2023/06/20 - 2023/06/20
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マリアンヌさん
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学生時代を過ごした街、川越。当時はただの古びた街の記憶だけだったけど、まさかこんなに観光地になるとは想像出来なかった。
あらためて妙齢になり、古い街だけに蔵造り、洋館、看板建築など残っていることを認識し、散歩にでかけた。
あらためて建築に因んで歴史を紐解いてみて、地元の歴史に触れることが出来て楽しかった。
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一昨年だったかイタリアから帰郷した友達の所望で少しだけ訪れた以来。
西武線の本川越駅から数分で古民家の売店があった。 -
喜多院は何度か行ったことあるけど、熊野神社なんてあったのね。
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茅の輪くぐりがあった。茅(ちがや)という草で編んだ輪を作り、これをくぐることで心身を清めて災厄を祓い、無病息災を祈願するというものらしい。
手前に八の字みたいなくぐり方が書いてありやってみたけど、間違った? -
チェックしていたKura cafeは、産業観光館(小江戸蔵里)の中にあるようだった。
ショーウィンドウに川越まつりの山車のミニュチュアが飾られていた。
京都の葵祭は行ったことがあるのに、まさに灯台下暗し(笑) -
ここ、今は大正浪漫夢通りっていうのですって!
昔よくみかけたこういった建物、看板建築とかレトロモダン建築と呼ばれているそう。以前の勤務地、築地でもよく見かけたよなぁ。 -
シマノコーヒー大正館(昭和8年建造)は、喫茶として営業している。映画のセットのような外観が人気とのことで、帰途立ち寄ったら列が出来ていて断念。
伊勢屋さんは洋品店だね。 -
うなぎ小川菊、すだれが京都風だね。
近くの蔵造りの家、破損部分が多いらしく立ち入り禁止の三角コーンでロープが張られていた。 -
1901 TEA SALON 入りたかったのだけど、残念ながら定休日だった。
https://www.instagram.com/1901kawagoe/ -
仲町観光案内所。
明治26年の川越大火直後に焼失を免れた現在の大沢家住宅など数軒の蔵造りや東京の日本橋界隈の商家を参考に、煙草卸商を営んでいた小山文造(屋号「万文」)が建てた蔵造り商家を博物館に再生したもの。
幕末頃に煙草(たばこ)の商いを始め、明治時代に水戸の葉煙草を原材料に、「水府」、「武蔵野」などの刻み煙草を製造。
明治37年から専売制(官営)になるまで、東京・岩谷商会の人気を博した「天狗煙草」を川越で販売するなどして財を成していた。
専売制以降では、大手煙草問屋として昭和初期まで続いていたそう。 -
荷物預かりもあり、Wi-Fiもつながる。
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川越商工会議所。
昭和2年(1927年)武州銀行川越支店として建造された。その後、昭和45年に川越商工会議所が譲り受け、以後事務所として使用しており、平成10年登録文化財となったそう。
設計は前田健二郎氏。前田氏はここ以外にも、武州銀行浦和支店、高島屋日本橋店、京都市立美術館などの設計を手がけているとのこと。
ちなみに川越商工会議所は、1900(明治33)の創立で埼玉県内では一番最初に設立されたそう。 -
原田家住宅(明治27年建造:川越市指定有形文化財)
すごく立派な蔵造りが目を引いた。
面している通りは、江戸時代~太平洋戦争まで米問屋が軒を連ね、なんと取引額は県内でトップ。中でも特に繁盛していたそう。 -
内部は、1893年(明治26年)の川越大火直後の防火対策をした建築形態をよく保存しているとのこと。
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今回是非訪れたかった旧山崎家別邸(母屋が国重要文化財)入場料100円。
昔から川越といえば亀屋の最中だけど創業者の別邸が公開されているとは知らなかった。来客用玄関。茶室の待合風の腰掛けもあった。
土日には、ガイド案内も行われている。
https://www.city.kawagoe.saitama.jp/smph/welcome/kankospot/kurazukurizone/kyuyamazakike.html -
旧山崎家別邸の設計は、保岡勝也が行った。保岡勝也は、東京帝国大学で辰野金吾(日本銀行本店・東京駅を設計)に師事し、卒業後、現在の三菱地所に勤務。
中小住宅に関心を持ち、三菱地所を退社し、住宅や数寄屋設計者として活躍。
