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以前から行きたかった興禅寺、春日の局の誕生の地といわれています。<br />境内には今も、産湯に使ったといわれる井戸や腰を掛けていたと伝わる石もあります。<br />境内は綺麗に整備され、山門も修復中でした。<br />背後には黒井城があり、遠くからその城跡がのぞめます。熊が出没して、負傷者もでたことから、最近は黒井城跡への登城が禁止されたと聞きました。<br /><br />春日町歴史民俗資料館では町内の遺跡から発掘された出土品や町内の歴史の資料、またお隣には郷土資料館もありました。

ひょうごさんぽ  春日の局の誕生 黒井城のふもとの興禅寺~春日歴史資料館へ。

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2024/08/21 - 2024/08/21

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hijuno

hijunoさん

この旅行記のスケジュール

2024/08/21

この旅行記スケジュールを元に

以前から行きたかった興禅寺、春日の局の誕生の地といわれています。
境内には今も、産湯に使ったといわれる井戸や腰を掛けていたと伝わる石もあります。
境内は綺麗に整備され、山門も修復中でした。
背後には黒井城があり、遠くからその城跡がのぞめます。熊が出没して、負傷者もでたことから、最近は黒井城跡への登城が禁止されたと聞きました。

春日町歴史民俗資料館では町内の遺跡から発掘された出土品や町内の歴史の資料、またお隣には郷土資料館もありました。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
乳幼児連れ家族旅行
交通手段
自家用車 徒歩
  • 丹波の黒井城の跡が見えます。<br /><br />登山できるようになっているみたいですが、先日、クマが出没して負傷した人がでたそうで、現在は登山禁止になっているとききました。<br /><br />黒井城は、丹波の赤鬼といわれた赤井直正が1554年に城主になりますが、織田信長軍の明智光秀に敗れ、1579年には落城します。<br />その後、明智光秀の重臣だった斎藤利三が城主となり、春日の局は1579年に黒井城下で誕生したといわれています。<br /><br /><br /><br /><br />

    丹波の黒井城の跡が見えます。

    登山できるようになっているみたいですが、先日、クマが出没して負傷した人がでたそうで、現在は登山禁止になっているとききました。

    黒井城は、丹波の赤鬼といわれた赤井直正が1554年に城主になりますが、織田信長軍の明智光秀に敗れ、1579年には落城します。
    その後、明智光秀の重臣だった斎藤利三が城主となり、春日の局は1579年に黒井城下で誕生したといわれています。




  • 斎藤利三はお城の麓にあった、今の興禅寺を下館として、妻子を呼び寄せたそうです。<br /><br />こちらが、興禅寺。<br />石垣も立派で、堀もありました。

    斎藤利三はお城の麓にあった、今の興禅寺を下館として、妻子を呼び寄せたそうです。

    こちらが、興禅寺。
    石垣も立派で、堀もありました。

  • 立派な門があります。<br />赤い色が印象的。

    イチオシ

    立派な門があります。
    赤い色が印象的。

  • 入口、修復中でした。<br /><br />七間堀、野面積みの石垣、白い壁のお寺の雰囲気とはちょっと違うような<br />お城の一部のような造りにみえました。<br />戦国時代のお城の雰囲気のようでもありました。<br /><br />黒井城跡ととみに、国の史跡に指定されています。

    入口、修復中でした。

    七間堀、野面積みの石垣、白い壁のお寺の雰囲気とはちょっと違うような
    お城の一部のような造りにみえました。
    戦国時代のお城の雰囲気のようでもありました。

    黒井城跡ととみに、国の史跡に指定されています。

  • 興禅寺は、背後にあった黒井城の下館で、斎藤利三が住んだ跡に創建されたそうです。<br /><br />

    イチオシ

    興禅寺は、背後にあった黒井城の下館で、斎藤利三が住んだ跡に創建されたそうです。

  • こちらは春日の局の誕生の地といわれています。<br /><br />黒井城が落城し、のちに明智光秀の重臣の斎藤利三が城主となり、<br />興禅寺の場所に下館があり、そことお城を行き来してたそうで、<br />1579年に春日の局が誕生してからは、こちらには3歳まで住んでいたそうです。<br /><br />

    こちらは春日の局の誕生の地といわれています。

    黒井城が落城し、のちに明智光秀の重臣の斎藤利三が城主となり、
    興禅寺の場所に下館があり、そことお城を行き来してたそうで、
    1579年に春日の局が誕生してからは、こちらには3歳まで住んでいたそうです。

