2024/10/09 - 2024/10/13
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senninさん
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2024/10/11 今日も街歩きです。
統一会堂
ベトナム戦争証跡博物館
■LUNCH:Bánh Mì 362
SIGONSWAGGER
ホテルでアフタヌーンティー&休憩
■DINNER:Lebanhmi
ホテルへ戻りプールサイドで乾杯
勿論、全~部徒歩です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
本日もホテルの朝食からスタートです。
妻の写真を採用しております。
昨日に比べたら、かなりホテルの朝食らしく見えるでしょ。 -
私は卵を欠かしません。
-
ホテルから統一会堂へ向かいます。
(徒歩15分くらいかなぁ。) -
統一会堂です(入場料が必要です)。
私の世代には”ベトナム戦争終焉の地”として知られています。いわゆる”サイゴン陥落”です。
(ここに北ベトナムの戦車が突入したのが1975年4月30日)
戦車が突入した時点では”(南ベトナムの)大統領官邸”です。統一会堂 建造物
-
小劇場です。
演劇や映画を楽しんでいたようです。 -
映写室。
-
マージャン卓もあります。
-
ビリヤード台とグランドピアノ
勿論、このほかに会議室や指令室など、執務に必要な部屋もたくさんあるのですが、なぜか娯楽部屋に目が行ってしまいました。(事実は知りませんが、「遊び惚けとるから負けるんや」と思ってしまいました。) -
サイゴン陥落の前日と当日には、アメリカ人や南ベトナム要人が街中のあちこちからアメリカ軍のヘリコプターで南シナ海に待機するアメリカの艦船に向けて脱出したそうです。
-
この戦車が、4月30日に当時の大統領官邸(すなわちココ)の門をなぎ倒しながら突入してきた戦車だそうです。
-
50年前になぎ倒された門扉。
-
さて、統一会堂を後に、ベトナム戦争証跡博物館に向かいます。
このあたりの道は両側に立派な街路樹あり、直射日光がさえぎられるので少し涼しく感じます。 -
■ヤラレました。要注意?■
移動の途中、横断歩道を渡ろうとすると”気のよさそうな”おじさんが寄ってきて、「俺について来い」のような仕草を…。
ついていくと、片言の日本語と英語でコミュニケーションをとりながら、天秤棒を担がせてくれたりします。(これ、むっちゃ重い。私は一歩も動けませんでした。)
「気のええおっちゃんやなぁ」と思っていたら、やおら荷物の中から”ヤシの実”を取り出し、カットしてジュースを飲ませてくれます(妻にも)。
そ・し・て・500,000VDN(約¥3,000)よこせと言います。
ここで、初めてヤラレタことに気づく私。
結局、150,000VDN(約¥900)渡してその場を立ち去りました。
(今考えてもムカつく。)
皆様、ご用心あれ。 -
と、ハプニングはありましたが、ベトナム戦争証跡博物館に到着です。
ここも入場料が必要です。
(同時に、日本語解説のレシーバーを勧められましたが、お断りしました。)ベトナム戦争証跡博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
当時の兵器が展示されています。
何故か、兵器・武器に機能美を感じてしまう私です。
(当たり前ですが、戦争は絶対反対です。) -
一番大きな爆弾には、地雷を詰めていたそうです。
地面に当たって爆発するのではなく、ある程度の高さで分解し、そこかしこに地雷を撒き散らすそうです。
ほかにナパーム弾もありました。熱帯雨林を焼き払うために爆発力よりも燃やすことに重点を置いた爆弾です。 -
私のミッション、沢田教一氏の「安全への逃避」です。
川を渡って逃げる2組の母子を写したものです。
沢田氏はこの写真でピュリツァー賞を受賞されています。
私がこの写真を(本で)始めて見たのは小学校高学年だったと思います。自分と同じような年齢の子供が母親に連れられて自分の命を守ろうとしている姿が妙に生々しくて、自分と重ね合わせることが出来たのを覚えています。
