2022/12/03 - 2022/12/03
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あおしさん
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岡山から津山線というローカル線に乗って、城下町津山へ向かいました。
途中、津山線の駅で途中下車してみました。
のどかな昭和の鉄道、そして紅葉の津山城を楽しみました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- JALグループ JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝、9時すぎの列車で岡山駅をスタート。
車両は旧国鉄型のデイーゼルカー、年配の人間には懐かしい車両です。
しかも塗装も旧国鉄時代と同じ朱色一色です。岡山駅から津山駅まで往復しました by あおしさんJR津山線 乗り物
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津山線は岡山駅を出て10分もすると、山々が迫り、田舎の風景になります。
岡山市街地は津山線沿線にはあまり発展していないようです。
車窓には岡山城へ続く旭川が並走していました。旭川 自然・景勝地
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途中、建部駅でまず途中下車。
昔は旧建部町の駅でしたが、平成の大合併で岡山市北区となりました。
この駅は1900年(明治33年)に津山線が開業した以来の駅舎が健在。
明治33年といえば、日露戦争(明治37年)より前からの駅です。
貴重な駅舎ということで、国の登録有形文化財に指定されています。100年の歴史持つ駅舎 by あおしさん建部駅 駅
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昔の駅舎のまま、きっぷ売り場の窓口、改札口などがそのまま残っています。
今は無人駅ですが、かつては地元では名士とされた駅長以下多くの駅員が勤務し、利用者も多く活気があったことでしょう。 -
建部駅から4つ目、約30分。
今度は誕生寺駅で途中下車しました。法然の生誕地最寄りの駅 by あおしさん誕生寺駅 駅
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この駅の駅舎も明治の津山線開業以来の駅舎が健在。
近くにある名刹・誕生寺の最寄駅ということでしょうか、きれいに改装されていました。
もっとも誕生寺へ行くのにこの駅を利用する人は私のような「もの好き」くらいのような気もしますが・・・ -
誕生寺駅から小さな市街地を抜けて、農村地帯を歩くこと20分。
誕生寺へ到着。
誕生寺は鎌倉時代、浄土宗の開祖・法然の生まれた地に建てられたお寺です。法然の誕生地、熊谷直実ゆかりのお寺です by あおしさん誕生寺(岡山県久米南町) 寺・神社・教会
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源頼朝の御家人で、現在の埼玉県熊谷市周辺を領地にしていた熊谷次郎直実は、源義経の奇襲で有名な一の谷合戦で平敦盛を討つなど功績を上げました(この場面は「平家物語」の名文で有名で、学校の教科書にも使われています)。
その後世をはかなんで、出家してこの地にやってきて法然の弟子になり、この誕生寺を建てました。
熊谷直実の心境をうたったのが「人間五十年~ 下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり~」で幸若舞「敦盛」です。
「敦盛」は織田信長が愛したことで有名です。 -
誕生寺にある「勢至堂」
法然はこの地域の武士領主の息子でしたが、その父は戦乱で近くの武士に襲撃されて敗死しました。
その両親を祀っています。
法然は逃げ延びてのちに延暦寺に行って、僧侶の道へ進みました。
浄土宗開祖で学校の教科書にも出てきた法然はなかなかの苦労人でした。
今日は何か法要をしていました。 -
境内はちょうど紅葉真っ盛りでした。
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誕生寺駅に戻り、さらに津山線の乗り、津山へ北上します。
誕生寺駅から2駅、10分。
亀甲駅で降ります。
亀甲駅は旧中央町の中心駅(現在は美咲町)。
町名の「中央」では味気なかったのか、近くにある亀甲岩から駅名が名づけられました。
駅舎は亀さんです。亀のような駅舎 by あおしさん亀甲駅 駅
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亀甲岩駅から歩いて5分ほど。