  • 楼門には古い木造の像。

    楼門には古い木造の像。

  • 楼門の創建は不明だそうですが、元禄年間に修復されたそうです。<br />もともとは、宮津市にある智源寺~の移築の門です。

    楼門の創建は不明だそうですが、元禄年間に修復されたそうです。
    もともとは、宮津市にある智源寺~の移築の門です。

  • 門をくぐって、美しく整備された境内が見えます。

    門をくぐって、美しく整備された境内が見えます。

  • 右奥にみえるのは鐘楼です。<br /><br />赤井直正の子、直義が先祖の供養のために建てたといわれています。<br />現在のものは1913年に改修されたもの。<br />

    右奥にみえるのは鐘楼です。

    赤井直正の子、直義が先祖の供養のために建てたといわれています。
    現在のものは1913年に改修されたもの。

  • 境内。<br />右のほうに石がみえます。

    境内。
    右のほうに石がみえます。

  • 春日の局が子供のころに腰かけて遊んだと伝わる石だそうです。<br /><br />表示がなくて、よくわからなかったので、お寺の方に教えていただきました。

    春日の局が子供のころに腰かけて遊んだと伝わる石だそうです。

    表示がなくて、よくわからなかったので、お寺の方に教えていただきました。

  • 本堂も端正なつくり。

    本堂も端正なつくり。

  • お庭も美しかったです。

    お庭も美しかったです。

  • お庭の奥のほうに進みます。

    お庭の奥のほうに進みます。

  • 屋根のある井戸。大切に保存されています。

    屋根のある井戸。大切に保存されています。

  • こちらは春日の局の産湯に使ったといわれる井戸だそうです。

    こちらは春日の局の産湯に使ったといわれる井戸だそうです。

  • 楼門、内側から観ます。<br /><br />堂々としてますよねー。<br />とてもきれいでした。

    イチオシ

    楼門、内側から観ます。

    堂々としてますよねー。
    とてもきれいでした。

  • 外に出て、もう一度、堀をみます。<br />長さは80mもあるそう。<br />お城のお堀みたいです。

    外に出て、もう一度、堀をみます。
    長さは80mもあるそう。
    お城のお堀みたいです。

  • 春日の局が3歳まで過ごした場所でした。

    春日の局が3歳まで過ごした場所でした。

  • 広い駐車場があり、興禅寺の案内板もありました。<br />

    広い駐車場があり、興禅寺の案内板もありました。

  • 門前には、古い石灯籠もありました。

    門前には、古い石灯籠もありました。

  • 春日局庵という建物が駐車場のそばにありました。

    春日局庵という建物が駐車場のそばにありました。

  • 中にはいってみますと、小さな部屋の中に、黒井城や春日の局、斎藤利三の資料パネルがずらり。

    中にはいってみますと、小さな部屋の中に、黒井城や春日の局、斎藤利三の資料パネルがずらり。

  • 幼児期3歳までこの地に過ごしたお福こと春日の局。

    イチオシ

    幼児期3歳までこの地に過ごしたお福こと春日の局。

  • 黒井城主だった、丹波の赤鬼こと、赤井直正など。

    黒井城主だった、丹波の赤鬼こと、赤井直正など。

  • 黒井城跡のパネルもありました。

    黒井城跡のパネルもありました。

  • 本丸の石垣も残っているのですねー

    本丸の石垣も残っているのですねー

  • こんな勇ましいポスターもありました。<br />戦国時代の合戦の有った場所。

    イチオシ

    こんな勇ましいポスターもありました。
    戦国時代の合戦の有った場所。

  • 近郊のマップ。<br />歴史遺蹟が多い場所です。

    近郊のマップ。
    歴史遺蹟が多い場所です。

  • 初めて知りました。<br /><br /><br />春日の局の父、斎藤利三の母親は明智光秀の妹?<br />深いつながりがあったのですね~

    初めて知りました。


    春日の局の父、斎藤利三の母親は明智光秀の妹?
    深いつながりがあったのですね~

  • こちらはトイレの入り口にありました。

    イチオシ

    こちらはトイレの入り口にありました。

  • 興禅寺の近くにも、いくつかお寺がありました。

    興禅寺の近くにも、いくつかお寺がありました。

  • こちらも。

    こちらも。

  • マンホールのデザインが素敵でした。<br />

    マンホールのデザインが素敵でした。

  • 興禅寺そばには、大きな駐車場があったのですが、こちらが参道のようです。<br />赤い楼門がみえます。

    興禅寺そばには、大きな駐車場があったのですが、こちらが参道のようです。
    赤い楼門がみえます。

  • 上には黒井城跡。<br /><br />登山の際もここに車を停めて登ってよいようです。<br />早く、クマの危険がなくなるとよいなぁ~。<br /><br />お手洗いと書いてある建物が春日局庵です。

