
    レストランのセレクトはガイドが主導。

    これまで北インド風のターリー定食が続いていたので、ちょっとモヤっとしていたところ。
    <Mallige Residency 泊>

  • 2016年12月20日(火)<br /><br />ホテルの朝食で、とても美味しくておかわりしたドーナツ型の揚げ物。ウラド豆をすりつぶした生地に香味野菜やスパイスを混ぜて油で揚げた、南インドの惣菜 Vada(ワダ)である。

    2016年12月20日(火)

    ホテルの朝食で、とても美味しくておかわりしたドーナツ型の揚げ物。ウラド豆をすりつぶした生地に香味野菜やスパイスを混ぜて油で揚げた、南インドの惣菜 Vada(ワダ)である。

  • Hassan → Belur(約40㎞)<br />専用車でBelur(ベールール)へ。<br /><br />Chennakeshava Temple<br />チェナケーシャバ寺院<br /><br />12世紀初めに建立されたヒンドゥー寺院。<br />ここに来たのは、ある像を見るためである。

    Hassan → Belur(約40㎞)
    専用車でBelur(ベールール)へ。

    Chennakeshava Temple
    チェナケーシャバ寺院

    12世紀初めに建立されたヒンドゥー寺院。
    ここに来たのは、ある像を見るためである。

  • Lady with mirror<br />鏡を見る美女<br /><br />南 藍海さんの著書『インド一周ひとり旅』の中に、「鏡の美女」の写真を見て心惹かれた著者が、この像を見るためにインドへひとり旅に出る紀行文が載っている。<br />この本を読んでインスピレーションを受け、私も「鏡の美女」に会いに来たのだ。

    Lady with mirror
    鏡を見る美女

    南 藍海さんの著書『インド一周ひとり旅』の中に、「鏡の美女」の写真を見て心惹かれた著者が、この像を見るためにインドへひとり旅に出る紀行文が載っている。
    この本を読んでインスピレーションを受け、私も「鏡の美女」に会いに来たのだ。

  • 他にも複数の像がある。

    他にも複数の像がある。

  • ベールールからハレービドへ。<br />Belur → Halebid(約20㎞)<br /><br />Hoysaleshwara Temple<br />ホイサレーシュワラ寺院<br />その名のとおり、ホイサラ様式のヒンドゥー寺院。12世紀に建立された。

    ベールールからハレービドへ。
    Belur → Halebid(約20㎞)

    Hoysaleshwara Temple
    ホイサレーシュワラ寺院
    その名のとおり、ホイサラ様式のヒンドゥー寺院。12世紀に建立された。

  • この寺院も外壁にヒンドゥーの神々が所狭しと彫られている。<br /><br />

    この寺院も外壁にヒンドゥーの神々が所狭しと彫られている。

  • 「彫刻の洪水」とでもいうべき壁面の彫刻密度に圧倒される。

    「彫刻の洪水」とでもいうべき壁面の彫刻密度に圧倒される。

  • Halebid → Shravanabelagola(約80㎞)<br />シュラヴァナベラゴラは、南インド最大のジャイナ教の聖地。<br /><br />ヴィンディヤギリの岩山に刻まれた614段の石段を登って山頂を目指す。

    Halebid → Shravanabelagola(約80㎞)
    シュラヴァナベラゴラは、南インド最大のジャイナ教の聖地。

    ヴィンディヤギリの岩山に刻まれた614段の石段を登って山頂を目指す。

  • ヴィンディヤギリの頂上には、ジャイナ教の第二代祖師ゴマテーシュワラの立像が建つ。<br /><br />10世紀末に一枚岩から切り出された石像の高さは18m。石像が裸なのは、ジャイナ教の教えである「無所有」を表したもので、手足に絡まるツタの模様は、ゴマテーシュワラが立ったまま何年も瞑想にふけったという伝承を表している。