これが駅名の由来である亀甲岩。
昔、旅人がここで行き倒れて死んで、地元の人がその旅人を憐れんで埋葬すると、巨大な岩がせり上がりました。
その姿が亀の甲に似ていることから、亀甲岩と呼ばれるようになったそうです。 -
亀甲駅から10分で津山駅に到着しました。
津山駅は津山線の他、鳥取方面の因美線、姫路、広島方面の姫新線が集まる鉄道の要衝です。
かつては特急、急行の多くの優等列車が行きかい、「鉄道の町」としてもにぎわいました。
しかし今では特急列車も急行列車も廃止されて、1,2両のローカル列車の集まるだけの駅になってしまいました。かつての要衝駅 by あおしさん津山駅 駅
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それでも接続のため多くの列車が集まります。
昭和の鉄道乗換駅の雰囲気がそのまま残っています。
駅前の観光案内所でレンタサイクルを借りて津山市内をまわります。津山駅観光案内所 名所・史跡
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天気予報では明日は雨とのことなので、今日は景色を楽しめるところをまわり、博物館などは明日にあとまわし。
まずは衆楽園へ。
城下町には大名のつくった庭園がありますが(金沢兼六園や岡山後楽園などが有名)、ここの津山城の近くにある大名庭園です。
大きな池がある典型的な大名庭園です。無料で入れる大名庭園です。 by あおしさん衆楽園(旧津山藩別邸庭園) 名所・史跡
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岡山県北部の津山は紅葉の時期は終わりのようでしたが、それでもまだ紅葉の木々が残っていました。
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津山市は津山城の城下町。
現在も城下町の商人町には昔ながら町屋が並びます。
一般開放されている町屋は明日雨だそうなので、今日は一回りするだけに。1キロくらいにわたり昔の街並みが続きます。 by あおしさん城東町並み保存地区 名所・史跡
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津山郷土博物館。
もとは津山市役所でした。
昭和8年に建てられ、昭和57年まで市役所として使われていました。津山郷土博物館 美術館・博物館
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津山郷土博物館から津山城の入り口があります。
市役所はお城のあったところに建てられたようです。
立派な石垣を通る階段が正門まで続きます。立派な石垣の残る城です。森蘭丸の弟が作ったお城だそうです by あおしさん津山城(鶴山公園) 名所・史跡
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津山城を作った初代城主・森忠政の銅像。
森忠政は織田信長の小姓として有名な森蘭丸の弟です。
兄3人と一緒に織田信長の小姓になりましたが、信長の逆鱗に触れて小姓を「クビ」になり実家に戻されました。
ところが結果的に本能寺の変で兄3人は信長とともに討ち死に、さらに長兄の森長可も小牧・長久手の戦いで徳川家康に敗北して戦死、兄弟で1人生き残りました。
その後関ケ原の合戦まで生き残り、初代津山藩18万石の初代城主となりました。 -
津山城は天守閣などの建物は明治時代にすべて取り壊されてしまいましたが、立派な石垣は健在です。
20万石の大名の城にふさわしい規模の城だったことがうかがえます。 -
二の丸から見た本丸。
津山城のシンボルだった天守の南東側の備中櫓(びっちゅうやぐら)が、築城400年の記念事業として平成17年に復元されました。 -
備中櫓は中にも入れます。
通常櫓(やぐら)は武器倉庫だったり、見張り台なのですがこの備中櫓は森忠政が娘婿の鳥取藩主・池田長幸の訪問の際、宿所として整備されたものとされています。
そのため居住できる建物で、藩主もここで生活していたと考えられる珍しい櫓(やぐら)だったことから復元されました。
ちなみに池田長幸の祖父・池田恒興と森忠政の兄・長可はともに小牧長久手の戦いで徳川家康の前に戦死した仲です。 -
本丸から見た津山市街の夕景です。
ちょっと殿様気分。 -
津山城下町を流れる宮川。
この川は津山から瀬戸内海へ流れています。JR津山駅からすぐ。快適に過ごせました by あおしさんホテルアルファーワン津山 宿・ホテル
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