    上には黒井城跡。

    登山の際もここに車を停めて登ってよいようです。
    早く、クマの危険がなくなるとよいなぁ~。

    お手洗いと書いてある建物が春日局庵です。

  • そのあと、春日歴史民俗資料館へ。

    そのあと、春日歴史民俗資料館へ。

  • 入ってすぐに、野々間遺跡で発掘された銅鐸の様子。<br />弥生時代の銅鐸。

    入ってすぐに、野々間遺跡で発掘された銅鐸の様子。
    弥生時代の銅鐸。

  • 銅鐸の音も聞けます。

    銅鐸の音も聞けます。

  • こちらが出土した二つの銅鐸。

    こちらが出土した二つの銅鐸。

  • 春日の地域の歴史が詳しく説明されていました。<br /><br />話はそれますが、ちょっと疑問だったことがありました。<br /><br />春日町の名前も、春日の局と因果関係があるのかなぁ~とおもって<br />調べてみましたが、関係はないようで、<br />春日町は春日部という地名であったことから、町の名前になり、<br />春日の局も朝廷から賜った称号とありました。

    春日の地域の歴史が詳しく説明されていました。

    話はそれますが、ちょっと疑問だったことがありました。

    春日町の名前も、春日の局と因果関係があるのかなぁ~とおもって
    調べてみましたが、関係はないようで、
    春日町は春日部という地名であったことから、町の名前になり、
    春日の局も朝廷から賜った称号とありました。

  • 七日一遺跡。<br /><br />約3万年前に、鹿児島の桜島から飛んできた火山灰が積もった中でとれた石チャートで作った槍や石器、石斧などが出土しています。<br /><br />上流はナウマンゾウなどの動物の狩りをする場所と考えられ、西日本でも最大級の遺跡だそうです。<br /><br />それにしても、鹿児島の桜島の噴火で飛んできた火山灰、、、<br />こんなに遠くまで飛んできたのですねー<br />こちらもびっくり!

    七日一遺跡。

    約3万年前に、鹿児島の桜島から飛んできた火山灰が積もった中でとれた石チャートで作った槍や石器、石斧などが出土しています。

    上流はナウマンゾウなどの動物の狩りをする場所と考えられ、西日本でも最大級の遺跡だそうです。

    それにしても、鹿児島の桜島の噴火で飛んできた火山灰、、、
    こんなに遠くまで飛んできたのですねー
    こちらもびっくり!

  • 出土品の数々。

    出土品の数々。

  • 銅鐸が出土した野々間遺跡。

    銅鐸が出土した野々間遺跡。

  • 古墳も多く、太刀や銅鏡なども出土。

    古墳も多く、太刀や銅鏡なども出土。

  • 土器など。

    土器など。

  • 木簡も出土しています。<br />奈良時代の地方役所跡の山垣遺跡は役所と農耕施設が一緒になっている場所だったそうで、全国でも珍しいとのことでした。

    木簡も出土しています。
    奈良時代の地方役所跡の山垣遺跡は役所と農耕施設が一緒になっている場所だったそうで、全国でも珍しいとのことでした。

  • 木製の曲げもの、容器の一部も。

    木製の曲げもの、容器の一部も。

  • 中世の遺跡。

    中世の遺跡。

  • 黒井城跡の説明。<br /><br />黒井城は赤井直正が明智光秀軍に攻められ、落城し、のちに春日の局の父である斎藤利三が城主となります。

    黒井城跡の説明。

    黒井城は赤井直正が明智光秀軍に攻められ、落城し、のちに春日の局の父である斎藤利三が城主となります。

  • 古地図も残っています。<br />広い大きなお城だったのですねー

    古地図も残っています。
    広い大きなお城だったのですねー

  • お城跡~の出土品。瓦など。

    お城跡~の出土品。瓦など。

  • 高見城の出土品。<br /><br />赤井氏が治めていたそうですが、黒井城が落城したあと、こちらも落城しています。<br /><br />丹波には、多くのお城があったようです。

    高見城の出土品。

    赤井氏が治めていたそうですが、黒井城が落城したあと、こちらも落城しています。

    丹波には、多くのお城があったようです。

  • 高見城跡から出土した鉄釜。

    高見城跡から出土した鉄釜。

  • 穂壺城。<br />高見城の支城として築城されたお城。1579年に落城しています。

    穂壺城。
    高見城の支城として築城されたお城。1579年に落城しています。

  • 岩尾城。<br />こちらも丹波攻めで落城しています。

    岩尾城。
    こちらも丹波攻めで落城しています。

  • 近世。<br />文化も栄えています。

    近世。
    文化も栄えています。

  • 写真がイマイチで、よくわからないのですが、<br />近衛信尹作の柿本人麻呂像の掛け軸もありました。<br /><br />

    写真がイマイチで、よくわからないのですが、
    近衛信尹作の柿本人麻呂像の掛け軸もありました。

  • 春日町、近衛家とゆかりがあるようです。

    春日町、近衛家とゆかりがあるようです。

  • ミニ展示で、教科書と戦争のテーマの展示がありました。

    ミニ展示で、教科書と戦争のテーマの展示がありました。

  • 教科書はその時代の社会を反映していますよね、、、<br />

    教科書はその時代の社会を反映していますよね、、、

  • 左の写真は乃木将軍?

