2023/03/15 - 2023/03/17
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3104ねえねえさん
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この旅行記スケジュールを元に
3月までの全国旅行支援JALダイナミックパッケージ広島Air&Hotel特典付を利用した3104ねえねえツアー第6段です。
徳島・香川へ行った時に友人と「次は東北桜巡りだね!」と本当に久しぶりにクラブツーリズムツアーを即申し込み完了しました!(今となっては桜の開花が早すぎて桜巡りにはならないでしょうが・・・笑)その他に「宮島にも行きたいから頭の隅に入れておいてね!」とツアー依頼をされていました。宮島・岩国・広島には当時元気だった父と2007年に、道の駅巡りを楽しんでいる"いつもの友人"と2016年に訪れているので3度目の訪問になります。竹原は嵐のJALCMロケ地で、ずっと行ってみたかった場所でした。
4トラ旅行記やクチコミで盛りだくさんの旅情報を参考にさせていただき友人と二人で密を避けての充実した素敵な旅行となりました。
旅の思い出を綴ると共に〈いつも私が楽しんでいる旅行記拝読妄想ジョイント旅行〉や〈これから旅行を予定されている方々への情報提供〉として少しでもお役に立てたり〈以前旅行なさった方々に現在の様子〉をお伝え出来たら幸いです。
①~⑫まであります。よろしければ、目を通してみて下さい。
①3月15日羽田空港~竹原市町並み保存地区
②たけはら町並み雛めぐり
③ひろしま美術館前半
④ひろしま美術館後半
⑤ホテルインターゲート広島
⑥3月16日宮島厳島神社
⑦宮島
⑧岩国~ホテルインターゲート広島
⑨3月17日広島城
⑩原爆ドーム周辺
⑪おりづるタワー~羽田空港
⑫買い物&パンフレット&御朱印等々
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6:30 朝風呂から一息ついての朝活です。ラウンジで〈スムージー〉をご馳走になって〈コーヒーはテイクアウトして部屋でいただきます。
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6:46 2杯目〈スムージー〉もテイクアウトして部屋で朝食です。食べようと購入して忘れていた〈竹原の最中〉&昨日の残りの〈クルミパン〉。そして活力の源!持参した〈チオビタドリンク〉です!
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8:04 チェックアウトは11:00なので朝の散歩と洒落込みます。目的地は『広島城跡』です。ホテルから歩いて10分程です。この鳥居は「被爆大鳥居」だそうです。当時爆心地から330mの旧広島市民球場跡辺りにあったそうです。『広島護国神社』は1956年に広島城跡地に移転復興し翌年にこの地にこちらに「被爆大鳥居」も移築されたそうです。
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鳥居をくぐると石垣と水掘が姿を現しました。『広島城』は「名古屋城」「岡山城」と共に【日本三大平城】と言われる豊臣政権五大老《毛利輝元》が築いた平城です。
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平地に築かれ攻めやすいと思われる城ですが、実際に豊臣・徳川政権下で謀反の疑いを掛けられないよう、わざと攻めやすそうにしたとも伝えられているそうです。
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『広島城跡』内には案内地図が現在地を分かりやすく示してくれています。
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「天守閣」に向かう階段を登ると江戸時代には本丸御殿が建っていた場所に近代「広島県庁舎」が建てられていたそうです。そこに日清戦争から第2次世界大戦終結まで旧日本軍最高統帥機関の『大本営』が置かれ《天皇陛下》が滞在されていたので、一時的に広島は日本の首都となっていたそうです。
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『大本営』のあった建物は木造の2階建洋館で1926年には国の史跡に指定されましたが原爆投下により基礎の一部を除いて倒壊してしまったそうです。
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『天守閣』が見えて来ました。
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日本100名城のひとつで別名は【鯉城】です。【広島東洋カープ】やファンの【鯉党】も【鯉城】に因んでいるのも分かるような気がします。
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8:14 天守は、複合連結式望楼型5重5階という珍しい規模・板張りの古風な様式で天守台を合わせると約39mにもなる高さだそうです!1945年までは現存し、国宝に指定されていましたが原爆によって倒壊し、現在は鉄筋コンクリートで外観復元されているそうです。
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「旧天守閣礎石」(建物の柱を乗せる土台)です。1957~1958年の天守再建工事の時に撤去した旧天守の礎石をそのまま、こちらに移したもので一段低い石は現在も天守台に埋もれている石の位置を示しているそうです。
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『天守閣』の入口まで登って来ました。水の豊富さを活かした幅広な水堀の眺めをパチリ!