昨年、読売新聞の取材に、グエン・バン・アンさん(写真左上)が「死が身近だった当時を思えば、塩をかけただけのご飯でも満足できる」と語り、妹のグエン・ティ・キム・リエンさん(写真中央)が「飢えもないし、目覚めても爆弾の音が聞こえないことがありがたい」と。さらに、「安全への逃避」について、リエンさんは「当時のベトナムではどこにでもあった光景。私たちが特別ではない」と振り返る。それでも沢田に感謝するのは、「写真を見る度に子供たちを安全に導く勇敢な母を思い出させてくれるからだ」と語っておられます。 -
沢田氏はピュリツァー賞を受賞した翌年、写真を持ってこの2組の母子を訪ねておられます。更に、その翌々年にも再訪しておられます。残念ながら、沢田氏は1970年、戦時下のベトナムでお亡くなりになりました。もし、氏が長寿であれば交流は続いたのだろうと思います。
これにて、ミッション2クリアです。 -
この写真は沢田氏とは関係ありませんが、”枯葉剤”が撒かれた熱帯雨林の様子です。この薬剤が原因でとても多くの奇形児が生まれました。
この博物館には沢山の奇形児の写真が展示されています。これらを見るとやるせない気持ちになります。妻は、かなりショックだったようで、珍しくしばらく黙っていました。 -
日本の”べ和連”の資料展示もありました。私が小学生、中学生の頃、数え切れなないくらいTVから流れてきた言葉です。あの頃の日本って良し悪しを別にしても若者に膨大なエネルギーがあったように思うのは懐古趣味でしょうか。
この博物館でまじめでやや暗い時間を過ごしました……。さあ、LUNCHで元気を出しましょう。 -
妻のミッション達成のために博物館近くでバインミーの店を探しました(といっても、Google Mapで星4つ以上の店を探すだけ ← 私は〇べ〇グの星は信じませんが、Google Mapの星は信じています)。
幸い、徒歩10分くらいのところに有名店を見つけました。
(ここに来るまでに再度天秤棒のおじさんに声を掛けられましたが”Already”と言うと立ち去りました。)
イートインが満員だったので、ホテルに持ち帰って食べることにします。バインミー362 カフェ
-
ホテルへ戻る途中にコンビニで飲み物を調達し、LUNCHです。
(大変美味しゅうございました。出来立ては推して知るべし。)
これにて、妻 ミッション3クリア。 -
実は、ホテルへ戻る途中、もう一軒寄り道しました。
そう、SAIGONSWAGGERです。
通勤用のリュックサックを入手しました。
夫はミッションコンプリートです。 -
Google Mapさんによると、SAIGONSWAGGERはベンタイン市場の近所にあるとのことだったのですが、そこには無く(←昨日、何度も探しましたがありませんでした。) 、なんと!ビンコムセンターのすぐ隣の”THE NEW PLAYGROUND”の地下に在りました。
ザ ニュー プレイグラウンド ショッピングセンター
-
LUNCHが終わればAFTERNOON TEAです。
妻は相変わらず、みつ豆?のようなもの推しです。 -
AFTERNOON TEAの後、ホテルのプール見学です。
ここで、ひと泳ぎ…はせず、部屋に戻って休みます(私は昼寝)。
さすがに歩き疲れましたな。 -
寝ているだけでも腹は減る。
”Lebanhmi”でDINNERです。
最後までベトナム料理を貫きたい妻の希望に沿ってGoogle Mapさんに見つけてもらいました。ホテルから徒歩2分です(私はチョット胸焼け気味だったので日本食希望…でも我慢)。 -
まずはビール(←胸焼けはどこへ?)。これで4種類制覇。
ベトナムビールって何種類あるんだろう? -
メニューに”Must Try”と書いてあったので、注文しました。
(なんて素直な初老夫婦) -
左:Salad Lebanhmi 細切り鶏肉のサラダ
中:Crispy Fried Tofu カリカリに揚げた豆腐(←胸焼けはどこへ?)
右:Sault-Shaked Crispy Cartilage 軟骨のから揚げ(←大丈夫か?) -
Stir-Fried Noodles w. Beef 牛肉の焼きそば(←やけくそか?)
-
Fried Chiken-Wings 手羽先のから揚げ(←ダメ押しか?)
なんと! 完食ぅ~(←胸焼けはどこへ ←クドイ!) -
ホテルへ戻り、夜のプールへ
ここで颯爽と泳ぎ…ません。 -
ホテルでもらったクーポンを使ってプールサイドで妻と乾杯です。
(ビール 5種類目)
この後は、静かに…寝ます。
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