2023/02/04 - 2023/02/04
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大崎上島から竹原港に戻り、訪れたのは竹原まちなみ保存地区。竹原は桓武平氏末裔、沼田(ぬた)小早川家の分家、竹原小早川家の拠点だった。戦国時代に竹原小早川家は毛利元就の三男、隆景を養子に迎えた。
その後、隆景は沼田小早川家と竹原小早川家を統一し、本拠地が三原市に移されたが小早川家の学問所でもあった照蓮寺の威は残っており、一時的に廃れたことがあったが、江戸時代に広島藩の数々の儒者を輩出した頼一門の誕生にも影響を与えた。照蓮寺はまちなみ保存地区にある。
竹原は江戸時代に塩田経営により発展し、江戸時代後期の町並みが残されている。「安芸の小京都」、「蔵の町」とも異名を持つ竹原は大林宣彦監督の尾道三部作の一つ、「時をかける少女」の舞台となった町としてもよく知られている。広島県民としてはぜひ訪れてほしい町だ。
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大崎上島から竹原港に戻り、竹原町並み保存地区へと歩いて向かった。
たけはら海の駅(竹原港) 名所・史跡
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竹原港まで歩いている間も史跡と言って良いような建物が並ぶ
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竹原港から竹原歴史地区まで1.6キロだ
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向かっている途中、ふと見ると鳥居と参道があったので立ち寄って見ることにした
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参道を歩いていくと二の鳥居が現れた。これは磯宮八幡神社だ。
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1194年、鎌倉時代に鎌倉の幕臣が宇佐八幡宮から自身の家の守護神として祀られたのがはじまり。
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元々磯辺にあったので磯宮と称したが、その後荒廃し、1658年に現在の場所に遷宮された神社だ。県指定の史跡にもなっている。
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竹原といえば、かぐや姫
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竹原町並み保存地区の入口にある道の駅。15時半に行ったので人気のものはかんばいしていた。
道の駅 たけはら 道の駅
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ここでは竹原特産の野菜なども安価に販売されているほか、お土産も売られているので訪れる価値はある。今回はゴボウせんべいを買ったが、塩が効いてとても美味しく、年寄りも喜んで食べていたのでお土産にはおすすめだ
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道の駅から暫く歩いた場所に保存地区が広がっている
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竹原は江戸時代から明治時代にかけ、製塩や酒造で栄えた町だ。
竹原町並み保存地区 名所・史跡
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当時からの変わることのない町並みがそのまま残されており、多くの蔵が通りに並んでいるところを見ると当時の竹原豊かな町であったことを知ることができる。
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当時の栄華が残る
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江戸時代から明治時代に造られた建物が並ぶ
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旧笠井邸は入館できたので入ってみた。旧笠井邸は1875年(明治5年)に建設された建物だ。
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当時の趣を今に伝える建物は、間口が狭くウナギの寝床になっているのが良く判る。江戸時代には間口税があり、1間(1.8メートル)に課税されていたと言われているが、江戸時代の建物のつくりを踏襲しているともいえる。
旧笠井邸 名所・史跡
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笠井邸の一番の見どころは部屋に飾られている豪華なひな壇がいくつも飾られていることだろう。雛人形は江戸時代中期のものもあり、保存状態が非常に良い。驚くべきことは当時の衣服が朽ちていないことだ。
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私の祖母の家にも古より続くひな壇があったが、戦時中は「ぜいたく品は敵だ」という風潮にあったので床下に置いていたそうなのだが、ひな壇の衣服は虫に食べられ朽ちてしまったという。
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そう考えると、戦前まで江戸時代から続くひな壇は多くあったことが考えられるが、戦争を乗り越えてこうして昔のひな壇が残されていることはとても貴重だ。
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メインストリートとなる本町通りへ
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笠井邸から本町通を見た様子建物が均一に並んでいるのではなく、段々に作られているのが面白い。
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笠井邸から見た本町通り
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本町通に入りすぐ右の通りに行くと小さなお堂がある。それが地蔵堂だ。建物は昭和2年(1927年)に作られたものだ。
地蔵堂 寺・神社・教会
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地蔵堂の境内には香炉堂が作られている。お堂の中にはお地蔵さんが安置されており、お堂の大きさに比して境内は広いのも特徴だ。
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地蔵堂を過ぎるとすぐの左手を登った場所に寺院の山門が見える。それが長生寺だ。
長生寺 寺・神社・教会
