2023/11/23 - 2023/11/23
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今日は昨日の御夜に続いて、一日、八代妙見祭り。
ここで、改めて妙見祭りについて。妙見祭りは八代神社の祭礼ですが、この八代神社は明治初期の神仏分離によって、妙見宮が改名されたもの。もともとは、妙見宮で北極星と北斗七星を神格化した妙見神に対する信仰に基づく神社。日本三大妙見の一つとも言われ、文治2年(1186年)、後鳥羽天皇の勅願で創建されました。
祭礼が隆盛となるきっかけは、寛永9年(1632年)、細川忠興が隠居して八代に入ると妙見宮が細川家の守護社となったこと。その後、八代城主となった松井氏もこれを継承。元禄年間には、豊かになった城下町の商人層によって出し物の数が増え、今の形がほぼできたようです。
神幸行列は、獅子を先頭に、奴、木馬、鉄砲、毛槍、白和幣、籠、笠鉾 菊慈童、神馬、神馬奉行、甲冑武者の神輿の一行とその後に、本蝶蕪、蘇鉄、西王母、猩々、蜜柑、恵比須、松、迦陵頻伽の八基の笠鉾、流鏑馬、亀蛇、飾馬が続きます。全体では1.5kmにも及ぶという行列ですが、この日のお上り行列では、これが塩屋八幡宮を出発し、やつしろハーモニーホール・出町公園と八代駅前を経由して、八代神社へ。5kmの行程を進みます。
そして、最後の見どころは、八代神社の隣りにある宮地小学校グラウンドでの笠鉾、亀蛇、木馬、籠の展示となんと言っても砥崎河原の飾馬。浅い川の中、それをものともせず、勢子に伴われた飾馬が全速力で疾走する。10団体くらいの参加でしたが、それぞれ馬と人との真剣勝負。馬に引っ張られて着いて行けなくなった勢子が川の中でばったり倒れたり。勇壮な姿にスカッとする思いとハラハラドキドキの心配が入り混じって、ちょっと想定外の面白さがありました。他ではなかなか見られないこれも妙見祭の華かなと思います。
ちなみに、私は、やつしろハーモニーホールから、八代駅前、宮地小学校グラウンドへと神幸行列を追っかけ。しかし、なかなか長い道のりでけっこうしんどい。神幸行列は見かけ以上に重労働なのではないかと感じました。一方の砥崎河原の方は有料席。歩き疲れた後だったので、その意味でもこれは助かりました。間近で見る飾馬の疾走。その価値も十分あったと思います。
なお、新八代駅から八代神社へはシャトルバスが運行されていて、最後はそれで新八代駅まで帰りました。やっぱり、これは楽。もしかしたら、新八代駅から八代神社へ来て、砥崎河原の見物だけをして帰る人も多いかもしれませんね。
これで、妙見祭りは終了。明日からの残り五日間は鹿児島を回ります。
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神幸行列が出発する塩屋八幡宮は少し遠いので、まずはやつしろハーモニーホール横の出町公園で見物することにしました。紅白の幕が張られた広場で待つことしばし。
先頭の獅子が現れて、とても多彩でそれぞれの中身が濃いですね by たびたびさん八代妙見祭 祭り・イベント
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奴は
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ちょっとしたパーフォーマンスも。
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より(https://myouken.com/%e5%85%ab%e4%bb%a3%e5%a6%99%e8%a6%8b%e7%a5%ad/%e7%a5%9e%e5%b9%b8%e8%a1%8c%e5%88%97%e3%81%ae%e7%b4%b9%e4%bb%8b/))
花奴は、宝暦2年(1752)に松江村の虎右衛門によって創設されたと伝えられています。
先頭の二人が持っているのは、城主の衣装を入れる挾箱です。次は雨が降ったときに城主に差し掛ける立傘です。最後は城主の「かぶり傘」を乗せる丸い台傘で、黒い布に覆われています。 -
木馬は
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小さな子供たち。
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
木馬は江戸時代、八代城下に住む七五三を迎えた商人の子どもによって12頭奉納されていました。
昭和62年に絵巻物どおりに復元されました。 -
鉄砲、
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
絵巻物に従い40挺の鉄砲を肩に担ぐ鉄砲隊が平成2年に復元されました。 -
毛槍、
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
絵巻物に従い24本の長柄槍を持つ毛槍隊が平成2年復元にされました。 -
白和幣(しらにぎて)、
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
御幣を手に持った老若男女の一団です。絵巻物に従い平成10年に復元されました。 -
籠、
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
籠の中には稚児が入り、愛嬌を振りまきます。ふるさと創生事業により平成2年に復元されました。 -
笠鉾 菊慈童(きくじどう)、
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
菊慈童とは古代中国の皇帝のもとに仕えた少年で、ある山奥で菊の葉したたる水を飲んで仙人となり、七百歳になっても子どものように若々しかったことを祝ったものです。
宮之町は他の町より由来が古く、どんなに悪天候でもこの菊慈童だけは最後まで行列に出なければなりません。
松井家文書によると、元文3年(1738)のそれまで一人持ちの笠鉾であったものが、菊慈童の作り物を乗せた4人持ちの笠鉾になった記録があります。 -
神馬は、
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
神馬は代々、八代城主の愛馬の中から出されていました。その後、田中町から奉納され、現在では田中町から出ない場合毎年12月1日希望者の中から抽選を行い、翌年の奉納を決めています。 -
なにをするのかと思ったら、
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この広場を馬場にして、思いっきりの疾走!
