佐倉・四街道旅行記(ブログ) 一覧に戻る
佐倉には武家屋敷が保存状態もよく残っている。江戸時代の建物なのに、我が家よりしっかりと建っている。<br />武家屋敷からは、毎日侍たちは歩いて登城した。しかしひよどり坂とよばれる急坂を上ったり下りたり、雨の日などは、道がぬかるんで滑って転んで、袴や裃を泥だらけにする者もいたに違いない。家にもどって着替えていると時間がない、走って登城することになる。<br />私ならそんな坂は歩かない、電動アシスト自転車でお城には一走り、「皆の衆、ご苦労でござる」なんて言いながら風のごとく走り抜けるのである。<br /><br /><br />参考文献 千葉県の歴史散歩 山川出版社<br />

武家屋敷 自転車で登城したい 千葉県歴史散歩 佐倉 ②

55いいね!

2022/08/22 - 2022/08/22

75位(同エリア747件中)

18

54

pedaru

pedaruさん

佐倉には武家屋敷が保存状態もよく残っている。江戸時代の建物なのに、我が家よりしっかりと建っている。
武家屋敷からは、毎日侍たちは歩いて登城した。しかしひよどり坂とよばれる急坂を上ったり下りたり、雨の日などは、道がぬかるんで滑って転んで、袴や裃を泥だらけにする者もいたに違いない。家にもどって着替えていると時間がない、走って登城することになる。
私ならそんな坂は歩かない、電動アシスト自転車でお城には一走り、「皆の衆、ご苦労でござる」なんて言いながら風のごとく走り抜けるのである。


参考文献 千葉県の歴史散歩 山川出版社

同行者
家族旅行
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配

PR

  • 国立歴史民族博物館の見学を終えて、武家屋敷を見学することにしました。<br />武家屋敷の屋根の見える駐車場に車を停めます。

    国立歴史民族博物館の見学を終えて、武家屋敷を見学することにしました。
    武家屋敷の屋根の見える駐車場に車を停めます。

  • 鏑木小路と呼ばれる静かな通りの左右には、土塁の上に槇を植栽した生け垣が続き美しい景観を保っています。

    鏑木小路と呼ばれる静かな通りの左右には、土塁の上に槇を植栽した生け垣が続き美しい景観を保っています。

  • 土塁にはキツネノカミソリが咲いていました。<br />朝ドラの1シーンに出てきましたね。

    土塁にはキツネノカミソリが咲いていました。
    朝ドラの1シーンに出てきましたね。

  • 地形から見ると、通りは土地の一番高いところにあって、急な坂になっています。

    地形から見ると、通りは土地の一番高いところにあって、急な坂になっています。

  • まず旧河原家住宅から見学します。

    まず旧河原家住宅から見学します。

  • 河原家住宅は300石取り以上の藩士が居住した大屋敷に相当するそうです。<br />封建時代の制度では、家の格は元から固定されていますから、代々同じ俸禄を<br />受け、それにふさわしい家に住むことになります。<br />勤勉に働いても、年俸が上がるということは、ありませんでした。

    河原家住宅は300石取り以上の藩士が居住した大屋敷に相当するそうです。
    封建時代の制度では、家の格は元から固定されていますから、代々同じ俸禄を
    受け、それにふさわしい家に住むことになります。
    勤勉に働いても、年俸が上がるということは、ありませんでした。

  • 映画「たそがれ清兵衛」では、貧しい暮らしを余儀なくされた下級武士でしたから、<br />虫かごをつくる内職をしていましたね。

    映画「たそがれ清兵衛」では、貧しい暮らしを余儀なくされた下級武士でしたから、
    虫かごをつくる内職をしていましたね。

  • 接客空間と居住空間が分離された、武家屋敷に特徴的な間取りです。

    接客空間と居住空間が分離された、武家屋敷に特徴的な間取りです。

  • こうして見ると、かなり大きな家ですね。<br />縁側があって、障子で部屋が囲われています。<br />冬は寒かったでしょうね、ガラス戸などありませんから。

    こうして見ると、かなり大きな家ですね。
    縁側があって、障子で部屋が囲われています。
    冬は寒かったでしょうね、ガラス戸などありませんから。

  • 主人の居間でしょうか、文机があります。煙草盆、行燈、箪笥、小物入れなど武家の調度品が見られます。

    主人の居間でしょうか、文机があります。煙草盆、行燈、箪笥、小物入れなど武家の調度品が見られます。

  • 長い縁側は、板が木目に従って、凹凸がでています。<br />野外の風雨にさらされた結果のようです。

    長い縁側は、板が木目に従って、凹凸がでています。
    野外の風雨にさらされた結果のようです。

  • ここは板の間です。現代でも農家などでは板の間があります。<br />現代では畳の部屋が少なくなって、フローリングが多くなってますね。<br />黒ずんだ箪笥などがあります。中央には丸い形の鏡のある鏡台、まわりに<br />櫛や手鏡などがあります。