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『天守閣』の中は博物館になっていて当時の甲冑や書状などが展示されているそうです。9:00openなので外から眺めました。
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『天守閣』の階段を降りて来てビックリ!目の前に凄い数のカモ集団!この後、カラスのひと鳴きで一斉に飛び立ちました。
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8:24 本丸上段の階段を降りて本丸下段の『護国神社』に来ました。【広島東洋カープ】の選手達が必勝祈願をする神社としても有名だそうです。こちらにある鳥居は1993年に竣工された新しい鳥居だそうです。
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「扁額」と「社号標」には【廣島護國神社】と刻まれています。神社でいただいたパンフレットによると最初にくぐった「被爆大鳥居」同様の旧社地にて倒壊を免れた被爆遺跡が神社内に9個移築されています。
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こちらの「社号標」も矢印が示すように欠けた箇所が見られました。
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《定 車馬を乗入れる事 魚鳥を捕える事 竹木を伐る事 右市内に於て禁止する》鳥居の横の立て札に歴史を感じます。
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菊花紋章に桜の神紋をつけた神馬もいます。
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神馬の奥にある石灯篭です。
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かなり大きく欠けています。
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鳥居のそばに立つ青銅製の吽形の狛犬です。
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こちらの台座も原爆の熱線跡が見られます。
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戦争中の金属類の供出からも免れた貴重な青銅製の狛犬達の阿形です。
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こちらの台座にも原爆の熱線跡が見られます。
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こちらの石灯篭は欠け形が著しかったです。
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こちらの石灯篭だけパンフレットには《欠けている箇所が見られるが原爆の影響によるものかは不明》と記されていました。
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右手には立派な儀式殿が建っています。
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鳥居をくぐるとすぐ左手に『手水舎』があります。
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立派な社務所です。
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『拝殿』です。境内は白い玉砂利が敷き詰められ、とても綺麗で清らかな印象です。
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『広島護国神社』の御祭神は広島出身の兵士と原爆犠牲者となった動員学徒の方々だそうです。
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参拝後「拝殿」左手の「授与所」で御朱印帳に直書で〈御朱印〉300円×2=600円をいただきました。
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「授与所」の隣が「神楽殿」です。
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「神楽殿」前の松に囲まれた石製吽形の狛犬です。
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後ろ足を立て前傾姿勢の吽形狛犬が迫力ある睨みを利かせています。
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やはり台座に原爆の熱線跡が見られます。
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電車通りにあった石灯篭です。
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拝殿に向かう巫女さんをパチリ!
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【双鯉の像】です。願いを込め鯉を撫でると家内安全・夫婦円満・恋愛成就の御利益があるそうです。
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反対側には【昇鯉の像】があります。願いを込め鯉を撫でると難関突破・目標達成・開運出世の御利益があるそうです。「昇鯉=しょうり=勝利」とかけ【広島東洋カープ】の名前もこの鯉にあやかっているのでしょうか?
