2023/01/06 - 2023/01/06
211位(同エリア286件中)
ペコちゃんさん
- ペコちゃんさんTOP
- 旅行記407冊
- クチコミ106件
- Q&A回答1件
- 621,547アクセス
- フォロワー21人
コロナで中断していた山仲間との久し振りの七福神めぐり・・・今回は東京・あきる野市にある『武蔵五日市七福神巡り』です。
西多摩に位置するあきる野市は、1995年に秋川市と五日市町が合併して発足し、人口は8万人弱。
秋川の流域沿いに開けた山間部の町・五日市・・・秋川で獲れた鮎は江戸城にも上納され、木炭は燃料・暖房用として秋川から多摩川経由で江戸に運ばれるなど、江戸・東京の奥座敷とも言える歴史があります。
そんな旧・五日市町域内にある5つのお寺と2地蔵堂からなる武蔵五日市七福神巡りは2010年の新春に誕生した新しい七福神めぐりです。
七福神めぐりの歴史は浅くても、立派で見応えのあるお寺が多く、五日市の文化・歴史の一端に触れた新春の初歩きでした。
写真は、玉林寺の墓苑に建つ、日本一と言われる達磨大師の巨大な石像。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
PR
-
電車を乗り継いで9時半前にJR武蔵五日市駅に到着。
1925年に開業した武蔵五日駅は拝島と結ばれた五日市線の終着駅で、1996年に駅舎が高架になりました。 -
その後、2016年に駅舎をリニューアル・・・ふんだんに使用された多摩産木材で、改札口の周りは木の香りが爽やか。
-
駅舎の左右に飾られたステンドグラス・・・ホームから楽しめます。
-
南面には花のステンド窓が6枚。
-
北面には幾何学模様のステンド窓が6枚。
-
<今回のコース>
武蔵五日市駅 ⇒ 正光寺 ⇒ 大悲願寺 ⇒ 下町地蔵堂 ⇒ 玉林寺 ⇒ 番場地蔵堂 ⇒ 光厳寺 ⇒ 徳雲院・・・徒歩で約3時間、帰りは十里木バス停から武蔵五日市駅へ。 -
① 弁財天 正光寺(しょうこうじ)
正光寺は浄土宗の流れをくむ時宗の寺院で、1305年に祖他阿真教上人が当地巡化の際に開創されたものと伝えられます。 -
鐘楼。
-
正光寺の伽藍は数度にわたる火災で焼失しましたが、1881年に本堂が再興され、2002年に開山七百年記念として新本堂が建立されました。
-
屋根瓦の紋は「隅切角に三の字」。
-
本堂の斜向いにあるこのお堂に、弁財天が祀られています。
-
琵琶を弾く弁財天。
-
武蔵五日市七福神の寺社は、「秋の七草めぐり」も楽しめます。
正光寺(ナデシコ)→大悲願寺(ハギ)→下町地蔵堂(フジバカマ)→上町地蔵堂(オミナエシ)→玉林寺(キキョウ)→光厳寺(クズ)→徳雲院(ススキ) -
正光寺を後にして五日市街道を渡り、旧五日市街道を歩きます。
急坂を登り切ると、JR五日市線の踏切・・・電車を見送って、もうひと踏ん張り。 -
② 大黒天 大悲願寺
大悲願寺は千四百年の昔、聖徳太子が全国行脚の際この地に一宇の草堂を建てたのが起源とされ、その後、1191年に源頼朝の命により、京都・醍醐寺の澄秀僧正を開山として平山季重が建立した寺院です。 -
1859年に建てられた「仁王門」。
-
堂々たる仁王門。
-
仁王門に掲げられた大悲願寺の山号は「金色山」。
-
仁王門の両脇に安置された、歴史を感じさせる仁王像。
-
仁王門の天井には見事な天井絵が・・・これは、幕末期の地元の絵師・藤原善信と森田五水が描いた草木の花。
-
仁王門をくぐると「観音堂」・・・1794年に建立された観音堂は「無畏閣(むいかく)」とも呼ばれます。
-
1824年から1827年にかけて観音堂内陣の欄間彫刻や向拝が追加されました。
-
堂の内外に彫刻が飾られていますが、特に南面の向拝の彫刻は見事です。
