2023/06/23 - 2023/07/13
52位(同エリア195件中)
youさん
2024年時点でイランは、人権侵害や核開発問題が原因で多くの国から経済制裁を受けています。また、ロシアやハマスに無人機等の軍事的支援をしていると言われており、国際的には孤立化が進みそうな気配です。一方、前回行き損ねていた世界遺産の要塞都市バムが観光可能となりました。様々な事情下にありますが、イランに行くなら今でしょう・・・との思いで、イランを訪れることにしました。
現時点でイランには全部で24箇所の世界遺産があります。今回はそのうちの18箇所の世界遺産を、18日間ツアーで巡ってきました。
日程は下記。
6月26日 成田夜→ドーハ経由→
6月27日 午前テヘラン着→テヘラン市内観光→テヘラン(泊)
6月28日 テヘラン→マスレー村→バンダル・アンザリー(泊)
6月29日 バンダル・アンザリー→アルダビール→タブリーズ(泊)
6月30日 タブリーズ市内観光→キャンドバン村→マラゲー(泊)
7月1日 マラゲー→タフテ・ソレイマン→ハマダン(連泊)
7月2日 ハマダン市内観光→ケルマンシャー→ハマダン(泊)
7月3日 ハマダン→ヌシジャン→ホラマバード→デズフル(泊)
7月4日 デズフル→チョガザンビル→シューシュタル→アフワズ(泊)
■7月5日 アフワズ→ビジャプール→シラーズ(連泊)
■7月6日 シラーズ滞在→ペルセポリス→シラーズ(泊)
7月7日 シラーズ市内観光→ケルマン(連泊)
7月8日 ケルマン→ラーイン→バム→ケルマン(泊)
7月9日 ケルマン→メイマンド→ヤズド(泊)
7月10日 ヤズド観光→ナーイン→イスファハン(連泊)
7月11日 イスファハン市内観光→イスファハン(泊)
7月12日 イスファハン→アブヤーネ村→カシャーン→テヘラン
7月13日 ドーハ経由→夕方成田
■この旅行記は、ビシャプール・シラーズ・ペルセポリスを掲載します。
表紙の写真は、ペルセポリスにて。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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7月5日 8時 アフワズのホテルを出発。この日は、途中ビジャプールに立ち寄り、その後シラーズまで、約500Kmを超える移動となります。
アフワズを出ると砂漠地帯に入り、フレアスタックが林立する油田地帯を抜けて行きます。 -
砂漠の中に突然、石油コンビナートを思わせる工場地帯が眺められます。イランは、石油埋蔵量が中東では、サウジアラビアに次いで2番目に多いのだとのこと。しかし、石油で得られる富が、国のインフラ整備や国民の生活レベルアップに回っていない・・・・・と現地ガイドがこぼしていました。
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アフワズから約400Kmドライブして、世界遺産のガゼルーンの浮彫に立ち寄ります。
せり上がった岩山と川に挟まれた渓谷、その間にある街道を進みます。多分古い時代からある街道で、その街道沿いの岸壁のやや高いところに浮彫が見られます。 -
3世紀、ササン朝ペルシア帝国がローマ帝国との戦いに勝利したことを記念するレリーフの様です。。。何段かに渡りペルシャの騎馬軍団が描かれています(現地説明版-以下同じ)。
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こちらは、バフラム1世(在位271~274年)の騎馬王権神授図で、左側アフラ・マズダーから右側のバフラムに向かって王の輪を手渡す場面が描かれています。バフラム王側に碑文が書かれていましたが、その後の相続争いで原文が書き換えられてしまったとのこと。
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シャープール2世(第9代、在位309年~379年)の戦勝図。
上下二段からなり、上段の中央に玉座に座る王が描かれています。王の左右、上段下段とも、彼に恭順を示す兵士ら人々が多数描かれています。 -
浮彫のあった崖から少し移動して世界遺産のササン朝都市遺跡のビーシャープールに来ました。
石積みの城壁が都市遺跡を囲んでいます。丸くなっている部分は監視塔であった所です。 -
城壁のゲートを通って中に入ります。
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城壁で囲まれた中は、ご覧のような広々とした遺跡が広がっていますが、かっては山を背後にし、川を臨むように碁盤の目のように街路を走らせた人口約5万人~8万人規模の美しい町があった場所です。
左側の白壁の建物はアナーヒーター神殿の一部です。 -
謁見の間があったとされる遺跡。。
ローマ建築でよくあるアーチ状の出入り口が見られます。シャープールⅠ世は、260年にローマ軍と交戦し、ペルシア側に圧倒的勝利をもたらしましたが、その際、ローマ軍の捕虜7万人をイランに連行してきています。この町の建設にローマ人捕虜らが携わったと言われています。 -