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この馬、かなり元気が良いし、興奮気味。
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これは迫力のあるものですね~
まだまだ見たかったなあ~
みたいに思ったのですが、まさかこの後、これがたっぷり見れるとは。。 -
神馬奉行、
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甲冑武者・大麻・大太鼓、
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神官、
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火王、
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水王、
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風王、
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
赤・青・黒の三体のお面は火王・水王・風王とよばれます。この三つのお面は神のお告げによって並ぶ順番が決まり、翌年1年間がどのような天候の年になるかを占います。赤い火王が一番前だったら来年は晴天の多い年、青い水王だったら雨の多い年、そして黒い風王だったら風の多い年になるといわれています。 -
奏楽大太鼓・奏楽、
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紙幣・弓矢・対の槍・御太刀、
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神輿、
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斉主、
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
祭礼をつかさどる妙見宮宮司。 -
長刀、紫翳、菅翳、立傘、
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ここから、8基の笠鉾。
笠鉾 本蝶蕪
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
本町。
笠鉾の上に「本」という文字、「あげは蝶」そして「蕪」が飾られ、本町の商売繁盛と子孫の繁栄などを表しています。 -
笠鉾 蘇鉄
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
二ノ町。
蘇鉄は不老長寿と火よけ、そして起死回生を祝う霊木とされ、優れた人物があらわれ、土地や家門が繁栄する証として飾られています。 -
笠鉾 西王母
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
通町。
西王母は古代中国の神話の中で崑崙山という西の果ての山に住み、不老不死の薬を持っているとされている仙人で、人々の不老長寿を表しています。 -
笠鉾 猩々
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
紺屋町。
猩々は中国揚子江に住む想像上の動物で、どんなに汲んでも尽きることがない酒壷をもち、親孝行をする者に褒美としてその酒壷を与えました。 -
ここでやつしろハーモニーホールは早めに切り上げて、別の場所で行列を待ち構えます。
あ~、街を行く傘鉾。 -
次の目的地は八代駅前。
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お疲れ様です。
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イチオシ
さっきは逆光だったんですが、
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ここなら、西王母もこんなにきれい。
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猩々もいい感じです。
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ここからは、やつしろハーモニーホールで見れなかった残り四つの傘鉾。
笠鉾 蜜柑
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
中島町。
蜜柑は一つ食べると千年も寿命が延びるというめでたい食べ物とされ、八代蜜柑は江戸時代に細川家から宮中や将軍家へ、正月の献上品となっていました。 -
笠鉾 恵比須
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
徳渕町と渕原町。
福の神の恵比寿が、釣り上げた大きな鯛の上に乗っている姿は、豊富な海の幸と幸福を表し、港として栄えた徳渕町の歴史を物語っています。 -
笠鉾 松
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
平河原町。
松は「相生の松」とも呼ばれ、夫婦ともに白髪が生えるまで長く、そして仲むつまじく暮らせることを願っています。 -
笠鉾 迦陵頻伽
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
塩屋町。
この羽根を大きく広げた迦陵頻伽は、極楽にいる大変美しい鳥です。この世が極楽さながらの世界でありたいという願いを表しています。 -
傘鉾がすべて八代駅前の広場に集結して、
八代駅 駅
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しばらく休憩を兼ねて、お披露目です。
ただ、ここだと柵があって近づくことはできないので、遠目で見ることになります。 -
傘鉾に続く、神幸行列は、
流鏑馬
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
妙見宮祭礼絵巻にも登場する流鏑馬について、後継者の育成を図り保存継承を行なうため、平成25年に復元されました。しっかりしていて頼りになります by たびたびさん八代観光案内所 名所・史跡
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この後、パーフォーマンスはあったようななかったような。どっちにしても、あんまりはっきりはしませんでした。
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そして、強烈な個性の亀蛇(きだ)
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
出町。
八代ではガメの愛称でしられるこの「亀蛇」は、亀と蛇が合体した想像上の動物です。その昔妙見の神様がはるか中国からこの亀蛇に乗って海を渡ってこられ、現在の竹原神社あたりの「竹原の津」に上陸されたという伝説にちなんでいます。 -
大きい亀蛇の方は
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御夜では暴れまわっていましたけど
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ここではそこそこかな。
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御夜ではいませんでしたが、小さい亀蛇もがいて
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こちらは小さい分、軽快な動きです。
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そして、
飾馬または花馬
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
飾馬は江戸時代には八代城内から12頭が毎年出されていましたが、明治以降はそれぞれの町内からの奉納となり、近年では高校の同窓会や地区の団体等からの奉納となっています。
飾馬の順番は、当日朝6時に抽選で決めます。 -
団体名は、八青会。
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真っ黒な馬に青い飾りが渋いですね。
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ちょっと体が重そうでしたが、
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それでもやっぱり元気、元気。
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何度も
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何度も疾走して、
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楽しませてくれました。
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これは、よさこいみたいな大漁旗。
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イチオシ
おー
