2024/10/06 - 2024/10/06
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hijunoさん
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この旅行記スケジュールを元に
堺歩きの続きです。
さかい利晶の杜で、続きの与謝野晶子の資料館へ行きます。
「君死にたまうことなかれ」の有名な反戦の詩も再び読んで感銘を受けました。深い悲しみと怒りが感じられる詩でした。
詩のなかに「堺」も出てきます。
その後、立礼茶席に参加。
お茶席を体験しました。抹茶も美味しく、可愛い和菓子、短い時間でしたが、こころにしみわたる時間でした。
千利休の師 武野紹鴎の屋敷址を訪ね、千利休の供養塔もある南宗寺、そして武野紹鴎のお墓や、その弟子の今井早久家の代々のお墓を訪ねました。
暑い日で、本当に10月なのか、、、夏バテをしたような一日でした^^
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 自家用車 徒歩
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さかい利晶の杜を堪能しました。
堺の歴史や千利休関連の展示をみたあと、与謝野晶子の記念館へ。 -
与謝野晶子の年譜
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イチオシ
若いころの与謝野晶子ですね、、どことなく、おじょうさまのような雰囲気
さかい利晶の杜 与謝野晶子記念館 美術館・博物館
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ここに立つと、
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こんな映像が流れてきます
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与謝野晶子関連の本など。
装丁も綺麗です。 -
書斎を再現
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写真なども
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愛用の品々、、着物も豪華。
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有名な詩の一部など。。
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スライドの映像が変わっていました。
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深い言葉がありました
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与謝野晶子、、6男6女の12人の母だったのですねー
お母さんのパワーを感じます。
忙しいなか、自主性と責任を尊重した子育てをしつつ、仕事も続ける、、強子供との時間も大切にし、童話も書いていたそうです。。
写真は撮影禁止でしたが、お子さんたちの可愛い落書きがありました。
その後、教育に携わり、男女平等の思想へも結びついていきます。 -
イチオシ
与謝野鉄幹と。
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夫婦で歩んだみちのり
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夫婦にも危機があり、子供の養育のことなど、苦労があったようです。
雑誌 明星が終刊になって、二人はヨーロッパに出かけ、それをきっかけにさらに道が拡がったようです。 -
書簡など。
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平塚雷鳥や石川啄木などとも交流、多くの人との交流があったのですね。
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イチオシ
与謝野晶子
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フランスにも滞在、ロダンからも影響を受けています。
このヨーロッパでの時間が新たな道を広げてくれたのですね、、
それでも、日本に残した子供も気になり、妊娠をしていることもわかり、
ひとり帰国したそうです。 -
女学校のころの与謝野晶子
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与謝野晶子の生まれた堺について
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自筆の原稿もありました。
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家系図など。
生家は羊羹が有名だった和菓子屋 駿河屋。 -
二階が洋風の和洋折衷の家だったそうです。
モダンな建物です。 -
お店の様子も再現していました。
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与謝野晶子は、与謝野鉄幹への恋から、堺から上京します。
その後、二人は北海道から鹿児島まで、またヨーロッパやシベリアのほうまでも旅行をしています。
各地を旅した軌跡です。
二人とも旅好きだったのですねー -
その足跡。
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外にあった、君死にたまふことなかれ、、の詩。
こんなに長かったとは知りませんでした。。
読んでいくと、より切なくなってきます。
戦場に向かう弟とその両親の気持ちが胸につきささりました。
途中、堺も出てきます。 -
中国語にも翻訳されていました。
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英語も。
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1階におりまして、お茶席を体験する前に、お土産コーナーをぶらぶら。
お洒落なお土産が沢山ありましたよー。 -
埴輪のクッキーも気になる、、
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お茶や和菓子もお洒落なんです、、
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イチオシ
上の芥子餅とニッキ餅は違う場所で買いましたが、
その下のお菓子たち、古墳の形をした最中風と餡子の入ったどら焼き風を購入しました。
古墳の形のモナカ風、、実は←のように、中に芥子餅が入っていて、自分で挟んで食べるタイプでした。。
おもしろい!
