2011/09/23 - 2011/09/28
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e4max511さん
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2011年の東日本大震災で勤め先も大きな被害を受けてしばらくの間復旧作業に奔走しました。
その間いろいろ考え、将来はリスク対応や生活を楽しむために日本以外にも滞在する場所を確保したいと思うようになりました。
復旧が一段落した頃にはもう9月になっていて、気分転換のために遅い夏休みを取り、ロングステイ先として気になっていたチェンマイとチェンライに行ってみることにしました。
先ずはチェンマイ編から。
目的は2つ。
1.ロングステイに適した場所かどうかの確認。
2.チェンマイの街歩き。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 徒歩 バイク
- 航空会社
- チャイナエアライン
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
成田空港のチャイナエアライン・ダイナスティラウンジのカウンター席からの眺め。
朝食は食べないのでコーヒーを飲んで少し休憩。
今回のルートは、チャイナエアラインで台北経由バンコク、スワンナプーム空港へ。そのまま国内線ターミナルに移動してタイ航空国内線でチェンマイまで。
短い日程なので残念ながらバンコクを素通り。 -
部屋からの朝の風景。
昨夜はチェンマイの空港に夜遅く到着し、空港からタクシーでフアイケーオ通りにあるサービスアパートメントのヒルサイド・コンド4にチェックイン。
館内にあるレストランで軽く食べてお風呂に入り熟睡。 -
このテラスが気持ちよかった。
ヒルサイド・コンド4は旧市街から離れていて立地は良くないけれど、館内にレストランやコンビニ、ジム、マッサージなどがあり、大きなプールも屋上と2階の2か所にあってロングステイするのに不便はないと思った。
スタッフの接客もていねい。
利用者は圧倒的に欧米人。エレベーターで一緒になったご婦人はオランダから来て1か月滞在していると言っていた。
自分には関係ないがニマンヘミン通りに歩いて行けるのも原宿系が好きな人にはメリットかもしれない。
料金は6日間で7000Bくらいだったと思う。短期宿泊は相当割高だった。 -
ターペー門ちかくのカフェでコーヒーとカオトム。
味は至って普通。 -
不動産屋さんとの待ち合わせまで時間があったのでワットチェディルアンを参拝。
ラーンナー様式の建物を初めて見た。青空が濃い。 -
ワットチェディルアン
強烈な陽射しを反射する金色の装飾を見るとタイに来たと実感する。 -
ワットチェディルアンの仏塔。
-
不動産屋さんとアパート巡り1
キッチン、洗濯機付きの部屋が条件。 -
不動産屋さんとアパート巡り2
-
不動産屋さんとアパート巡り3
この日は4件巡り、滞在中に全部で13件の部屋を見せてもらった。
部屋に不満はなかったが、不便な立地が多かった。
旧市街は極端に物件が少ないそうで、それならお濠の北側からタニン市場までの間が便利で価格も手頃かなと思った。
不動産屋さんにはチェンマイ・ラム病院も案内してもらい、事務局の人から説明を受け、病室も見学した。
バンコクの私立病院と同等の設備とサービスだと思った。普通食なら和食、洋食も提供できるし、仕出しも手配できるとのこと。
癌などの高度医療にも対応しているが、場合によってはさらに高度な治療を受けられるバンコクの病院への転院も行うそうなので医療面での心配はなさそう。もちろん医療費は高額になるのでロングステイするなら保険加入は必須だが。 -
不動産屋さんに連れて行ってもらったカオソーイ屋さん、カオソーイ・メーマニー2。
初めてのカオソーイ。 -
バイクを借りた。
チェンマイはバンコクと比べて交通量が桁違いに少なくて運転が穏やかなのでバイクに乗るのが快適だった。
こんな小さなバイクでも意外とパワーがあり、車輪径も大きいのでドーイステープのワインディングを楽しめた。 -
