2022/08/19 - 2022/08/19
577位(同エリア1179件中)
やまたまさん
この旅行記スケジュールを元に
町の中心に渡良瀬川が流れる風光明媚な景観をもつ足利市は、足利氏の発祥の地といわれる歴史のまちです。
そんな足利で、国宝指定の建造物がある足利氏の館跡「鑁阿寺(ばんなじ)」、日本最古の学校跡「史跡・足利学校跡」、恋人の聖地とされると美しい神社「織姫神社」を日帰りで巡ってきました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
本日は電車でのアクセス。
東武線の足利市駅は渡良瀬川の河川に面した、のどかな感じの駅でした。足利市駅 駅
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その渡良瀬川を渡って北に向かいます。
山々や緑をバックに流れる渡良瀬川の景色は、自然を感じられて癒されます。 -
川を渡った先にあるJR両毛線の足利駅に立ち寄り。
昭和初期に建てられた洋風木造駅舎は、レトロな可愛らしい建物でした。足利駅 駅
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そして、最初の目的地である「鑁阿寺」へ。
ここは東武・足利市駅からもJR足利駅からも1km程度で、わりとアクセスがしやすい場所です。
あっ、鑁阿寺は「ばんなじ」と読みます。なかなか読めないですよね。
参道はなかなか雰囲気があって良いです。 -
参道の鑁阿寺手前に立つ、室町幕府の初代征夷大将軍「足利尊氏公像」。
足利市は足利氏発祥の地といわれます。
八幡太郎義家(源義家)の孫の義康が、足利氏を名乗りこの地を治めたのに始まりす。足利尊氏はその足利氏の8代目にあたります。 -
こちらが鑁阿寺の入口。手前に屋根付きの太鼓橋が掛かる山門が独特です。
門は室町時代の永禄7(1564年)に、13代将軍・足利義輝により再建されたもの。鑁阿寺 寺・神社・教会
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鑁阿寺は鎌倉時代の建久7年(1197年)、ここに居館を置いた足利氏2代目の義兼が館内に建てた寺院と伝わります。
寺院の周囲は水堀と土塁で固められており、かつての武家屋敷の面影を残しているのが興味深いです。
ここは「足利氏宅跡」として国の史跡にも指定されており、日本100名城の一つにも数えられるお城ファンの巡礼地であったりもします。かくいう私の訪問目的も、半分はお城巡礼(笑)。 -
組材が美しい山門。
ここ、やたら鳩が多く落とし物に注意状態だったので、真下に長居できなかったのが残念。 -
イチオシ
境内に入ると、真っすぐ続く参道の先に国宝指定の「本堂」が現れます。
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現在の本堂は足利尊氏の父にあたる足利貞氏により、正安元年(1299年)に再建されたものです。
日本古来の建築様式と、禅宗様という中国渡来の新たな様式が折衷されています。
禅宗様初期の例として貴重とされるが、そもそも鎌倉時代の禅宗様の建築自体が希少なんだそうだ。 -
木割が細く、組物の装飾的な造りが多いのが禅宗様の特徴とのこと。
本堂では御朱印の頒布や、御城印の販売がおこなわれていました。
日本100名城スタンプもこちらにあります。 -
境内には本堂以外にも多くの文化財があります。
ちなみに入場料が発生しないのが有難い!
写真の応永14年(1407年)建立の一切経堂(いっさいきょうぞう)は経典を納めたお堂で、国指定重要文化財です。
堂内には一切経2千巻余りを収めた、高さ15m程の八角型の輪蔵(経棚)があるらしい。
その取っ手を押して1回転させると、経典をすべて読んだのと同じ御利益が頂けるそうです!
随分便利な、もとい、随分ありがたい器機があるんですね。
初詣の時期や春秋の大祭には、一般公開もされています。 -
金剛界大日如来本尊前と勢至菩薩を祀る「多宝塔」。
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鎌倉時代の建久7年(1196年)に足利義兼が建立した鐘楼が現存しており、国重要文化財となっています。
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板塀で囲まれて特別感を感じさせる「御霊屋(おたまや)」。
こちらは、先祖の霊をお祀りする施設で、本殿には源氏の祖を祀り、拝殿には足利15代将軍像が祀られています。
本殿裏手には足利義兼の父・義康と、祖父・義国の墓があるとのこと。 -
現在の建物は、徳川11代将軍家斉の寄進にるもので、本殿には三つ葉葵の紋が輝いていましたよ!