    ヴィンディヤギリの頂上には、ジャイナ教の第二代祖師ゴマテーシュワラの立像が建つ。

    10世紀末に一枚岩から切り出された石像の高さは18m。石像が裸なのは、ジャイナ教の教えである「無所有」を表したもので、手足に絡まるツタの模様は、ゴマテーシュワラが立ったまま何年も瞑想にふけったという伝承を表している。

  • Shravanabelagola → bangalore(約140㎞)<br />専用車でバンガロール駅へ移動。<br /><br />KSR Bengaluru Station の駅名標<br />三つの言語は上から順にカンナダ語、ヒンディー語、英語。<br /><br />&quot;KSR&quot; は、カルナータカの民族英雄、Krantivira Sangolli Rayanna クランティヴィラ・サンゴリ・ラヤンナ を顕彰して駅名としたもの。<br /><br />彼は1829年にイギリスに対して反乱を起こし、捕らえられて絞首刑に処せられたインド独立の烈士である。<br /><br />ここから列車に乗って車中泊し、ハイデラバードへ向かう。

    Shravanabelagola → bangalore(約140㎞)
    専用車でバンガロール駅へ移動。

    KSR Bengaluru Station の駅名標
    三つの言語は上から順にカンナダ語、ヒンディー語、英語。

    "KSR" は、カルナータカの民族英雄、Krantivira Sangolli Rayanna クランティヴィラ・サンゴリ・ラヤンナ を顕彰して駅名としたもの。

    彼は1829年にイギリスに対して反乱を起こし、捕らえられて絞首刑に処せられたインド独立の烈士である。

    ここから列車に乗って車中泊し、ハイデラバードへ向かう。

  • 座席は AC First Class<br />エアコン付き一等寝台<br />4人1室のコンパートメント。私とガイド、そしてハイソな雰囲気ただようインド人老夫婦と相部屋になった。<br /><br />AC First Class は嬉しいことに食事付き。手前左側の見た目はアレな緑色の料理は、私の好きなパーラク・パニール(Palak paneer, ほうれん草とカッテージチーズのカレー)。肉なしのベジメニューである。

    座席は AC First Class
    エアコン付き一等寝台
    4人1室のコンパートメント。私とガイド、そしてハイソな雰囲気ただようインド人老夫婦と相部屋になった。

    AC First Class は嬉しいことに食事付き。手前左側の見た目はアレな緑色の料理は、私の好きなパーラク・パニール(Palak paneer, ほうれん草とカッテージチーズのカレー)。肉なしのベジメニューである。

  • 2016年12月21日(水)<br />Secunderabad Junction, Hyderabad<br />シカンダラーバード駅で下車。シカンダラーバードはハイデラバードの双子都市である。<br />AC First Class の車両の塗装が何だこりゃ?<br />子どもの落書きかよっ!

    2016年12月21日(水)
    Secunderabad Junction, Hyderabad
    シカンダラーバード駅で下車。シカンダラーバードはハイデラバードの双子都市である。
    AC First Class の車両の塗装が何だこりゃ?
    子どもの落書きかよっ!

  • 乗車した列車のサボ(行先標)<br />バンガロール発、デリー行き<br />22691 Bangalore Rajdhani Express<br />20:00 KSR Bengaluru 発<br />07:35 Secunderabad Jn. 着<br /><br />Rajdhani(ラージダーニー)はヒンディー語で首都の意味。首都デリーと地方の主要都市を結ぶ優等列車に名付けられている。

    乗車した列車のサボ(行先標)
    バンガロール発、デリー行き
    22691 Bangalore Rajdhani Express
    20:00 KSR Bengaluru 発
    07:35 Secunderabad Jn. 着

    Rajdhani(ラージダーニー)はヒンディー語で首都の意味。首都デリーと地方の主要都市を結ぶ優等列車に名付けられている。

  • 駅まで迎えに来た専用車に乗って、<br />ハイデラバード市内観光へ。<br /><br />Osmania University<br />オスマニア大学<br /><br />ニザーム王国の君主、ウスマーン・アリー・ハーン(Osman Ali Khan)により1918年に創立された名門大学。インド・サラセン様式の校舎は、壮麗な歴史的建築である。

