2022/09/09 - 2022/09/11
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su3さん
この旅行記のスケジュール
2022/09/09
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高滝ダム記念館
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千葉を車で巡る旅。
国分尼寺跡地でまったり学び、ダム周りをウロウロして、チバニアンにいって、温泉入って、満足満足~。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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青空の下車を走らせ民家の間にある駐車場へ。
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駐車場から少し歩いたところにある上総国分寺尼跡展示館に到着。
史跡上総国分尼寺跡展示館 美術館・博物館
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展示館内に入ると東大寺大仏にゆかりのある絵が目の前に飛び込んできました。
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入場無料の施設だそうですがどんな感じでしょうか。
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部屋に入ったところはこんな感じ。
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古代の房総の地図。
フサと呼ばれていた房総半島に7世紀後半に下総国と上総国ができ、後に安房国ができました。上総国に国分寺を建てる前には中央と強いつながりがある豪族が建てた寺院が既に13寺院あり、中央に倣った本格的な寺院だったそうです。 -
上総の国分寺と国分尼寺の位置関係を見ると、かなり近くに造られていたんですね。
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国分寺建立前に郡司クラスの有力豪族が建てた大寺廃寺跡の石製露盤と竜角廃寺跡の塔心礎の写真がありました。
寺院内には立派な塔が立っていたんでしょうね。 -
こちらは真行寺廃寺跡の講堂基壇の写真。
奈良県明日香村の紀寺跡の系統を示すものが見つかっているそうです。 -
こちらは国分寺以前の建物の瓦。
中央の模様に近い感じですね。 -
こちらは国分寺建立以降の瓦。
デザインのバリエーションが豊富になってきました。 -
東大寺西大門の写真と出土品。
東大寺西大門はかつて東大寺の正門として、現在の南大門をしのぐ規模を誇り、門自体はありませんが掲げられていたという巨大な門額が残されています。額面には、聖武天皇宸筆と伝わる「金光明四天王護国之寺」の文字を刻み、額面の周囲には、鎌倉時代の作の八天王(梵天・帝釈天・四天王・金剛力士)を配しているものです。
国分尼寺にもこれと同様の門額が掲げられていたとか。 -
墨書された土器たち。
蘇とか講院とか東院とかいろいろ書いてありますね。 -
土地の名前や寺院の名前が書いてあるものが多かったです。
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順路に沿って移動しましょうか。
こちらは調査のあゆみがパネル展示されていました。
ちなみに上総国分寺は、全国有数の規模を誇り、伽藍もよく整った代表的な国分寺で、尼寺は寺域が全国で一番広く、発掘調査によって付属施設を含めた古代寺院の全貌が初めて明らかになった国分尼寺跡として、昭和58年と61年に遺跡の主要部が国の史跡に指定されています。 -
まずは1972年の尼寺跡。
土地区画整理が始まる前のものだそうです。 -
1973年の尼坊跡の写真。
講堂の横に長大な大坊と小子坊が発掘されたときのものだそうです。 -
1977年の調査で見つかった西門跡。
三度建て替えられており、最初は八脚門、最後は棟門だったそうです。 -
寺域東北部の付属諸院跡の写真。
広いですね。 -
井戸跡の調査では、周りに瓦を敷き詰めたものが検出されました。
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東門跡の写真。
二度ほど建て替えられていることが分かったそうです。 -
金堂院跡の写真。
この調査で回廊が明らかになり、復元するための資料も得られたそうです。 -
講堂跡の周りはこんな感じ。
この調査をもって南大門以外の主要伽藍が明らかになったそうです。 -
奥に進むとガラス張りの部屋がありました。
空が綺麗に見える大きな窓はまるで絵画のようです。 -
良い眺め。
思わず椅子に座って暫く景色を楽しんでしまいました。 -
こちらは基礎に合わせた光付け工法という柱の底の作り方についての説明。
光技法というそうで、石につけた顔料を木にあて、色のついた所を削っていくという気の遠くなるような工程で作られているようです。 -
こちらは復元見物に使われた瓦についてと重い屋根を支える木組みの説明。
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基礎に使われている石は蛇紋岩なんですね。
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四角いものはセンという回廊の基底に敷き詰められたタイル。
瓦と同じように作られているみたいです。 -
瓦も分解されて説明してありますね。
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鐘楼跡基壇断面をはぎ取ったもの。
基礎の部分が版築でできているのがよくわかりますね。 -
模型がありますね。
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上総国分寺尼跡の復原模型でした。
かなり立派ですね。 -
今から約1250年前の奈良時代、聖武天皇により、国の平和と繁栄を祈るために、全国60箇所余りに建てられた国分尼寺。