意外で面白かったです^^ -
街の模型があって、かつての街並みの様子を再現していました。
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とても細かな模型で、興味深かったです。
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とても緻密で、しばし眺めていました。
通りも人もこまかい。 -
電車も可愛いな♪
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ホールもおしゃれ。
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火縄銃といえば、、やはり堺。
ポルトガルから種子島を経由して堺へ、そして、堺は日本一の火縄銃の生産地になります。
戦い方にも大きな影響を及ぼし、歴史を変えていった火縄銃。 -
ホールの様子。
こちらも楽しめます。 -
町割りの様子。
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マップもしげしげと眺めます。
堺もみどころ満載。
仁徳天皇陵がひたすら、目立ちます。 -
お土産コーナー。
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可愛いTシャツ、、、買おうか、迷う。
古墳模様のものがたくさん。。 -
さかい焼きやお茶の説明パネルがあり、
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立礼茶席に参加します。
事前予約が必要なので、諦めていましたが、空きがあるとのことで
参加できました。
立礼呈茶といわれるタイプのもの。
椅子席でお茶を体験できるものです。 -
とても素敵な場所です。
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イチオシ
椅子で。
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表千家、裏千家、武者小路千家があり、本日は表千家。
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イチオシ
まずは、お菓子をいただきます。
本日はコスモスの和菓子。
可愛いです。
お茶も作法を聞きながらいただきました。
うかつにも、写真を撮るのを忘れてしまった、、、
美味しいお茶でした。
抹茶って、あんなに甘く深い味で、自分流に家で入れてのむ抹茶とは
全く違い、、←当然ですが
お茶を習ってみたいなぁ~とふと思ったり。
とても優雅で、心落ち着ける時間でした。 -
床の間、掛け軸もお花も大切なお茶の席の要素だそうです。
お茶の世界って、茶室の空間が大切なんですね~
秋を感じさせる雰囲気。
お茶をたててくださる師範の方と、説明を詳しくしてくださる方、
丁寧な時間でした。
こんな風に、心を落ち着けて過ごしていきたい、、、←いつも、時間に追われています 反省
ありがとうございました^^ -
ゆっくりすごせた、さかい利晶の杜を出ます。
さかい利晶の杜 名所・史跡
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こちらの和菓子の老舗へ。
芥子餅を買います。 -
芥子餅で有名な、本家小嶋です。
室町時代から続く老舗の和菓子屋さん。 -
お店の中も風情あって、
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歴史のあるお店だとわかります。
芥子の実は南蛮貿易で外国から入ってくるようになり、それを使った和菓子芥子餅が造られますが、豊臣秀吉も好んだといわれています。 -
芥子餅以外にもたくさんの種類のお餅。
私は芥子餅とニッキ餅を買いました。
ふっくらとして、やわらかで、芥子餅のほうは、芥子の実がぎっしりまぶしてありました。
ほんのりと甘くて、美味しいお餅です。
また買いにいきたいな、、、 -
大通りに出ます。
次の目的は宿院頓宮です。 -
道も広くて、大きなやしの樹もあって、開放的な雰囲気です。
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商店街も近くに。
行ってみたいけれど、、次回にしよう。 -
公園がありました。
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可愛い兎のオブジェ。
白夜の兎。
獣医師さんが創作されたそうです。
兎は住吉大社のシンボル的な存在。 -
公園を入ってすぐ右に鳥居があり、
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飯匙堀とよばれているところ。