    ここは板の間です。現代でも農家などでは板の間があります。
    現代では畳の部屋が少なくなって、フローリングが多くなってますね。
    黒ずんだ箪笥などがあります。中央には丸い形の鏡のある鏡台、まわりに
    櫛や手鏡などがあります。

  • 廊下の端っこには便所がありました。昔はなんと呼んだのでしょう?<br />雪隠、はばかり、手洗い、厠(かわや)後架、子供のころ女の子は御不浄なんて言ってましたね。<br />他になにがあるかなぁ?調べたらなんと1114の呼び名があるそうです。

    廊下の端っこには便所がありました。昔はなんと呼んだのでしょう?
    雪隠、はばかり、手洗い、厠(かわや)後架、子供のころ女の子は御不浄なんて言ってましたね。
    他になにがあるかなぁ?調べたらなんと1114の呼び名があるそうです。

  • ここは浴室、子供のころは湯殿と呼んでいました。考えてみれば湯殿なんて優雅な名前ですね。<br />写真にあるのは木製のバスタブ、つまり湯船です。下にある釜は外と繋がっていて<br />そこで薪などをくべていました。お風呂に入ると、いつも煙が目に滲みました。<br />懐かしい子供のころのお風呂です。そうそう、関東ではお風呂とは言わず、お湯と言っていましたね、お湯に入る、お湯屋に行く、なんてね。

    ここは浴室、子供のころは湯殿と呼んでいました。考えてみれば湯殿なんて優雅な名前ですね。
    写真にあるのは木製のバスタブ、つまり湯船です。下にある釜は外と繋がっていて
    そこで薪などをくべていました。お風呂に入ると、いつも煙が目に滲みました。
    懐かしい子供のころのお風呂です。そうそう、関東ではお風呂とは言わず、お湯と言っていましたね、お湯に入る、お湯屋に行く、なんてね。

  • 洗い場でしょうか?家によって形式が異なると思います。

    洗い場でしょうか?家によって形式が異なると思います。

  • お勝手でしょうか、手前には水を汲んだ甕、蓋がしてあり汲むときのひしゃくがあります。母の実家と同じです。<br />流し台、まな板、すり鉢、すりこ木、ざる、現代とそれほど変わりませんね。

    お勝手でしょうか、手前には水を汲んだ甕、蓋がしてあり汲むときのひしゃくがあります。母の実家と同じです。
    流し台、まな板、すり鉢、すりこ木、ざる、現代とそれほど変わりませんね。

  • かまどにつば釜が乗っております。

    かまどにつば釜が乗っております。

  • ご飯の釜の蓋は、左側の取っ手が二列にあるのが普通でした。厚い板でできていて<br />重いのです。ご飯を美味しく炊くためなのでしょうね。<br />左下にあるのは消壺ですね。残りの炭をこれに入れて消します、消し炭はまた使えます。

    ご飯の釜の蓋は、左側の取っ手が二列にあるのが普通でした。厚い板でできていて
    重いのです。ご飯を美味しく炊くためなのでしょうね。
    左下にあるのは消壺ですね。残りの炭をこれに入れて消します、消し炭はまた使えます。

  • 樽が並んでいます、竹のたがで締めています。<br />壁に下がっているのは蓑です、つまり藁などでできたレインコートです。<br />pedaruが古い人間だと言っても、この蓑は着たことはありません(汗)。

    樽が並んでいます、竹のたがで締めています。
    壁に下がっているのは蓑です、つまり藁などでできたレインコートです。
    pedaruが古い人間だと言っても、この蓑は着たことはありません(汗)。

  • 板の間の中央に置かれたお香でしょうか?<br />同じフローリングでも材料が違いますね、こちらは厚い天然木、ヒノキでしょうか、艶のある板です。毎日磨きこんだと思われます。時にはぬか袋などを使って。

    板の間の中央に置かれたお香でしょうか?
    同じフローリングでも材料が違いますね、こちらは厚い天然木、ヒノキでしょうか、艶のある板です。毎日磨きこんだと思われます。時にはぬか袋などを使って。

