2023/01/22 - 2023/01/22
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gianiさん
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島根県立古代出雲歴史博物館で学びつつ、神話から出雲を読み解きます。伊勢神宮の天照大神の出雲で立ち位置なども実地検証。日の沈む国出雲の謎を解きます。
- 旅行の満足度
- 5.0
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出雲大社
天照大神と弟の須佐之男命(すさのおのみこと 素戔嗚尊とも表記)は祭神ではありませんが、大きく関係しています。
祭神大国主命が、国を譲る条件として天照大神から与えられた住居が出雲大社です。
出雲大社という名称は1871年に初めて採用されました。日本書紀には「天日隅宮」と表記され、陽の沈む聖地と認識されています。 -
神仏習合と祭神のすげ替え
6世紀に仏教が伝来すると、神道と仏教は多くの面で融合し、大国主命と仏神の大黒天が同一視されるようになります。
武家政権下では仏寺勢力が優勢になり、出雲大社は鰐淵寺(天台宗)の管理下に置かれ、祭神は須佐之男命に変更されます。この状態は、元禄年間に再度独立するまで続きました。 -
国学と純粋主義
江戸時代後期に神仏を集合させる日本人気質にNo!を唱えたのが、本居宣長をはじめとする国学者です。殊に日本史に紛れ込んだ仏教思想をクリーニングし、古事記日本書紀に立ち返って「あるべき姿」へ戻そうとしました。必然的に皇室の正統性、至上性が強調され、幕末の尊王運動、王政復古の下地となります。 -
歴史教育
明治6年に学制が発布され、歴史教育は天照大神の下りから始まります。冒頭では天皇陛下の始祖、天界の太陽神で伊勢神宮に祀られる云々と書かれています。神代は神話ではなく、歴史的事実として扱われました。 -
ヤマタノオロチ退治伝説
尋常小学校の歴史の教科書でも扱われた内容です。一時期出雲大社の祭神にもなったスサノヲは、出雲と大社ゆかりの神様です。
元々は、きょうだいの天照大神と共に天高原(天界)で暮らしていましたが、父の怒りを買って追放され、斐伊川源流の船通山に降り立ちます(地上=葦原中国)。しばらく歩くと老夫婦と末娘に出会い、大蛇ヤマタノオロチに生贄として差し出される運命のクシナダヒメを救うべく退治します。尾を切った際に現れた刀は天照大神に献上され、三種の神器の一つとなります。 -
ヤマタノオロチ伝説は、三種の神器の由来として肝要でした。スサノヲとクシナダヒメは結ばれて、根の国に住み着きました(現在の須賀神社)。
古事記によると、大国主命はスサノヲの6代の孫とされます。大国主神話では、根の国でスサノヲから様々な試練を受ける立場になります。それを救ったのがスサノヲの娘で、大国主命の正妻になったスセリビメです。 -
出雲大社から路線バスで日御碕(ひのみさき)神社へ向かいます。
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境内
天照大神を祀る日沉(ひしずみ)宮(黄色:下の宮)と、スサノヲミコトを祀る神の宮(水色:上の宮)と、から成ります。地上から神の宮の背後に続く丘は、隠ヶ丘(青色)と呼ばれます。 -
早速、楼門を潜って境内へ。
現在の境内の建物は、徳川家光の命で松江藩主松平直政が造営したもので、1644年築で国の重文指定です。日御碕神社 寺・神社・教会
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隠ヶ丘
境内の階段を延々と上ると、そこは隠ヶ丘。
スサノヲノミコトが熊成の峰に登り、「私の神魂はこの柏葉が止まった所に住もう」と、柏葉を投げて落ちた先が此処です。5世の孫のアメノフキネノミコトが、スサノヲを祀ったのが始まりです。現在は写真のように稲荷神社などが鎮座。隠ヶ丘 名所・史跡
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神の宮(上の宮)
第3代の安寧天皇が治世の13年目(BC.536年)に、勅命で隠ヶ丘から現在地へ遷座されました。 -
経島(ふみしま)
日御碕神社の西方100mに浮かぶ小島。上記のアメノフキネノミコトが島へ渡った際に天照大神が降臨し、「私は天下の国民に恵みを与えるので、速やかに私を祀るように」という指示を実行したのが起源です。経島 自然・景勝地
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日沉(ひしずみ)宮
946年に村上天皇の勅命で、経島から上の宮の横の現在地に遷座。と同時に、日御碕神社の主祭神は、スサノヲから天照大神に代わって現在に至ります。 -
宮司
アメノフキネノミコトの神裔とされる小野氏が代々務めます。出雲大社の千家・北島家と並び、神職で華族に列せられた14家の一つです。 -
神社の由緒によると、日沉宮という名前は天平7年(735年・聖武天皇)の勅令に拠ります。伊勢神宮が日本の昼を守るのに対し、日御碕神社は日本の夜を守るという通達です。
※経島は神域なので、8/7に神官が祭事で訪れる以外は禁制です。現在はアメノフキネノミコトを祀る経島神社となっています。 -
位置関係
太陽神の天照大神を祀る伊勢神宮と日御碕神社を線でつなぐと、天照大神を始祖とする天皇家が暮らす都がライン上にプロットされます。日の出と日没に挟まれ、昼の世界も夜の世界も護られている姿が浮かび上がります。 -
上記のこともあって、県内隋一の夕日スポットとされます。写真は、神社西に位置する漁港。日の短い冬は、だいぶ南側に陽が沈みます。日御碕で夕陽を堪能するのは、北寄りに陽が沈む夏至に近い頃の方がしっくりするようです。
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海岸には遊歩道が整備されています。
日御碕遊歩道 名所・史跡
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柱状節理
五角形・六角形の柱状に風化・剥離が進みます。 -
実は、崖の上を歩いています。
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海鳴りの音が、冬の日本海を感じさせます。視界の先には、国引き神話に出て来る新羅が、、、
日御碕海岸 自然・景勝地
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出雲松島
北側の海岸は、松島に例えられています。出雲松島 自然・景勝地
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おまけ
冬は夕日が南寄りに沈むので、奉納山から稲佐の浜を見下ろすと、バッチリ日没をゲットできます。参考までに。奉納山公園 名所・史跡
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