それらの資料が並べられていますね。 -
国分寺や国分尼寺は地方の財源を貸出し、その利息が主にあてられていたため、地域の協力してはなく建立できない状況でした。そのため国司や国師を先導に郡司となる有力豪族の協力の元で行われていまいた。完成までに20年余りかかったそうです。
造営に使われた道具や平城京の軒瓦などが並んでいました。 -
江戸時代から上総地方に伝わる上総唐人凧。
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外の展示にも足を運んでみましょうか。
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道の脇には説明板と上総国分尼寺後の表札。
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広い芝生と遠くに見える建物。
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案内板の横を通って建物に向かいましょうか。
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スロープを通って中に入ります。
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スロープは回廊に繋がっていました。
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左手側は金堂基壇。
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右手側は中門がありますね。
東大寺転がい門や法隆寺東大門と同じつくりの門なんだそうです。 -
さっきゴリゴリ削って形を整えるってあった資料の柱がありますね。
根元の礎石は秩父産の蛇紋岩だそうです。 -
ずらりと並ぶ柱達。
こちらの復原回廊は平成9年に造られたそうです。96本の回廊の柱は、樹齢100年以上の木曽桧を使い、材の結合部として強度を要する大斗にはケヤキ、耐水性を要する部分にはヒバを使っています。 -
緑の連獅子窓がずらり。
ベンガラや緑青に彩られた回廊は少しだけ春日大社を思い出しました。 -
中門の扉。
通常はしっかり閉まっているそうです。 -
中門からの景色。
正面には金堂基壇。 -
中門と金堂、回廊で構成される部分を金堂院ともいいます。
回廊で囲まれた内庭部分は仏地ともいい、寺院の中で一番神聖な場所です。 -
復元された建物内は涼しくて、ハンモックがあったらここでお昼寝したいくらい心地よいです。
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足元には甎がびっしり敷き詰められています。
甎は回廊で8833枚、金堂で3622枚使用しているそうです。 -
金堂基壇に到着。
柱があった位置に蛇紋岩の礎石が点々とありますね。 -
金堂基壇から中門方向の反対側を見ると、向こう側に白い看板がいくつか建っていました。
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東側に経楼跡。
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ここは講堂跡。
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西側に鐘楼跡。
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金堂基壇から見た中門。
中央には瓦敷きの参道と、高さ2.7メートルの青銅の表面に漆を塗って金箔をはって仕上げた灯篭が再現されていました。 -
立派な木が生えていました。
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回廊の下はこんな感じになっているんですね。
当時と同様だと瓦積みなんだな。 -
休息がてらこの位置でまったり。
なかなか素敵な構図。 -
この奥の方角の先には西門跡がありました。
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思った以上に楽しめました。
平城京でも思ったけれどこれが入館料無料というのが凄いな。 -
高滝湖畔を車でぐるりと回ります。
高滝湖 自然・景勝地
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高滝ダム記念館にも寄ってみましょう。
二階はレストランにもなっているようで、高滝ダムカレーもいただけます。 -
なんだろ、この地割れは。
と思ったら高滝湖の形のモニュメントでした。 -
記念館の中に入ってみましょうか。
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入って右手側が順路のようです。
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エントランスにあったのは水車の模型。
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以前に居住していた農家が使用していた農機具が展示されていました。
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昔から人の住む地域だったんですね。
大和田遺跡の土器などが展示されていました。 -
こちらは遺跡は養老川中流の右岸支流となる内田川を見下ろす標高48メートルの台地上にある南総中学遺跡遺跡の土器。
弥生土器がずらり。 -
養老川流域は度々大洪水に見舞われ、多くの被害を出してきました。
昭和36の洪水では、7ヶ所の堤防が決壊し、800棟が浸水し、3名(内死者1名)の死傷者を出し、5橋の橋が落ちました。昭和45年の洪水では、767棟が浸水し、15名(死者5名)の死傷者を出す大被害があったそうです。 -
高滝ダムの水は水道用水の供給にも重要な役割があり、千葉県営水道と市原市営水道に水を送っているようです。1日最大58万人分(1人1日約240リットル使用)の生活用水を確保しているとか。