  • 土間です。コンクリートのない時代、土を固めた土間でたたきと呼んでいました。<br />母の実家もそうでした、表面が細かい凹凸があり、それが特徴ですね。

    土間です。コンクリートのない時代、土を固めた土間でたたきと呼んでいました。
    母の実家もそうでした、表面が細かい凹凸があり、それが特徴ですね。

  • 次に但馬家住宅に向かいます。

    次に但馬家住宅に向かいます。

  • 旧但馬家住宅入口

    旧但馬家住宅入口

  • 但馬家は中級藩士の住まいで、屋敷地の様子や植栽が当時の雰囲気を良く残しています。100石から300石どり以下の中級武士の家です。

    但馬家は中級藩士の住まいで、屋敷地の様子や植栽が当時の雰囲気を良く残しています。100石から300石どり以下の中級武士の家です。

  • L字型になった建物です。

    L字型になった建物です。

  • 家の中から門を見ます。

    家の中から門を見ます。

  • さりげなく置かれた生け花、奥ゆかしいですね。

    さりげなく置かれた生け花、奥ゆかしいですね。

  • 二間続きの畳の部屋です。祝い事などあるときは襖を取り外すと、広く使えます。

    二間続きの畳の部屋です。祝い事などあるときは襖を取り外すと、広く使えます。

  • これは縁なしの畳、琉球と呼んでいた沖縄産の丈夫な畳表です。<br />庶民の家は皆これでした。柔道道場もこの畳でしたね。

    これは縁なしの畳、琉球と呼んでいた沖縄産の丈夫な畳表です。
    庶民の家は皆これでした。柔道道場もこの畳でしたね。

  • 最近まで住んでいたため、流し台と水道の蛇口が見えます。<br />りっぱなフローリングですねぇ。

    最近まで住んでいたため、流し台と水道の蛇口が見えます。
    りっぱなフローリングですねぇ。

  • 小さな床の間のついた部屋です。

    小さな床の間のついた部屋です。

  • 生け垣の傍に井戸が見えます。

    生け垣の傍に井戸が見えます。

  • 屋根の裏側が直接見えています。<br />釘を使わず、竹を縄などで縛っています。

    屋根の裏側が直接見えています。
    釘を使わず、竹を縄などで縛っています。

  • 甲冑が置かれてありました。<br />独身のころ、新聞の連絡蘭に、不要の甲冑があります、もらってくれる人はいませんか?という書き込みがありました。当時狭い部屋だったので、迷ったあげく、もらうのをあきらめましたが、今思えば残念です。

    甲冑が置かれてありました。
    独身のころ、新聞の連絡蘭に、不要の甲冑があります、もらってくれる人はいませんか?という書き込みがありました。当時狭い部屋だったので、迷ったあげく、もらうのをあきらめましたが、今思えば残念です。

  • 日本家屋は最近まで、日本の環境にあわせた造りでしたね。<br />湿度が高く、気温の高い夏場では、ガラッと戸を開け放し、風が入るような設計になっていましたね、今のようなエアコンはありませんでしたからねぇ。<br />夏の夜など、広い畳の部屋に緑色の蚊帳をつって、寝ましたね。子供たちは喜んで中で遊び、蚊帳が外れて海苔巻きのように体に巻き付けて、親に叱られたものです。

    日本家屋は最近まで、日本の環境にあわせた造りでしたね。
    湿度が高く、気温の高い夏場では、ガラッと戸を開け放し、風が入るような設計になっていましたね、今のようなエアコンはありませんでしたからねぇ。
    夏の夜など、広い畳の部屋に緑色の蚊帳をつって、寝ましたね。子供たちは喜んで中で遊び、蚊帳が外れて海苔巻きのように体に巻き付けて、親に叱られたものです。

  • 蚊帳に入るにもルールがあって、必ずしゃがんで蚊帳のすそのほうをつまんで左右に振り、あるいはうちわで扇ぎ、蚊を追い飛ばしてからサッと、入るのです。<br />顔にかかる蚊帳のザラザラした感触や、ちょっと古臭い匂いがなつかしいですね。

    蚊帳に入るにもルールがあって、必ずしゃがんで蚊帳のすそのほうをつまんで左右に振り、あるいはうちわで扇ぎ、蚊を追い飛ばしてからサッと、入るのです。
    顔にかかる蚊帳のザラザラした感触や、ちょっと古臭い匂いがなつかしいですね。

  • 左にあるのは放水装置です。いざというとき火事から建物を守ります。あのハンドルで放水の角度を変えることができます。

    左にあるのは放水装置です。いざというとき火事から建物を守ります。あのハンドルで放水の角度を変えることができます。

  • ここにもかまどがありました。

    ここにもかまどがありました。

  • 小春日和の日など、縁側に座布団をしき猫を抱いて、ブラッシングなどをするなんて<br />いいですねー。

    小春日和の日など、縁側に座布団をしき猫を抱いて、ブラッシングなどをするなんて
    いいですねー。

  • 縁側から庭に降りるとき、この石の上に置かれた庭下駄など履きました。<br />並びの砂利は屋根のしずくが落ちて、泥跳ねを防ぐためですね。

    縁側から庭に降りるとき、この石の上に置かれた庭下駄など履きました。
    並びの砂利は屋根のしずくが落ちて、泥跳ねを防ぐためですね。

  • 但馬家住宅の遠景です。

    但馬家住宅の遠景です。

  • 裏の太い木にサルノコシカケのようなのが生えてました。

    裏の太い木にサルノコシカケのようなのが生えてました。

  • 外に出て広い庭を歩いてみます。武居家の隣には、西村茂樹の家修居の跡があります。<br />西村茂樹は佐倉藩士出身で啓蒙思想家として福沢諭吉らと明六社を結成し、国民道徳の確立を唱えて東京終身学舎を設立しました。

