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2022年10月2日(日)11時15分過ぎ、四つ橋筋を過ぎて中之島通をさらに東に向かう。四つ橋筋から東は中之島2丁目。中之島フェスティバルタワーの隣りは大阪三井物産ビル。23階建て高さ104.95mで、2000年に阪神大震災で被害を受けた三井物産関西支社ビルを建て替えたもの。<br /><br />阪神高速の環状線を挟んで東に建つのは中之島セントラルタワー。2005年に住友生命ビルとテザックビルの跡地に建設したオフィスビルで、28階建てで高さ141.645m。下層部には高さ13mの大きなピロティを設置している。<br /><br />その東隣りの大阪中之島ビルは15階建てで、1984年竣工。かつてはニチメンビルで、ニチメン(日本綿花)の本社が置かれていたが、日商岩井合併し双日となり、本社は東京となった。余談だが、息子の職場はこのビルにある。<br /><br />大阪中之島ビルの向かい、堂島川に架かるのは中之島ガーデンブリッジ。1990年の花博&#39;90に併せて架橋された新しい橋。名前の通り公園のように広い幅員を持った歩行者専用橋で、橋の中央に大阪出身の彫刻家、松岡阜(1923年-2008年)の彫刻「そよかぜ」が置かれている。<br /><br />先に進むと右手に日本銀行大阪支店。西日本における日銀の母店で、大阪府・和歌山県・奈良県を担当区域としている。また東京の本店が災害等で機能しない場合のバックアップとしての役割も担っている。<br /><br />西側に新館、御堂筋に面する東側に旧館が建つ。大阪支店の設立は1882年(明治15年)で、1903年(明治36年)にこの旧館が建てられ、当地に移転してきた。旧館の設計は東京駅丸の内駅舎などの建築で有名な辰野金吾。新館は1982年竣工で、ほぼ全ての業務が新館で行われている。新館の北側の中之島通の地下には京阪電車中之島線の大江橋駅がある。<br /><br />旧館が面している御堂筋は大阪市のキタの玄関口梅田とミナミの玄関口難波を直線的に結ぶ全長約4kmの幹線道路。その名は沿道に北御堂と南御堂の2つの寺院があることに由来している。<br /><br />1920年代から30年代にかけて大阪市が堺筋に代わる新たな目抜き通りとして整備・拡張を行った。淀屋橋・中之島界隈は銀行や企業の本支店が集中するビジネスの中枢となり、心斎橋界隈は高級ブランド店の路面店や老舗百貨店の大丸などが集積し、大阪のメインストリートとしての役割を持っている。<br /><br />道の両側には約970本のイチョウが植えられ、読売新聞社選定の「新・日本街路樹100景」の一つにも選定され、大阪市のシンボルとなっている。地下には1933年に梅田・心斎橋間が開通したOsaka Metro御堂筋線が走っている。<br /><br />1970年の大阪万博の開催を機に、国道1号・2号と交差する梅田新道交差点より南の全車線が南行きの一方通行となった。<br /><br />御堂筋の堂島川に架かるのは大江橋。現在の橋は1935年に完成した鉄骨鉄筋コンクリート造りの4径間のアーチ橋で、パリのセーヌ川を参考に、景観に配慮したデザインとなっている。国の重文に指定されている。<br /><br />橋名は万葉歌人の歌にも詠まれた「大江」という地名に由来している。昔の大阪は御堂筋辺りまで海で、上町台地から大和川に至るまでの広い海岸地域が「大江」と呼ばれていた。<br /><br />大江橋北詰に建設中の高層ビルは、その後2024年4月に竣工した大阪堂島浜タワー。32階建てで高さ143m。1階から3階に商業・健康増進施設が入り、その上にオフィスで、高層階はカンデオホテルズの旗艦店が進出する。16階には大阪市内を一望できる観光展望施設が出来るそうだ。<br /><br />御堂筋の日本銀行大阪支店旧館の向かい、東側に建つのが大阪市役所。第1期が1982年に、第2期が1986年に竣工した4代目の庁舎。地上9階、地下4階で、高さは50.5mある。この場所に市役所が置かれたのは3代目の庁舎からで、1921年(大正10年)に竣工した。御堂筋から東は中之島1丁目になる。<br /><br />大江橋から中之島通をさらに東に進むと次の橋の水晶橋。元々は河川浄化を目的として 1929年(昭和4年)に建設された堂島川可動堰で、人道橋としても利用されていた。1982年にアスファルト舗装だった橋面を花崗石と花崗擬石で敷き直し、橋上に植栽やベンチなどが設けられ、法律上正式な歩行者専用橋となった。その時には可動堰としての機能は残ったが、その後2002年に撤去され、完全に橋となった。<br /><br />橋名の由来は、「水面に映る照明灯が水晶の輝きを思わせるので、以前から自然発生的にそう呼ばれていた」との説が有力だが、「水都大阪の『水』と、繁昌の『昌』の字を組み合わせた」等の説もあり、明確になっていない。<br /><br />鉄筋コンクリートのアーチ橋で、4つの本体アーチとその上の9つの小アーチの組合わせで造られており、重厚さの中に気品ある優雅さを感じさせ、完成当時から多くの画家に描かれてきた。<br /><br />水晶橋の南に続く道は大阪市役所と大阪府立中之島図書館の間になる。図書館へ行こうと南に進むと市役所の裏側の階段で花婿と花嫁の撮影が行われていた(下の写真1)。多分モデルさんの撮影と思う。