    左の写真は乃木将軍?

  • 黒井焼という焼き物もあったのですねー<br />上品な青の美しい陶器でした。

    黒井焼という焼き物もあったのですねー
    上品な青の美しい陶器でした。

  • 丹波は多くのお城もあって、また文化も栄えた場所。<br />観たいところ、てんこもりです。

    丹波は多くのお城もあって、また文化も栄えた場所。
    観たいところ、てんこもりです。

  • ビデオもあり、

    ビデオもあり、

  • 年表でもう一度確認。

    年表でもう一度確認。

  • お隣の郷土資料館へ。

    イチオシ

    お隣の郷土資料館へ。

  • 中にはいってみると、古い日常の道具などがずらり。

    中にはいってみると、古い日常の道具などがずらり。

  • 今でも使えそうな生活用品。

    今でも使えそうな生活用品。

  • 籠なども。

    籠なども。

  • 機織りも盛んだったようです。<br />丹波織が有名です。

    機織りも盛んだったようです。
    丹波織が有名です。

  • 農業の器具など。

    農業の器具など。

  • 農機具。<br />今でも使えそうです。。

    農機具。
    今でも使えそうです。。

  • ぎっしりの展示でした。<br />丹波、春日の日常生活、伝統の生活がわかります。<br />建物も素敵でしたー天井が高い。

    イチオシ

    ぎっしりの展示でした。
    丹波、春日の日常生活、伝統の生活がわかります。
    建物も素敵でしたー天井が高い。

  • 消防ポンプ。

    消防ポンプ。

  • 大きな釜でした。<br />千石釜。

    大きな釜でした。
    千石釜。

  • 歴史の春日でした。<br />丹波も広いです。<br /><br /><br />最後までお読みいただいて、ありがとうございます^^

    歴史の春日でした。
    丹波も広いです。


    最後までお読みいただいて、ありがとうございます^^

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この旅行記へのコメント (2)

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  • sukecoさん 2024/09/26 16:05:10
    春日町と春日の局
    hijunoさん、こんにちは!

    興禅寺が春日の局の誕生の地なのですねー
    知らなかったです。。。
    春日の局の産湯に使ったといわれる井戸もしっかり保存されているのですね。
    それにしても、春日町と春日の局は関係がないとは・・・。
    私なら繋がりがあるーって勝手に結論つけちゃって、たぶんそれで終わりになっちゃっていました(笑)。
    hijunoさんは、きちんと調べてくださる!!!
    勉強になります♪
    桜島の火山灰も、どれだけ大きな噴火だったのでしょうか!?
    本当にびっくりです!!!

    やっと過ごしやすい季節がやってきましたね♪
    いきなり冬にならずに、もう少し今のような穏やかな季節を満喫したいですね。

     sukeco

    hijuno

    hijunoさん からの返信 2024/09/26 16:31:20
    私もてっきり、春日つながりあると思ってしまいました
    sukecoさん

    こんにちは~^^
    そして、いつもお便りをありがとうございます

    私もあの春日の局の誕生後の地を初めてしりました。
    てっきり、関東の生まれかと思っていました。
    産湯の井戸や腰かけたといわれる石もさりげに整えられていて、派手に表示されている
    わけでもなく、どこか、謙虚なたたずまいのお寺でした。
    このあたりに、かつては山の上にあったお城の下館があったようですが、静かで自然豊かな土地で、城主だった父親や母親としばらくは平穏な生活がだったようです。

    春日町、そうなですよー、わたしはてっきり、春日の局だから、そんな名前に、、と
    思い込んでいましたら、結局違ったみたいです。。
    私はもう思い込んで決め込んでいましたよ。笑
    でも、ちらりと調べましたら、全く関係がないということがわかりなんだか、がっかり。
    もともと春日の局って、お福さんという名前だったことを思い出しましたが、
    私なんて、春日の局の名前の町なんよーと、夫や孫に間違ったタレコミをしていて
    あとからどやされました。←嘘つきおばあ。笑

    そうそう、あの桜島の噴火がこんなところまで影響与えているなんて、どんなに大きな噴火か、さえぎるものも無かった太古の時代を不思議に思いました~。
    自然の力って、想像つかないくらいです。

    また、今日も午後から夏日のような暑さで、うんざりしました。
    夏はもう良いですからと叫びたいです。
    でも、こうやって、また、急に寒くなって、春が恋しい~となるんですよね。笑
    この数日の心地良さ、秋が、本当に心地良いです。ずっとこんな季節だとよいのに、、
    と、叶えられないことを望んでいます。

    hijuno

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