彦火火出見尊が豊玉姫と結ばれ、豊玉姫の父から授かった潮満珠と潮干珠をそれぞれ、別の場所に埋めたとされ、潮干珠はこちらの飯匙堀に埋めたといわれ、こちらの堀は大雨が降っても水が全くたまらないと言われています。堀の形がしゃもじの形ににていることから飯匙堀という名前が付けられたそうです。 -
神話にゆかりのある場所です。
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一対の古い獅子がありました。
写真に撮ると、良く見えなかった、、、 -
こちらにも。
保護されているのでしょうか~ -
住吉祭と神輿渡御の説明。
鎌倉時代から続く歴史のあるお祭り。
神輿がこちらにある宿院頓宮に立ち寄り、飯匙堀で神事が行われます。 -
宿院頓宮へ。
住吉大社 宿院頓宮 寺・神社・教会
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説明板もあります。
住吉大社の御旅所として1816年が始まり。
住吉大社から御神輿が立ち寄り、飯匙堀で神事が行われます。 -
境内に由緒が書いてありました。
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住吉大社と深い結びつきのある神社でした。
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裏側に周ると、飯匙堀の説明が書かれてありましたが、
よく読めませんでした。。 -
そういえば、、
今年は彼岸花、あんまり見なかったなぁ~ -
千利休の師 武野紹鴎の屋敷址にきました。
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説明板があります。
村田珠光の侘茶を千利休に伝えます。
今井早久を娘の婿として、財産を譲ったとありました。
堺では皮屋を営む豪商でした。
お墓は、近くの臨江寺に、南宗寺には供養塔がありました。 -
千利休の聡明を伝えるお話。
武野紹鴎に師事して、庭の掃除をしていたとき、
わざと樹々の葉っぱを落として、風情があると話したそう。
千利休の独特の鋭い感性を師はみていたのでしょうねー -
駐車場の片隅にありました。
目立たないです。 -
南宗寺へ向かいます。
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こんな案内指示版があるので、便利。
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徒歩でまわれます。
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南宗寺に到着しました。
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特徴のある壁。
清州城にもあった織田信長が熱田神宮に奉納したといわれていた
信長塀でしたっけ、、、、にています。 -
南宗寺。
1526年に大徳寺の住職 古嶽宗亘が開いた南宗庵がはじまり。
その後弟子の大林宗套が引き継ぎます。
三好長慶は大林宗套に深く帰依し、1557年に父親の菩提を弔うために
大林宗套を開山として、南宗寺を開きます。
お寺は大阪夏の陣などで焼失しますが、その後再建されています。
境内には千利休、一門の供養塔や武野紹鴎の供養塔があります。
また千利休の屋敷で使われていたといわれる椿の井戸もあります。 -
門をくぐって、なかへ。
緑の樹々がぎっしりと。 -
塔頭もいくつもありました。
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結界があり、中には入れません。
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そとから。
美しい庭園が見えました。 -
三好長慶の像がありました。
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山門の甘露門。
禅宗様と和様の折衷の様式だそうです。
1647年の建立。南宗寺 寺・神社・教会
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国の重要文化財です。
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華美もなく、堂々とした美しさです。
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境内、庭園のようです。
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紅葉も少し始まっています。
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ススキ、、、
秋といえども、日中のこの暑さ、、
もっと涼しくなってほしい、、と切におもってました。 -
仏殿。
天井には八方睨みの龍が描かれているそうです。 -
こちらにも塔頭?