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なかなかうまいじゃないですか。
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八代駅前から、今度は八代神社を目指します。
この間は、ちょっと距離がある。なかなかきついものがありますね。
これは、八代神社の門前街かな。一直線の通りにやってきました。 -
これは、宮地小学校グラウンド。
笠鉾、亀蛇、木馬、籠の展示会場です。 -
亀蛇は静かに待機していますが、
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異様な存在感は変わらずかな。
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木馬は賑々しいし、
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傘鉾の方も既に集結。
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迦陵頻伽に松、
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恵比須に蜜柑と並んでいますが、
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イチオシ
ここだと恵比須もこんなにアップで見れる。
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猩々も
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イチオシ
西王母も
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菊慈童も
その豊かな表情が見てとれます。 -
全9基が並んで壮観です。
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さて、そろそろ八代神社の方にも行ってみます。
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境内には出店が出て大賑わい。
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一角では、獅子舞。
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黒山の人だかりができていました。
何とか見える場所を見つけて、ちょっと拝見。御夜でも見ましたけど、やっぱりここが本番かな。
(以下、八代妙見祭りのHP「神幸行列の紹介」より)
獅子舞は、元禄時代の八代城下の豪商・井桜屋勘七が妙見祭に取り入れたのが始まりと伝えられています。井桜屋勘七は商いのために長崎へ出向くことが多く、その際に目にした長崎諏訪神社の「おくんち祭」の羅漢獅子舞を大変気に入り、何とかこのすばらしい踊りを妙見祭に取り入れたいと思いつづけていました。
ある時いつものように商いのため船に乗っていた井桜屋勘七は、長崎沖合いで激しい嵐に出会い、異国近くまで吹き流されました。船は今にもひっくり返りそうになり、勘七は日頃信心している妙見の神様を必死に伏し拝みました。すると、不思議にも目の前に神様が現れ、いつも信心するご褒美にと獅子舞の作法を勘七に授けて下さいました。
いつのまにか嵐はすっかりおさまり、波も穏やかになりました。勘七は神様のあとを伏し拝み、忘れないようにこの舞い方を書き留めました。
勘七はほどなく八代に帰ることができ、さっそく道具をそろえ、舞い方をいろいろ工夫した後、元禄4年(1691)に初めて祭礼に奉納しました。
雄獅子は角が2本で赤と白の衣装をつけ、雌獅子は角が1本で赤と黄色の衣装をつけています。 -
と、亀蛇が登場。
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人混みをかき分けて
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本殿に参拝するようです。
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では、私も本殿の方へ。
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なるほど
八代妙見祭りは八代神社の秋の例大祭です by たびたびさん八代神社 (妙見宮) 寺・神社・教会
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本殿もかなり立派です。
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境内から出てくると鳥居のすぐ外側で獅子舞。
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場所を変えて、あちこちでやるのかな。
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獅子もちょっと気分が変わっていいのかもしれません。
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八代神社から砥崎河原にやってきました。もう大勢の人。
有料席ではあるのですが、ここは自由席。ちょっと心配しましたが、 -
ここならOK。
ちょっと高いんですが、カメラ満席という最前列の席なんです。 -
と、向かいの土手では改めて神幸行列のお披露目。
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獅子舞から始まりましたが、ここからだと遠いですからね。
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間近で見る迫力とは比べ物にはなりません。
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奴のパーフォーマンスも同じですね。
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木馬の子どもたちが
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土手を降りてきました。
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鉄砲チームに
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白和幣(しらにぎて)の皆さん。
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籠の中には女の子の姿も見えています。
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菊慈童(きくじどう)が入ってきて
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これは神馬のチーム。
けっこう人数が多いです。 -
河原に降りてきて、何かを撒き始めました。
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紅白のお餅。
長崎くんちでもありましたが、引出物。御祝儀のおすそ分けといったところでしょう。 -
神馬が川に入ります。
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バシャバシャバシャ。
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浅い川を馬場にして、疾走。
水を激しく跳ね上げて、すごい迫力ですね。 -
イチオシ
この神馬は朝もすごく元気でしたが、
元気というかちょっと興奮もしていて荒々しい。 -
勢子が一緒に走るのですが、
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お互いが必死。
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つまり、馬をコントロールしようとする人間に対して、
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馬は自分の意思で自由に駆けたいし、そのせめぎ合い。
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疾走するという目的は同じなんでしょうが、
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馬と人との戦いもあって
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その真剣勝負の姿がちょっとした感動ですね。
他の祭りではなかなか見られない、河原を目いっぱい活用したワイルドな演目です。 -
そうこうしているうちに土手の上では傘鉾が入場。
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再び、引出物を撒き始めます。
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その後も傘鉾が次々入ってきて
