2023/01/04 - 2023/01/04
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ペコちゃんさん
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東京の日本橋~人形町に祀られている七福神を巡拝する「日本橋七福神めぐり」は、多くの「七福神めぐり」と違って全てが神社・・・さすが日本橋は都心の中の都心、ビルに囲まれた小さな神社が殆どですが、それぞれに歴史があり、地元の人達にとって大切な神社であることが感じられる、由緒ある神社ばかりです。
また、「日本で一番短い時間で巡拝できる」と言われ、高齢者にとっても回りやすい有難い七福神めぐりなので、仲間10名で出かけました。
巡拝後は、久し振りに銀座の街並を散策し、新春の一日を楽しみました。
写真は「GINZA SIX」の屋上から見た日比谷方面の景観・・・右から「東京ミッドタウン日比谷」「東京宝塚ビル」「帝国ホテルインペリアルタワー」。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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日本橋七福神めぐりは、どの神社からでも回れますが、今回は《 笠間稲荷神社 ⇒ 末廣神社 ⇒ 松島神社 ⇒ 水天宮 ⇒ 茶ノ木神社 ⇒ 小網神社 ⇒ 椙森神社 》の順に回ります。
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10時半前に都営新宿線・浜町駅に到着。
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地上に出ると、明治座のビルが・・・歌舞伎や新派の殿堂だった明治座は明治6年に創建され、東京大空襲で焼失した後も再建されましたが、1993年に再開発で高層ビルに生まれ変わりました。
かつて、この劇場で大川橋蔵の『銭形平次』や村上弘明の『佐々木小次郎』を観たことを思い出します。 -
1月の公演は、ミュージカル『チェーザレ』。
この『チェーザレ 破壊の創造者』は、今年150周年を迎える明治座が「日本オリジナルのミュージカルをつくりたい」と企画し、初めてオーケストラピットで生演奏することでも話題の超大作です。(当初は2020年に上演予定でしたが、新型コロナの感染拡大で中止となり、2023年にやっと上演されることになりました。) -
チェーザレの原作は、2005年から2021年まで『モーニング』(講談社)で連載された歴史大河コミックで、累計発行部数は140万部以上。
チェーザレ・ボルジアは、ルネッサンス期にイタリア統一の野望を抱いた権力者ですが、ミュージカルではキリスト教の最高位である教皇の座を巡る派閥争いの中で、父ロドリーゴ・ボルジアを教皇の座につかせ、さらに自らの理想実現のため、戦いに身を投じていく若き日のチェーザレの姿を描いています。 -
明治座の向かいの緑道入口にある「明治観音堂」・・・昭和20年3月、東京大空襲で隅田川に向かって火から逃れようとした人々の上に爆弾が落とされたため、亡くなった多くの犠牲者の冥福を祈って、昭和25年に建てられました。
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① 笠間稲荷神社(寿老神)
日本三大稲荷のひとつ、茨城県・笠間稲荷神社の東京別社で、江戸時代末期に笠間藩主・牧野貞直が建立しました。
東京大空襲の後、昭和33年に再建されています。 -
ここは稲荷神社なので、お狐様も祀られています。
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② 末廣神社(毘沙門天)
末廣の名は、1675年に社殿を修復した際、本殿から中啓(末廣扇)が出たことに因んでつけられました。
現在の吉原は浅草の北側にありますが、江戸時代の初めは人形町辺りにあり、末廣神社は吉原の氏神様でした。 -
ここに祀られているのは毘沙門様・・・多聞天の異名を持つ毘沙門天は、世界の守護神であり、また福徳を授ける神ともされています。
また、日本独自の信仰として七福神の一尊とされ、特に勝負事に利益ありとして崇められています。 -
境内の椎の木の根元にある「満願成就 末廣徳の石」・・・石の上に財(お金)を置き、願いを込めた財を持っていると徳運が貯まり、使っても徳運が広がるそうです。
その右にあるのは、江戸町火消し「は組」の碑・・・火災や災害の多かった当時の江戸の人々の火伏せ・災難除けを願う神への崇敬心の深さが伺われます。 -
参拝を終えて、頂いたお神酒で身も心も温かくなりました。
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③ 松島神社(大国神)