    駅まで迎えに来た専用車に乗って、
    ハイデラバード市内観光へ。

    Osmania University
    オスマニア大学

    ニザーム王国の君主、ウスマーン・アリー・ハーン(Osman Ali Khan)により1918年に創立された名門大学。インド・サラセン様式の校舎は、壮麗な歴史的建築である。

  • British Residency, Hyderabad<br />旧イギリス駐在官官邸<br /><br />イギリス領インド帝国(British Raj)時代、イギリスは藩王国に駐在官(Resident)を派遣して、内政に干渉した。<br /><br />訪問時は廃墟のように朽ちかけていたが、リノベーション工事を施されて、現在はミュージアムとして公開されている。

    British Residency, Hyderabad
    旧イギリス駐在官官邸

    イギリス領インド帝国(British Raj)時代、イギリスは藩王国に駐在官(Resident)を派遣して、内政に干渉した。

    訪問時は廃墟のように朽ちかけていたが、リノベーション工事を施されて、現在はミュージアムとして公開されている。

  • Golconda fort<br />ゴールコンダ城塞<br />16~17世紀にこの地方を治めたゴールコンダ王国の城塞。

    Golconda fort
    ゴールコンダ城塞
    16~17世紀にこの地方を治めたゴールコンダ王国の城塞。

  • 城塞の最上部からの眺め<br />1687年、アウラングゼーブ帝が親征するムガル帝国軍の攻撃により落城し、王国は滅亡した。

    城塞の最上部からの眺め
    1687年、アウラングゼーブ帝が親征するムガル帝国軍の攻撃により落城し、王国は滅亡した。

  • Tomb of Sultan Muhammad Qutb Shah<br />ゴールコンダ王国の第6代国王スルターン・ムハンマド・クトゥブ・シャー(1593年 -1626年)の墓廟。<br />城塞の麓にはゴールコンダ王国の君主たちの墓廟が建ち並んでいる。

    Tomb of Sultan Muhammad Qutb Shah
    ゴールコンダ王国の第6代国王スルターン・ムハンマド・クトゥブ・シャー(1593年 -1626年)の墓廟。
    城塞の麓にはゴールコンダ王国の君主たちの墓廟が建ち並んでいる。

  • Paradise パラダイス<br />ビリヤニが名物のレストラン

    Paradise パラダイス
    ビリヤニが名物のレストラン

  • Mutton Biryani マトンビリヤニ<br />炊きあがったお米(バスマティ)はパラパラとほぐれて、口に入れるとフワッとした食感。これが本物のビリヤニだよ!<br /><br />日本のインネパでビリヤニを注文すると、油ベタベタのカレーチャーハンが出てきて心底がっかりさせられる。声を大にして言いたい。ビリヤニは炊き込みご飯です!

    Mutton Biryani マトンビリヤニ
    炊きあがったお米(バスマティ)はパラパラとほぐれて、口に入れるとフワッとした食感。これが本物のビリヤニだよ!

    日本のインネパでビリヤニを注文すると、油ベタベタのカレーチャーハンが出てきて心底がっかりさせられる。声を大にして言いたい。ビリヤニは炊き込みご飯です!

  • Charminar チャールミナール<br />ゴールコンダ王国の君主、ムハマンド・クリー・クトゥブ・シャーが水不足により流行した疫病の終息を記念して1592年に建てた塔。ハイデラバードを象徴する歴史的建築である。

    Charminar チャールミナール
    ゴールコンダ王国の君主、ムハマンド・クリー・クトゥブ・シャーが水不足により流行した疫病の終息を記念して1592年に建てた塔。ハイデラバードを象徴する歴史的建築である。