チェンマイ大学に留学していた海外営業の女子から恩師に渡してほしい物があると頼まれていた。バイクで大学まで行き、学生に道を尋ねながら人文学部の建物に行った。先生は建物の入り口に立って到着を待っていてくれた。訪問前に電話したとき英語が堪能で物腰が柔らかい女性だなと思ったが、実際に会うと穏やかでそして年齢を感じさせない、いたずらっ子のような生き生きした目が印象的な方だった。
タイの大学では先生は尊敬される存在のようで、すれ違う度に学生が立ち止まって合掌し、先生もそれに笑顔で応えていた。研究室でコーヒーを飲みながら雑談して学食でお昼ご飯をごちそうになった。おいしくて安いから外からも食べに来る人がいるほど評判の良い食堂と説明された通りチェンマイに来て初めて食べたおいしい食事だったが、話に夢中になって何を食べたかよく覚えていない。 -
食後に先生の案内で構内を散歩したとき、以前から疑問に思っていたタイ族の南下と雲南の南詔国そして白族との関係について尋ねたところ、先生は専門外だと言いながらも能弁になって今までに分かった様々な説を紹介してくれた。下手なミステリーより面白いスリリングな歴史の物語を聞かせてもらった。
そして、この分野は多くの研究者が言語、風習、伝承など長年多方面で研究を続けていて、最近はゲノム解析も取り入れ始めたことでいろいろな分野で研究していたことが”パズルのピースをつなぎ合わせるように”少しずつ形になってきたと仰っていた。
先生の話を聞けたことがこの時の旅の一番の収穫だったと今でも思う。
記憶に残る一期一会だった。
それにしてもこの大学は広い。起伏のある林の中に各学部の建物が点在していた。 -
楽しみにしていた旧市街の街歩き。
観光客が行き交う表通りにはない見どころや歩く楽しさがあった。
自分は日本でも歩きが楽しい場所を重視して住む場所を選んでいたので、こういう道が至るところにあるチェンマイ旧市街はやっぱり長期滞在してみたい場所だなと思った。 -
緑豊かな小径が続いていた。
-
強い陽射しと木々が作る濃い影。
時折吹く風が心地よかった。 -
ワットプラシン
抜けるような青空と白い仏塔そして鮮やかなオレンジ色の僧衣、久々に見るタイの色彩だった。 -
ワットムーングンコーン
チェンマイ大学の先生にちょっと変わった趣向のお寺だよとお参りを勧められたお寺。 -
ワットムーングンコーン
周囲を彩る小さな仏像たち。
このお寺はおとぎの国にいるような気分になって癒やされた。 -
ワットケットカラム
仏塔の前の可愛い犬の像。戌年の守護塔がある寺院とのこと。
お寺の敷地の中にある博物館には陶器や銀細工などの工芸品が展示されていた。 -
ワットケットカラム
境内を風が吹き抜けた。噴水の水音に本堂の屋根飾りの風鐸が奏でる不規則な音色が重なり合った。こういう瞬間に巡り逢えるのが街歩きの楽しさだと思った。 -
チャンソムアヌソン橋から見たピン川。
2011年は7月から雨が多かったそうで増水していた。
この後10月にかけてさらに大雨が降って増水がチャオプラヤ川を下り、アユタヤが水没し洪水がバンコク北側まで及んだ。 -
増水したピン川で投網をする人。
-
チェンマイでの食事は市場でお惣菜を買って部屋のテラスで食べることが多かった。
-
最初にバンコクに来たとき食べたスイーツが市場で売っていたので懐かしくなって買ってみた。
-
バスターミナルで見かけたOISHIブランドの広告。
甘い緑茶で日本人には悪名高い?OISHIが2011年に甘い緑茶ソーダを新発売したのは前述の海外営業の女子から聞いていた。もちろんお土産に買って帰った。
CHAKUZAというネーミングセンスと格好いいのか悪いのか悩むイラスト。
タイ人の感覚がいまいち理解できないことがたまにあるのはこのような物を発見したとき。
そしてこの時代すでにタイ人の間でカタカナを使う風潮が有ったんだと編集していて気がついた。 -
このバスでチェンライへ。
座席が2列1列配置の快適なバスだった。
途中の道が洪水で通行できなくなったら引き返すという珍しい条件付きだったが、多少の遅れはあったものの無事チェンライに行くことができた。
続きはチェンライ編で。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- マサラさん 2024/10/30 00:43:36
- chakuza
- こんばんは!