<br /><br />大阪府立中之島図書館は大阪府内に2館ある大阪府立図書館の1館で、古文書や大阪関連の文献、ビジネス関係分野の書籍・資料に特化して、約55万冊を所蔵している。ちなみにもう1館は東大阪市荒本に1996年にできた大阪府立中央図書館。<br /><br />住友家により建築・寄贈され、1904年(明治37年)に大阪図書館として開館。現在の金の価値に換算すると約30から40億円という莫大な額だったそうだ。2年後に大阪府立図書館と改称、さらに1974年に現在の名称となった。<br /><br />ネオ・ルネサンス式の建物で、1904年に本館が竣工した後、1922年に左右の棟が増築され、その後も増改築が行われ、大阪大空襲の戦災からも免れ、幾度かの書庫の増築を経て、今も残っている。本館と左右の両翼が国の重文に指定されている。<br /><br />本館中央ホールの上のドーム屋根は二重構造になっており、屋根に帽子が乗っかったような形になっている(下の写真2)。このドーム屋根、木造のドームの外側をトタンで補強して、そこに液状の銅を吹き付けて作ったもので出来上がった時には十円玉のような色だったのが、時間を掛けて緑青化していた。<br /><br />2014年の雨漏り修繕の際に茶色に復元したら、緑青色の方がいいと云う意見が多く、「サビを促進させる特殊薬剤」を塗って、再度緑青化したそうで、なんか面白い。<br /><br />中央ホール正面には、住友氏が開館に寄せた言葉を銅板に彫り込んだレリーフが壁のカーブに沿って精巧に作られており、左右に長崎県の平和公園の平和祈念像の作者の北村西望氏の野性を表現した「野神像」と知性を表現した「文神像」が置かれている。<br /><br />天井部分にはステンドグラスがはまっており、差し込んだ太陽光がステンドグラスを輝かせて中央ホールを照らすようになっている。フリーズ(中間帯)には、本館を新しい八聖殿になぞらえて、菅原道真、孔子、ソクラテス、アリストテレス、シェイクスピア、カント、ゲーテ、ダーウィンの八哲の名を記した8つのプレートがはめ込まれている。<br /><br />寄らなかったが、北欧の伝統的な家庭料理のオープンサンドSmorrebrod(スモーブロー)とfarm to tableをコンセプトにしたスモーブローキッチンと云うレストランがあり、ちょっと高いが機会があれば行ってみたいものだ(下の写真3)。<br /><br />図書館の東にあるのが大阪市中央公会堂、通称中之島公会堂。北浜の風雲児と呼ばれていた1877年(明治10年)生れの大阪の株式仲買人、岩本栄之助氏の寄附をもとに原案を岡田信一郎、実施設計を辰野金吾、片岡安が行い1918年(大正7年)に竣工。<br /><br />以来、1世紀以上に渡って、国際的な一流アーティストによるオペラやコンサートをはじめ、アインシュタイン(Albert Einstein)やヘレン・ケラー(Helen Keller)など歴史的人物や各界著名人の講演会も数多く開催されるなど、大阪の文化・芸術の発展に深く関わって来た。<br /><br />建物は鉄骨煉瓦造地上3階・地下1階建て。ネオ・ルネッサンス様式を基調としつつ、バロック的な壮大さを持ち、細部にはセセッションを取り入れており、アーチ状の屋根と、松岡壽によって「天地開闢」が描かれた特別室の天井画・壁画が特徴となっている。<br /><br />1999年に保存・再生工事に着手し、2002年に完成。その年に公会堂建築物として西日本で初めて国の重文に指定された。<br /><br />1、2階にホール(大集会室)があり、3階には中・小集会室と特別室がある。ホールの2段階の迫り出し舞台や音響反射板を新設した舞台設備は、コンサートや演劇・講演会などで臨場感あふれるダイナミックな音を楽しめる。<br /><br />ホール入口は東側正面で、2013年にプロジェクションマッピングを見たことある(下の写真5)。側面にも地階に入る入口があり、中之島ソーシャルイートアウェイク(SOCIAL EAT AWAKE)と云うレストランがある。ここも一度行ってみたいものだ。その他、地下には展示室にショップもあり、展示室には公会堂に関する歴史や品物が展示されており、自由に見学することが出来る。<br /><br />公会堂正面前の道の北側には鉾流(ほこなが)橋が架かる。初代の木造の橋が1918年(大正7年)に架橋され、現在の3径間ゲルバー式鋼鈑桁橋は1929年(昭和4年)に架け替えられたもの。1980年に拡幅などの改修が行われている。<br /><br />京都の祇園祭、東京の神田祭と並んで日本三大祭りとも云われる大阪の天神祭は、6月終わりから7月25日まで行われ、特に25日の本宮の夜の船渡御が有名だが、その前日の宵宮の朝に選出された神童を小舟に乗せて堂島川に漕ぎ出し、神鉾を流す鉾流神事が行われている。この小舟を出す場所が、橋の北詰の上流(東)側にあり、そのことから鉾流橋となった。<br /><br />橋の先、下流側、阪神高速の先に見える茶色の建物は大阪高等・地方・簡易裁判所の本館。11階建てで1974年完成。右隣の高層ビルは1992年完成の別館で、14階建て。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.26600047559638583&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />中之島の東端にある中之島公園に進むが、続く

