2024/07/22 - 2024/07/22
23位(同エリア52件中)
あおしさん
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松山旅行3日目は昨日「伊予灘ものがたり」で移動した伊予灘沿いをドライブ。
その後、まだ行ったこがない愛媛と高知の県境の山間部をぐるっと回るドライブをしました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- レンタカー
-
松山駅前のビジネスホテルに泊まって、朝駅前からレンタカーで出発。
松山駅は戦前のようなレトロな駅ですが、近代的な駅に建て替え工事がすすんでいるようでした。
もうすぐこの駅舎も見納め。JR松山駅前で便利なホテルです。 by あおしさんターミナルホテル松山 宿・ホテル
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まずは松山駅から南下して伊予灘沿いにある道の駅「ふたみ」へ。
道の駅「ふたみ」は旧双海町の中心部、JR伊予上灘駅の近くにあります。
ここで朝ごはんを。シーサイド公園と一体になっていました by あおしさん道の駅 ふたみ 道の駅
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「道の駅 ふたみ」はふたみシーサイド公園と一体となっています。
海水浴場もあって、海水浴客も来ていました。ふたみシーサイド公園 公園・植物園
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次に下灘駅へ寄ります。
道の駅から4キロほど。下灘駅 駅
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列車の来ない時間なのでさすがに観光客も少なかったです。
このアングルは「青春18きっぷ」のポスターなどに使われています。 -
下灘駅の隣の串駅も「海の見える駅」
周辺に人家はなく、長い坂道を登ってきたところにある駅で、いったい誰が利用するのかな、という感じの駅でしたが、列車が来ると、20歳くらいの女の子がどこから来たの列車に乗り込んでいました。串駅 駅
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串駅の隣の喜多灘駅も「海の見える駅」です。
この駅は駅のホームの真ん中あたりで伊予市(旧双海町)と大洲市の市境になっています。
そのことを示す案内板もありました。喜多灘駅 駅
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喜多灘駅から隣の伊予長浜駅のある長浜へ。
長浜は江戸時代から港として栄えた町です。
この肱川に架かる長浜大橋は船が通るときは、中央部が上下する可動式の橋です。
昭和10年に完成し、登録有形文化財です。現在も現役の開閉橋です。 by あおしさん長浜大橋(開閉橋) 名所・史跡
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可動橋建設を進めたのは当時の長浜町長(長浜町は平成の大合併で大洲市に編入)でしたが、まだ可動橋について世論の理解を得られず政治的に攻撃され、橋の開通後1か月目に急死したとか。
「東京浅草の顔」だった可動橋・勝鬨橋が完成したのは5年後でした。 -
幕末の土佐藩の大物志士、吉村寅太郎と坂本龍馬もここ長浜から瀬戸内海を渡って長州藩に脱藩、亡命しました。
吉村が先に脱藩し、その後吉村の指示で沢村 惣之丞とともに坂本龍馬も続いて脱藩しています。
その際、長浜で宿泊した旅館が現在も営業しています(冨谷金兵衛邸)。
吉村寅太郎と龍馬の宿泊した部屋も残っているとか。
宿泊客以外は見学は不可でした。
坂本龍馬、吉村寅太郎宿泊の地という石碑や看板もありました。
沢村惣之丞は大河ドラマ「龍馬伝」で要潤さんという知名度の高い役者さんが演じて、沢村の知名度も上がったのですが、石碑や看板ではスルーでした。 -
長浜の町から伊予灘と離れ肱川沿いに大洲へ向かって南下します。
途中の白滝公園によります。無名ですが、見ごたえのある滝が何本もありました by あおしさん白滝公園 紅葉
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何気なく寄った白滝公園ですが、なかなか見ごたえのある滝がありました。