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千利休とのつながりの建物もあります。
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山上宗二の供養塔。
千利休の優れた弟弟子のひとりで、秀吉、信長に仕えましたが、秀吉の怒りを買い命を落とします。 -
天慶院のなかに供養塔があるようです。
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鳥居がありました。
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手入れをされた樹々の中を歩いて、
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中には入れませんでした、、
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こちらも中には入れないようでした。
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こちらのお庭も風情があって、素敵でした。ちらりと外から。
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小さな門をくぐって、拝観のできるところへ。
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禅堂があり、
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横を通って、受付へ。
チケット購入。
中にはいりますが、ここからは撮影が禁止だそうです。
中は、写真でお伝え出来なく残念です。
千利休をはじめ、千家一門の供養塔、武野紹鴎の供養塔、
伝説で徳川家康のお墓もありました。
方丈の前には枯山水の石庭も。
三好長慶一門のお墓もあります。 -
暑い日差しのなか、芙蓉の花が可憐でした。
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それでもちょっぴり、紅葉の始まっている樹々もあります。
人も少なく気持ち良い境内でした~ -
武野紹鴎のお墓のある臨江寺へ向かいますが、途中すぐ近くにあったお寺。
今風ぽくもあり、なんだか素敵。 -
臨江寺へ到着。
-
中へ。
もともとは、南宗寺の塔頭でした。
1652年に武野紹鴎の弟子で女婿となった 今井宗久の曾孫 今井兼続が開基。
萩の寺としても有名。
武野紹鴎のお墓や今井家のお墓もあります。 -
曽我十郎・五郎兄弟の供養塔と兄弟を祀る曽我稲荷社があります。
細長い石があって、こちらは十郎の恋人 虎御前が化身したものと伝わっているそうです。 -
本堂。
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白い萩の花が綺麗でした。
もっと満開になるのでしょうね~ -
武野紹鴎のお墓がありました。
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今井家のお墓がありました。
今井宗久は豪商でもありましたが、織田信長と堺の町衆が対立したときも
平和的な解決に導いたといわれています。
その後は信長の信頼を得て、鉄砲や弾薬の製造を行っています。
信長に厚く用いられたようです。
義父の武野紹鴎より家財や茶器などを譲り受けたといわれています。 -
南海の境駅までかえってきました。
川のそば。 -
橋の上ポルト之助さんだそうです。
南蛮人、、ポルトガル人らしいですが、
人が周りに多くて正面の顔、うつせませんでした。。
イケメンです。
大きな像でした。 -
何かの撮影もしていましたが、川のなかに、赤いレンガがあって、
それは、南海鉄道の橋脚跡だったそうです。 -
川は遊覧できるようです。
今度、のってみようかな。。
最後までお付き合いいただいて、ありがとございます^^
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この旅行記へのコメント (2)
-
- sukecoさん 2024/10/22 16:19:56
- 与謝野晶子♪
- hijunoさん、こんにちは~
与謝野晶子は6男6女、12人の母親だったとは!!
知らなかったです~
肝っ玉母さんだったんでしょうかね(笑)?!
みだれ髪や君死にたまふことなかれ、もう忘れてしまっていた。
hijunoさんの旅行記で、思い出しました(笑)。
ありがとうございます♪
そして男女平等に力を入れていて、日本に男女共学を成立させたのですよねー
ヨーロッパへ行ったことが影響しているのでしょうかね?!
購入された和菓子、美味しそう~
お腹が空いてきました(笑)。
甘いお菓子が食べたいです♪
sukeco
- hijunoさん からの返信 2024/10/22 16:41:12
- 私はsukecoさんのお写真でお腹が空いてきました。笑
- sukecoさん
こんにちは^^
いつもお便りをありがとうございます。
そうなんです、私もそんなに沢山の子供さんがいたとは知りませんでした。
そして、仕事中の執筆中も子供をみていたのだとおもうのですが、自由に落書きなどを
させていたのも、イメージとは大きく違って、母親としての与謝野晶子をみてしまいました。
自立と責任を大切に子育てをしたといわれていました。強いお母さんですよね。
そうそう、肝っ玉かあさんですよね!!
私もこちらを訪れるまで、すっかり与謝野晶子について習ったことも忘れていて、
きみしにたまふことなかれ、、、という詩をしみじみと読みました。
長い詩ですね。切々と戦場に向かう弟に対しての強い憤りと悲しみが伝わってきました。
両親の弟への想いや堺という故郷も絡み合って、じーーんと胸に響きました。
ヨーロッパ旅行は、一回、全てをリセットして、やり直すチャンスになったようですが、
ここでの経験は、おっしゃるとおり、きっと男女平等の思想にも結びついたはずですよね。晶子と鉄幹、旅好きだったようです。
私はさきほど、sukecoさんの旅行記でのポテトのマヨシリーズとサムライシリーズをみて
お腹が鳴っていました。笑
切に、次は、マヨでポテトを食べたい、、とおもってます。笑
hijuno
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