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養老川流域は度々洪水に見舞われる地域だったので、ダムの建設は大きな役割を果たしているんですよね。
重力式コンクリートダムの高滝ダムは、大雨による洪水を想定して。普段洪水調整用の水量を空にしているんだそうです。 -
高滝・三郷の地域は、大正時代から、川の流れを変えたり、新たな水路を引いたりするために人力でトンネルを掘っていました。人と水を通す目的をかなえる必要最低限の大きさで掘っていたとはいえ、ツルハシ一本で、幅は両手を広げるより小さく、高さは背伸びをすると届きそうな空間を掘り進めていたことは凄いなとしか言いようがありません。
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養老川下流には明治期に、吹上堰、出津堰、中瀬堰、飯沼堰、廿五里堰、西広堰(養老川西広板羽目堰)の6堰が存在していました。
頭が中央から左右の岸に向かって傾斜し堰が流水から受ける圧力を両岸に分散させ、親柱、帆立が下流側に傾斜して堰の浮き上がりを防ぎ、それらの力を利用して左右両岸の1番端の張(横桟木)をはずすことによって、一瞬のうちに堰は中央より二方倒壊する仕組になっている。現在残っているのは西広堰のみですが、西広堰は、1979年3月10日に市原市有形民俗文化財に指定され、1994年には農林水産省主催の「第三回日本のむら景観コンテスト」文化部門において農林水産大臣賞を受賞しています。 -
この辺りでは蛇行の多い養老川を人工的にまっすぐにし、洪水を防ぐ川廻しが行われていました。残された川は水田などに利用していたそうです。
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小湊鉄道ができるまでは、養老川の川舟は運搬の主役でした。
川舟が活躍するのは11月以降で、農閑期に入るとともに水田等の水を引かずにすむようになった分、川の水量が増し、川船が上流にまで上れるようになることと、「ならい」と呼ばれる北西の風が吹くようになり、帆を張れば漕がずに上流まで遡れるようになるからだったそうです。 -
ダムの建設前と建設後の比較写真。
かなりの面積をダムにしたことが分かりますね。 -
千葉県内第一位の貯水面積を誇る高滝ダムの模型と放流設備図。
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高滝ダム堰堤の辺りには絵がいっぱい書かれていました。
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ダム沿いにドライブ。
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さっきいた場所はあそこか。
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お次は、チバニアンビジターセンターへ。
この小さなプレハブ小屋がビジターセンターのようです。チバニアン ビジターセンター 名所・史跡
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高滝湖から結構先に来ましたね。
もう少し足を延ばせば養老渓谷か。 -
チバニアンのお菓子や木札ストラップなどがお土産になっているようですね。
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中に入って、まずはこちらの映像でざっと学習します。
約77万年前~12万9千年前の新生代第四紀更新世中期はながらく固有の名称のない空白の時代でした。
地球の時代を分けるとき、生物の出現や絶滅など地球規模の大きな出来事を示す示準化石が使われてきました。最近では地磁気の逆転が起こった時期もあわせて使われています。現在の地球は北極付近がS極、南極付近がN極になっていますが、地球の長い歴史をみると何度も逆転していることがわかっています。
チバニアンは一番新しい地磁気逆転の記録が世界で最もよく残っているため、令和2年1月に時代を分ける境界がよくわかる地層として、国際地質科学連合の承認を得て世界的に認められました。 -
こちらは77万年前の地層を剥いだ見本。
上部の推定地磁気逆転境界の矢印の部分を境に、上部はブルンニュ正磁極期、下部は松山逆磁極期を示しているそうです。下部の矢印の白い線の部分の地層は、77万年前に長野県と岐阜県の境にあった古期御嶽山の噴火で堆積した白尾火山灰層で、それより上が更新世中期のチバニアンなんだそうです。 -
化石についての資料もありますね。
館内は小さいながらもチバニアンについてわかりやすく説明されており、ちょっとしたお土産物も売っていました。 -
今はプレハブのセンターですが、今後は、もっとちゃんとしたセンターになる予定だとか。それはそれで楽しみですね。
クーラーが効いていて快適でした。 -
外に出るとやっぱり暑い。
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では実物を見に行ってみましょう。
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足場の組まれた道をトコトコ歩いていくと、整備された道に出ました。
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看板の矢印に沿って進みます。
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歩く場所が日陰になっているのがありがたい。
道の土手にはムジナの穴と呼ばれる炭焼き窯。 -
チバニアンまでの整備された道はもともと生活道路としてあったものだそうです。
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この辺りの道以外では蛭にやられるからいかないでと言われていました。
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近くに綺麗なポットボールがあるそうなんですが、近づくと蛭にやられるのでここから見学。
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川の辺りには無数の穴。