  • チャールミナールの上から見た風景<br />左手の宮殿のような建物は、<br />総合病院 Nizamia General Hospital

    チャールミナールの上から見た風景
    左手の宮殿のような建物は、
    総合病院 Nizamia General Hospital

  • Chowmahalla Palace<br />チョウマハラ宮殿<br />19世紀中頃に建てられたニザームの公邸。<br /><br />ニザーム王国(Nizam of Hyderabad)<br />ハイデラバード藩王国(Hyderabad State)<br />君主の称号:ニザーム(Nizam)<br />君主の宗教:ムスリム(Muslim)<br />礼砲(Gun Salute):21発

    Chowmahalla Palace
    チョウマハラ宮殿
    19世紀中頃に建てられたニザームの公邸。

    ニザーム王国(Nizam of Hyderabad)
    ハイデラバード藩王国(Hyderabad State)
    君主の称号:ニザーム(Nizam)
    君主の宗教:ムスリム(Muslim)
    礼砲(Gun Salute):21発

  • Durbar Hall<br />ダルバール・ホール<br />謁見の間

    Durbar Hall
    ダルバール・ホール
    謁見の間

  • Nizam ul Mulk Asaf Jah I<br />ニザームル・ムルク・アーサフ・ジャー1世<br />(1671年-1748年)ニザーム王国の太祖。<br />ムガル帝国の宰相カマルッディーン・ハーンは、皇帝の即位に尽力した功績により「ニザーム(国の統治者の意味)」の称号を与えられた。その後、斜陽化する帝国に見切りをつけてデカン高原の所領に戻り、ニザーム王国として独立した。ニザーム(Nizam)の称号は彼の後継者である歴代君主に引き継がれた。

    Nizam ul Mulk Asaf Jah I
    ニザームル・ムルク・アーサフ・ジャー1世
    (1671年-1748年)ニザーム王国の太祖。
    ムガル帝国の宰相カマルッディーン・ハーンは、皇帝の即位に尽力した功績により「ニザーム(国の統治者の意味)」の称号を与えられた。その後、斜陽化する帝国に見切りをつけてデカン高原の所領に戻り、ニザーム王国として独立した。ニザーム(Nizam)の称号は彼の後継者である歴代君主に引き継がれた。

  • Sir Mahbub Ali Khan, the sixth Nizam of Hyderabad, with a contingent of his Arab irregular soldiers, 1890&#39;s.<br /><br />象に乗ってお出ましする、<br />ハイデラバード藩王国第6代ニザーム<br />マフブーブ・アリー・ハーン<br />Mahbub Ali Khan<br />在位:1869年-1911年<br />ニザーム王国の名君として名高い。

    Sir Mahbub Ali Khan, the sixth Nizam of Hyderabad, with a contingent of his Arab irregular soldiers, 1890's.

    象に乗ってお出ましする、
    ハイデラバード藩王国第6代ニザーム
    マフブーブ・アリー・ハーン
    Mahbub Ali Khan
    在位:1869年-1911年
    ニザーム王国の名君として名高い。

  • 背景の白い建物はファラクヌマパレスの正門。<br />ゲストは門から馬車に乗って高台の上に建つ宮殿へ向かう。<br />セレブな演出に旅の高揚感は爆上がり。

    背景の白い建物はファラクヌマパレスの正門。
    ゲストは門から馬車に乗って高台の上に建つ宮殿へ向かう。
    セレブな演出に旅の高揚感は爆上がり。

  • 馬車に揺られて石畳の坂を上るとその先には…

    馬車に揺られて石畳の坂を上るとその先には…

  • Taj Falaknuma Palace, Hyderabad<br />タージ・ファラクヌマパレス<br /><br />ハイデラバード藩王国の宰相が建てた宮殿。1893年竣工。その後、君主であるマフブーブ・アリー・ハーンに譲渡された。