こちらも。
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謁見の間の基礎が見られます。
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遺跡の隣を流れている川です。水量は少ないですが、当時数万人もの人々が住んでいたビーシャープール、彼らの生活用水として利用されていたのでしょう。
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19時過ぎ シラーズの市内中心に建つホテル PARK に到着。
ホテルの部屋から、キャリムハーン要塞が見えています。翌日撮影。 -
部屋はこんな感じ。まあ普通です。このホテルに2泊します。
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7月6日 この日は、シラーズの市内観光の後、ツアーのハイライトでもある世界遺産のペルセポリスを含む近郊の遺跡観光となります。
8時にホテルを出発、近くのピンクモスク(ローズモスク)と呼ばれているナシル・アルモルク・モスクに来ました。 -
ピンクのタイルが天井や壁面に沢山使われている美しいモスクです。
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モスクの中はステンドガラスからの陽が差し込んでいて美しい~♪
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イチオシ
こちらも。ここは祈る場所と言うよりも、人気の撮影スポットみたい~
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9時 シラーズの町を出て崖沿いの道を進んで郊外の遺跡に向かっています。
崖上から滝が流れ落ちている場所も見られます。雨季になれば、水量も増えて見ごたえのある滝になりそうです。。。 -
10時30分 ペルセポリス近郊にある世界遺産のアケメネス朝時代の王墓・ナクシェ・ロスタムに来ました。
アケメネス朝王墓は崖壁に十字形に彫られており、右から順にダリウス大王、アルタクセルクセス1世、ダリウス2世の墓が並んでいます。 -
崖下の平地に登って来ました。こちらは、ダリウス大王(アケメネス朝第3代、在位紀元前521年~紀元前486年)の墓です。十字形窪みの上部には、大勢の民衆と彼らによって支えられている玉座が彫られています。窪み中央部は、4本の円柱と柱廊とを持つ宮殿風浮彫と、宮殿内(墓室)への入口とが見られます。
十字形窪みの下、やや白い部分は、後のササーン朝(AD226年~651年)時代に彫られたもので、戦闘場面が2段に描かれています。 -
他の墓から少し離れて右側の壁にあるクセルクセス1世(アケメネス朝第4代、在位紀元前486~紀元前465年)の墓。只今修復中で足場が前面にかけられています。
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崖に面して拝火教神殿と言われている、底辺7.3m×7.3mの矩形の建造物があります。この建物が造られたとされるアケメネス朝では拝火教(ゾロアスター教)を国教としていました。
基壇は周囲の平地からやや下がった位置にあって、内部は3階建てで、建物内部に入るための石段が備えられています。 -
イチオシ
王墓のある崖下、炎天下でも頑張ってこんな花が咲いていました。
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こちらは水田が広がっています。太古の時代からこの辺りは肥沃な平原だったのでしょう。でも、炎天下での農作業は大変でしょうね。
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世界遺産のパサルガダエ、アケメネス朝時代の冬の都が置かれていた場所に来ました。
こちらは、遺跡の入口付近に建つキュロス大王の墓。
キュロス大王は、紀元前550年、メディア王家を倒してアケメネ朝を創始・ペルシャ帝国の礎を築いた王です。 -
遺跡の敷地は広大で、この後炎天下歩いて巡るのは大変と言うことで、遺跡内を廻るトラムに乗っての観光となります。車窓から宮殿跡地を眺めます。
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拝火神殿と思われる建物前まで来ました。ここで小休止。トラムから降りて神殿周りを一周します。
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タッレ・タフト要塞の建つ小高い丘の下にて再び小休止。
丘を駆け上がって建物近くまで行きます。巨大な建造物ですが、食料倉庫としても使われていたようです。
