2024/04/19 - 2024/04/19
336位(同エリア1179件中)
minaMicazeさん
- minaMicazeさんTOP
- 旅行記1267冊
- クチコミ1件
- Q&A回答0件
- 862,519アクセス
- フォロワー85人
足利市の「龍泉寺」へ、藤を見に行きました。江戸時代から「足利厄除け大師」として知られているお寺です。
その境内に、「龍泉寺の一丈藤」と呼ばれる長藤があります。嘗ては「下野3大藤」の一つと称されたという、樹齢約200年の古木だそうです。
その藤を見に行ったのですが、この日は未だ咲き初めで、花は房の元の方だけで ”見頃まであと少し” の印象でした。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
-
栃木県足利市助戸の「龍泉寺」に、やって来ました。JR両毛線と県道40号線(旧国道50号線)との間にあり、北側は県道に接してますが、南側が正面です。
-
駐車場は、「山門」の前(南側)にあります。
写真は、駐車場から見た「山門」です。右の生け垣の向こうに、藤棚が見えています。 -
イチオシ
藤棚の藤は、まだ棚の上の部分にしか花が見えません。
-
朱塗りの「山門」から、境内に入ります。
-
「山門」には仁王像が安置されているので、「仁王門」ですね。
-
大きな提灯がある「仁王門」を通って、境内に入ります。
-
参道の正面には「観音堂」があり、その左には大きな楠の木(御神木だそうです)があります。
-
参道の左側、「山門」の西側にサクラの木がありますが、葉桜になっています。
-
それでも、探してみると、綺麗な花がいくつか残ってました。
-
サクラはもう一本、「山門」のすぐ傍に枝垂れ桜がありました。
-
こちらも、ほぼ葉桜でした。
-
「福聚山 龍泉寺」は、元久2年(1205)に開創されました。開山は、紀州那智の叡海地蔵上人です。
室町幕府時代の末までは、足利氏の帰依が厚く、桃山時代に入ると、足利城主・長尾但馬守顕長が、当寺の霊仏を厚く帰依信仰しました。しかい、長尾家が滅ぶと、当山も衰退しました。 -
江戸時代中期の正徳年間に、当山の元三大師(厄除け大師)を再興しました。厄除けの守護仏、足利厄除大師として、近郷近在の人々の信仰を集めています。
-
「山門」の東側に藤棚があり、その下に「十三仏霊場」があります。
-
この藤は「一丈藤」と呼ばれる長藤で、樹齢は約200年とのことです。
-
イチオシ
藤は咲き始めてましたが、多くは棚の上で咲いていました。
-
咲き進めば、房の下の方まで花が付き、棚の下に垂れ下がってくると思います。
-
東側から見た、藤棚の下の様子です。
-
この藤、嘗ては「本堂」の前にあり、境内一面を花で埋めるほどで、「下野三大藤」の一つに数えられていたそうです。
-
イチオシ
一時期は、寺の改築などの影響で、境内の片隅に移されていました。
-
2004年頃、寺の創建800年事業の際、藤の古株を掘り起こして、新たに設けた藤棚に移植して現在に至っています。
-
房の下の方まで開花するには、もう少し時間がかかりそうです。
-
この日は4月19日、1週間後に始まる”大型連休”の頃に見頃になるのではないでしょうか。
-
「足利厄除け大師」の「一丈藤」、賑わうほどの好天に恵まれるといいですね。
( おしまい )
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
足利(栃木) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
24