2023/11/17 - 2023/11/17
427位(同エリア641件中)
BO/Mさん
最近、私はENEOS東神奈川に車両定期点検で車を預けた後、周辺散策で偶々、【成仏寺】と出遭い、そこが1859年10月20日からアメリカ領事館の指示で宣教医・宣教師の投宿場所として按配された場所であるを知り、一気に日本でのプロテスタント黎明期について多少なりとも知るに至ったのですが、その延長線上で過日気付かず、その後読書などで知り得た情報として、こちらの宗興寺(そうこうじ)がヘボン診療所として約3年間使われた場所であると知った為、往訪。
住所:横浜市神奈川区幸ヶ谷10-6、場所はJR京浜東北線なら「東神奈川と横浜の中間点、海岸側」、京急なら「反町」だが、京急が内陸側なので若干遠くなる。青木町、幸ヶ谷、神奈川本町辺りに位置し神奈川公園、幸ヶ谷公園を目指すと至近となる。
史跡としては既に現代建築と変化しているので診療所跡としての建屋は残っていないがレリーフや史跡案内版などが置かれている。
段差のある敷地で墓地が直ぐに始まり建屋を L 字型に取り囲む。
1859年成仏寺に仮寓したヘボンが約3年間こちらを借りて診療所として多くの患者を診た。身分の別を問わず多数の患者が日に30-50名単位で来たと言う。ヘボンは患者から金をとらずに診療、多くは外国人信者の寄進などで賄ったと言う。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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曹洞宗宗興寺は、この「神奈川駅中図絵」では権現山の麓に描かれている。
開港当時、アメリカ人宣教師で医師であったヘボン博士がここに診療所を開いた。これを記念する石碑が境内にたてられている。
このヘボン博士は、「ヘボン式ローマ字」で良く知られ、日本で最初の和英辞典を完成し、聖書の翻訳なども行った。後に、明治学院を創設するなど、わが国の教育にも尽力した人である。、と記されている。 -
成仏寺から川を越えて徒歩で10分圏内に宗興寺は在る。
日々、仮寓地である成仏寺から歩いてきたのだろう。 -
曹洞宗である
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建屋はこの通り現在建築に変っている、またご覧の通り向かって左側は墓石が迫り、ここからL字状に段差の急斜面の丘上まで墓石で埋まっている。
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建物脇に、この石碑が在る
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刻字が薄く読み難いがヘボンは1861年から此処で診療所を構えた由。
それより前、米宣教医・シモンズが寄宿、後の横浜市立大学医学部で外科手術などを多数施術、また虫下し薬などでも有名な方だそうな。
また、米宣教師ホビウスも一時期投宿していた。ホビウスが去った1861年からヘボンが診療所として使い始めた由。
当時の寺社仏閣は外国領事館から請われて外国人投宿場所になっていた事がうかがわれるし、当時としては破格の借り上げ賃料を請けての事であると思われる。
また、外国人投宿を嫌気した寺院は屋根瓦を落として現在普請中の為受入れ不可、などをしたものもあったと言う。 -
宗興寺はすっかり普請を新たにしてその面影は遺されてはいないがヘボンが3年程の間、多くの患者をとり無償で治療したり入院患者迄あるほどの本格的な治療をしていた事を史実として後世まで伝えて頂くために、レリーフを守り掲げ続けて欲しいものである。
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有隣堂新書88 出版されたばかりのこの本を読み終えた。やはり素晴らしい信念を持ってやり続けた人の生き様を感じた。
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