再びトラムにて移動し、入口付近に戻ります。パサルガダエはほとんどが廃墟と化しているようですし、炎天下でもあって汗ダクダクでツアーバスに戻ります。 -
少し移動し道路脇にバスを停車し、ササン朝時代のレリーフが残るナクシェ・ラジャブに立ち寄ります。
こちらは、アフラ・マズダ神(右)から王の環を受け取るササン朝創立者のアルデシール1世(左)。 -
こちらは、シャープール1世の王権叙任の場面です。ササン朝第2代皇帝シャープール1世が、ササン朝を建国した親のアルデシール1世から王冠を受け取る場面が描かれています。
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14時 ランチの後ペルセポリスに来ました。
遺跡への参道から見るペルセポリスです。ここを初めて訪れた2006年の時は、巨大な基壇に圧倒されましたが、今回はあの時に感じた高揚感は有りません。。。
余談ですが、youにとっての旅先は、初めて訪れる場所の方が興奮していいようです。 -
入口にあったペルセポリスの案内パネルです。日本語名称はyouが加えました。
外側の黒線がペルセポリスが建つ敷地で、前面は高さ約18mの大基壇が造られ、左右は城壁が囲み、後方は山の斜面となっています。大基壇の大きさは、横方向が約455m、山側方向が約300mあります。 -
大基壇上のテラスに上る階段です。
この様な階段は、正面から左右対称に設けられており、途中の踊り場で折り返して基壇上に立つことができます。 -
こちらは大基壇上のテラスに上る右側の階段です。石段上は保護のために板階段が設けられています。石段のステップ数は111段あって、高さは7cmと低めに造られています。馬で上り易くするという理由ではなく、貴族らが華麗な姿で会話しながら楽に登れるようにするための配慮だそうです(現地説明版)。
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大基壇の石積み部分です。
巨大な切り石を、それぞれの切り石相互間が隙間なく、カミソリの歯も入らないようにきっちりと積み上げられています。角の穴は雨水抜き用と思われます。日本の戦国時代に造られた城の石垣よりも、立派な造りと仕上がりです。
2500年も前の石積み工法に脱帽。。。 -
階段を上った先にクセルクセス門が見えてきます。
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クセルクセス門の正面に来ました。
左右に巨大な人面有翼獣神像が建っています。 -
人面有翼獣神像の頭部は削り取られていていますが、胴体部分や両足部分には立体的なレリーフが見られます。
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クセルクセス門を抜け、高さ10mはある列柱が並ぶ回廊を進みます。この回廊は、列柱で支えられていた屋根で覆われていました。
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回廊を進むと左手にグリフィン(ホマの像)と呼ばれている鳥の顔とライオンの足を持つ怪獣2頭が逆向きに付いた柱頭が見られます。互いの背中部分が平らになっており、その部分が建物の梁を支持する役目をしています。
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イチオシ
回廊の右を向いたその奥には、謁見の間の基壇が見えています。基壇側面に描かれたレリーフが良く見えます。
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回廊の終わり付近に未完のゲートがあります。完成していれば、クセルクセス門と同じような豪華な門になっていたのでしょう。
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百柱の間に入って来ました。
かつて100本の柱が支えたペルセポリス最大の広間です。 -
こちらも。
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こちらも。
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謁見の間の基壇テラスに上る階段です。
基壇や階段の側面には、見ごたえのある素晴らしいレリーフが見られます。これらのレリーフ上は屋根で覆われていて、炎天下では嬉しい日除けにもなっています。 -
こちらも。
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こちらは牛を襲うライオンのレリーフ。
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属州からの使節団がペルシアへの貢ぎ物を持ってくる様子が描かれています。
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石段を上って、謁見の間(アパダーナ)に来ました。