大阪 中之島東部(四つ橋筋~大阪市中央公会堂)(East of Nakanoshima,Osaka,Osaka,Japan)

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2022/10/02 - 2022/10/02

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旅行記グループ 大阪 福島・中之島・天満橋

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ちふゆ

ちふゆさん

2022年10月2日(日)11時15分過ぎ、四つ橋筋を過ぎて中之島通をさらに東に向かう。四つ橋筋から東は中之島2丁目。中之島フェスティバルタワーの隣りは大阪三井物産ビル。23階建て高さ104.95mで、2000年に阪神大震災で被害を受けた三井物産関西支社ビルを建て替えたもの。

阪神高速の環状線を挟んで東に建つのは中之島セントラルタワー。2005年に住友生命ビルとテザックビルの跡地に建設したオフィスビルで、28階建てで高さ141.645m。下層部には高さ13mの大きなピロティを設置している。

その東隣りの大阪中之島ビルは15階建てで、1984年竣工。かつてはニチメンビルで、ニチメン(日本綿花)の本社が置かれていたが、日商岩井合併し双日となり、本社は東京となった。余談だが、息子の職場はこのビルにある。

大阪中之島ビルの向かい、堂島川に架かるのは中之島ガーデンブリッジ。1990年の花博'90に併せて架橋された新しい橋。名前の通り公園のように広い幅員を持った歩行者専用橋で、橋の中央に大阪出身の彫刻家、松岡阜(1923年-2008年)の彫刻「そよかぜ」が置かれている。

先に進むと右手に日本銀行大阪支店。西日本における日銀の母店で、大阪府・和歌山県・奈良県を担当区域としている。また東京の本店が災害等で機能しない場合のバックアップとしての役割も担っている。

西側に新館、御堂筋に面する東側に旧館が建つ。大阪支店の設立は1882年(明治15年)で、1903年(明治36年)にこの旧館が建てられ、当地に移転してきた。旧館の設計は東京駅丸の内駅舎などの建築で有名な辰野金吾。新館は1982年竣工で、ほぼ全ての業務が新館で行われている。新館の北側の中之島通の地下には京阪電車中之島線の大江橋駅がある。

旧館が面している御堂筋は大阪市のキタの玄関口梅田とミナミの玄関口難波を直線的に結ぶ全長約4kmの幹線道路。その名は沿道に北御堂と南御堂の2つの寺院があることに由来している。