大正7年(1918年)には、第八十五銀行本店(現在の登録有形文化財である埼玉りそな銀行川越支店)を手がけた。当時、五代目嘉七氏が第八十五銀行の副頭取を務めていたこともあり、保岡勝也の実力を認めた上で自身の別邸設計を依頼したのではないかと考えられているそう。 -
旧山崎家別邸の敷地面積は、約2,300㎡、延べ床面積250㎡。
和洋折衷の建物になっている。こちらは庭から見た洋館部分。 -
内玄関。家族はこちらから出入りしたのね。
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旧山崎家別邸は、川越の老舗菓子屋「亀屋」の五代目である山崎嘉七氏の隠居所として建てられた。山崎家は、信州高井郡下笠原村(現在の長野県中野市)出身の初代嘉七氏が安永元年(1772年)ごろに川越に来て上菓子製造業の亀屋清右衛門のもとで修行し、天明3年(1783年)に「亀屋」の暖簾を許され創業したと伝わっているそう。
四代目嘉七氏は、明治11年(1878年)第八十五国立銀行の創立に関わり、当時の川越経済界を主導する存在だったそう。 -
上:玄関の意匠。
下:食堂手前の小部屋に施された薔薇のステンドグラス。 -
2階へは上がれませんが、踊り場にステンドグラスが。
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アールヌーボーの甘さを残すデザインで色ガラスが織りなす絵模様、特に泰山木の花の白さと鳥の赤い冠羽が印象的とのこと。
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下部のステンドグラスはさらに細かい意匠で水辺の植物を表しているそう。
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川越の私的迎賓館。五代目である山崎嘉七氏の隠居所として建築された別邸ですが、陸軍大演習などで川越付近に訪れた皇族方がご宿泊されることもあったそう。
現在の庭には、昭和4年に川越へ訪れた李王垠(りおうぎん)殿下のお手植えの松が残されている。
※李王垠:李氏朝鮮(朝鮮国)が大韓帝国と改称した1897年(光武元年/明治20年)に初代大韓帝国皇帝(李氏朝鮮第26代国王)高宗の七男として生まれた。
大韓帝国最後の皇太子で、韓国併合後には王世子として日本の王族に列した。
妻は、梨本宮守正王と同妃伊都子の第1王女子の方子で日本の皇族。
赤坂プリンスホテル旧館は、旧李王家邸。 -
調度は当時のものだそう。
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数寄屋造りの和室は、客室と居間に良材が使用され、主な柱は全て磨き丸太が使用されている。和室棟の東側端には児童室が配置されている。
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とても贅沢な床の間の意匠。
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庭が見える。
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光がすける戸。屋根が数寄屋造りに。
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なんか落ち着くよね。
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この部分の天井も竹を編んだ凝った造りになっている。
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洋室からはベランダに出れる。
下は食堂。 -
もう一つの居間には仏壇のような扉が。
炉がきってあるから、お茶室でもあるのね。 -
床の間にかかる書は、渋沢栄一の雅号、青淵(せいえん)が見えるけど内容は把握できません(汗)
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サンルームもあった。
庭の左には有楽如庵の写しと伝わる茶室もあった(非公開)
設計者である保岡勝也は、「茶室と茶庭」を出版するほど和風庭園に造詣が深かったそう。 -
桜が透けるアール・ヌーヴォーな灯りも。
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お風呂も洒落てる。
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中成堂歯科医院。緑が素敵な洋館ですね。
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大正2年に建てられた洋風建築で、木造2階建て延べ135㎡。外壁はイギリス下見と呼ばれる方法で下見板を張り合わせ、木造の軽快さが端的に表現されている。屋根は天然の石板(スレート)でふき、1階の窓は両開き窓、2階は上げ下げ窓。