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こちらも。ご覧のような多数の柱によって、大屋根が支えられていた巨大な建造物だつたのでしょう。
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謁見の間の隣りに建つダレイオス1世の宮殿です。
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こちらも。
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ダレイオス1世宮殿の基壇側面に描かれている牡牛に噛みつくライオン像のレリーフです。
この構図のレリーフはペルセポリス内のあちこちで見られます。 -
ダレイオス1世宮殿の裏手に建つ宝物殿です。
属州や支配下にある各国からの献上品などの財宝を保管していました。
しかし、ここペルセポリスは、紀元前330年に侵入してきたアレクサンドロス大王により、焼き討ち会って陥落し、宝物殿に保管されていた全財宝はすべてマケドニアへ持ち去られてしまいました。 -
この道を上って、裏手山の斜面に造られたアルタクセルクセス2世王墓に向かいます。
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イチオシ
こちらは山の斜面途中から見るペルセポリスの全景です。
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アルタクセルクセス2世王墓の下の段まで上ってきました。
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イチオシ
脇の階段を上って、アルタクセルクセス2世王墓を真下から見上げています。
王墓の上の方には、大勢の人々が王を支えているレリーフが見られます。せっかくここまで上ってきたので、神殿風入口の鉄柵から墓室の中を覗くと、石棺らしきものを見ることが出来ました。合掌。。。
アルタクセルクセス2世は、アケメネス朝ペルシア王としての在位が紀元前404年~ 358年で、アケメネス朝の諸王の中では最長でした。 -
イチオシ
王墓前のテラスから見るペルセポリスの全景です。
手前の区画された土塁部分は、兵舎跡、その向こう側が百柱の間、更にその向こうの屋根の下が、謁見の間の東階段のレリーフが残されているところです。右側屋根の向こうに高い列柱が複数本見えているところが、謁見の間となります。 -
王墓前のテラスから見るペルセポリスの全景、その2です。
右側奥に、クセルクセス門が見えています。 -
20時 ホテルから徒歩で、シラーズの町の中心にあるレストランに行き夕食をとります。この日広場で音楽イベントが開かれていて、通りは若者で賑わっていました。
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イチオシ
キャリムハーン要塞を見ながらホテルに戻ります。城壁の脇では夕涼みする家族連れらで賑わっていました。
東西イラン大周遊の旅(6)----シラーズ・ラーイン・バム・ケルマン編につづく。
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この旅行記へのコメント (2)
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- pedaruさん 2024/03/07 06:53:39
- イラン大周遊
- youさん おはようございます。
詳しい歴史の話も交えて数々の貴重な写真、4トラベルでも屈指の大旅行記で大変感動しました。紀元前の歴史が蘇るような彫刻、そして高いところから見渡す遺跡、かっての都市が意識のなかに浮かんできます。
ペルセポリスの全景、人や馬車などが行き交い反映していた都市、当時にタイムスリップしたような錯覚に陥ったのではないかと推察します。
次も期待しております。
pedaru
- youさん からの返信 2024/03/07 22:42:28
- Re: イラン大周遊
- pedaruさん
こんばんは。
嬉しいコメント、有難うございます。
ペルセポリスは、主として儀礼用の都として石で築かれておりましたので、今なお、紀元前の素晴らしいレリーフ等実物が見られ、当時の権力や繫栄した様子を知ることが出来るのは、嬉しいですし、感動しますよねぇ。
日本にも古い都などがありますが、木造で築かれていたために、今日それらの実物が見られないのは残念です。石の文化と木の文化の違いですかねぇ。
最も、石の文化とて、岩壁に彫られたレリーフの中には風化して破損しているものもありますので、未来への遺産として残すのは大変なことだと思います。
you
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