2023/11/11 - 2023/11/11
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pedaruさん
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千葉市にある稲毛海岸はかっては1キロメートルに及ぶ砂浜を有し、飛行機の発着にも使われた。今も松の林が多く、かっての風光明媚な面影を残している。
浅草の神谷バーの創業者の神谷伝兵衛はここに和洋折衷の別荘を建てた。一階は日本では初期のコンクリート造り,2階は和風建築にして、葡萄酒で財を成した人らしく、床柱には葡萄の古木をつかうなど、贅を尽くしたつくりである。
現在は千葉市が管理し、無料で公開している。
小高い台地に建つこの別荘からの眺望は、幻の白砂清松を想像させるに十分である。
最近浅草の神谷バーで口にしたデンキブランの甘くきつい味を思い出しながら、大正時代のロマンを感じながら見学した。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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「千葉市ゆかりの家・いなげ」の見学を終えて、国道14号に出ました。
ここが勝手の海岸線だったとは想像できません。 -
左手に「千葉市民ギャラリー」という表示がありました。
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石段を上がっていくと、そこにはしゃれた建物「市民ギャラリー」が目に入りました。しかし、今日は休館でした。
園内の「千葉市民ギャラリー・いなげ」は、市民の皆さんが作品の制作や展示のできるギャラリーです。 -
では、こちらへ歩を進めます。今日の目的の一つの建物を見るのです。
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大正モダニズム建築の神谷伝兵衛稲毛別荘が姿を現しました。
袖ヶ浦と呼ばれ、白砂清松の地であった稲毛の海岸は、明治時代後半から東京に住む人々の保養地として多くの別荘が建てられました。 -
4棟あった建物の中で、現在まで残った洋館が「旧神谷伝兵衛稲毛別荘」(国登録)として公開されています。
建物の外観は、一階ピロティ正面にロマネスク様式に通じる5つの連続アーチがあり、建物全体の外壁を白色磁器質タイルで仕上げています。 -
1918年の竣功で、全国的に見ても初期の鉄筋コンクリート建築として貴重なものです。
建物は、半地下地上2階建てで、1階が洋室になっています。 -
マントルピースには絵描きタイルを用いてゆかを寄木張りとするなど華やかなあしらいとなっています。
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階段は典型的な洋風階段と見せながら、一階から二階へ続く壁を緩やかな曲線の漆喰仕上げとし、途中2か所に花台をあしらうなど一階洋室と二階和室を結ぶために、意識的にしつらえている。 説明板より
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玄関天井のシャンデリアの中心飾りにぶどうのモチーフを用いているそうですが、気づきませんでした。
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二階に上がってきました。
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広い畳敷きの部屋ですねぇ。
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東京からの交通の利便さもあって、稲毛の海岸は東京方面の人々の保養地として人気を集め、明治から昭和にかけて松林を中心に多くの別荘・別邸が建てられました
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別荘の主であった神谷伝兵衛は、江戸末期の安政3年(1856年)2月11日、三河国、現在の愛知県幡豆郡一色町で生まれ、わずか8歳で酒造家を志し、17歳で酒造りを学ぶため横浜に渡りました。
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広い床の間ですが、床柱には葡萄の木が使われています。
えーっブドウの木ってこんなに太かったっけ?私はこんな太いぶどうの幹なんて見たことありません。
見落としましたが、天井はぶどう棚を模したつくりになっているんだと。 -
横浜で葡萄酒のすばらしさを知り、東京に出た伝兵衛は、浅草で日本初の洋酒バーを開店し、成功をおさめました。それが、現在も営業を続け、電気ブランで有名な「神谷バー」です。
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突き当りの窓のおしゃれなこと。
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今は庭の松だけが見えますが、建設当時は海岸が見えて、素晴らしい眺望だったようです。
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電灯もおしゃれです。
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茶箪笥があります。実家の茶箪笥も同じデザインです。
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おしゃれな丸窓があります。
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神谷伝兵衛は大正6年(1917年)病気静養のため、同年、別荘の建設に着手しました。当時としては非常に珍しい鉄筋コンクリート造りの洋館で、現在では、初期の鉄筋
コンクリート建築として全国的に大変貴重な建築史跡になっています。 -
