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桑名と云えば食べるものだと蛤と焼きたての安永餅が思い浮かびます。<br />東海道53次の41番目の宿場宮宿と42番目の桑名宿を結ぶ海上輸送の要衝、七里の渡しはよく耳にします。<br />船に揺られて辿り着くとそこが伊勢国の東の入口にあたります。<br />桑名駅から美濃街道を東に、七里の渡し方向に向かう道すがらの美濃街道が通る桑名市堤原7に北桑名総社北桑名神社が鎮座します。

三重県桑名市 北桑名総社北桑名神社

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2022/12/14 - 2022/12/14

843位(同エリア965件中)

旅行記グループ 桑名・鳥羽・磯部町

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wabisabi2さん

桑名と云えば食べるものだと蛤と焼きたての安永餅が思い浮かびます。
東海道53次の41番目の宿場宮宿と42番目の桑名宿を結ぶ海上輸送の要衝、七里の渡しはよく耳にします。
船に揺られて辿り着くとそこが伊勢国の東の入口にあたります。
桑名駅から美濃街道を東に、七里の渡し方向に向かう道すがらの美濃街道が通る桑名市堤原7に北桑名総社北桑名神社が鎮座します。

旅行の満足度
2.5
観光
2.5
交通
3.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
私鉄 徒歩
  • 桑名と云えば食べるものだと蛤と焼きたての安永餅が思い浮かびます。<br />東海道53次の41番目の宿場宮宿と42番目の桑名宿を結ぶ海上輸送の要衝、七里の渡しはよく耳にします。<br />船に揺られて辿り着くとそこが伊勢国の東の入口にあたります。<br /><br />桑名を訪れたのは12/14、暖かい日が続いていたが、生憎とこの日の空はどんよりと鉛色で風が強く寒い日だった。

    桑名と云えば食べるものだと蛤と焼きたての安永餅が思い浮かびます。
    東海道53次の41番目の宿場宮宿と42番目の桑名宿を結ぶ海上輸送の要衝、七里の渡しはよく耳にします。
    船に揺られて辿り着くとそこが伊勢国の東の入口にあたります。

    桑名を訪れたのは12/14、暖かい日が続いていたが、生憎とこの日の空はどんよりと鉛色で風が強く寒い日だった。

  • 桑名駅から美濃街道を東に、七里の渡し方向に向かう道すがらのマンホールには桑名を象徴する様々なデザインが施されていて寒空を歩いていても楽しめる。<br />

    桑名駅から美濃街道を東に、七里の渡し方向に向かう道すがらのマンホールには桑名を象徴する様々なデザインが施されていて寒空を歩いていても楽しめる。

  • 美濃街道が通る桑名市堤原7に写真の北桑名総社北桑名神社が鎮座します。<br />社頭右には地蔵堂があり、左に木造の神明鳥居が立ち、その奥に東を向いて社殿が並ぶ。

    美濃街道が通る桑名市堤原7に写真の北桑名総社北桑名神社が鎮座します。
    社頭右には地蔵堂があり、左に木造の神明鳥居が立ち、その奥に東を向いて社殿が並ぶ。

  • 社頭全景。<br />鳥居の右に北桑名総社 北桑名神社の社標(大正11)、左に持統天皇御舊跡と刻まれた石標が立っています。<br />時の朝廷に対し大海人皇子(後の天武天皇)が決起した壬申の乱(672年)では、鸕野皇女(後の持統天皇)らを桑名に残し、大海人皇子は戦場の舞台となる不破関に向かったとされます。<br />その間、鸕野皇女が桑名の拠点としたのが北桑名神社とされ、ここから戦場の支援や決起が失敗した場合の逃走ルートとしたのかもしれない。

    社頭全景。
    鳥居の右に北桑名総社 北桑名神社の社標(大正11)、左に持統天皇御舊跡と刻まれた石標が立っています。
    時の朝廷に対し大海人皇子(後の天武天皇)が決起した壬申の乱(672年)では、鸕野皇女(後の持統天皇)らを桑名に残し、大海人皇子は戦場の舞台となる不破関に向かったとされます。
    その間、鸕野皇女が桑名の拠点としたのが北桑名神社とされ、ここから戦場の支援や決起が失敗した場合の逃走ルートとしたのかもしれない。

  • 燈籠は文政8年(1825の寄進)と刻まれている。

    燈籠は文政8年(1825の寄進)と刻まれている。

  • 社頭の北桑名総社北桑名神社由緒書、そこには以下のように記されている。<br /><br />当社は、江戸時代始めより現在地に鎮座し「三崎神明社」とも、「今一色神明社」とも称された今一色の産土神。<br />明治41年、太一丸にあった「太一丸神明社」、宝殿町にあった「佐乃冨神社」を合祀、「北桑名総社北桑名神社」と改称。<br />昭和12年、社殿等の大改修がおこなわれ立派な社殿神舎に成るも、おしくも先の大戦で全て焼失。<br />戦後、氏子、崇敬者の協賛により本殿、拝殿等逐次再建され、今日に至る。<br />御祭神 天照大神、鵜葦不含尊(神武天皇の父)、高水上命(伊勢の豪族)、須佐之男尊、天兒屋根尊、持統天皇、大山祇命<br />祭日 大祭(8月15~16日)、小祭(敬老の日)、新嘗祭(11月23日)、元旦祭(1月1日)