    外に出て広い庭を歩いてみます。武居家の隣には、西村茂樹の家修居の跡があります。
    西村茂樹は佐倉藩士出身で啓蒙思想家として福沢諭吉らと明六社を結成し、国民道徳の確立を唱えて東京終身学舎を設立しました。

  • 竹林が美しい小径です。

    竹林が美しい小径です。

  • 佐倉藩士は藩の道場など以外に、屋敷の裏庭などで、立木を相手に打ち込む練習をしたそうです。この木はそれを再現したものだそうです。<br /><br />侍って怖いですね、小さいころから剣の修行をして、その上いつでもあの長い刀を腰に下げて歩いていたのですからね、うっかり無礼を働くものなら、「無礼者、そこになおれ」なんて威張っていたらしいですが、実際は刀を抜くなんて手入れ以外に一生に一度もないのが普通だといいますけどね。

    佐倉藩士は藩の道場など以外に、屋敷の裏庭などで、立木を相手に打ち込む練習をしたそうです。この木はそれを再現したものだそうです。

    侍って怖いですね、小さいころから剣の修行をして、その上いつでもあの長い刀を腰に下げて歩いていたのですからね、うっかり無礼を働くものなら、「無礼者、そこになおれ」なんて威張っていたらしいですが、実際は刀を抜くなんて手入れ以外に一生に一度もないのが普通だといいますけどね。

  • 佐倉藩士が使用した井戸です。市内では唯一公開している井戸だそうです。

    佐倉藩士が使用した井戸です。市内では唯一公開している井戸だそうです。

  • 「ひよどり坂」という竹林の中を通る急な坂道です。<br />ひよどりの名称は源の義経が絶壁のような急な坂を、馬に乗って駆け下りて、平家の軍勢に襲い掛かり、勝利した「ヒヨドリ越えの逆落とし」の故事から来ているのでしょうか?<br />以前からこの坂をそう呼んでいたか疑問です。<br />佐倉市に聞いてみたいところです。

    「ひよどり坂」という竹林の中を通る急な坂道です。
    ひよどりの名称は源の義経が絶壁のような急な坂を、馬に乗って駆け下りて、平家の軍勢に襲い掛かり、勝利した「ヒヨドリ越えの逆落とし」の故事から来ているのでしょうか?
    以前からこの坂をそう呼んでいたか疑問です。
    佐倉市に聞いてみたいところです。

  • 少なくともこの写真で見るよりは急坂でした。<br />四つ目垣で囲われた竹林の雰囲気がいいですね。

    少なくともこの写真で見るよりは急坂でした。
    四つ目垣で囲われた竹林の雰囲気がいいですね。

  • この道を昔の武士達は歩いて、あの博物館のあるお城まで通ったのですね。

    この道を昔の武士達は歩いて、あの博物館のあるお城まで通ったのですね。

  • 佐倉および周辺の土地の地図が掲示されていました。<br />見終わった後に、観光地図を見るなんて、pedaruらしく間の抜けた話です。<br /><br />また何時か機会があったら、佐倉を案内できたらいいなと思います。

    佐倉および周辺の土地の地図が掲示されていました。
    見終わった後に、観光地図を見るなんて、pedaruらしく間の抜けた話です。

    また何時か機会があったら、佐倉を案内できたらいいなと思います。

55いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

この旅行記へのコメント (18)

開く

閉じる

  • 旅猫さん 2023/06/29 19:07:40
    佐倉城下
    pedaruさん、こんにちは。

    佐倉は、訪れたことがありません。
    何度か計画は立てたのですが、微妙な距離感があり、後回しに。
    そして、いつしか忘れていました。
    こうしてみると、なかなか見所がありそうですね。
    武家屋敷も日本家屋ですから、やはり落ち着きますね。
    竹林の小径も風情があって、静かそうで良い感じです。
    暑さが無くなったら、ふらりと訪れてみたくなりました。

    旅猫

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2023/07/01 14:46:16
    RE: 佐倉城下

    旅猫さん こんにちは

    佐倉は何度も行ってますが、自転車で行く場合は、たどり着くだけで精いっぱいなので、
    あまり観光できません。武家屋敷や博物館以外にも、城、堀田邸、美術館、刀剣博物など見どころはあります。
    奇しくも現在、順天堂大学病院に目の治療で通っていますが、この順天堂の発祥の建物が、獏物館として公開されています。江戸時代の手術のことなど説明がされています。