2001年に川越市教育委員会の伝統的建造物指定を受け、全麺改修されたそう。
医院のHPより -
5月にランチしたレストランベニーノ。
旧六軒町郵便局。設計施工は森留吉氏。昭和2年(1927年)に建てられたそう。 -
川越のランドマーク「時の鐘」。
寛永年間(1624年~1644年)に、川越城主・酒井忠勝(さかいただかつ)が建てたのが最初で、現在の鐘楼は、川越大火の翌年、明治27年の再建。
明治の川越の大火の時、義捐金を寄贈、時の鐘の銘文には渋沢栄一翁の名前が刻まれたそう。 -
日乃本帆布 川越 時の鐘店。
これも看板建築よね。 -
福田家住宅。
川越で多い蔵造りのタイプは、切妻造の平入。珍しい「寄棟造・妻入」の蔵造りとのこと。また、福田家住宅は、福田家2代目が洋服店を営む為に購入した建物で、建造時は銀行だったそう。1階は扉両端は土蔵壁の戸袋を造り、2階は観音開扉が1つ。側面には窓すらない。銀行だったせいかあえて閉鎖的に造りになっているとのこと。 -
観光メインの蔵造りの街並みだね。観光客がたくさん来訪。浴衣を着たアジア系女性が溢れていた。
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1893年(明治26)に発生した川越大火では、当時、埼玉県随一の人口を誇った川越町(現・川越市)の全戸数3315戸のうち、1302戸を焼失。
火の回りが早かったため、埼玉県で最も繁栄した商人の街・川越は、家財道具を持ち出す間もなく灰と化した。
川越の城下町は、商人町を含め、寛永15年(1638年)の川越大火直後に藩主となった松平信綱(まつだいらのぶつな)が町割りを行なったもの。
城下の商業要素の集中した上五ヵ町(本町、江戸町、喜多町、高澤町、南町)を商人町、下五ヵ町(鍛冶町、多賀町、志義町、上松江町、志多町)を職人町と定めたのだそう(その十ヵ町のシンボルが時の鐘)。
江戸城や武家屋敷を焼き尽くした明暦の大火(1657年)後の江戸の復興計画の際、松平信綱は川越の経験を活かし、指揮している。
明治26年の川越大火では、時の鐘も焼け落ちたが、悲惨な大火から、蔵造りの大沢家住宅など9 軒の土蔵造りが焼け残ったため、延焼を防ぐ耐火建築として蔵造りが見直されたそう。
東京では、文明開化後、レンガ造りや石積みの建築物が増えていたが、川越商人たちは漆喰(しっくい)などを使った伝統的な蔵造り建物を選択。 -
何気ない古民家も現在は街並み保存に貢献。
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しあわせ稲荷小路なんて銘をうってたけど、よい雰囲気。
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大沢家住宅。
呉服太物を商っていた近江屋半右衛門が寛政4年(1792年)に建てた蔵造りの店舗。明治26年の川越の大火でも焼失から免れ、国の重要文化財に指定されている。平成元年から4年間にわたって大規模な修復工事が行なわれ、建築当時の姿に復元。
一見すると重厚ながらも地味にも感じる外観は、藩政時代のこと、川越城より目立ってはまずいという配慮から。
川越大火で焼失を免れたことから、川越商人が蔵造りの商家を建設するきっかけになった建物。
明治16年の番付表『川越繁盛店萬代鏡』では行司役の筆頭に西村半右衛門の名が記されていることから、その繁栄ぶりがわかるそう。
西村家も近江(滋賀県)から直接、川越にやって来たのではなく、江戸を経由したのだと推測できるが、川越の近江商人の歴史や足取りは定かでないそう。
残念ながら定休日だった。 -
郵便局も街並みに合わせている。ボストもグレー。
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紋蔵庵 。
この建物もレトロモダン風。 -
屋根の上を豚さんが散歩。
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ハツネヤガーデン。
レストラン・カフェ、結婚式場。以前お茶したことがあったのだけど、定休日だった。 -
氷川神社にもやって来た。友達や弟の結婚式もここの会館だったな。
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映えるおみくじ。引いてないけどね。
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絵馬飾りもたくさん。
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道すがら満開のノウゼンカズラ。
