2023/11/17 - 2023/11/17
376位(同エリア649件中)
BO/Mさん
浄瀧寺(じょうりゅうじ)は日蓮宗で、神奈川宿・青木本陣鈴木源太左衛門家の墓所あり。
幕末・明治維新時にはイギリス領事館を1859年7月1日付けで設けた。
フランス領事館、アメリカ領事館なども、この付近に在る理由は、「神奈川宿」(五十三次3つ目の宿場)がこの付近だった為。
実は「横浜」は幕末・明治維新と共に発展していった場所で、それより前の江戸時代は参勤交代の宿場として神奈川宿が在り、今の東神奈川周辺の海岸沿いにあたりの人口は集中していました。県名が神奈川になったのも江戸時代からの神奈川宿の名に依る。
横浜(いわゆる、横浜駅・桜木町駅・関内駅・石川町駅周辺から海岸側)が繁栄し始めたのは、なんと1858年、59年より後、開港を迫ったペリーらの4隻により予断を許さず横浜港を開くのだが、当初東神奈川周辺(ゴルフ練習場辺りでしょうか)を開けろ、と列強は迫った由。対して幕府側は焦りつつも少しでも遠ざけたかった等もあり、神奈川宿より奥(江戸から見て)の寒村に強制的に配置し、そこを整備し始めて有無を言わさず場所決めをした。
結果、その後はみるみるうちに人口が増し、現在の隆盛を誇るに至ったとか。
もしそんなことが無ければ宿場町としての神奈川宿が今も栄えていたのか、と思うと興味深い。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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史跡 イギリス領事館跡、の石碑と説明書き
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浄瀧寺(じょうりゅうじ)は妙湖山と号し、日蓮宗に属す。文応元年(1260年)妙湖尼は、当時の政治の中心地であった鎌倉に向かう途中に当地に立ち寄った日蓮上人と遭った。
法尼は聖人の人格にうたれ、法華経の話を聞いてたちまち弟子となり、自分の庵を法華経の道場とした。
聖人が「立正安国論」を著作し、鎌倉幕府に献策した年でもある。
また、開港当時はイギリス領事館に充てられた。、とある。 -
立派な構えである。1945年の横浜大空襲で焼失した後の1955年作。
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南無日蓮大菩薩、と刻されている
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斜め左より、どっしりとした大きな建屋である、裏手(右奥)及び画像の左手に墓地。ご縁が無いので覗きにはいかない。
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1955年の作、としては戦後10年でこれだけの寄進を得るなどなかなか。
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神奈川宿には宿場町として寺も多く在り、その中でも海岸沿いに当時は近かったこの立地で、大きな敷地にイギリス領事館として居を構えた事がしのばれる。
アメリカ領事館はここより線路を隔てて陸地側の小高い丘の上に位置する本覚寺となる。
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