    旅猫さん流の見方で、楽しめると思いますので、ぜひ一度はおいでください。

    pedaru
  • yamayuri2001さん 2023/06/14 11:25:02
    江戸の人・・・
    pedaruさん、こんにちは。
    武家屋敷と言えば、会津武家屋敷とか 島原武家屋敷とか 知覧武家屋敷とか
    遠い所ばかりに行きたがっていましたけれど、
    佐倉にもあったんですね!
    ここが一番近くて 行きやすいかなと思いました。
    その昔 江戸の人々は、
    本当にエコで、サステナブルな暮らしをしていたんだなと思いました。
    今更始めようなんて思わなくても、
    暮らしそのものが、サステナブルだったんですね。
    その昔に戻ることはとても難しいと思いながら 拝見しました。
    厠の呼び名が1114というのには驚いてしまいますね!
    人々が とても重んじていたという所でしょうかね・・・
    また あのひのきのバスタブには、
    幼い頃 何年間かは 入ったような記憶があります。
    そんなお風呂に入った事がある人間は、
    今時の化石なのだろうか・・・
    蚊帳というのも、とても懐かしいです!
    やはり幼い頃 数年間使ってましたけれど、
    立って入ると 怒られました。
    しゃがんで入らなくてはいけないと言う決まりでしたね。
    翌朝 蚊帳の上で、なぜか水泳の練習をしました。
    そうするとまた怒られました。
    なんだかすごく懐かしいです!
    あの頃の生活が・・・
    ヒヨドリの坂も とても趣がありますね。
    江戸時代、1週間に一度働くだけで、
    長屋の人は 一週間暮らせるだけの富を手に入れたと言う事ですが、
    それなりのストレスはあったにせよ、
    その時代の人々は やはり、のんびりと暮らしていたような気がします。
    そんな時代に生まれていたら、どんな生活だったんでしょう・・・
    旅行記を拝見しながら、色々と思いを馳せました。
    yamayuri2001

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2023/06/16 05:41:14
    RE: 江戸の人・・・

    yamayuri2001さん おはようございます。

    エコな生活といえば、私の子供のころはどこの家もくみ取り便所でしたが、くみ取りにお金はかかりませんでした。というのは農家の人が、汚わいを持って行ってくれたのです。
    お分かりだと思いますが、とても有効な肥料になるからです。
    しかし、現代では元に戻ることはありえませんが。

    蚊帳もyamayuriさんの郷愁を刺激したようですね。生活様式が変化して、便利で快適な時代になりましたが、捨てがたい習慣もあります。エアコンを前提にした小さな窓の建築設計は、私的には馴染みません。エアコンは最低限にして、自然の風を取り入れる、従来の日本建築が好きです。

    コロナ以来出かけることが億劫になりましたが、4トラベル会員として資格を剥奪されそうです( ´∀` )。自分流の旅行記を続けるだけです。よろしくお願いいたします。

    pedaru
  • 前日光さん 2023/06/10 00:02:21
    懐かしいものがいっぱい!
    師匠、こんばんは。
    私の実家は武家ではもちろんありませんが、懐かしいものがたくさんあって。
    消壺って、特に忘れていたものの一つです。
    そうそう炭の燃え残りを入れて、後でまた使えるんですよね!
    昔は、ものを最後まで使い尽くそうという思想がありましたよね。
    で、何と言っても、懐かしいのは蚊帳です。
    私は一時、県の校長校舎に住んでいたことがあります。
    校長校舎は、借り手がいないと傷むので、誰でもいいから住んでほしかったようで。
    そこは蚊帳がないと生活できないような、蚊がたくさんいるところでした。
    (栃木市だったのですが、近くに小さな川があって、そのあたりから蚊が沸いていたのかも)
    ですからそこに住んでいた昭和57年から昭和60年頃まで、夏は蚊帳が必須アイテムでした。
    そもそもが校長校舎に蚊帳が置いてあったのです。
    庭は広くて自然豊かで、蚊も蝿もいましたよ。
    そこで出会った猫を鹿沼市に引っ越すので、連れて帰りました。
    「燈々(とうとう)」という名前を付けました。
    賢い雌猫でした。

    なんだか旅行記を拝見していたら、武家屋敷のはずなのに、昔の自分の実家とか古い校長校舎を思い出してしまいました。
    懐かしい気分に浸りました(*'▽')


    前日光

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2023/06/13 05:26:13
    RE: 懐かしいものがいっぱい!