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だいぶ歩いたので一休み。スターバックスへ。
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景観保存的な木造、緑の庭が開口部の広い窓から見えて気持ちいい。
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少し驚いたのは、オーダー後レシートにトイレのドアの暗証番号明記、観光客が何も注文せずトイレだけ利用するのを防ぐためなんでしょうね。
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宮岡刃物店(まちかん)。
天保13年(1843年)創業で、現存する建物は、明治26年の川越大火後の、明治30年築。宮岡家住宅として、川越市の文化財に指定されている。 -
陶舗やまわ(有形文化財「原家住宅」)
角地に建ち、ひときわ目を引く重厚な建物は、川越大火直後の明治26年築の蔵造り。
川越大火直後に、呉服商を営む山本平兵衛が建てた蔵造りの店舗。原家住宅として川越市の有形文化財に指定されている。
陶舗やまわは、瀬戸物屋として明治38年(1905)、東京の王子で創業し、大正9年(1920)に川越に出店。 -
サイドから見ても立派、重厚な造り。
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観音開扉は火災時にガッチリ締め、火の手から守ったそう。
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ワークショップでもするのでしょうか、閉まっていましたけど。
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埼玉りそな銀行川越支店(旧国立八十五銀行)大正7年(1918年)
明治5年に国立銀行条例が制定されたのを受け、埼玉県随一の商都として繁栄していた(人口も当時は埼玉県一)川越の豪商たちは渋沢栄一に銀行設立を請願。
さらに明治11年、川越藩の御用商人だった豪商の綾部利右衛門(あやべりうえもん/屋号「麻利」)、黒須喜兵衛(呉服商)、横田五郎兵衛(よこたごろべえ/米穀商)、山崎豊(やまざきゆたか/菓子商、4代目山崎嘉七)たちは、大蔵卿・大隈重信に国立銀行設立願を提出し、12月17日、川越町南町177の横田五郎兵衛邸屋敷の一角を借りて、第八十五国立銀行が誕生します。
これが、埼玉県初の国立銀行で、筆頭株主は綾部利右衛門と黒須喜兵衛のふたり。 -
明治11年開業の第八十五国立銀行は、明治31年に民営化されて八十五銀行となり、昭和18年に武州銀行、飯能銀行、忍商業銀行と大合併し、埼玉銀行(現・埼玉りそな銀行)となっている。
ネオルネサンスリバイバル(ネオルネッサンス/銀座の和光本館が有名)を基調に、ゼブラ模様の付け柱やアーチ部分がサラセン風にデザインされた洋風銀行建築。
設計は、「三菱一号館」など三菱の丸の内赤レンガ街の設計を担当した保岡勝也(やすおかかつや)、施工は印藤順造。 -
料亭 山屋。
こちらでランチを頂こうと思って来たら、なんと臨時休業だった。 -
une brise (ユヌブリーズ)
すると隣に気になるお店が・・・。
https://unebrise.jp/pages/cafe -
ドライフラワーのブーケとリースを取り扱うロマンチックな雰囲気のショップで2 階のカフェでは軽食を提供しているよう。
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では、ここでランチにいたしましょう。
ここは、1階席。 -
2階は蔵だったようで、カウンター席は風が入って涼しかった。
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ちょっとお洒落でしょ。
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ランチプレートとアイスコーヒー。
さっきスタバでキャラメルラテ飲んだばっかりだったけど。 -
ちょっとドライフラワーも見ていこう。
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なかなかの品揃え、欲しくなる。
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2階もあった。
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再び蔵造りの街並み通りへ。
漬物、美味しそうだったな。きゅうり丸ごと売っていた。 -
くらづくり和菓子店。
学生時代、まるひろ前の店舗でたまにチョコレートパフェを食べたっけ。 -
亀屋本店(山崎家住宅)
