2023/08/11 - 2023/08/18
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旅 夢太郎さん
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旅は6日目に入り、旧モンゴル帝国の首都「カラコルム」に向かいました。
カラコルムでは、仏教寺院等を見学し、再びブルドに戻り「ブルドの砂丘」を見学。そして7日目ウランバートルに戻り「ザイサン・トルゴイの丘」「チンギス・ハーン博物館」等を見学し、全ての行程を予定通り終了しました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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10時前 カラコルムに到着しました。
到着後、日本の協力で完成した「ハラホリン博物館」を訪れました。 -
ここには、モンゴル帝国の展示物が数多く展示されていました。
かつての首都を再現した街並みです。 -
2代目オゴタイハーンが建都し、3~5万人が住む街として、栄えたようです。
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モンゴル帝国は駅伝制を作って、東西の交流を安全かつ活発化した半面、統治に抵抗する勢力には、徹底した破壊活動を行ったという、功罪の両面性が伝えられています。特に騎馬軍団の残虐性は広く伝えられているところです。資料館には、工夫された矢じりが沢山展示されていました。中には当たれば即死といったものもありました。
日本への侵略は「元寇の役」として知られているところです。 -
モンゴル帝国の強さを誇る仮面でしょうか?
権力を誇示する展示物が沢山展示されていました。 -
続いてエルデニー・ゾー寺院を訪れました。
1586年 ダライ・ラマの指導のもと建立されたとされる仏教寺院群です。
寺院はストゥーパと呼ばれる塔が等間隔に108ヶ並んだ外壁の中に建てられいました。 -
寺院には、過去、現在、未来の釈迦像が祀られていました。(寺内撮影は有料なので、諦めました)
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20年前、ここを訪れた時、近くで行われていた史跡発掘調査を訪れていたモンゴル大統領と、その一行に偶然にも正門で遭遇しました。笛、太鼓等による盛大な歓迎式典を目の当たりにし、「一緒に付いて回りましょう」と現地ガイドさんの案内に従い、大変貴重な体験をした事を思いだしました。(ツアー客は私達2名のみでした)
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宮殿の柱の石の台座だったといわれる「亀石」
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続いて予定にはありませんでしたが、モンゴルらしい大変綺麗な景色が見える「オルホン川が見える丘」に案内してもらいました。道はぬかるみが続き、バスは途中でストップ。そこからは徒歩で丘の頂上を目指しました。
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頂上には「オボー」という神のモニュメントがありました。
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頂上から眺めるカラコルムの街並み
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元横綱「朝青龍」が所有する朝LANDが見えます。
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全長1024Kmのオルホン川。この川はバイカル湖に注いでいるそうです。大自然の美しい光景に感動しました。
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川辺には馬や羊が放牧されていました。
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白骨化した頭部を載せたオボーが。
オボーは自然の至る所に神が住んでおり、その神に祈願する所として石が積み上げられているそうです。 -
頂上にあるオボーを3周し、願い事を叶えました。「もう一度星空が見えますように」と何人かの人がお願いしたようでした。
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続いて、草原と砂丘のコントラストが美しい「ブルドの砂丘」にやって来ました。
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砂丘は雨上がり、絵になる光景が広がっていました。
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頂上からの眺め
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美しい雲とのコラボレーション。
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多くの羊たちが、やってきました。遠く離れた草原地帯への移動のようです。
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温暖化により内モンゴルでは、草原地帯の砂漠化が急速に進んでいるそうですが、こちらでも砂漠化が懸念され、色々対策が検討されているそうです。近年異常気象による自然界への影響が、世界各地から報道されていますが、この様な美しい自然が破壊されないことを祈るのみです。
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再びブルドの宿泊ゲルに戻ってきました。ゲルでの宿泊は最終日となります。
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旅は7日目(8月17日)
星空観賞 ◎
夜から強い風と雨を伴う強烈な嵐となり、星空観賞は諦めベッドにつきました。夜中2時頃、ゲルの周りが騒がしくなったので外に出てみると空には満天の星。「ワー凄い!」思わず声を発していました。雲一つ無い空に、北斗七星が目前に横たわっており、流星もチラホラ見えます。また中央には壮大な天の川が。今回の旅で二度目の星空体験でした。 -
旅は7日目
2日間お世話になった、ゲルの彼方から朝日が登ってきました。 -
ゲル周辺の光景(以下同じ)
昨夜の強風雨の影響か? 草原地帯は一段と美しさを増している様に見えました。 -
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続いて来た道を通って、ウランバートルに向かいます。
20年前、このように舗装された道はありませんでした。デコボコ道を砂煙をあげながら、天井に頭をぶつけながら、また荷物を一杯積んだ大きなトラックが横転し、困り果てた運転手さんの姿を横目に、ひたすら走ったことを思いだしました。 -
ウランバートル到着後、市内の中華レストランで昼食を取りました。
品数、味、量いずれも満足の行くものでした。
レストランからの眺め。 -
続いて「市場」の見学です。
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お酒、野菜果物、肉類、チーズ、蜂蜜などに興味を持ちながら見学して回りました。
特に肉類の売り場では、そのスケールの大きいことに驚きました。 -
市の中心部からほど近い「ザイサン・トルゴイの丘」に登りました。
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1971年に建てられた旧ソ連とモンゴル友好の記念碑。壁には社会主義モンゴルの歴史過程がモザイク画で描かれていました。
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ザイサン・トルゴイの丘からの眺め
人口147万人のウランバートル市には、国の半数以上の人が集まっているそうです。人口の急増と、道路整備の遅れや、公共交通機関の乏しさ等から車の渋滞がひどく、課題があるようです。
また、ガイドさんが過去の悲惨な歴史「マンホール・チルドレン」について、詳しく説明して下さいました。 -
電気は火力発電に頼っているそうで、市の中心部にある火力発電所からは石炭を燃やす煙が。環境問題は大丈夫なのでしょうか?
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ゲル地区と呼ばれる郊外の住宅地。厳しい遊牧生活を諦めウランバートルに移住して来る家族が多いそうです。男性は主に建築現場で、女性はビル等での清掃員として働いている人が多いそうです。
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2022年にオープンした、チンギス・ハーン博物館を訪れました。見学は5~6回階を中心とした、モンゴル帝国の歴史を物語る資料館でした。今回の旅を案内して下さったツェルメンさんの案内でしたが、歴史に造詣が深く大変詳しく説明して頂きました。(日本の大学で4年学び、さらに社会人として2年間東京で生活されたそうです)
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正面入り口には大画面のチンギス・ハーンの絵が掲げられていました。
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バスからの車窓風景。「チンギス・ハーン広場」です。
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続いての車窓風景はモンゴル国会議事堂
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1961年社会主義時代の国営デパートに立ち寄りました。モンゴルを訪れた人は必ず足を運ぶ所だそうです。
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帰国の途、チンギス・ハーン空港で記念に購入しました。36度の大変コクのあるお酒でした。
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ウランバートル7時45分発 成田13時40分 着 旅も無事終了しました。
チンギス・ハーン空港で朝青龍さんを見かけたという人が何人かいました。 -
【旅の感想】
地平線の彼方まで続く「大草原」。遥か彼方には放牧された馬や羊の姿。そして朝陽と夕陽の美しさ。空には「満天の星空」。また絵に描いたような砂丘の美しさ。「モンゴルには何もないが、全てがある国」しみじみとその魅力に浸ることが出来た旅でした。
ひとり旅の若い女性がつぶやきました。「日本に帰りたくない」「ここでずっと暮らしたい」この旅の全てを物語る言葉のようでした。
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