その後、明治14年(1881年)、輸入葡萄酒に改良を加え、独特の葡萄酒をつくることに成功、蜂印香竄葡萄酒として製造販売、類似品が出回る程の人気を博し、さらに国内で葡萄園やワイン醸造場「牛久シャトー」を建設し「日本のワイン王」と呼ばれています。
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一枚の板からくりぬいて作った窓、「木瓜窓」です。贅沢ですね。
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神谷バーのポスター この絵の感覚からこれは当時の物ではないな、と感じました。
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絵葉書に見る海辺の保養地・稲毛の記憶
昔の様子が、絵葉書によって知ることができます。 -
欄間には鳥の飛来が透かし彫になっています。
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さあ、階段を下りて帰ります。
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玄関前 柱が並んで この建物の顔になっています。 フェイス、つまりファサードです。
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鉄筋コンクリート建築には日本庭園は似合わない気もしますが、洋館にも十分似合っています。屋敷の格を上げています。
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きれいな錦鯉が餌を求めて寄ってきました。ごめんねー、カンロ飴しか持ち合わせがないんだよー。
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市民ギャラリーの庭でもあるだけに木立のなかに彫刻がありました。
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「下を向いて歩こう」という4トラのコミュニティのメンバーでしたが、コミュは廃止になり、マンホールの写真の蒐集に熱が入らなくなりましたが、雀百まで のたとえのようについ写真を撮ってしまいます。
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現在の国道14号の辺りは遠浅の海岸でしたが、明治21年(1888年)、千葉県初の海水浴場が開かれ、同年、医学士の濱野昇により「稲毛海気療養所」が設立されました。施設は海水温浴場、海水冷浴場、海水灌漑場、遊戯場、運動場などで、救急に備え医師が1名常駐していました。
千葉市ホームページより -
当時海水浴は、諸疾病に対する治療法として提唱され、海気館はそれに応じた施設だったのです。稲毛浅間神社周辺の松林の中に建てられた施設は、林芙美子が昭和9年(1934年)に書いた小説『追憶』に、「赤や青の色ガラスがはめこまれている明治の建物」と形容されています
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後に「稲毛海気療養所」は所有者が変わり、別荘風旅館「海気館」として、宴会や行楽などにも用いられるようになりました。大正10年(1921年)にはそれまでの総武鉄道に加え京成電鉄が開通し、東京から海水浴や潮干狩りに来る客が増加、海岸には多くの旅館や店が立ち並ぶ一大保養地となりました。
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海気館は、島崎藤村、徳田秋声、森鴎外、上司小剣といった文人たちが滞在し、また田山花袋の『弟』、里見弴の『おせっかい』、中戸川吉二の『北村十吉』など多くの文学作品にその名前が登場しています。俳人河東碧梧桐(かわひがしへきごうとう)の名著で、3年半にわたる全国行脚の大旅行日記である『三千里』では、明治39年(1906年)8月6日、稲毛の海気館に一泊し、のんびりと潮干狩をするところから始まります。 千葉市ホームページより
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神谷伝兵衛別荘横の道を歩き、松林の中に入ると、一組の男女を見た以外は誰もいませんでした。こういう公園は貴重ですね。
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海岸がすぐそこにあるような錯覚に陥るほど、昔の面影を残しているように思えます。
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この道を行くとまもなく京成稲毛駅です。短い時間ながら、満足のいく小さな旅でした。
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この旅行記へのコメント (12)
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- yamayuri2001さん 2024/02/17 16:21:13
- 稲毛!!!
- pedaruさん、こんにちは。
稲毛は、我が家のお嫁さんの両親が住んでいるので、
何度か訪問したことがあります。
稲毛浅間神社は、上の孫が生まれた時に
初宮詣に行った場所ですが、
なかなか由緒ある神社でした。
ところで、電気プランは飲んだ事があるぞと思ってよく調べたら、
私が飲んだのは、ホッピーで発売している
アルコール無しの、お子様用の電気ブランでした。
大人が飲む電気ブランは、アルコール度数が非常に高いんですね。
それにしても稲毛に神谷伝兵衛の別荘があったなんて、
今度訪ねてみたくなりました。
横浜の洋館とはまた全く違った趣で、
和の良さを贅沢に取り込んでいる別荘なんですね。
とっても粋な建築になっているんですね。
yamayuri2001
- pedaruさん からの返信 2024/02/18 08:06:59
- RE: 稲毛!!!