約20分ほど山道を登っていくといくつかの滝がありました。
中には60mを超える大きな滝もありました。
今は緑一色ですが、紅葉の時期には絶景になるそうです。 -
途中で虫が飛んできたのでよく見たら、クワガタムシ。
野生のクワガタムシを見たのは子供のころ以来50年ぶりくらいかも。 -
30分ほど登ったところが終点の展望台。
かつてここは津々喜谷氏の山城がありました。
長曾我部元親に攻められたとき、城主の娘のるり姫は吹き矢、その娘の八重姫、九重姫は手裏剣の名手で、長曾我部軍を苦しめましたが、最後はここから滝つぼに身を投げたという悲話が伝わります。
現在もるり姫を忍び、「るり姫」祭りが行われています。
弱肉強食の戦国時代、織田信長をはじめ歴史に名を残した勝者の陰にはこのような多くの悲話があったのでしょう。白滝公園はすぐ by あおしさん伊予白滝駅 駅
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白滝公園を1時間ほど散策したあと、伊予灘、肱川という「水」から離れて四国山脈の山の方へ向かいます。
途中、旧小田町(現在は平成の大合併で内子町に編入)の道の駅「小田の郷 せせらぎ」で一息。
鉄道もなく、山の中に道の駅、さらにはその前には高校があったのは意外。
通学が大変そう。旧小田町の道の駅です by あおしさん道の駅 小田の郷せせらぎ 道の駅
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山間部を1時間ほど走って久万高原駅に到着しました。
かつてここは松山―高知を結ぶ国鉄特急バス「なんごく」号の主要バス停でした。
JR四国が発足時、鉄道路線、バス路線の中で唯一黒字線だったほど利用された路線バスで、ここはバス停ながら「駅」で駅舎があり、「駅員」もいて、きっぷの販売、駅のスタンプまでありました。
高速道路の開通で「なんごく号」は廃止され、JRバスも松山からここまでになり、その先の路線は廃止、町営バスになっています。道の駅 天空の郷さんさん 道の駅
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さらに南下すると「重要文化財 旧山中家住宅」の看板があったので寄り道。
このあたりの庄屋さんの家が保存されています。旧山中家住宅 名所・史跡
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旧山中家住宅の隣には上黒岩岩陰遺跡がありました。
この遺跡は今から14500年前、縄文時代草創期の遺跡です。
中学生が発見したとか。縄文時代最古の遺跡 by あおしさん上黒岩岩陰遺跡考古館 美術館・博物館
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縄文時代といえば、今から5000年前の縄文時代中期の火焔式土器とか遮光式土偶が有名ですが、その時代よりもさらに1万年近く前の遺跡になります。
ここで縄文式土器が発見されて、縄文時代の始まりとされました。
まだ世界でも土器は作られておらず、世界最古の土器が発見された場所なのです。 -
この遺跡で特筆されるのは「石偶」
石に女性の胸、腰蓑を刻んだとされる石が発見されました。
土偶も女性をモデルにしたものと考えられており、1万年後の土偶の原型になったものと考えられているようです。
もっともかなりすり減っていて実物を見てもよくわかりませんでした。
顕微鏡などで見る必要があるのでしょう。 -
発掘された女性の骨や乳幼児の骨も展示されていました。
発掘された人骨の60%は乳幼児だそうで、当時は成人になるまでいかに大変だったかがうかがえます。 -
さらに南下して「落出駅」
ここもかつては「なんごく号」があった時代は愛媛県側の最後の「駅」でした。
現在は町営バスもここまで。
「ローカル路線バスの旅」でマドンナの宮地真緒さんに23キロも歩かせて、太川さんがもっとも過酷な旅だったと言っている四国縦断の旅では、ここから高知県へ抜けるバスに乗り換えましたが、そのバスも廃止されてしまいました。 -
落出の町はささやかな集落。
高知県へ抜ける仁淀川に巨岩が多くみられる山里でした。
今日はここまで。
いつかはバスを乗り継いで高知まで抜けてみたいものです(ただ県を超える町営バスは朝晩しかなくなかなか難しいようです)。
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