    前日光さん おはようございます。

    消壺を置くところは土間でしたから問題ありませんが、現代の住宅では台所が土間の家は
    滅多にありませんね。実家では竈があり、その横に消壺はありました。
    顔だけ赤くして、竈の火をいつまでも見つめていた少年時代、懐かしいです。

    校長校舎というのがあるのですね、家賃はどうだったのですか?広さを考慮すると、かなりの家賃になると思いますが、・・・。蚊帳付き、庭付きですね。

    そこで出会った猫、ラッキーでしたね。燈燈とは名前からしてインテリの名前です。
    普通の家では、命名されない名前です、さすが前日光さん、梵ちゃんといい、燈々といい
    独特の名前ですね。

    我が家のネコはリードをつけて散歩に行くので、犬の散歩の人たちとは顔なじみなり、ニコニコ挨拶をかわします。犬好きのネコなので、安心です。
    たいていの人は初めて見たとき「猫の散歩なんて珍しいね」と注目され、飼い主としても、
    嬉しい評価を受けた気分です。

    猫のいる生活、幸せですね、我が家では猫と人間、どちらが先に逝くかが問題です。しかし、猫好きの息子が引き継いでくれることになっているので安心です(笑)。

    pedaru
  • jijidarumaさん 2023/06/06 01:42:25
    郷愁に富んだ事ばかりで、私も楽しんだ旅行記でした。
    pedaruさん、今晩は。

    何やら、千葉県の東に行程を向けたようですね。
    佐倉というと、長嶋さん、佐倉藩、佐倉宗吾、順天堂、佐倉連隊(中学時代の恩師の兄上は陸大出で佐倉連隊の連隊旗手をされていたそうで、調べた事があります)と、いろいろありますね。
    佐倉の武家屋敷は残されたものは少ない数ですが、楽しまれた様子、何よりです。

    私もこちらの武家屋敷は何度か来ていますが、先年、ナビで武家屋敷に向かった所、この一帯をグルグルまわされて、困りました。ナビが無い時はちゃんと行けたのですが。
    ちょうど、下校途中であった中学の女子生徒のグループに聞いてみました。親切に考えてくれたのですが、武家屋敷そのものを知らなかったのには驚きました。今の歴史では地元の事を教えないのでしょう。
    それでも老人への親切心はいっぱいで、近くを歩いていた地元の老人を呼んで来て、その老人に道を教えてあげてと言ってくれました。老人のアドバイスは、何の事は無いまっすぐ道を行けばよかっただけでした。ナビはその道に入らず、左手に迂回させ、国道に向けて走るようになったので、グルグル周ったようです。

    面白かったのは、武家屋敷のトイレの事。私共の子供頃は「便所、手洗い、御不浄」と言っていた記憶があります。文字としては雪隠、はばかり、厠(かわや)、後架という言葉は知っていましたが、【調べたらなんと1114の呼び名がある】とは驚きです。
    地方独特のもの、なまったものとか、いろいろなのでしょうけど、微妙に正面切って言いにくい言葉だけに、表現にさまざまな変化をさせたのでしょうか!?

    <水を汲んだ甕、蓋がしてあり汲むときのひしゃくがあります。母の実家と同じです>・・・我が実家もこの感じでした。
    大きな甕に井戸から水をくむのを、水道が敷かれるまで、子供たちが水汲みをしていました。兄がやり、その後は私がやりました。子供には結構大変でした。
    実家の甕は現在我が家の玄関先に置いて、ちょっとした飾りにしています。そういえば、石臼もわざわざ実家からもらってきて、庭先に置いています。
    娘たちは知っていますが、孫たちはもう分からない代物です。

    蚊帳のお話など、郷愁に富んだ事ばかりで、私も楽しんだ旅行記でした。
    ありがとうございました。
    それではまた。
    jijidaruma

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2023/06/07 05:52:12
    RE: 郷愁に富んだ事ばかりで、私も楽しんだ旅行記でした。

    jijjdarumaさん おはようございます。

    何かというと、自分の体験した昔のことを語るようになってしまいました。
    若い人から見れば、へえー?そうなんだと思ってくれる人もいるかもしれませんが、
    下手をすると、また古臭いことをいっている、などと白けた目で見られかねません。

    現代はあまりにも変化の激しい時代ですね。家電といえば真空管ラジオ、電灯くらいの物、(笑)でしたから、パソコンなど夢にも思いませんでしたね。

    蚊帳、井戸、はたき、箒、みな過去の遺物になりました。このままいくと、私も人間遺物になりそうです(笑)。

    コロナ以来何処にも出かけない妻が、7月にドイツに出かけることになりました。私は留守番で猫の世話をします(笑)。ドイツに住んでいたことのある娘が連れて行ってくれるというので、私のほうが喜んでいます。いままで勝手に一人旅などしていた私としては、後ろめたさがいくぶん和らぐ気がします。