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1587年に名将小早川隆景により建立された。毛利元就の三男、隆景は桓武平氏小早川家の分家、竹原小早川家の養子に入った。
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その後宗家の沼田(ぬた)小早川家の当主小早川繁平は盲目のため、繁平の妹と結婚し、沼田と竹原小早川家を統一した。
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元就の次男吉川元春と共に「毛利両川」として元就の孫、輝元を支えたが、1582年の羽柴秀吉による備中高松城の水攻め以降、毛利家は羽柴秀吉の四国遠征に協力し、小早川隆景を中心とした毛利軍が1585年に伊予の守護でもあった河野家(かわの)を攻め、河野家最後の当主第57代河野通直は降伏した。
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河野家は元々毛利と繋がりがあったため、小早川隆景は河野通直を引き取り、通直は竹原に身を寄せたが、その後河野通直は1587年に24歳の若さでの病没した。
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その河野通直の菩提を弔うために長生寺が建立された。
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愛宕神社が民家にへばりつくように建てられている。江戸時代、竹原氏は何度も大火に見舞われ、特に1769年の大火で600軒の民家が焼失したのだと言われている。そのためこの地に愛宕神社が祀られ、火災がないことが祈願された。
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愛宕神社に隣接する建物
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本町通のまちなみ
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本町通りを歩いていく。
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すると漆黒の建物が右手に現れるが、これは竹鶴酒造だ。竹鶴酒造といえば竹原の酒蔵で、創業が1733年、400年もの歴史がある老舗だ。
竹鶴酒造 名所・史跡
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広島では名前が通っている。この酒蔵のお酒といえば酒蔵の名を冠した「竹鶴」シリーズだ。
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お酒は口当たりがまろやか。酒蔵が目指すご飯のような名脇役、というのも納得だ。
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竹鶴酒造はニッカウヰスキーの創業者、竹鶴政孝の生家でもありNHK連続テレビ小説「マッサン」のモデルになったことでも知られている。
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竹鶴酒造の正面、本町通りと神明掛町通りが交わる場所にあるレトロな石造りの建物は妙見邸。町並み保存地区エリア内で大正時代から昭和初期の建物の趣を残す建物。妙見邸は明治大正ロマンの溢れる唯一の建造物で、蔵の町竹原の歴史保存地区ではとても異色の存在だ。しかし建物の壁に昔ながらのランプがつけられており、当時この建物がハイカラだったことが良く判る。
妙見邸 名所・史跡
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本町通に面し、ひときわ大きな建物で、菱格子の出窓が特徴的で記憶に残る建物が旧松阪家住宅だ。建物は江戸時代後期の文政期間(1818年から1831年)に建設された。
旧松阪家住宅 名所・史跡
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建物は松坂家の家屋だ。塩田経営で財を成した松坂家は「沢田屋」を営み、廻船業、醸造業も営む豪商でもあった。
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茶寮、一会のコーヒーを買った。普段あまりコーヒーを飲まないのでコーヒーの旨味がよくわかっていないが、開封してすぐにわかった。匂いがフワッと漂いとてもよいかおり。そしてお湯を注ぐと2階にまで匂いが立ち込める。建物は磯辺邸。
茶寮一会 グルメ・レストラン
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NIPPONIA HOTELのホテル棟は本町通にある。
NIPPONIA HOTEL 竹原 製塩町 宿・ホテル
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本町通と板屋小路が交差する場所にある建物。両サイドにはうだつが上がっている。
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本町通りに並ぶ蔵の一つ、堀川醤油醸造場の築200年超える醤油蔵だった場所を広島のお好み焼きを業としていている店がある。お好み焼き屋はほり川だ。広島のお好み焼きともやや異なり、生地に純米吟醸の酒粕が練りこまれているのが特徴だ。
ほり川 グルメ・レストラン
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明治4年(1871年)に建てられ、明治7年(1874年)に初代郵便局として郵便取扱所となった建物だ。建物の前には当時の郵便局のポストとして使用された同型ポストが作られており、当時の趣を今に伝えている。当時のポストは漆黒色であったが非常に興味深い。しかも現在も郵便ポストとしても利用されているのが驚きだ
上吉井邸 (初代郵便局跡) 名所・史跡
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郵便局跡の横から山のほうに延びる路地を歩いていくと寺院がある。
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それは寺院が西方寺で、1560年に創建されたが元々この地には小早川隆景が建立した妙法寺があった。しかし1602年に焼失したため、西方寺がこの地に移った。
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現在の本堂は1702年に再建されたものだ。
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西方寺からもう一段上には普明閣という舞台づくりのようなたてものがある。こちらは1758年に建設されたものだ。どこか中国の建物にも似ているので、清国との貿易が影響しているのだろうか?