    社頭の北桑名総社北桑名神社由緒書、そこには以下のように記されている。

    当社は、江戸時代始めより現在地に鎮座し「三崎神明社」とも、「今一色神明社」とも称された今一色の産土神。
    明治41年、太一丸にあった「太一丸神明社」、宝殿町にあった「佐乃冨神社」を合祀、「北桑名総社北桑名神社」と改称。
    昭和12年、社殿等の大改修がおこなわれ立派な社殿神舎に成るも、おしくも先の大戦で全て焼失。
    戦後、氏子、崇敬者の協賛により本殿、拝殿等逐次再建され、今日に至る。
    御祭神 天照大神、鵜葦不含尊(神武天皇の父)、高水上命(伊勢の豪族)、須佐之男尊、天兒屋根尊、持統天皇、大山祇命
    祭日 大祭(8月15~16日)、小祭(敬老の日)、新嘗祭(11月23日)、元旦祭(1月1日)

  • (上は久波奈名所図会、この合祀した二社が描かれています)<br />三崎神明社<br />桑名の地は古代文書によれば、自凝洲崎、加艮洲崎、泡洲崎の三つの洲に分かれていた。<br />自凝洲崎に江ノ奥の記載があり、このあたりに社が奉斎され「江ノ奥神明」とも「三崎大神明」とも呼ばれていた。<br />江戸時代の始め、慶長年中桑名藩による町割りや開発が行われ、時の城主本多忠政侯が神殿神舎を寄進、慶長19年8月現在地に遷宮。<br />郷土史によれば、当社は踊りで有名で、江戸時代60年周期で「お陰参り」が盛んに行われた、それに伴い当社への参拝も多く、関東人群参の社であったと伝わる。<br /><br />佐乃富神社・中臣神社<br />両社とも延喜式内の古社(「延喜神名帳」に記載されている全国の由緒ある神社)で代々の桑名城主の崇敬があり、寛永20年松平定綱侯が神殿神舎を建立。<br />壬申の乱(672)が起こり大海人皇子(後の天武天皇)は一族を連れて桑名郡家に着き、妻の菟野皇女(後の持統天皇)と幼い草壁皇子を桑名郡家に残し戦場となる不破へと向かい、戦いは大海人軍が勝利、桑名の地にもどられました。<br />この間、菟野皇女は桑名郡家に滞在され、それが当社であると伝えらる。<br />蒐野皇女に対する奉仕と功労により蒐野皇女より「硯と鏡」を賜り、社宝として当社に伝承されてきた。<br /><br />五霊神社<br />当社の境内神社で明治41年合祀の際、この地に点在していた小祀を一社に統合、奉斉。<br />「赤神様」とも呼ばれ、桑名藩主の御命により防火の神八天宮(火産御霊神)を祀り災害がないことを祈った。<br />御祭神 火産御霊神、宇迦御霊神、大物主神、神功皇后、菅原道真公

    (上は久波奈名所図会、この合祀した二社が描かれています)
    三崎神明社
    桑名の地は古代文書によれば、自凝洲崎、加艮洲崎、泡洲崎の三つの洲に分かれていた。
    自凝洲崎に江ノ奥の記載があり、このあたりに社が奉斎され「江ノ奥神明」とも「三崎大神明」とも呼ばれていた。
    江戸時代の始め、慶長年中桑名藩による町割りや開発が行われ、時の城主本多忠政侯が神殿神舎を寄進、慶長19年8月現在地に遷宮。
    郷土史によれば、当社は踊りで有名で、江戸時代60年周期で「お陰参り」が盛んに行われた、それに伴い当社への参拝も多く、関東人群参の社であったと伝わる。

    佐乃富神社・中臣神社
    両社とも延喜式内の古社(「延喜神名帳」に記載されている全国の由緒ある神社)で代々の桑名城主の崇敬があり、寛永20年松平定綱侯が神殿神舎を建立。
    壬申の乱(672)が起こり大海人皇子(後の天武天皇)は一族を連れて桑名郡家に着き、妻の菟野皇女(後の持統天皇)と幼い草壁皇子を桑名郡家に残し戦場となる不破へと向かい、戦いは大海人軍が勝利、桑名の地にもどられました。
    この間、菟野皇女は桑名郡家に滞在され、それが当社であると伝えらる。
    蒐野皇女に対する奉仕と功労により蒐野皇女より「硯と鏡」を賜り、社宝として当社に伝承されてきた。

    五霊神社
    当社の境内神社で明治41年合祀の際、この地に点在していた小祀を一社に統合、奉斉。
    「赤神様」とも呼ばれ、桑名藩主の御命により防火の神八天宮(火産御霊神)を祀り災害がないことを祈った。
    御祭神 火産御霊神、宇迦御霊神、大物主神、神功皇后、菅原道真公