昔、この辺りは入り江の小島で、鎌倉時代に柴田家の祖先が下総の国からこの小島に移り住み、邸内に諸神を勧請したと言われ、島内が松樹鬱蒼としていたことから松島稲荷大明神と称されました。
社殿は境内に建てられたビルの一角にあります。 -
大国神を祀る松島神社は、11月の酉の市に熊手市も出るので、店の繁栄を願う商店主の人達で大変賑わいます。
松島神社のご利益は何と言っても商売繁盛で、大国さまは富と財力を与える福の神、しっかりとお詣りして行きましょう。 -
若者はレンタサイクルで軽快に七福神めぐり。
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④ 水天宮・仮宮(弁財天)
弁財天を祀る水天宮は、久留米市にある久留米水天宮の分社・・・1818年に久留米藩主・有馬頼徳が、三田の久留米藩江戸上屋敷に分霊を勧請したのが江戸の水天宮の始まりで、1872年に現在の蛎殻町に移転しました。 -
江戸鎮座200年記念事業として2013年から社殿の建て替えが行われ、2016年に完成・・・手前の6階建てのビルと左側の社殿を見ると、「大きなコンクリートの箱」のような趣で神社らしい雰囲気はあまりないのですが、境内を含めて免震構造で設計され、まさに都市型の神社。
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6階建てのビルに造られた「参道入口」から階段を登り、鳥居をくぐって2階の境内に向かいます。
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階段の途中にある、右大臣・左大臣の随身像・・・綺麗な装飾が施された姿は、美術館の展示品のような感じですが、このビルを随神門に見立てているのでしょうか。
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階段を登りきった所に鎮座する狛犬・・・胸筋と前足のインパクトが凄い!
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正面に社殿、左側にあるのが宝生弁財天の社。
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弁財天は水と芸術と学問を司る神様・・・七福神の中で 唯一の女神です。
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水天宮は江戸の時代より、安産・子授けの神として人々から厚い信仰を集め、現在も安産や子授かりの願掛けや無事出産のお礼参りなどで、人並みが途絶えることがありません。
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これは初孫の安産祈願の時に撮った旧社殿と境内の写真。
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人形町に来たら、外せないのが重盛永信堂の人形焼。
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仲間の皆さんも並んでお土産にゲット。
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⑤ 茶ノ木神社(布袋尊)
昭和60年に布袋尊を合祀して「日本橋七福神」に加わりました。 -
かつて、この地は下総佐倉の城主大老・掘田家の中屋敷で、この神社は守護神として祀られたものです。
社の周囲に茶の木が植えられていたことから「お茶ノ木様」と呼ばれ、茶ノ木神社の由来になったそうです。 -
神社の隣は高層ビル。
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⑥ 小網神社(福禄寿・弁財天)
神社の創建年代は不詳ですが、開基は恵心僧都(942~1017)・・・パワースポットとしてメディアで紹介された関係で、参拝の行列が凄い。 -
「強運厄除の神様」になったのは、戦時中、周りが空襲で焼けたのに小網神社だけは無傷だったことや、ここのお札を頂いて戦地へ行った人が全員無事に戻ってきたこと等から、強運のパワースポットと言われています。
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現社殿は昭和4年に建立された建物・・・東京大空襲を免れ、日本橋地区では唯一の木造檜造りの神社です。
社殿手前の右の建物は五角形の面をもつ神楽殿で、境内にある「銭洗いの井」で小さなカゴに金銭(紙幣もOK)を入れて清め、財布に入れておくことで財運を授かるそうで、「東京銭洗い弁天」と呼ばれています。 -