    Taj Falaknuma Palace, Hyderabad
    タージ・ファラクヌマパレス

    ハイデラバード藩王国の宰相が建てた宮殿。1893年竣工。その後、君主であるマフブーブ・アリー・ハーンに譲渡された。

  • ホテルの女性スタッフによるお出迎え

    ホテルの女性スタッフによるお出迎え

  • Grand Stairway 大階段<br />二階へ上がる階段の下にレセプションがある。

    Grand Stairway 大階段
    二階へ上がる階段の下にレセプションがある。

  • Heritage Walk に参加して宮殿内を探索

    Heritage Walk に参加して宮殿内を探索

  • テラスから市街地を望む

    テラスから市街地を望む

  • Ballroom, Durbar Hall<br />ゴージャスな内装

    Ballroom, Durbar Hall
    ゴージャスな内装

  • 101 Dining Hall<br />世界一長いダイニングテーブルの全長は<br />108フィート(約33メートル)。<br />101人が同時にテーブルにつくことができる。

    101 Dining Hall
    世界一長いダイニングテーブルの全長は
    108フィート(約33メートル)。
    101人が同時にテーブルにつくことができる。

  • 部屋の天井と四方の壁は全て木彫。イスラームの幾何学文様と植物文様の木彫が見事。

    部屋の天井と四方の壁は全て木彫。イスラームの幾何学文様と植物文様の木彫が見事。

  • Live Qwwali Peformance<br /><br />夜、ホテルの中庭でカッワーリーの生演奏を聴いた。ゲストがニザーム王国時代の文化に触れるイベントだ。カッワーリー(Qwwali)は、インドやパキスタン、バングラデシュのムスリム聖者廟(ダルガー)で演奏される宗教歌謡である。<br /><br />インド映画 Bajrangi Bhaijaan(邦題『バジュランギおじさんと、小さな迷子』)で、カッワーリーが演奏されるシーンがある。迷子の少女を親元に還すため、サルマン・カーン演じる兄貴(ヒンドゥー教のハヌマーン神を信仰)が、イスラームの聖者廟に足を踏み入れて音楽に聞き入る場面だ。あの映画の中で私が好きなシーンである。

    Live Qwwali Peformance

    夜、ホテルの中庭でカッワーリーの生演奏を聴いた。ゲストがニザーム王国時代の文化に触れるイベントだ。カッワーリー(Qwwali)は、インドやパキスタン、バングラデシュのムスリム聖者廟(ダルガー)で演奏される宗教歌謡である。

    インド映画 Bajrangi Bhaijaan(邦題『バジュランギおじさんと、小さな迷子』)で、カッワーリーが演奏されるシーンがある。迷子の少女を親元に還すため、サルマン・カーン演じる兄貴(ヒンドゥー教のハヌマーン神を信仰)が、イスラームの聖者廟に足を踏み入れて音楽に聞き入る場面だ。あの映画の中で私が好きなシーンである。

  • Mir Mahbub Ali Khan Bahadur Asaf Jah Ⅵ<br />ニザーム王国第9代君主<br />マフブーブ・アリー・ハーンの肖像画<br />在位	1869年-1911年

    Mir Mahbub Ali Khan Bahadur Asaf Jah Ⅵ
    ニザーム王国第9代君主
    マフブーブ・アリー・ハーンの肖像画
    在位 1869年-1911年

  • Edward VII<br />イギリス国王エドワード7世の肖像画<br />在位 1901年-1910年<br />1875年11月から1876年3月にかけて、皇太子としてインドを訪問した。

    Edward VII
    イギリス国王エドワード7世の肖像画
    在位 1901年-1910年
    1875年11月から1876年3月にかけて、皇太子としてインドを訪問した。

  • 私が泊まった部屋 208号室<br />いちばん廉価な部屋でこんな感じ。

    私が泊まった部屋 208号室
    いちばん廉価な部屋でこんな感じ。

  • 2016年12月22日(木)<br />宮殿のテラスから日の出を望む。

    2016年12月22日(木)
    宮殿のテラスから日の出を望む。

  • テラスで朝食<br />食事中、下界の街のあちこちからアザーン(イスラム教の礼拝の呼びかけ)が聞こえた。イスラーム文化が色濃い街、ハイデラバードならでは。

    テラスで朝食
    食事中、下界の街のあちこちからアザーン(イスラム教の礼拝の呼びかけ)が聞こえた。イスラーム文化が色濃い街、ハイデラバードならでは。

  • ハイデラバードからデリーへ飛行機で移動<br />ビスタラ航空 (Vistara) UK830便<br />ハイデラバード(HYD) 9:55 → デリー(DEL) 12:30<br /><br />午後はデリー半日観光へ。<br />クトゥブ・ミナール(Qutab Minar)を訪れた。