  • 現在の北桑名神社の社殿は戦災後の昭和44年に本殿が竣工し、今の姿に至っている。<br />上は当地の明治24年(1891)頃と右は現在の河川の比較、僅か100年少々前ですら流れが大きく変えられた事に改めて驚く。<br />七里の渡し跡はほぼ中央に位置し、海路で伊勢を訪れる参拝客はここで伊勢の地を踏みしめる事になる、当然ながらそこには城(桑名城)も築かれた。<br />残念ながら明治24年の地図には鳥居は示されていなかった。

    現在の北桑名神社の社殿は戦災後の昭和44年に本殿が竣工し、今の姿に至っている。
    上は当地の明治24年(1891)頃と右は現在の河川の比較、僅か100年少々前ですら流れが大きく変えられた事に改めて驚く。
    七里の渡し跡はほぼ中央に位置し、海路で伊勢を訪れる参拝客はここで伊勢の地を踏みしめる事になる、当然ながらそこには城(桑名城)も築かれた。
    残念ながら明治24年の地図には鳥居は示されていなかった。

  • 神門。<br />切妻瓦葺の四脚門。<br />参道左に手水舎があり、参道はこの先から右に折れ社殿へ続く。

    神門。
    切妻瓦葺の四脚門。
    参道左に手水舎があり、参道はこの先から右に折れ社殿へ続く。

  • 手水舎・手水鉢。

    手水舎・手水鉢。

  • 拝殿前の狛犬(寄進年未確認)。<br />大きな口を開け、一部彩色され化粧が施されている。

    拝殿前の狛犬(寄進年未確認)。
    大きな口を開け、一部彩色され化粧が施されている。

  • 拝殿全景。<br />切妻瓦葺で唐破風向拝が付く。

    拝殿全景。
    切妻瓦葺で唐破風向拝が付く。

  • 拝殿額は北桑名神社。

    拝殿額は北桑名神社。

  • 拝殿から屋根が設けられ神明造の本殿へ繋がる。<br />鰹木は4本、内削ぎの千木が付く。

    拝殿から屋根が設けられ神明造の本殿へ繋がる。
    鰹木は4本、内削ぎの千木が付く。

  • 本殿前の小さな狛犬。<br /> 拝殿前の狛犬に比べるとこちらは少し年季が入っていそう。

    本殿前の小さな狛犬。
     拝殿前の狛犬に比べるとこちらは少し年季が入っていそう。

  • 拝殿左に八天宮、稲荷大明神、金刀比羅宮、天神社、船魂社を祀る五霊神社。

    拝殿左に八天宮、稲荷大明神、金刀比羅宮、天神社、船魂社を祀る五霊神社。

  • 赤い社の八天宮本殿全景。<br />銅葺屋根の見世棚造で、棟には鰹木が3本と外削ぎの置き千木が施されています。<br />

    赤い社の八天宮本殿全景。
    銅葺屋根の見世棚造で、棟には鰹木が3本と外削ぎの置き千木が施されています。

  • 祭神は八天宮(火産御霊神)、稲荷大明神(宇迦御魂神)、金刀比羅宮(大物主神)、天神社(菅原道真)、船魂社(神功皇后)。

    祭神は八天宮(火産御霊神)、稲荷大明神(宇迦御魂神)、金刀比羅宮(大物主神)、天神社(菅原道真)、船魂社(神功皇后)。

  • 北桑名総社北桑名神社全景。<br />空襲で荒廃した戦後、当地に氏子、崇敬者らの思いから再興された神社だ。

    北桑名総社北桑名神社全景。
    空襲で荒廃した戦後、当地に氏子、崇敬者らの思いから再興された神社だ。

  • 帖付地蔵尊。<br />八天宮右の道路際に鎮座する方形の堂で、堂内には赤い前掛けを付けてもらった石の地蔵が一体安置されています。<br />調べて見るも謂れや年代等見付けられなかった。<br /><br />

    帖付地蔵尊。
    八天宮右の道路際に鎮座する方形の堂で、堂内には赤い前掛けを付けてもらった石の地蔵が一体安置されています。
    調べて見るも謂れや年代等見付けられなかった。

  • 北桑名総社 北桑名神社<br />創建 / 不明<br />祭神 / 天照大御神、鵜葦不合尊、高水上命、須佐之男命、天兒屋根尊、持統天皇、大山祇命<br />境内社 / 五霊社<br />参拝日 / 2022/12/14<br />所在地 / 三重県桑名市堤原7<br />桑名駅から徒歩ルート / 東へ徒歩10分程<br />参拝日 / 2022/12/14

    北桑名総社 北桑名神社
    創建 / 不明
    祭神 / 天照大御神、鵜葦不合尊、高水上命、須佐之男命、天兒屋根尊、持統天皇、大山祇命
    境内社 / 五霊社
    参拝日 / 2022/12/14
    所在地 / 三重県桑名市堤原7
    桑名駅から徒歩ルート / 東へ徒歩10分程
    参拝日 / 2022/12/14

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