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その都度、引出物を撒く。
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今度はミカンをいただきました。
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と、亀蛇が登場。
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河原に降りてきて、
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川に入りました。
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バシャバシャバシャ。
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イチオシ
亀蛇も川をものともせずに動き回る。
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ここでも、
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大小二つの亀蛇がそれぞれに動き回る。
観客席にも積極的に入っていってます。 -
小さな亀蛇は
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小回りを利かせるし
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大きな亀蛇も
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激しく
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勢いのある動き。
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予測不能の動きが
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ここだと如何なく発揮できるという感じですね。
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これも神馬に負けない迫力あるパーフォ-マンスでした。
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さて、ここからは飾馬。
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駅前で見た八青会です。
駅前広場ではちょっと中途半端でしたが、 -
ここでは見違えるような思いっきりの疾走。
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お見事、お見事。
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馬と人との関係も
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とても馴染んでいると思います。
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ちょっと一息ついて
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また、疾走。
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手綱を引いた勢子と
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水を蹴立てて疾走する馬の間にはしっかり信頼関係がありますね。
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イチオシ
じゃないとこんな美しい走りはできないでしょう。
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何度も
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何度も疾走して、
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その実力を十分見せてくれたと思います。
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始めにいただいた引出物。
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かっこいい手ぬぐいでした。
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ここで今度は仔馬。
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将来の勢子さんもがんばりました。
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再び、飾馬。
ここからは、また新手の団体の登場です。
一気に土手を降りてきて、 -
川に入ると
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川の疾走。
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勢子も馬も必死です。
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八高会。
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法被をしっかり着て、
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黄色と緑の配色が個性的です。
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秀岳館。
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こちらは青と黄。
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学校の同窓生の団体かな。
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女性も混じっていて、和気あいあい。
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楽しそうな雰囲気があっていいと思います。
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これは白馬。
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緑の飾りも渋いです。
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ふんどし姿の勢子は、
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ちょっとロートルも混じってます。
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おじいちゃんがんばれーみたいな感じですけど
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経験のある分、馬の力を上手に使っているように思いました。
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つまり、手綱を引くだけではなくて、
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手綱に身をゆだねて、馬に運んでもらう。
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イチオシ
そんな動きがあって、さすがでしたね。
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観客がだんだん減ってきたので、席を中央の方に移動しました。
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ちょっと感覚が違って、これもいいかも。
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最後に
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もう一度
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疾走のシーンを
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目に焼き付けました。
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イチオシ
では、これで妙見祭は終了。
八代神社の方から新八代駅までシャトルバスで帰って。新八代駅から、今夜の宿、鹿児島の鹿児島中央駅まで。明日からは、鹿児島の旅です。新八代駅 駅
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