(上の写真)右側に彫られた地獄
(下の写真)左側に彫られた極楽 -
これは西面の彫刻。
観音堂は、1952年に寄棟造の茅葺から宝形造の本瓦葺に変わりましたが、その後、柱の沈下や屋根のいたみ等が進んだため、2004年から2006年にかけて大規模な修復工事が行われ、これによって建立時の寄棟造の茅葺型銅版葺が復原しました。 -
北面の彫刻。
改修の際に、色の剥落が激しかった外面の彫刻も新たに彩色が施され、往時の姿が甦りました。 -
東面の彫刻。
-
鐘楼・・・梵鐘は1672年に鋳造されたもので、江戸時代は時鐘として朝夕近隣の村人に親しまれ、多摩地区では一番古い名鐘と言われます。
-
1695年に建立された本堂。
-
大悲願寺は真言宗豊山派なので、本堂の前には弘法大師像。
-
寺に伝わる「伊達政宗 白萩文書」・・・15世住持・秀雄は伊達政宗の末弟と言われ、その縁で当山を訪れた政宗は境内一面に咲く白萩に心を惹かれ、後日(1623年)、一株所望したいと書かれた書簡です。
-
本堂右手の寺務所に祀られている大黒天・・・1846年に作られた像です。
-
長屋門の前にある掲示板には『子供叱るな 来た道じゃ 年寄り笑うな 行く道じゃ』・・・同感です。
-
大悲願寺から武蔵五日市駅に戻り、檜原街道沿いを歩いて行きます。
レトロな感じの建物は、1912年創業の「イシヅカ写真館」・・・100年以上の老舗写真館です。 -
左側の建物は、「寿美屋」製麺工場・・・江戸時代に炭問屋を営んでいた寿美屋は、その片手間でそうめん作りを始め、以来150年・・・現在は蕎麦・ウドンなど麺類の製造・販売や蕎麦・懐石料理の「寿庵 忠左衛門」を手掛けています。
元々は炭問屋、だから「寿美屋」なのですね。
駐車場に面した蔵も、かなりの年代物。 -
寿美屋の店横の広場には、下町地蔵堂があります。
-
③ 恵比寿天 下町(しもちょう)地蔵堂
下町地蔵堂に祀られている子育地蔵尊の台石に刻まれた碑文よれば、「五日市村下町女人27人によって元禄12年(1699年)に造立された」とあります。 -
地蔵尊は女性や子供たち弱者の保護者として信奉されたましたが、ここの七福神は恵比寿天・・・朱印は近くの玉林寺で対応してくれます。
-
築130年の古民家・・・左半分は手ぬぐい専門店「きれ屋」、右半分はイタリアン レストランの「クィント」・・・取り合わせが面白いですね。
-
江戸時代より200有余年続く和菓子屋「桝屋」・・・秋川流域おやき発祥の店で、左側は不二家のケーキ店になっています。
-
明治時代に創業した「油屋旅館」・・・秋川牛など食事が好評の老舗旅館です。
-
このお堂は、吉祥天が祀られている上町地蔵堂。
ここから坂道を下りて玉林寺に向かいます。 -
④ 福禄寿 玉林寺(ぎょくりんじ)
1339年開創の玉林寺は、臨済宗建長寺派の古刹。
入り口左側に、達磨大師の小さな石像があります。 -
仁王像に護られた山門をくぐって境内へ。
-
境内の一角に祀られた福禄寿。
-
鐘楼。
-
石屋からの石の寄付がきっかけで、10年ほど前に造園した「枯山水」の庭園・・・近年作庭された枯山水としては、実に優美で造形が見事です。
-
閻魔堂。
-
閻魔堂内陣には閻魔様が。
-
1847年に建てられた本堂。
本堂内陣の格天井には、大悲願寺・仁王門の天井絵と同じく藤原善信が描いた48枚の天井絵があります。 -
綺麗に手入れされた植栽を見ながら涅槃門をくぐって墓地の方へ。
-
本堂裏の斜面地は墓地になっており、その最上部に日本一の達磨大師立像があります。
-
2013年に開眼した達磨大師像は、高さ:6m、重量:33トンの巨大なもの。
-
達磨大師像の右側には、京都・清水寺の森清範貫主の「円相」が彫られた記念碑があります。
-
⑤ 毘沙門天 番場地蔵堂