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『拝殿』の右手には「悠久殿」があります。
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「悠久殿」前の狛犬阿形も同じく前傾姿勢で迫力があります。
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牙の先が欠けているようにも見えます。
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原爆による熱線や衝撃波が原因のひとつと考えられるとパンフレットに記されていました。
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「英霊にささぐ」と刻まれた像もありました。
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こちらの石灯篭も電車通りにあった原爆での倒壊を免れた被爆遺跡です。
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太平洋戦争末期に設けられた中国軍管区司令部の防空作戦室は暗号の解析・各部隊への通信などを行っていた場所でした。この作戦室跡入口そばに「中国軍管区司令部及び動員学徒の慰霊碑」があります。
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中国軍管区司令部地下通信室は原爆投下によって市内の通信網を破壊され、通信不能となった中、辛うじてこの通信室の軍事用電話のみが残り、女学生が原爆投下の第一報とされる広島の壊滅を通信したと言われているそうです。
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8:49 『広島護国神社』の参拝を済ませ『二の丸』へ向かいます。
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クランクになっている石垣の間の道を進みます。
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江戸時代から残る貴重な現存建造物を軒並み破壊してしまった原爆です。その凄まじさを語る城郭遺構として赤く変色しヒビわれた石垣が「中御門跡」に遺っていました。
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「中御門跡」です。直角に折れ曲がって敵の進路を変えると共に背後や側面からの攻撃を可能にするためクランクを曲がった場所に《中御門》が造られていたそうです。敵の侵入を阻止し、立ち往生している敵に横と背後から攻撃出来る作りになっていたそうです。
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『二の丸』の横に長細い「多門櫓」が見えます。
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『表御門』です。『二の丸』入口にあたる門で櫓門と呼ばれる形式の門だそうです。戦前まで江戸時代以来の門が残されていましたが原爆により焼失し1989年~1994年に復元されました。
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原爆に被爆しながらも現在残っている「被爆樹木」の[ユーカリノキ](爆心地から約740m)です。
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焦げている部分が生々しいです。
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新芽?も出ています。
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生け垣に雀の集団がいました。
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9:00 『二の丸』を見学する事が出来ました。『表御門』隣の「平櫓」の中は16畳のスペースに《三矢の訓》【1本なら簡単に折れてしまうが3本束ねれば簡単には折る事は出来ない。3本の矢のように3人が力を合わせれば毛利は安泰なのだ】の話の元となった《毛利元就》の手紙《三子教訓状》(複製) が展示されていました。
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壁面には「狭間」と呼ばれる敵を攻撃する穴がたくさん並んでいます。四角や三角の穴は火縄銃で攻撃する鉄砲狭間だそうです。
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『表御門』の中です。天井の梁が素晴らしいです。
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突上戸の窓から「御門橋」をパチリ!
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『二の丸』の仕掛けの説明が書かれています。
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『二の丸』は『本丸』の南方にあり《馬出》と呼ばれる出入口に築かれた区画で城の出入口を守り、また外部へ出撃する際の拠点としての役割を持つそうです。
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「平櫓」と「太鼓櫓」を繋げる「多聞櫓」です。
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『二の丸』復元について模型やパネルなどの資料が展示されていました。
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このようなパネル展示が並んでいます。
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『二の丸』の基本データです。
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初代復元天守(1958年造) の鯱です。復元にあたって鯱の図面等がなく詳細不明だったため福山城筋鉄御門(現存) の鯱を参考に作ったそうです。
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史跡広島城跡二の丸、平櫓・多聞櫓・太鼓櫓、構造模型が並んでいます。こちらは平櫓の模型です。
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掘の幅は100mを越える場所もあり、重い甲冑を身につけて渡りきる事は難しく城の大きな防御になっていたそうです。
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発掘調査で出土した《金箔瓦》だそうです。他にも《唐津茶碗》・《軒丸瓦》・《大皿》・《小鉢》・《椀》等々が展示されていました。
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まだ「多聞櫓」の半分までしか進んでいません。
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「多聞櫓」から『表御門』をパチリ!
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頑張って「太鼓櫓」まで歩きます。
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多聞櫓の中を歩き進み、一段高くなった「太鼓櫓」に到着しました。
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江戸時代には2階に太鼓が置いてあり、朝夕太鼓を打ち鳴らして城門の開閉や藩士の登城の合図にしていたそうです。
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やっとゴール「太鼓櫓」からの眺めをパチリ!但し『表御門』の場所まで戻らなければ・・・。(笑)
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現在は『二の丸』と『本丸』を囲む内堀だけですが江戸時代には「三の丸」を囲む中掘と更に、その周囲にあった4つの外郭を囲む外掘の3重になっていたそうです。また西側の本川も外堀の役目を果たしていたそうです。
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9:13 『二の丸』見学終了です!
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『表御門』をくぐり、城外に出ます。
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『表御門』と「多聞櫓」を結ぶ「平櫓」を擬宝珠越しにパチリ!
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復元された「御門橋」を渡り振り返って『表御門』をパチリ!
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本丸の南に小島のように張り出している『二の丸』です。築城400年を記念して1989年から6年かけて1994年に『二の丸』の門や櫓、橋などが復元されたそうです。
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「多聞櫓」は「太鼓櫓」と「平櫓」を結ぶ本当に長い櫓で総延長が35間(約63m)あるそうです。歩いて実感しました。
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ホテルへの帰り道「鼓櫓」まで外観を見ながらバッチリ歩きました!
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9:21 ご当地マンホールをパチリ!朝から好い運動をしました。⑩に続きます。
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