2017/12/01 - 2017/12/01
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与方 藤士朗さん
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1931(昭和6)年に突如廃止となって1世紀近くが経過しています。
岡山市中区(現在)の三蟠港から国清寺迄わずか数キロの軽便鉄道・三蟠軽便鉄道。
廃線跡はほとんどが住宅地や道路や田畑となっており、当時の遺構はほとんどない・・・、と思いきや、
さにあらずな側面が今もってあります。
三蟠鉄道研究会という地元団体が廃線跡の一部区間に線路とトロッコを復興しており、イベントも行われている模様。
~地元の吉備人出版より「三蟠鉄道記録集」という書籍模索2022年に出版されています。
そのトロッコが復活した2017年12月、そちらの方面に用事があったついでに撮影した写真が出て参りました。
さらには、さかのぼること1995年初夏に地元の案内役をされていた方とともに某鉄道趣味団体の方々とたどった時の写真もあります。
この表紙の写真は、そのトロッコと復活した廃線跡の光景です。
このような写真が出てきましたので、近く三蟠鉄道廃線跡を改めてたどって参ります。
今回は、その予告編です。
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読みにくいけど、こういう案内板も設置されていました。
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表紙の光景から少しずらした位置で撮影。
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トロッコの写真を続けます。
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三蟠軽便鉄道の社章です。
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復活?した線路の様子を続けます。
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これで行き止まり。
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かつてはここも線路!?
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ここからは、一昔前の写真になります。
1995(平成7)年当時の平田釣具店。
ここが、三蟠鉄道の起点でした。 -
1994(平成6)年に、このようなモニュメントが製作されていました。
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0キロポストなどが設置されていました。
映っているのは、当時の私です。 -
これまた、当時の私。
その後ろの看板に注目です。 -
三蟠港から児島湾を望む。
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三蟠港はすでに廃港となっております。
当時の市長さんの名前で石碑が建てられていました。 -
こういう案内板もできていました。
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案内していただいた人の話によると、三蟠鉄道が営業していた当時から使われていたトイレ、もとい、便所だそうです。
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最後に、先日岡山臨港鉄道の遺構を探索した折の私です。
あの後、日焼けで往生しました。
今回は、少しは涼しくなってからになりますので、ここまで疲れることはないでしょう。
安全第一で、改めて、行って参ります。
乞うご期待。
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旅行記グループ 三蟠軽便鉄道廃線跡探索シリーズ
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