西方寺 普明閣 寺・神社・教会
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西方寺から竹原市内を一望できる
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手前は歴史地区
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西方寺から降りてくるときに見ることができる上吉井邸の蔵
大林宣彦監督の尾道三部作の一つ、「時をかける少女」の通学シーンで度々出てくる階段でもある。 -
夕暮れの上吉井邸
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本町通に並ぶ佐倉邸と神田邸
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日が暮れるころには観光客もほとんどいなくなった。
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本町通りに面した場所に憧憬の広場がある。
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広場に入っていくと、ニッカウヰスキーの創業者、竹鶴政孝とリタの銅像がある。竹鶴政孝生誕120年を記念して建立された。
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ここには「よいウヰスキーづくりにはトリックはない」という名言が刻まれている。1894年に竹鶴酒造を営む家で生まれ大正時代にスコットランドに渡り苦労を重ねながら醸造を学び伴侶と出会った。
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竹原市歴史民俗資料館は、1929年(昭和4年)に図書館として建設された。現在は資料館として近世の文化活動資料・塩業など、竹原市にかかわる資料が展示されている。
竹原市歴史民俗資料館 美術館・博物館
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木造の洋風の建物は蔵造りの建物が並ぶ本町通りでは異色ではあるが、不思議なことに景観にマッチしている。
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竹原まちなみ竹工房は竹原市伝統的建物群保存地区の本町通りに面した蔵を改装して作られている。竹原まちなみ竹工房では竹かごや置物といった竹原の伝統工芸でもある竹工芸品が展示や販売されており、制作も体験できる場所だ。
まちなみ竹工房 名所・史跡
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竹原まちなみ竹工房の隣には修景広場がある。竹を編んで作られた垣根に囲まれており、広場にはベンチがあり、竹原市内観光の途中、ゆっくり休憩することができる。
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広場には茶室のような場所があり、建物の壁には竹で編まれた風車がいくつも飾られている。
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本町通りにある伝統建築物を利用したカフェ、竹すずめ
竹すずめ グルメ・レストラン
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頼山陽の祖父、頼惟清旧宅。頼家は元々小早川家に仕えており、小早川家は毛利元就の三男、隆景が小早川家の分家、竹原小早川家に養子に入り、のちに宗家でもある沼田小早川家と統合し、沼田小早川家の本領でもある現在三原市本郷に移った。
頼惟清旧宅 名所・史跡
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後に隆景は三原城を築城し、頼家も三原にあった。
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惟清の曾祖父が竹原の現在の地に移り、この家は江戸時代の頼家の発祥の地ともいえる。
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頼惟清は1707年に生まれ、竹原で海運業や紺屋を生業として和歌をよく詠じ、77歳で没した。
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頼惟清の子の春永(頼山陽の父)、春風と頼杏坪は広島藩の儒官となった。建物は当時の状態をそのまま今に伝える。
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本町通りは途中、行き止まりになり左に曲がるが、その行き止まりの場所に胡堂 (胡子神社)がある。大林宣彦監督の尾道三部作、「時をかける少女」で主人公役の原田知世が通学するシーンや原田知世と同級生が通学途上に歩いているときに瓦が落ちてきて彼女たちを襲ってくるシーン、そして時を駆けて遡り、胡堂の瓦が落ちてくる寸前で彼を助けるシーンとたびたび登場する神社だ。
胡堂 (恵比須社) 寺・神社・教会
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胡堂から少し見上げた場所に見えるのが照蓮寺。創建は不明だが、少なくとも1361年、室町時代初期の南北朝時代には存在していた。
毛利元就の三男、隆景が養子に入った竹原小早川家が帰依し、寺院は手厚く保護されていた。小早川家の学問所としての役割を担い、寺院の「高麗鐘」は963年に作られたものとされ、日本に現存する高麗鐘として4番目若しくは5番目に古いとされ、小早川隆景が朝鮮出兵の際に大軍を破り大勝利をおさめ、軍器として使用するために持ち帰ったと言われている。照蓮寺 寺・神社・教会