1920年代から30年代にかけて大阪市が堺筋に代わる新たな目抜き通りとして整備・拡張を行った。淀屋橋・中之島界隈は銀行や企業の本支店が集中するビジネスの中枢となり、心斎橋界隈は高級ブランド店の路面店や老舗百貨店の大丸などが集積し、大阪のメインストリートとしての役割を持っている。

道の両側には約970本のイチョウが植えられ、読売新聞社選定の「新・日本街路樹100景」の一つにも選定され、大阪市のシンボルとなっている。地下には1933年に梅田・心斎橋間が開通したOsaka Metro御堂筋線が走っている。

1970年の大阪万博の開催を機に、国道1号・2号と交差する梅田新道交差点より南の全車線が南行きの一方通行となった。

御堂筋の堂島川に架かるのは大江橋。現在の橋は1935年に完成した鉄骨鉄筋コンクリート造りの4径間のアーチ橋で、パリのセーヌ川を参考に、景観に配慮したデザインとなっている。国の重文に指定されている。

橋名は万葉歌人の歌にも詠まれた「大江」という地名に由来している。昔の大阪は御堂筋辺りまで海で、上町台地から大和川に至るまでの広い海岸地域が「大江」と呼ばれていた。

大江橋北詰に建設中の高層ビルは、その後2024年4月に竣工した大阪堂島浜タワー。32階建てで高さ143m。1階から3階に商業・健康増進施設が入り、その上にオフィスで、高層階はカンデオホテルズの旗艦店が進出する。16階には大阪市内を一望できる観光展望施設が出来るそうだ。

御堂筋の日本銀行大阪支店旧館の向かい、東側に建つのが大阪市役所。第1期が1982年に、第2期が1986年に竣工した4代目の庁舎。地上9階、地下4階で、高さは50.5mある。この場所に市役所が置かれたのは3代目の庁舎からで、1921年(大正10年)に竣工した。御堂筋から東は中之島1丁目になる。

大江橋から中之島通をさらに東に進むと次の橋の水晶橋。元々は河川浄化を目的として 1929年(昭和4年)に建設された堂島川可動堰で、人道橋としても利用されていた。1982年にアスファルト舗装だった橋面を花崗石と花崗擬石で敷き直し、橋上に植栽やベンチなどが設けられ、法律上正式な歩行者専用橋となった。その時には可動堰としての機能は残ったが、その後2002年に撤去され、完全に橋となった。

橋名の由来は、「水面に映る照明灯が水晶の輝きを思わせるので、以前から自然発生的にそう呼ばれていた」との説が有力だが、「水都大阪の『水』と、繁昌の『昌』の字を組み合わせた」等の説もあり、明確になっていない。

鉄筋コンクリートのアーチ橋で、4つの本体アーチとその上の9つの小アーチの組合わせで造られており、重厚さの中に気品ある優雅さを感じさせ、完成当時から多くの画家に描かれてきた。

水晶橋の南に続く道は大阪市役所と大阪府立中之島図書館の間になる。図書館へ行こうと南に進むと市役所の裏側の階段で花婿と花嫁の撮影が行われていた(下の写真1)。多分モデルさんの撮影と思う。

大阪府立中之島図書館は大阪府内に2館ある大阪府立図書館の1館で、古文書や大阪関連の文献、ビジネス関係分野の書籍・資料に特化して、約55万冊を所蔵している。ちなみにもう1館は東大阪市荒本に1996年にできた大阪府立中央図書館。

住友家により建築・寄贈され、1904年(明治37年)に大阪図書館として開館。現在の金の価値に換算すると約30から40億円という莫大な額だったそうだ。2年後に大阪府立図書館と改称、さらに1974年に現在の名称となった。

ネオ・ルネサンス式の建物で、1904年に本館が竣工した後、1922年に左右の棟が増築され、その後も増改築が行われ、大阪大空襲の戦災からも免れ、幾度かの書庫の増築を経て、今も残っている。本館と左右の両翼が国の重文に指定されている。

本館中央ホールの上のドーム屋根は二重構造になっており、屋根に帽子が乗っかったような形になっている(下の写真2)。このドーム屋根、木造のドームの外側をトタンで補強して、そこに液状の銅を吹き付けて作ったもので出来上がった時には十円玉のような色だったのが、時間を掛けて緑青化していた。