老舗の和菓子店。浅間山が噴火した天明3年(1783年)の創業(初代は信州中野の出身)で、現存する店蔵は、明治27年、5代目・山崎嘉七の建築。 -
明治26年3月17日に発生した川越大火(川越町の全戸数3315戸のうち、1302戸を焼失)後に防火建築として建てられた店蔵。
1年の歳月と、総工費1万111円50銭9厘(現在の貨幣価値で2億円)を費やし完成させた店舗が、現存する亀屋本店だそう。
山崎家は川越藩の御用商人時代からの川越屈指の豪商。
明治11年12月17日に川越の豪商たちが集まって設立した第八十五国立銀行の発起人にも、4代目・山崎嘉七(山崎豊)が名を連ね、明治33年には、埼玉県内初の商工会議所となる川越商業会議所(現在の川越商工会議所)の初代会頭に就任している。 -
5代目の嘉七が襲名したのは明治16年、弱冠14歳のときで、10年後、24歳のときに川越大火に遭遇し、店の再建に乗り出した。大火にもめげず、明治31年にはさつま芋の新品種「紅赤」を使った芋煎餅「初雁焼」を考案。
さらに「初雁城」、「初雁糖」、「初雁霰」を開発し、進取の気性から洋菓子の製造販売を開始。現在の「三つ亀甲」を商標登録し、昭和2年に6代目に譲っている。
ジモッティには亀屋の最中は有名。
ここは、同棟の山崎美術館。入らなかったけど。 -
松崎家住宅。
蔵造りの街並みの玄関口「仲町交差点」に佇む松崎家住宅。
蔵造り独特の重厚感と装飾の豪華さが相まって、蔵造りの町屋の傑作とも言われているそう。
建造は明治34年頃、2代目松崎徳次郎によって建てられた。松崎家は、元々砂糖商だったが、現在は運動具店とのこと。 -
お洒落な雑貨屋さん。
ちょっと蕎麦ちょこも欲しくなる。 -
センスいいね。
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ランプや古いミシンを飾っていていい感じ。
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これもレトロモダンだね。
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一番街 洋風長屋
蔵造りの通りの小道にあるちょっとモダンな洋風長屋。モルタル造りの四軒長屋で、ところどころの意匠がかわいらしい建物。昭和7 年に棟梁の斉藤玉吉によって建てられたそう。現在も店舗として活用されている。 -
こちらもレトロモダン。
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山吉ビル(現在は歯科医院)
旧山崎家別邸や現埼玉りそな銀行(旧八十五銀行)同様、保岡勝也の設計。
県内初のデパート建築で。イオニア式の柱やレリーフ、ステンドグラスなどの装飾も見事、残念ながら観光客は入れない。 -
アートカフェエレバート
外観は洋館で内部は土蔵造りの和洋折衷という造りが印象的な建物。
「桜井鉄砲店」として大正4年(1915年)に建てられ、その後「田中家住宅」「田中屋美術館」を経て、現在のカフェとなっているとのこと。
https://kawagoeartkafeerebato.gorp.jp/ -
1階には、川越の地ビールのCOEDOビールのカウンターも。
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2階のお席へ。
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蔵ですねぇ。
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オブジェとして置かれていたレジスター。
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私は赤いプラステック壁の席へ。カウンター席からは蔵造りが見える。
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ずっと飲み物いただいてお腹ぷかぷか。
甘酒ジェラードをいただいた、美味しかった。 -
1階にも少し席がある。
この後、蓮馨寺あたりで先生に引率された後輩の女学生グループと遭遇。
校章と制服がすごく懐かしかった。って制服デザイン全く変わってなくて(50年以上同じってかなりダサいんだけど)声をかけてみたら地理の課外授業とか。
雰囲気が変わってなくて、学生時代を思い出しちゃった。 -
また少し散歩して川越八幡神社へ。
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花手水がきれい。暑い日差しも涼やかに感じる。
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小道に紫陽花も咲いて。
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小さな紫陽花装飾が置かれていた。