    ドイツといえばjijidarumaさん、旅行記などを再読して、参考にしたいと思います。

    pedaru
  • じんべいさん 2023/05/27 14:51:02
    お武家さんではないけれど
    pedaru様、こんにちは。

    少しは武家屋敷等を訪ねてはいますが、住んだことのない立派なお屋敷が現代も残っているものですから自分の生活とかけ離していましたね。

    祖父母宅の事を思い出しながら読ませていただきました。思い返せば大きな家でした。
    トイレには外の廊下を通らないと行けなかったり、お風呂は五右衛門風呂。木の方が背中を浴槽につけられる(笑)
    台所の広い土間の高い天井からはハエ取り紙がぶら下がっていた。
    蚊帳の入り方は教わりませんでした。子どもなので大人しく入らないから揺らしてたでしょうが。従兄弟達とワイワイはしゃいでいた昔を思い出します。

    日本の風土で育った建築素材が本当は一番合うのでしょうね。建物もそこに住む人と共に呼吸する。
    木造建築文化の良いところですね。
    文面と共にゆったりとした気分を味わわせて頂きました~。
              じんべい

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2023/05/28 06:05:01
    RE: お武家さんではないけれど

    じんべいさん おはようございます。

    天井からハエ取り紙がさがってる、思い出しました、昔はどこの家にもハエがいて、特に田舎の家では多かったですね。べたっと置くA4くらいのハエ取り紙もありました、それに天井に止まっているハエを採るのにガラスの長い筒のさきがラッパのように開いていて、下のほうは丸いボール状になっている器具もありました。トンっと突くとハエが筒の中を落ちて下の水を入れた球の中に落ちます。
    そのほかには、ハエたたき、オーソドックスなのは細かい網が棒の先についている形のもの、その後カラフルなプラスチックのハエたたき、農家などでは庭にあるシュロの枝をとってきて、葉っぱの部分を短く切って使っていました。
    文明が発達して(笑)、殺虫剤を噴霧器で噴射してましたね。蝿帳とかもありました。ハエは
    日常生活には不可分なもの(笑)でした。
    夢の島の埋めたて地ではハエが大発生して、近隣の町では大騒ぎになったというニュースもありましたね。

    あ、何を書いているのだろう、この私は?
    ハエのことばかり書いて、武家屋敷のことは忘れていました。
    「五月蠅い」と書いて「うるさい」と読ませていた小説があります。死語となった五月蠅い月が終わり六月に入りますね。梅雨の季節が間もなくやってきます。
    旅行者にとっては、うれしくない季節ですね。ではこの辺で、ハエさようなら・・・

    pedaru
  • チーママ散歩さん 2023/05/26 21:00:27
    昔暮らし。
    こんばんは。師匠。

    佐倉散策いいですね。
    私も近くの薔薇園やふるさと広場に
    行った時に、次は大きな建物が気になり
    歴史館に行きたいと思っていました。
    歴史は苦手ですが見応えがありそうですね。

    湯屋って言うのですか。
    千と千尋では油屋でしたね。笑
    そうでしたか(・・?)
    下から炊き出ししているから
    湯釜を掘り下げることができないんですね。
    いつも跨いで入るには高いから、
    間違えたら痛いなって思って
    不思議な思いで見てました。
    そうか、そうか。笑
    でも、私台がないと入れないなあ。
    やっぱり想像すると痛そう(≧∇≦)

    蒸暑い夜、蚊帳で快適に寝てみたいなあ。
    優しい夜風を感じながら。
    今窓なんか開けて寝たら物騒ですよね。
    今は便利な世の中ですが、別の心配も
    あって。。。昔暮らしもいいですね。
    師匠は今と藁のレインコート時代の
    昔とどちらがいいですか。
    あっ、レインコートはご存知ないんでしたね。

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2023/05/27 11:48:58
    RE: 昔暮らし。

    チーママ散歩さん おはようございます。

    >師匠は今と藁のレインコート時代の
    昔とどちらがいいですか。
    あっ、レインコートはご存知ないんでしたね。

    あのー 誤解かもしれませんが、私がレインコートを知らない年代、つまり、江戸時代の
    人間のようの思われているのではありませんか?

    私が彼女に振られて、レインコートがないばっかりに、泣いてずぶ濡れになって街をさ迷い歩いたことはご存じありませんよね。レインコートといえば悲しい思い出がつきまといます。(捏造です)

    たしかに小判風呂は縁がたかいですね、足の長いpedaruなら簡単ですが、子供などはどうしていたのか、記憶にありません。痛そうという感想をもたれるとは思いませんでした(笑)。

    蒸し暑くてうちわで扇ぎながら寝た蚊帳の中、朝になるとさあーっと冷たい風が吹いてきたりして、体を丸くして目を覚ましたものでした。朝は昨夜と違って、涼しい風が吹いてきて
    さわやかに目を覚ますことができました。昔のほうが過ごしやすかったかもしれませんね。

    pedaru
  • yunさん 2023/05/26 10:23:57
    土と木の香り
    すっかり忘れているけれど、
    脳内のどこかに残る「記憶」がピョコとうずきました。