玉林寺裏手の墓地を上った所にあります。 -
堂内に祀られた毘沙門天。
-
まだ12時前ですが、5か所の七福神参拝を終えて、五日市ほうとうの「佐五兵衛」へ。
-
ほうとうは山梨県のイメージが強いですが、武田家滅亡後、武田家の家臣たちがこの地に移り住み、ほうとうを伝えたそうです。
評判の店なので、開店11時半の30分前から車で来て並んでいる人がいました。 -
あまり広くない店内には、メニューの張り紙がズラリ。
-
ほうとうは煮込みうどんのようなものなので、お酒を飲みながら待つこと15分・・・野菜やキノコたっぷりで猪豚入りの五日市ほうとうがテーブルに・・・ヘルシーで身体がポカポカ暖まりました。
-
佐五兵衛を出て沢戸橋を渡り、次の光巌寺に向かいます。
-
立派な門構えは明治17年創業の「野崎酒造」・・・建物は昭和初期の建築で、現当主は初代・野崎喜三郎から数えて五代目です。
今も昔ながらの手作業中心の少量生産で酒造りを行っており、地元で飲み続けられる「喜正(きしょう)」は、当主自らが杜氏を務めて作っています。 -
梅が咲く山村の古民家は、2018年にオープンした「あきる野さとやま 蕎麦処 小春日和」・・・本格手打ち蕎麦が楽しめる店です。
-
光厳寺は「寺坂」と呼ぶ急坂の上。
-
⑥ 布袋尊 光厳寺(こうごんじ)
臨済宗建長寺派の光巌寺は、東大寺の良弁僧正が当地に創建した慶雲寺が前身で、足利尊氏の命により足利基氏が改修・整備し、1334年に建長寺38世・正宗広智禅師を開山に迎えたと言われます。
南北朝動乱の際には、足利基氏が弥仁親王(後の北朝第四代・後光厳院)を当地に保護したことで、後光厳院より「光厳寺」の勅額を拝領し、寺号となりました。 -
山門を入った左手に露座で祀られた、にこやかで大きな布袋像。
-
鐘楼。
-
本堂は過去に何回か焼失し、明治36年再建の本堂は土蔵造りの珍しいものでしたが、1975年に改築されました。
-
山門の前には、都指定天然記念物「光厳寺のヤマザクラ」・・・4本のうち、最も大きいものは、幹周5.33mで、樹齢は400年以上と推定される巨樹・・・地元では「光厳寺の大桜」と呼ばれ親しまれています。
-
光厳寺からの下り道、東側には五日市の家並みが広がっています。
-
最後の寿老人が祀られている徳雲院を目指して檜原街道を歩き、十里木交差点に到着。
-
交差点を右折して秋川渓谷を見ながら落合橋を渡り、左に進みます。
-
地酒販売・野菜料理の「やまざき酒舗」・・・美味しい地酒の販売と、ミネラル栽培・無農薬野菜を使った季節感の味わえる野菜煮物料理の店。
ここでランチを、と思ったのですが、本日はお休みでした。 -
⑦ 寿老人 徳雲院
臨済宗建長寺派の寺院で、天文年間(1532~1555)中期頃の創立と推定され、光厳寺21世・雲英台東堂和尚が開山したと伝わります。 -
その後、当院12世・耕山和尚が昭和9年に住職に就くまでは無住の時が多かったそうです。
禅の指導に努めた耕山和尚ですが、昭和41年に建てられた座禅堂での水曜座禅会は今も続いています。 -
当院は秋川の支流・養沢川の畔にあり、春は100本を超える紅白の梅で境内が埋め尽くされ、梅雨時にはホタルが乱舞し、夏の蝉の声や秋の虫の音など、四季折々の自然が体感できるスポットでもあります。
-
鐘楼。
-
本堂。
-
慈母観世音像。
-
墓地の奥には釈迦如来像。
-
墓地のそばにあるお堂に納められた寿老人の像に参拝して、今日の七福神めぐりは終了・・・上り坂が多い約13kmのコースでしたが、初めて歩いた五日市の町は見どころも多く、季節を変えてまた来たいと思いながら、十里木バス停からバスで帰りました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
80