順調に旅行記アップされて嬉しいです♪
チェンマイ大学の教授から聞いたタイ族南下や雲南とのつながりのお話が気になりすぎます(笑)
日本の歴史には一切興味ないのですが、
雲南、ラオス、ミャンマー、タイに分布する民族については興味があるんですよねぇ。
前世がそっち系だったのかしらん?
最後に出てきた緑茶ソーダは今はもう幻商品ですね。
なんとなく味は想像出来ますが、美味しかったですか?
- e4max511さん からの返信 2024/10/31 00:56:18
- RE: chakuza
- マサラさん、こんばんは。
13世紀頃の「タイ族の沸騰」と呼ばれる雲南地方からの南下は後のタイ王朝の源流になると世界史で大昔に習ったことがあり、その後タイに興味を持つにようになって、もやもやしていたことがありました。
それは下のような疑問でして、先生に尋ねてみました。
南下した時の「タイ族」とは何者なのか?13世紀にモンゴル帝国に降伏した白族の大理国の人々なのか?もしそうなら13世紀半ばに建国されたスコータイ朝と大理国の文化や建築様式などに関連性があるのか?スコータイ朝に建国以前の由来を記録したものがあるのか?大理国の前に雲南を支配していた南詔国の民族は白族だけでなく烏蛮や漢人混血説もあるがなぜ大理国が白族支配と言われるようになったのか?等々です。
これらの疑問に一つ一つに先生は熱く話してくれました。結論から言うと全貌は未だに霧の中です。何しろ文献が無きに等しいそうで、元の時代の「雲南史略」しか古いまとまった資料がなく、しかも漢人による記録です。
タイは先史時代から人類が住んでいた遺跡があり様々な地域で部族の興亡が連続していた中で、突如13世紀に雲南から「タイ族の南下」によって王朝が誕生したことに否定的な考え方を近年タイの人々(特に政府)が持っていて、タイの起源は日本の皇室の歴史と同じような感じでちょっとセンシティブなテーマだと言っていました。
13世紀の日本は鎌倉時代です。当時の資料は腐るほどあるし、日本人による記録は古事記や日本書紀まで遡れます。
しかしスコータイ朝以前の歴史書が1924年のダムロン親王の「シャム国史」しかタイには無きに等しく、しかも歴史の連続性を把握するのが難しいそうです。
エネルギーがある学生時代だったら研究テーマにしたい面白い分野だと思います。
いつかどこかでお目にかかって話せる機会があれば共有したい話をたくさん聞きました。
「タイ族によって雲南と現在のタイがつながっているのは間違いない事実です。いつ、誰が、どこで、どのようにタイに移り住んで何をしたのかはっきりさせるのが歴史の研究の目的です。」と先生が言っていたと記憶しています。
- e4max511さん からの返信 2024/10/31 01:07:30
- RE: chakuza
- マサラさん、2回目のこんばんは。
CHAKUZAは2種類の絵柄があって1本ずつバスターミナルの売店で買って持ち帰り、チェンマイ女子のお土産にしました。私は清涼飲料水を余り飲まないので飲んでないです。
後日「レモン味のがあった」と聞きましたが、それ以外の感想は聞いていません。。。
激マズでもなく、なんとも表現しがたい話のネタにならない味だったのではないかと思います(w)
- e4max511さん からの返信 2024/11/01 09:38:37
- RE: chakuza
- > 日本の歴史には一切興味ないのですが、
> 雲南、ラオス、ミャンマー、タイに分布する民族については興味があるんですよねぇ。
> 前世がそっち系だったのかしらん?
日本の歴史、特に戦国時代なんてちまちました争いで全然つまらないですね、同感です。
日本人の7人に一人は4万年前に中国南部に発生したグループ(ハプログループB)だそうです。
このグループはインド西岸から海岸沿いに東進し、インドシナ半島を北上して中国南部(雲南)に入ったと考えられています。
マサラさんの祖先もこのルートを辿って雲南に住んでいたのかもしれませんね。
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