    つば釜・土間・縁側
    幼少の頃、お正月に訪れた父方の実家の記憶が微かに。
    お豆腐屋さんだったので、大きな土間がありました。
    御不浄は何と庭にあり、夜は怖くて行かれなかったっけ。

    武家屋敷
    屋敷はあれども、苦しい経済事情の武士が大半だったと推測しますが
    大事に磨かれた床、今でも使えそうな窯が
    その頃の日本の暮らしや心意気を伝えるかのようです。

    竹林、庭の手入れに細い青竹が数本欲しいなっと
    盗人の心で眺めてしまいました(笑)
    yun

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2023/05/27 06:56:10
    RE: 土と木の香り


    yunさん おはようございます。

    だれでも幼いころの記憶をたどれば、なつかしいものが思いうかびますね。
    親が農家の出だったりすると、その住まいは珍しい物ばかりありました。
    牛を飼っていたので、ハエが多くて、連れて行った息子が怯えていました(笑)。
    トタン屋根の小屋の上には、いつも干し芋が干してあって、食べ放題でした、
    自家製の味噌は大きな樽に入っておりました。食事は箱膳で一人一人別々に座って食べて
    いました。今思うと時代劇みたいですね。

    田舎の家はトイレが外にありましたね、夜中にトイレに行くときは母に連れて行ってもらったりしてましたね。

    子どもが小さい時、都内ですが近所に竹屋さんがあるところに引っ越したことがあります。
    近所の子供と仲良くしてもらいたい魂胆もあって、ずるずると竹を担いで家まできて、いくつも竹馬をつくり、近所の子供たちにプレゼントしたことがあります。
    自分の子供が良く思われたい一心で作ったのですねー。

    我が家には狭い和風の庭がありますが、建仁寺垣をつくるのに、人工竹にしようか、天然の竹にしようか迷っています。人口竹は何時までもきれいですし、値段も高いのですが、風情という点から見ると天然ガ勝ります。近頃は天然の垣根は少なくなっております。
    さぁ、どうするpedaru!!

    pedaru

    yun

    yunさん からの返信 2023/05/27 18:05:09
    RE: RE: 土と木の香り
    pedaruさん

    人工竹 VS 天然竹
    大いに悩むところですね!
    最後は「占い棒倒し」で運任せなんて…、小学生じゃないですね。

    楽しくまよって、お庭のお手入れに励んでくださいませ。

    yun


    pedaru

    pedaruさん からの返信 2023/05/28 06:14:27
    RE: RE: RE: 土と木の香り

    yunさん

    ご助言 ありがとうございます。

     やはり天然は妻だけで十分ですので、人工にしようかなぁ
     
    pedaru
  • norisaさん 2023/05/26 05:44:54
    1114の呼び名
    pedaruさん

    おはようございます。

    武家屋敷は九州はじめ何カ所かで見学した覚えがあります。
    けれでも今回のpedaruさんのご旅行記のように仔細に見て回ったことはありません。
    元来大雑把なたちなので見過ごしているのでしょうーー。

    さて、土間やかまど、お風呂など知らないような懐かしいようなものが満載ですね。
    特にトイレ!
    まさか、呼び名が1114もあるとは想像だにしていませんでした。
    土間あたりは呼び名も10くらいでしょう。
    いかにトイレを婉曲的に呼ぶか?その苦労のあとが偲ばれます(苦笑)

    どちらの住宅もとても保存状態が良いですね。
    佐倉市、あなどれませんーー(笑)

    norisa

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2023/05/27 06:25:46
    RE: 1114の呼び名

    norisaさん おはようございます。

    早速一番乗りで書き込み、ありがとうございます。やっと書き上げた旅行記ですから、コメントをもらえないと、制作意欲が失せそうですね(笑)。
    これでハートマークがもっと増えればいいのですが、簡単にはいきません。

    さて、佐倉市はおなじみですが、田舎にしては歴史がたくさん詰まった城下町です。
    文化的にも進んでいて、私が先日から行っている順天堂大学病院のはじまりの順天堂も佐倉にあります。江戸時代からの医院の資料館です。ここでは手術も行われたようです。
    美術館や博物館、私設の刀剣博物館などもあります。
    千葉県といってもなかなかいいところがありますよ。

    とはいっても、神奈川県には敵いません、コロナの感染者数もいつも負けていました(笑)。

    武家屋敷と言っても、映画に出てくる高級官僚の屋敷と違って、台所など冷蔵庫もないし、照明も暗く、女性には優しくない場所でした。私の子供時代も同じようなものでしたけどね。確かに時代は進歩しました、水洗トイレが普通になりましたからね。

    最近東京の歴史旅はさぼっております。楽な地元の紹介でお茶を濁しております。

    pedaru

pedaruさんのトラベラーページ

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

PAGE TOP