yamayuri2001さん おはようございます。
稲毛とは縁があるのですね、私は初めての訪問でしたが、yamayuriさんはお嫁さん関係で何度も訪れているのですね。お宮参りは浅間神社でしたか、山の上の立派な神社ですね。
ところで稲毛と言う名前は、豊穣を願っての命名だと思いますが、では毛はどういう意味があるのでしょう?考えると眠れなくなります(笑)。全国に稲のつく土地はたくさんありますが、(稲田、稲、稲村ケ崎など)稲毛とは不思議な名前です。
デンキブラン、おこちゃま用デンキブランも飲んでみたいとおもいました。そんなのがあるのですねー。私は自転車に乗るので、お子様用が適しています。
神谷伝兵衛の別荘、和洋折衷なのが時代を感じさせますね、私たちなら、せっかく別荘なのですから、非日常の洋風にするところですね。
私が別荘を持つとしたら、洋風、しかし それはバンガローです。
pedaru
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- hot chocolateさん 2024/02/14 19:59:55
- 稲毛
- pedaruさま
こんばんは。
ご無沙汰しており、すみませんでした。
中学・高校のクラスメートが稲毛から来ており、
何度か稲毛まで遊びに行ったことがあります。
市川もそうですが、稲毛も松の多い土地柄ですね。
電気ブランというのは名前だけは知っています。
私はアルコールがダメなので、飲んだことはありませんが・・・
ワイン醸造場「牛久シャトー」も神谷伝兵衛氏が建設したのですね。
千葉もワイン醸造に適した土地柄なのでしょう。
稲毛に彼の別荘があったことも、愛新覚羅溥傑氏と浩さんが、
稲毛で新婚生活を送ったことも、全く知りませんでした。
千葉県に住んでいながら、知らないことばかりです。
hot choco
- pedaruさん からの返信 2024/02/15 16:13:53
- RE: 稲毛
hot chocolateさん こんにちは
こちらこそご無沙汰しております。
時間があるのですが、気力がなくて、近場を散歩しています。
稲毛も近いのに、何があるかも知らずに出かけましたら、意外と面白いところでした。
市川は千葉というより東京になじみがあり、つい目がそちらに向いてしまいます。
日常で残念なことは誰でもあると思いますが、年賀はがきが一番違いで悔しがることは毎年のことですが、なんと言っても悔しいのは、せっかく書いた掲示板の文章がワンクリックで消えてしまうことですね。今朝その災難にあいました。
思い直して再度書いています。
デンキブランはかなりアルコール度数が高いようでした。一度味わえば、もういいかな、という感じです。
稲毛の別荘が神谷バーの経営者だとは思いませんでした。バーの経営程度で別荘がもてるとは意外でしたが、牛久シャトーの経営者といえば納得です。
また近場を歩いてみようと思っています。またよろしくお願いします。
pedaru
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- しにあの旅人さん 2024/01/22 15:14:27
- 大正ロマン
- 電気ブランというのは聞いたことはありましたが、「?」と思っておりました。カクテルの名前なのですか。どういうわけか、お酒のブレンドの仕方だと勝手に思っておりました。
神谷バーは行こうと思ったことがあります。
10年くらい前、国立劇場や歌舞伎座で昼の部の芝居を見て、夕方から浅草で寄席見物、その夜は浅草のホテル泊まりというのを何回かやりました。
「洋食」という和食を食べたくて、なんとかというハンバーグのお店などにしたのですが、神谷バーも候補でした。レトロな大正ムードのお店にあこがれておりました。
ちかごろまたこういう近場の旅をやってみたい気になっておりまして、今度は神谷バーにします。
「神谷バー」のポスター、現代のものでしょうね。このタッチ、どこかで見たことがあるのですが、思い出せません。女給さんの着物も、胸元の窮屈な着付けは大正ではありませんね。
神谷バーのオーナーが稲毛に豪華別荘を持っていたのですね。知らないことばかり。
洋風な1階から階段を上がると一転して和室、この意外感がいい。当時の人も「わー」と思ったでしょう。
- pedaruさん からの返信 2024/01/23 07:09:33
- RE: 大正ロマン
しにあの旅人さん おはようございます。
自転車で東京に行ったとき、経験のため入店したのが、神谷バー、このときはデンキブランとあつあつのコロッケをいただきました。
デンキブランの製法はしりませんが、味はというと、強いウィスキーに砂糖を入れた感じ?ワインでいえば貴腐ワインのアルコール度数を強くした感じのお酒でした。仕事以外は詳しくないので、こんな説明しかできません。
女給の着物の着付けに詳しいなんて、油断がなりません。 まさか当時のカフェを知っているわけではないと思いますが。
掲示板に女性からの書き込みが多いのがいつものことですが、今回は男性から4人も書き込みがありました。たいへんうれしく思います。(もちろん女性からのメッセージもうれしいのですが)。
pedaru