人形町に向かう途中にある「日本橋小学校」・・・平成2年に十思小学校(明治10年創立)と東華小学校(明治34年創立)を統合し、東華小学校校舎に中央区立日本橋小学校として発足しました。
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2009年に設置された人形町通の「からくり時計<町火消し>」・・・正午から夜7時まで、1時間ごとに仕掛けが動いて人形が現れ、道行く人を楽しませてくれます。
昼食の後、最後の椙森神社へ。 -
⑦ 椙森(すぎのもり)神社(恵比寿神)
社伝によれば平安時代に平将門の乱を鎮定するために、藤原秀郷が戦勝祈願をした所と言われています。 -
室町中期には、江戸城を築いた太田道灌(1432~1486)が雨乞い祈願のために、山城国伏見稲荷の伍社の神を勧請して厚く信仰しました。
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旧社殿は関東大震災で全焼しましたが、現在の社殿は昭和6年に耐震構造の鉄筋入りで再建されたことで、東京大空襲の難も逃れることが出来ました。
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この神社の周りも高層ビル。
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以上で七福神の巡拝も目出度く終了。
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小伝馬町まで歩き、「十思(じっし)公園」へ。
江戸時代、この辺り一帯は伝馬町牢屋敷であったことから、公園内には処刑の合図となった「石町(こくちょう)時の鐘」があります。 -
最初は江戸城に置かれていた江戸時代の時の鐘は、1626年に日本橋の石町に移されて鐘楼堂も建てられましたが火災で焼失し、現在の時の鐘は1711年に作られた物です。
『石町は 江戸を寝せたり 起こしたり』(時の鐘を読んだ川柳)
1930年に十思公園に移された「石町時の鐘」は、現在は大晦日のみ鐘が撞かれます。 -
この地で処刑された吉田松陰・・・松蔭直筆の辞世の句の石碑と、吉田松陰終焉の地の石碑が並んでいます。
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杵屋勝三郎歴代記念碑・・・杵屋勝三郎は、長唄三味線方・杵勝会家元の名跡で、現在は八代目。
二代目(1820~1896)が十思公園に近い馬喰町に住んでいた縁で建てられた碑です。 -
十思公園の向かいにある「見延別院」・・・この辺りは、徳川三百年に亘って小伝馬町牢屋として怖れられていた場所・・・明治になって牢屋は取り壊され放棄されていましたが、ここへ法華の道場を建立して獄死者・刑死者の菩提を弔うべく、1883年に建てられた寺院です。
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その後、関東大震災によって焼失しましたが、1929年に再建された以降も獄死者・刑死者の霊を慰め続けてきました。
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境内に祀られた「油かけ大黒天」・・・全国でも10体ほどしか存在しない、珍しい大黒様です。
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柄杓で頭から大黒様に油をかけますが、足元には油が溜まっており、柄杓も大黒さまも、ギトギト。
なぜこんな変わった大黒天が生まれたかというと、その昔、道端にあった大黒天の石像に、通りがかりの油売りが水をかけようとした際に、誤って売り物の油をかけました。
しかしそれ以降、なぜか商売は大繁昌し、彼にあやかろうと多くの人々が大黒天に油をかけだした、というエピソードがきっかけだそうです。(諸説あり) -
仲間との七福神めぐりも終わり、京橋から銀ブラのスタート。
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煉瓦銀座之碑・・・明治5年に大火で全焼した銀座の不燃化が計画され、2階建ての銀座煉瓦街は街路樹の柳と共に銀座の名物となりましたが、煉瓦街も柳も街の発展とともに姿を消しました。
その後、煉瓦が発掘されたのを契機に、1956年にこの記念碑が建てられ、碑のそばには明治7年のガス燈の実物が復元されています。 -
首都高のガードをくぐった所にあるポリスミュージアム「警察博物館」・・・日本警察の始まりから現代までの歴史的な資料を展示し、現在の警視庁の活動について紹介する博物館です。
今日は休館日ですが、一度見学してみたいですね。 -
警察博物館の向かい、かつて京橋川に架かっていた京橋の橋のたもとの辺りには、ジュウガツザクラ(冬桜)が咲いています・・・この時期に、東京のど真ん中で桜が見れるとは!