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可愛いよね。
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ベコニア?がハート型に植えられていた。
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そして川越駅から川越線で西川越へ。
学生時代、大宮方面から越境で通学してた友達もいたけど、相変わらず単線だった。
(八王子方面だから?)西川越から歩いて12分くらい、天台宗最明寺。 -
門にも造花が飾られていた。
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白薔薇など爽やかな色合いの花手水。
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これを見たくてやって来た。
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そしてこのゾーンにも…
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上を見ると水が入った風鈴的なものに花びらが入っていてきれい。
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そして瓶にも花手水。
見終わったら蓋を閉めて下さいとあった。 -
お地蔵さんもカラーコーディネート。
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カエルくん入りもあったよ。
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近場のお散歩、なかなか充実だった。オンライン・レッスンがあるのでディナーは、また今度ということで帰宅。楽しい一日でした。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 川岸 町子さん 2023/06/24 08:43:20
- 素敵な街歩き
- マリアンヌさん、おはようございます(^-^)
ご一緒させて頂きたかったです~!
本気で行きたかったな。
私も何度かお客さんを川越案内したことあるけど、こんなに丁寧に川越の良さを伝えられませんでした。
とても素敵な街歩きです(^_-)
訪れたことのあるカフェやお寺も登場しましたが、まだまだ知らない寺社やお店、通りが有るのですね。
西川越の花手水のお寺は、ここ数年大人気らしいですよね。
川越線、大昔に(笑)乗ったことあります。
川越は、とにかく観光客が多いイメージありますが、上手にお撮りで人の姿が写らず、さすがです!
お店前の行列も、すごいですものね。
テイクアウト専門店が増えているそうですし。
小川菊では、2時間弱並びました。
もしこの先、川越案内頼まれたら、マリアンヌさんの真似っこさせて下さいませ~(^_-)
町子
- マリアンヌさん からの返信 2023/06/27 23:14:26
- RE: 素敵な街歩き
- 町子さん、こんばんは。
ご一緒させて頂きたかったです?!
本気で行きたかったな。
☆えっホントですか?地味な地方都市1day散歩ですのに…ありがとうございます。
私も何度かお客さんを川越案内したことあるけど、こんなに丁寧に川越の良さを伝えられませんでした。
☆お客さんをご案内されたこと、おありなんですね。私にとっては地元過ぎてなんかなぁという街で。母の実家は川越なんです。
訪れたことのあるカフェやお寺も登場しましたが、まだまだ知らない寺社やお店、通りが有るのですね。
☆カフェ好きとしては、それなりに古民家カフェなどまだチェックして行ってない店も結構あります。観光地になっちゃいましたからね。
西川越の花手水のお寺は、ここ数年大人気らしいですよね。
川越線、大昔に(笑)乗ったことあります。
☆ググッたら出てきたので行ってみました。川越線の下りは初めて乗りましたけど、高校の同級生は金子などから通学してたな。大宮方面へは、県の大会に行きましたけど1時間に1本くらいしかなくて(汗)
川越は、とにかく観光客が多いイメージありますが、上手にお撮りで人の姿が写らず、さすがです!
☆ホント、最近はどうしても写り込んじゃいますよね。スタンプで少しぼかしました。
小川菊では、2時間弱並びました。
☆わぁ並ばれたんですね。私、うなぎダメなんですよ。いちのやも有名ですよね。
もしこの先、川越案内頼まれたら、マリアンヌさんの真似っこさせて下さいませ?(^_-)
☆ご参考になれば幸いです(^_-)-☆
マリアンヌ
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