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- ふわっくまさん 2024/01/21 08:01:34
- 雀百まで・・
- pedaruさん、おはようございます。
雀百までというイメージに、ピッタリ合ったマンホール蓋を撮って来られて・・
モノクロながら、味わいのあるデザインだなぁーと思いました(^_^)
そして神谷バーのデンキブラン、上京した時に昼飲みしたことを懐かしく思いだし・・
創業者の別荘は、ステキな形で公開されているのですね。
和洋折衷で丁寧に扱われ、オシャレで大正ロマンを感じました(*^_^*)
・・デンキブランは小説を読んで、興味深く思い・・
神谷バーの雰囲気⇒とても良く、居合わせた方々と私達夫婦でひととき談笑したのが記憶に残っています。
お陰様で朝から、浅草駅周辺の情景まで思い浮かびました♪
ふわっくま
- pedaruさん からの返信 2024/01/22 04:28:54
- RE: 雀百まで・・
ふわっくまさん おはようございます。
マンホールといえば今ではマンホールカードですが、道路にお辞儀をしながら撮る
錆びた蓋、汚れた蓋、でも初めての土地で見つけたときの喜び、しかもそれが美しいカラーだったりしたら、天にも昇る気分です。
もちろんマンホールカードも簡単ではありませんね。わざわざ訪ねていって、ゲットするのですから、カラーの美しいカード、誰でもがこちらを選ぶでしょうね。
神谷バーでデンキブラン、すでに経験済みなのですね。さすがです、昔は人気の小説家などが出入りしていたらしいですから、居合わせた方々と談笑なんて、すてきな思い出ですね。情景が目に浮かぶようです。
私たち東武線沿線に住んでいた者にとって浅草は心の故郷です。東京に行くといえばまず浅草でした。いつのまにか仁丹塔がなくなってました。(いつの話じゃ)
pedaru
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- 万歩計さん 2024/01/17 20:00:27
- デンキブラン
- pedaruさん、こんばんわ。
神谷バーのデンキブラン、私も東京単身赴任時代に何度か飲みました。浅田次郎さんの「天切り松・闇かたり」シリーズにもしばしば登場し、大正時代のモダンボーイに絶大な人気があったそうですね。
さてデンキブランの複雑な味、何かなと思っていましたが、この旅行記でハッと思いあたりました。ヨーロッパのクリスマスマーケットでお馴染みのグリューワイン(ホットワイン)の味ですね。神谷伝兵衛氏が始めた葡萄酒バーが起源ということで納得です。
万歩計
- pedaruさん からの返信 2024/01/20 14:30:32
- RE: デンキブラン
万歩計さん こんにちは
神谷バーのデンキブランは既に飲まれているとはさすがです。なんにでも興味を持ち、実行している人らしいですね。
グリューワイン、デンキブランとの関係に至るとは驚きました。pedaruは知らないことばかり、4トラで大分利口になりました。
次は古い街あるき、万歩計さんを真似しました。
pedaru
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- norisaさん 2024/01/17 15:24:54
- 大正時代の傑作
- pedaruさん
こんにちは。
稲毛というところは本当に海岸沿いだったのですね。
東京湾は大きな津波がない地形のようですから、良いのでしょうが、東北や日本海側でしたら危険な所だったでしょう。
さて、この和洋折衷のお宅は素晴らしいですね。
日本人だと和風も捨てがたいですが、洋風の便利さや美しさも欲しい。
そうした贅沢好みの豪商の要望ですね。
ワインで財をなしたそうですが、趣味も良いですね。
丸窓や木瓜窓、こういう窓のある豪邸に住んでみたいものですね。
(pedaruさん邸ならゴロゴロしている!?(笑))
この家自体の絵を描いてみたいものですーーー。
norisa
- pedaruさん からの返信 2024/01/20 07:06:55
- RE: 大正時代の傑作
norisaさん おはようございます。
稲毛と言う名称は昔から知っていましたが、訪れるのは初めてでした。しかし、時すでに遅し、埋め立てられて、普通の家が建ち、海の面影はありません。ただ陸地側には今でも松の木が多いですね。
東京湾ですから、津波の影響はあまりなさそうですが、市川に行徳と言うところがありますが、あるお寺を訪れたとき、寺の歴史が分からないということですので、聞いてみると、津波でみんな流されて、過去帳など昔のことは全く分からない、ということでした。
今は津波など縁がなさそうな土地でも、油断してはいけませんね。
神谷伝兵衛の別荘はなかなか贅沢な造りで、これは想像ですが、norisa家といい勝負だと思います。眺望にかんしてはnorisaさんのマンションのほうが上ですね。
絵もだいぶ溜まっていることとおもいます。たまには旅行記の中で、ご披露してくださいね。
pedaru
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