これポットボールよね。丸い岩石が入っていないかな。 -
途中ではビジターセンターで学んだことが看板にまとめられて掲示されていました。
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GSSPについても詳しく書いてありますね。
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階段を降りて川辺に向かいます。
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河原に出ました。
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河原から登るこの階段は登れないようですので下から見上げることにしましょうか。天然記念物で迂闊に整備できないのでこうなっているようです。
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チバニアン期の由来となった地磁気逆転の地層を含む養老田淵セクションは、地球45億年の歴史においてはかなり新しい時代の深海の地層です。
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地層には緑、黄色、赤の杭が討たれていました。地磁気測定用サンプルを採取した跡なんだそうです。緑は地磁気が現在と同じ北を示し、黄は正磁極と逆磁極の中間、赤は地磁気が逆転しているんだとか。
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上に登ってみましょうか。
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上に登るとこんな感じ。
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これは白尾火山灰層ですね。
この層より上が氷期と間氷期を繰り返していたチバニアン。 -
水深500~1,000m級の深海が地上に露出したもので、目の前で見られる場所は世界的にも珍しいことです。養老田淵一帯の地層は堆積スピードが速く、通常は1,000年で1~10㎝のところ2mもの厚みがあり、化石による時代のデータや地磁気逆転を示す地中に含まれた磁鉄鉱の磁気の方向を解析しやすいんだとか。
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設置されているゴールデンスパイクにはちゃんとチバニアンの文字が見えますね。
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河原まで降りて川面を眺めます。
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河床がクネクネしていて面白いですね。
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なんだろうと中を覗いたら、生物の這った跡が化石になった場所でした。生物の這った跡が化石になったものを生痕化石というそうです。
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貝化石などがある場所を教えてもらったり、この辺りは3年前の増水時にはかなり上まで(大体4~5メートル)埋もれたという話をボランティアガイドさんから聞きました。
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河原でのんびりしたら駐車場まで戻ります。
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帰り道は、休息がてらうまくたの里へ。
相変わらずのでかいピーナッツ。道の駅木更津 うまくたの里 道の駅
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目的地まで行く途中にもう一つ道の駅があったので寄ってみました。
道の駅 あずの里いちはら 道の駅
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いちじく押しの店内。
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乾燥椎茸お得だったので一つ購入。
乾燥シイタケで取った出汁は美味しいんですよね。 -
きな粉餅を買って外で食べている時に、お隣の建物が焼き立てパンとコーヒーの店だということを知りました。
ここでパンを買って食べても良かったな。 -
本日、最後に訪れるのはこちら。
ビジネスホテル五井温泉 宿・ホテル
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ビジネスホテルですが、黒湯の温泉があるんですよ。
今回は日帰りで利用します。 -
お湯の質が濃く、アメニティもちゃんとそろっている良い温泉でした。
今度来るときは泊りでもいいな。
出入り口付近は不思議な空間になっていました。 -
夕食を買ってからホテルに戻り、部屋で買ったご飯をもぐもぐしたら睡魔に襲われ即就寝。
ホテルポートプラザちば 宿・ホテル
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よく寝たー!
スッキリ目覚めてホテルで朝食を食べ、準備をしたら出発。
途中で気になった道の駅へ。道の駅 やちよ 道の駅
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ここにもピーナッツ。
というか、チョットアレなキャラクターがフュージョン(ドラゴンボール)でお出迎え。…合体はあまりしたくないです。 -
食堂は営業中でたくさんの人で賑わっていました。産直市場は行列ができていて、大変なことになっていました。
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外で梨の酢の販売してますね。
そういえば千葉って梨が有名だったな。
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