2014年の雨漏り修繕の際に茶色に復元したら、緑青色の方がいいと云う意見が多く、「サビを促進させる特殊薬剤」を塗って、再度緑青化したそうで、なんか面白い。

中央ホール正面には、住友氏が開館に寄せた言葉を銅板に彫り込んだレリーフが壁のカーブに沿って精巧に作られており、左右に長崎県の平和公園の平和祈念像の作者の北村西望氏の野性を表現した「野神像」と知性を表現した「文神像」が置かれている。

天井部分にはステンドグラスがはまっており、差し込んだ太陽光がステンドグラスを輝かせて中央ホールを照らすようになっている。フリーズ(中間帯)には、本館を新しい八聖殿になぞらえて、菅原道真、孔子、ソクラテス、アリストテレス、シェイクスピア、カント、ゲーテ、ダーウィンの八哲の名を記した8つのプレートがはめ込まれている。

寄らなかったが、北欧の伝統的な家庭料理のオープンサンドSmorrebrod(スモーブロー)とfarm to tableをコンセプトにしたスモーブローキッチンと云うレストランがあり、ちょっと高いが機会があれば行ってみたいものだ(下の写真3)。

図書館の東にあるのが大阪市中央公会堂、通称中之島公会堂。北浜の風雲児と呼ばれていた1877年(明治10年)生れの大阪の株式仲買人、岩本栄之助氏の寄附をもとに原案を岡田信一郎、実施設計を辰野金吾、片岡安が行い1918年(大正7年)に竣工。

以来、1世紀以上に渡って、国際的な一流アーティストによるオペラやコンサートをはじめ、アインシュタイン(Albert Einstein)やヘレン・ケラー(Helen Keller)など歴史的人物や各界著名人の講演会も数多く開催されるなど、大阪の文化・芸術の発展に深く関わって来た。

建物は鉄骨煉瓦造地上3階・地下1階建て。ネオ・ルネッサンス様式を基調としつつ、バロック的な壮大さを持ち、細部にはセセッションを取り入れており、アーチ状の屋根と、松岡壽によって「天地開闢」が描かれた特別室の天井画・壁画が特徴となっている。

1999年に保存・再生工事に着手し、2002年に完成。その年に公会堂建築物として西日本で初めて国の重文に指定された。

1、2階にホール(大集会室)があり、3階には中・小集会室と特別室がある。ホールの2段階の迫り出し舞台や音響反射板を新設した舞台設備は、コンサートや演劇・講演会などで臨場感あふれるダイナミックな音を楽しめる。

ホール入口は東側正面で、2013年にプロジェクションマッピングを見たことある(下の写真5)。側面にも地階に入る入口があり、中之島ソーシャルイートアウェイク(SOCIAL EAT AWAKE)と云うレストランがある。ここも一度行ってみたいものだ。その他、地下には展示室にショップもあり、展示室には公会堂に関する歴史や品物が展示されており、自由に見学することが出来る。

公会堂正面前の道の北側には鉾流(ほこなが)橋が架かる。初代の木造の橋が1918年(大正7年)に架橋され、現在の3径間ゲルバー式鋼鈑桁橋は1929年(昭和4年)に架け替えられたもの。1980年に拡幅などの改修が行われている。

京都の祇園祭、東京の神田祭と並んで日本三大祭りとも云われる大阪の天神祭は、6月終わりから7月25日まで行われ、特に25日の本宮の夜の船渡御が有名だが、その前日の宵宮の朝に選出された神童を小舟に乗せて堂島川に漕ぎ出し、神鉾を流す鉾流神事が行われている。この小舟を出す場所が、橋の北詰の上流(東)側にあり、そのことから鉾流橋となった。

橋の先、下流側、阪神高速の先に見える茶色の建物は大阪高等・地方・簡易裁判所の本館。11階建てで1974年完成。右隣の高層ビルは1992年完成の別館で、14階建て。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.26600047559638583&type=1&l=223fe1adec


中之島の東端にある中之島公園に進むが、続く

  • 写真1 大阪市役所の裏の階段

    写真1 大阪市役所の裏の階段

  • 写真2 東側からの大阪府立中之島図書館でドーム屋根が見える

    写真2 東側からの大阪府立中之島図書館でドーム屋根が見える

  • 写真3 大阪府立中之島図書館スモーブローキッチン

    写真3 大阪府立中之島図書館スモーブローキッチン

  • 写真4 大阪市中央公会堂南面

    写真4 大阪市中央公会堂南面

  • 写真5 2013年の大阪市中央公会堂のプロジェクションマッピング

    写真5 2013年の大阪市中央公会堂のプロジェクションマッピング

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