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再び首都高のガードをくぐった所にある警視庁・築地警察署の「銀座一丁目交番」・・・屋根のデザインは、京橋のたもとにあったガス灯をイメージしたもので、地元の昔の面影を残しています。
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交番の左側にある「京橋の親柱」・・・1603年に架けられた京橋は、日本橋・新橋と共に、擬宝珠(欄干柱頭部の宝珠形装飾)が付いた格式高い橋でした。
明治5年の銀座大火の後、8年に石造アーチ橋となり、昭和38年から同40年の京橋川埋立工事に伴う撤去まで使用されました。
詩人・佐々木支陰による親柱の橋名「きやうはし」・・・「きようばし」と濁らないのは、川が濁らないようにという願いからだそうです。 -
銀座一丁目から四丁目の方に歩いて行きます。
先ず目に入ったビルは、2014年にオープンした12階建ての「KIRARITO GINZA」・・・この商業施設のコンセプトは、ブリリアント ライフ ステージ・・・結婚式場やジュエリーショップなど輝きのあるアイテム・サービス・空間を提供する施設です。
キラキラと輝く外観は、ダイヤモンドのブリリアントカットがモチーフで、時間とともに光の反射で表情を変えるデザインになっています。
8階のレストランフロアには「鼎泰豐」も出店しています。 -
裏通りに回ると、レトロな「奥野ビル」・・・本館と新館が連結した奥野ビルは、1932年に左側の本館が竣工、1934年に右側の新館が完成し、外観や内装は今も当時のまま残されています。
かつてこの場所にあった工場が1923年の関東大震災で倒壊したため、オーナーの奥野さんは工場を大井町に移し、ここに賃貸アパートを建て、銀奥野ビルは座屈指の高級アパートとなりました。 -
ビルに入ると、昭和初期にタイムスリップしたような錯覚が・・・各居室は約3.5坪程度のワンルームで、現在は20軒ほどのギャラリーやアンティークショップが入り、レトロなアートビルとして人気が高まっています。
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民間の住居では日本初のエレベーターを設置・・・手動式ですが、まだまだ現役。
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日本最大級の文房具店「伊東屋」・・・1904年の創業で、2015年に改築された銀座新本店は、地下1階・地上12階。
専門店ならではの品揃えで、見るだけでも楽しめます。 -
1階はグリーティングカードや季節商品がズラリ・・・左側にはテイクアウトのドリンクバーを併設。
文具売り場がメインですが、カフェやビジネスラウンジ、多目的ホールもあります。 -
銀座二丁目交差点の近くにある「ティファニー銀座本店」・・・昔、ニューヨークの本店に行ったことを思い出します。
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ティファニー銀座本店前の歩道にある「銀座発祥の地 銀座役所跡」の記念碑・・・江戸時代初期の1612年、ここに銀貨幣を造る銀座役所(銀貨幣鋳造所)が置かれたことが、今日の銀座の始まりです。
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イタリア語で “ ヘビ ” を意味する「セルペンティ」が巻き付く11階建の「ブルガリ銀座タワー」・・・高級ジュエリーや時計・アクセサリー・香水などを取り扱う世界最大のブルガリ ストアで、レストラン・ラウンジバーなどもあります。
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その隣にある「ルイ ヴィトン」・・・初売りでしょうか、コロナによる入場制限でしょうか、行列が出来ています。
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ヴィトンの向かいは、2004年にオープンした10階建ての「シャネル銀座」・・・もともとは「銀座カネボウビル」があった場所です。
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銀座に来たら木村家のアンパンは必須。
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1日約30万個の袋パンを製造する木村家は1869年の創業・・・ここ銀座本店では7・8階にある工場で焼いたパンを1階で販売しているので、店内はいつも大混雑。
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銀座三越の裏通りにある「朝日稲荷神社」・・・大広朝日ビルの一角にあり、建物の1階・2階の吹き抜け部分に拝殿があり、本殿はビルの屋上にあります。
拝殿の上部に本殿まで繋がるパイプが設けられ、拝殿の音が本殿へ届くようになっています。 -
銀座のど真ん中に鎮座する小さなお稲荷様・・・古くより当地に鎮座していましたが、1855年の安政江戸大地震で倒壊し、大正時代になって再建されました。
ビルの建て替えにあたり、1階に拝殿、屋上に本殿というユニークな形になり、多くの道行く人がお参りしますが、屋上の本殿も一般開放されています。 -
拝殿の左手にあるエレベーターで屋上へ・・・案内パネルにも1階が拝殿、屋上が本殿と書かれています。
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エレベーターから階段を上り、屋上に出ると、本殿が確かにあります。
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朱色の鳥居と本殿・・・1983年に現在のビルを建築する際に「神社には青空が必要」として、1階の拝殿と屋上の本殿に分けられる形となりました。
拝殿と本殿はパイプで繋がっているので、本殿も大地に繋がるという仕組みです。 -
2016年にオープンした銀座四丁目交差点にある「GINZA PLACE」・・・伝統工芸の「FRETWORK(透かし彫り)」の技法をイメージしたファサードが銀座の街並みと調和しています。
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1階は旧ビルの時もあった日産のショールーム。
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正月飾りと新車が新春を演出しています。
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2017年に竣工した「GINZA SIX」・・・地下6階・地上13階建ての建物は、銀座エリアで最大規模で、商業店舗やオフィスのほか文化・交流施設として「観世能楽堂」が地下3階にあります。
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13階にある屋上庭園は、約1,200坪という銀座一の広さを誇る回廊式庭園・・・外周からは銀座の街並みを眺めることが出来ます。
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中央の水盤・芝生エリアは、何とスケートリンクに・・・12~1月は樹脂を使用したリンクに変身しています。
氷ではなく、電気も使用していないリンクなので、エコ・・・服も濡れないので、子供も安心して滑ることが出来るスケートリンクです。 -
リンクの脇の芝生エリアには、ドームテントコーナーも・・・誰でも無料で利用でき、飲食もOK!