徳川家は上野国新田の一族の徳川氏を遠祖としています。
この近隣の徳川郷(現、群馬県太田市)はその祖先の地とされているので、ここはゆかり地に近い場所となります。 -
鑁阿寺見学後、参道にあった「甘味処鎌倉」に入りました。
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冷たく甘酸っぱい、イチゴのわらび餅ドリンクで一服です。この日は暑い日だったので、生き返ったわぁ。
甘味処鎌倉は色々な所で店舗を見かけますが、歴史と趣きのある地域にこだわって出店しているようです。確かに入ったことがある店舗も、そんな立地だった感じがする。 -
次に、鑁阿寺からも程近い「足利学校跡」へ。
足利学校跡は現存する日本最古の学校の遺跡で、創設者や時期時期には諸説ありますが、足利市氏2代目の足利義兼が建立した説が有力のようだ。史跡足利学校跡 名所・史跡
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こちらは有料施設で、一般参観料420円を払って入館。
入場券が入学証になっているのが楽しい。 -
中国古代の思想家で儒教の祖でもある、孔子の大きな像が現れます。
足利学校では、儒学を中心とした学問が学ばれました。 -
孔子像の先に「学校門」が現れます。
寛文8年(1668年)築造の現存門で、足利学校のシンボル的な建造物です。
足利学校の存在が歴史上で明らかになるのは室町時代で、永享11年(1439年)、関東管領・上杉憲実が学則や庠主(しょうしゅ=校長先生)制度を定めています。
その頃、現在国宝にもなっている書籍等も寄進されました。 -
寛文8年築の孔子を祀る「孔子廟(こうしびょう)」は、現存する孔子廟としては日本最古といわれています。
足利学校は戦国時代以後も学問の灯を絶やさず、学徒数3,000名までに隆盛。
かの宣教師フランシスコ・ザビエルにより、「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」として世界に紹介されました。 -
ことろで足利学校で学んだ人物の名を見ると。。。
涸轍祖博(こてつそはく)という僧侶は足利学校で学んだ後、上杉家家老・直江兼続に招かれている。
また、徳川家康側近として知られる天海僧正も、4年間、足利学校で学んでいます。
いわゆる武将につく軍師としての知識習得の場、そんなニーズもあったようですね。それも栄えた一因かと。 -
イチオシ
天文4年(1535年)に製作された木造の孔子坐像像は、日本最古の孔子の彫像だそうだです。結構綺麗な状態で残っているもんですね!
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イチオシ
東側には学習の場として使用された建物群が、平成2年に復元されています。
手前が「方丈(ほうじょう)」、奥が「庫裡(くり)」。庫裡の裏手に「書院」があります。
内部はつながっており、それぞれ行き来できます。 -
寄棟(よせむね)造りの方丈は禅宗寺院の本堂のような造りで、屋根は藁葺。
かつてはこちらの建物で、学習や講義がおこなわれました。 -
建物の中も見学できます。
広々した方丈の内部ですが、えらく長~いサイズの畳が敷かれていました。 -
「仏殿の間」には、徳川家康(東照大権現)の位牌が安置されていました。
実は足利学校と徳川家康には、深い関わりがあります。
豊臣秀吉が小田原北条氏を滅ぼした後、秀吉の甥・秀次が足利学校から貴重な書籍を持ち帰ってしまった。
しかしその4年後、徳川家康の取りなしで書籍類は京都から足利学校に戻されました。
恩義を感じた足利学校の第9世庠主・閑室元佶三要(かんしつ げんきつ さんよう)は、関ケ原の戦いにも家康にしたがい随行。
以降も家康の信任を得て、足利学校も幕府より百石の朱印地を賜っています。 -
「尊牌の間」には、歴代江戸幕府2代~11代将軍の位牌も安置されています。
家康以降も災害復興時の援助を受けるなど、江戸幕府の手厚い保護を受けました。 -
庫裡には資料展示コーナーがあります。
小田原北条氏政寄贈の「文選」には、北条氏の虎の朱印が押されていました。文選は国宝指定されています。(展示は複製品) -
こちらは字降松(かなふりまつ)と呼ばれる庭の松の木。
学生が読めない文字に出合った際、紙に書き込んで松の枝につけておくと和尚が見て、ふり仮名・注釈を付けてくれたとのこと。
なにやら文通みたいな、奥ゆかしい世界だったんですね。 -
足利学校跡の見学後、近場にある観光案内所「太平記館」に立ち寄り。
平成3年(1991年)に、真田広之氏主演で足利尊氏を描いたNHK大河ドラマ「太平記」が放映されました。
放映を記念して建てられたのが太平記館で、現在も観光施設として活用されています。
撮影時は足利市に鎌倉や京都の町並みを再現したオープンセットが作られ、大々的に撮影がおこなわれました。