    ハイデラバードからデリーへ飛行機で移動
    ビスタラ航空 (Vistara) UK830便
    ハイデラバード(HYD) 9:55 → デリー(DEL) 12:30

    午後はデリー半日観光へ。
    クトゥブ・ミナール(Qutab Minar)を訪れた。

  • 柱に刻まれた植物文様と、アラビア文字のカリグラフィーによるコーランの章句の彫刻が秀逸。

    柱に刻まれた植物文様と、アラビア文字のカリグラフィーによるコーランの章句の彫刻が秀逸。

  • India Gate<br />ライトアップされたインド門を訪問。<br /><br />1914年から1921年の間に、第一次世界大戦などの対外戦争で戦死したイギリス領インド陸軍の将兵を追悼する慰霊碑。

    India Gate
    ライトアップされたインド門を訪問。

    1914年から1921年の間に、第一次世界大戦などの対外戦争で戦死したイギリス領インド陸軍の将兵を追悼する慰霊碑。

  • Secretariat Building, New Delhi<br />中央官庁の庁舎<br />

    Secretariat Building, New Delhi
    中央官庁の庁舎

  • New Delhi の Hotel Broadway で夕食

    New Delhi の Hotel Broadway で夕食

  • 食事中、「デリー市内から空港へ向かう道路が渋滞している」とガイドに連絡が入り、デリー・メトロの Airport Express Line(Orange Line)で移動することになった。<br /><br />Shivaji Stadium 駅から乗車。写真は改札口に立つ少女の人形。子どもの身長がこの人形の高さを超えなければ小児料金が適用される。

    食事中、「デリー市内から空港へ向かう道路が渋滞している」とガイドに連絡が入り、デリー・メトロの Airport Express Line(Orange Line)で移動することになった。

    Shivaji Stadium 駅から乗車。写真は改札口に立つ少女の人形。子どもの身長がこの人形の高さを超えなければ小児料金が適用される。

  • デリー・メトロ Airport 駅の駅名標<br />上段は「空港」を表すヒンディー語で、<br />「ハワーイー・アッダー」と読む。

    デリー・メトロ Airport 駅の駅名標
    上段は「空港」を表すヒンディー語で、
    「ハワーイー・アッダー」と読む。

  • キャセイパシフィック航空 デリー→香港便<br />エコノミークラスの機内食。<br /><br />サービスに定評があるCXでこれか_| ̄|○<br />学校給食かミリメシみたいな…

    キャセイパシフィック航空 デリー→香港便
    エコノミークラスの機内食。

    サービスに定評があるCXでこれか_| ̄|○
    学校給食かミリメシみたいな…

  • 2016年12月23日(金)<br /><br />Cathay Pacific 國泰航空<br />キャセイパシフィック航空 CX694便<br />デリー(DEL) 1:25 → 香港(HKG) 9:10<br /><br />香港国際空港で乗り継ぎ<br /><br />Cathay Dragon 國泰港龍航空<br />キャセイドラゴン航空 (KA) 380便<br />香港(HKG) 11:05 → 福岡(FUK) 15:15

    2016年12月23日(金)

    Cathay Pacific 國泰航空
    キャセイパシフィック航空 CX694便
    デリー(DEL) 1:25 → 香港(HKG) 9:10

    香港国際空港で乗り継ぎ

    Cathay Dragon 國泰港龍航空
    キャセイドラゴン航空 (KA) 380便
    香港(HKG) 11:05 → 福岡(FUK) 15:15

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