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小早川隆景が小早川宗家でもある沼田小早川を継いで小早川家を統一した際、沼田小早川家の居城のある三原市に移った後も寺院の威は衰えることがなかったが、関ケ原の合戦後に毛利家が去ったのち福島正則が広島に転封したのちは照蓮寺の領田を没収し、荒廃した。
1619年に福島正則が改易され浅野長晟が転封後に寺院は中興して再び輝きを取り戻し、頼一門のゆかりの寺院ともなった。 -
本町通りは胡堂で大きく左に曲がる。そして中ノ小路へ。
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中ノ小路を歩いていると白壁と立派な蔵が見える。これは旧光本家で現在は「今井政之陶芸の館」となっている。
郷土の至宝今井政之陶芸の館 美術館・博物館
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建物は江戸時代に建てられたもので、現在は竹原氏に寄進され、陶芸界の重鎮今井政之の作品が展示されている。
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中ノ小路の突き当りを左に曲がると大小路に出るがそこには頼ファミリーの邸宅がある。それが春風館と復古館だ。
春風館 復古館(国重要文化財) 名所・史跡
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春風館は頼山陽の叔父、広島藩の儒医でもある頼春風の邸宅だ。
春風館 復古館(国重要文化財) 名所・史跡
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邸宅は1781年に建設され、医業ばかりではなく塩田経営にも乗り出している。建物は江戸時代末期の1854年に火災により焼失したが、翌年の1855年に再建された。
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一方復古館は春風館の西隣にあり頼春風の孫が分家する際建てた建物だ。1859年に建設された。一族は酒造業などを経営していた。
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大小路の向かいの建物
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本町通りに出てきた
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本町通りの建物
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本町通りの建物
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大小路と本町通りの交差点
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岩本邸
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竹原町並み保存地区にある、古民家を利用したカフェ、花みづき。
花みづき グルメ・レストラン
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美味しいコーヒーを飲むことができる。
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今回はコーヒーセットを注文したが日替わりのスイーツが出るが、今回はフィナンシェだった。
ペイペイでの支払いが可能だ。 -
竹原市の蔵がたくさん建ち並ぶ歴史地区の入口にある小さなお店。なんかとても気になったので入ってみたわけだが、日本酒は地元竹原の酒を取り揃えていたり、奥にはキッチンのような場所があって食事もできる。
スローカフェなかざわ グルメ・レストラン
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今回個々で購入したのはクワの葉のお茶。クワの発破でお茶が作られているのを初めて知った。煮立つと苦みがあるが、薬用としてよいらしい
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夕暮れ時、バスに乗車するため歩いて竹原港にむかった。
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竹原港に到着
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フェリーターミナル前からバスが出発するが、出発するまでターミナルで待つことに。
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ターミナルを歩いてみると、レンタルサイクルがあることに今更ながら知った。先に知っていれば使っていたのに・・・。
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レンタルサイクル。
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海を見ていると大崎上島のフェリーがやってきた。
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テラスカフェで海を見ながらゆっくりする。
テラスカフェ グルメ・レストラン
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夕刻の桟橋は何とも言えない雰囲気がある。
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18時台のバスで広島バスセンターへ。
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かぐや姫号の座席
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