訪問時は休憩や当地のお土産探しがてら、立ち寄ってみて下さい。太平記館 美術館・博物館
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明治3年が創業というお蕎麦屋さん「菊屋本店」で昼食。足利学校や鑁阿寺から近いのが良い。
周辺は飲食店があまり多くない印象なので、昼食場所はアタリをつけて出かけるのが吉かも。きくや 本店 グルメ・レストラン
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お蕎麦も天ぷらの舞茸も美味しかった。
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最後に「織姫神社」を訪問。こちらは鑁阿寺・足利学校跡から1km程度離れた場所。
3ヶ所とも比較的近い場所にあり、天気の良い日に散策がてら巡るのには良い感じの立地でした。足利織姫神社 名所・史跡
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織姫神社は足利県立自然公園の最南端が鎮座地で、神社を起点にハイキングや低山登山などもできる自然が多いエリアです。
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神社も高台にあり、この急勾配の男坂の階段を229段上った先が境内です!頑張るぞ~。
ちなみに正面左手には傾斜が緩い「女坂」もあるので、自身のない方はこちらから。
また、境内裏手には駐車場があるので、実は境内まで車でのアクセスも可です。
ところで足利は、広瀬すずさん主演の2016年公開の映画「ちはやふる-上の句・下の句-」のロケ地として使われています。
この長~い階段では、競技かるた部のトレーニングシーンが撮影されています。
ということで、広瀬すずファンは是非こちらの階段からどーぞ。 -
石段の中間地点に二の鳥居が現れました、ふうっ。
「ここから境内まで118段」の標石があります。さらに「いいわ(=118) 眺望関東平野」とも。
石段設計は語呂あわせも考慮され、緻密に設計されていたことが感じ取れます(笑)。 -
その二の鳥居周辺には、地元の織物産業の歴史に関する碑などがありました。
足利の織物業の歴史は古く、奈良時代には東大寺に織物を納めた記録もあるんですって。
当社の社名は織姫伝説といったお洒落な起源ではなく、地場産業の織物が結び付いたものだったんですね。なるほど。 -
上り切った先に、緑をバックにした朱色が鮮やかな建物が現れました。
見栄えの良いとても恰好が良い社殿です。 -
見下ろすと市内が一望できました。
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イチオシ
社殿は鮮やかな朱色がきれいで、とても写真映えします。
中央の拝殿両側に翼廊(よくろう)と呼ばれる棟が配された、寝殿造りと呼ばれる様式です。
デザインのモデルは平等院鳳凰堂なんだそうです。これまた、凄い建物をモデルにしてますなあ。。。一見すると木造建築っぽいですが、鉄筋コンクリート造りになります。
祭神として機織をつかさどる天御鉾命(あめのみほこのみこと)と、織女である天八千々姫命(あめのやちちひめのみこと)の二柱が伊勢神宮より勧請されています。 -
御祭神が男女2人であることから、縁結びの神社といわれるようになりました。
こちらの「愛の鐘」を2人で鳴らすと幸せになれるそうですよ。 -
さらに足利織姫神社は、「恋人の聖地」に認定されているそうです。
あれ?恋人の聖地って”自称”とか”人呼んで”とかじゃなくて、認定制度があるんですね。初めて知りましたよ。
こちらのピッカピッカの愛むすび・愛の鍵は社務所で頒布されています。 -
参拝を終えたので下ります。
行きは男坂を登ってきましたが、帰りは「縁結び坂」の呼び名が付いたこちらの「女坂」から。
小さな可愛らしい鳥居が続いておりこれは楽しそうですね! -
鳥居は赤だけじゃなかった!なんと次に黄色い鳥居が現れました。
実は縁結び坂には七色の鳥居が続いているんですよ。
こんなのは初めてでビックリです!見たことあります? -
紫の鳥居も珍しいなあ。
各色の鳥居をくぐる(=通る)ことには、それぞれ下記のような縁が叶う(=通る)、という願いが込められているとのこと。
赤色:よき人と縁結び / 黄色:よき健康と縁結び / 緑色:よき知恵と縁結び
青色:よき人生と縁結び / 若草色:よき学業と縁結び / 朱色:よき仕事と縁結び / 紫色:よき経営と縁結び -
イチオシ
縁結びっていうと男女の縁を思い浮かべがちですが、それのみならず人生さまざまな縁との出会いですものね。
なんて再認識しつつ、本日の足利散歩を終了します。
ご覧頂きありがとうございました。
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