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外周から都心の素晴らしい眺望を楽しみます。
右の高層ビルは、2018年にオープンした35階建ての「東京ミッドタウン日比谷」。
中央の塔があるビルは、東京宝塚劇場を建て替えて2000年に竣工した「東京宝塚ビル」。
左は1983年に竣工した、31階建の「帝国ホテルインペリアルタワー」。 -
右の高層ビルは、2003年に竣工した40階建ての「汐留シオサイト・シティセンター」。
左は、2005年に開業した25階建ての「三井ガーデンホテル銀座プレミア」。 -
電源開発本社ビルの鉄塔と、その右の茶色いビルは「国立がんセンター中央病院」。
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庭園内には、カワヅザクラ・エドヒガン・オオシマザクラなど開花の時期が違う桜が植えられており、この時期はジュウガツザクラが咲いています。
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かく護稲荷神社・・・1815年に京都の伏見稲荷から勧請して江戸の根岸の里に奉安され、1929年に松坂屋・銀座店屋上に分霊を遷座、2017年の「GINZA SIX」オープンと共に改めて屋上に復活。
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2013年に竣工した29階建の「歌舞伎座タワー」。
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左の高層ビルは、 2023年3月10日にグランドオープンする45階建ての「東京ミッドタウン八重洲」・・・「中央区立城東小学校」「ブルガリ ホテル 東京」などの入居で話題になったビルです。
中央のビルは「東洋インキグループ本社ビル」、右端にスカイツリーも見えます。 -
GINZA SIZの6階は、カルチュア・コンビニエンス・クラブが運営する「銀座 蔦屋書店」・・・木目を基調とした店内には、アートブックを中心に、写真・建築・ファッション・日本文化などの書籍・雑誌など、約6万冊が揃っています。
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商業エリアの中心には、4層吹き抜けのアトリウム。
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2021年にオープンした「ルイ・ヴィトン 銀座並木通り店」・・・ここにも行列。
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1878年(明治11年)に創立した泰明小学校・・・関東大震災で焼失後、1929年に再建された校舎は今も現役です。
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小学校のそばにある「銀座の柳 二世」・・・大規模な道路工事に伴って昭和43年に姿を消した銀座の柳は日野市に移植され、3本が生き残っていました。
地元の有志がそこから50本の枝を譲り受けて自宅の庭で育て、銀座の十数ヶ所に植えましたが、その1本がここにあります。 -
元気に育つ「銀座の柳 二世」。
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銀座散策の最後は、数寄屋橋交差点に位置する11階建の「東急プラザ銀座」・・・旧東芝ビルの跡地に2016年に建てられた新しいビルは、伝統工芸の江戸切子をモチーフとしたファサードが人目を惹く、銀座の新たなランドマークになっています。
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屋上にある無料休憩スポット「KIRIKO TERRACE(キリコテラス)」・・・こちらは「グリーンサイド」で、銀座の真ん中にある、緑あふれるオアシスといった感じです。
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「GINZA SIX」と同様、眺望も素晴らしい。
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こちらは水をテーマにした「ウォーターサイド」・・・もちろん泳げるわけではないのですが、都会にいながらプチリゾート気分が味わえる場所です。
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間近に迫ってくる「東京ミッドタウン日比谷」と「東京宝塚ビル」。
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皇居の伏見櫓も見えます。
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銀座四丁目方面の眺望。
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6階は「ZUKAN MUSEUM GINZA」・・・『小学館の図鑑 NEO』シリーズをデジタル技術によって、図鑑の中に体ごと入って “ 読む ” のではなく “ 体感 ” できるという新しい体験型の施設です。
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1953年の開店以来、銀座の地で長年愛されてきた「不二家数寄屋橋店」・・・日々進化する銀座の街で、このような店が続いていることに安堵感を覚えながら帰路に着きました。
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