2022/10/26 - 2022/10/26
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10月下旬、1泊2日で信州・秩父を家内と一緒にドライブ旅行しました。東京→諏訪→石和(泊)→恵林寺→三峰神社→東京の約600kmの行程です。この旅行記では、前編(https://4travel.jp/travelogue/11793032)に続いて旅後半に見学した恵林寺と三峯神社を中心に紹介します。
恵林寺は鎌倉時代の元徳2年(1330)に開山された古刹で、甲斐武田家の菩提寺。天正10年(1582)に武田氏滅亡後に信長軍に攻められて焼き討ちにあった際、快川国師が燃え盛る三門の上で「安禅必ずしも山水を須いず、心頭を滅却すれば火も自ずから涼し」と発して火定した場所。
三峰神社は日本武尊が伊弉諾尊と伊弉冉尊を祀ったのが始まりと伝えられる長い歴史を有するわが国有数の神社。以前から訪れたいと思っていましたが、いずれも山中の不便な場所にあることもあって、機会がありませんでした。今回のドライブ旅行が初めての訪問です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
10月26日
石和温泉の宿を出発して恵林寺に向かう途中の道端に、農家が運営する店がありました。新鮮で美味しいリンゴやブドウが売られているようです。
家内が店を覗きに出かけましたが、程なく戻ってきました。「新鮮そうなリンゴがあったけど、値段が高い。自宅近くのスーパーよりも高い、ダメ」とのことです。果物産地で売られているからと言って、必ずしもお買い得という訳ではないようです。購入を見送って先に進みます。JAフルーツ山梨フルーツ直売所八幡店 お土産屋・直売所・特産品
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恵林寺に到着しました。専用駐車場(無料)に車を停めて、見学開始です。
恵林寺 寺・神社・教会
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乾徳山恵林寺の由緒説明板がありました。「恵林寺は武田家の菩提寺で信玄公の墓があること、江戸時代に老中として活躍した柳沢吉保の墓があり木像が保存されていること」、などが記載されています。
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恵林寺の主要部を拝観料(大人500¥)を払って、見学させて頂けるようです。
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本堂に向かう途中に「昭和天皇御手播きの檜」がありました。昭和天皇が昭和25年4月4日に甲府市で行われた第一回全国植樹祭で播かれた種から成長した檜です。
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種を蒔いてから約70年、幹直径1mほどの大樹に成長しています。
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本堂入り口です。
内部拝観への入り口は、右手にありました。 -
拝観者入り口。拝観券の自動販売機が設置されています。
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500¥を払って拝観券を入手し、ボックスに入れてから建物内を進むと受付があります。受付で恵林寺の説明パンフレットを頂けます。
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セルフガイドで矢印に従って、内部の見学を行います。
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「禅定閣」と書かれた扁額が掲げられている部屋、祈りの場のようです。
恵林寺 寺・神社・教会
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太鼓橋のような渡り廊下を先に進みます。この先は写真撮影禁止です。
うぐいす廊下、武田家の歴代当主の位牌が安置された部屋、暗闇を巡る「冥歩禅」、武田不動尊を祀った部屋などがありました。 -
武田不動尊は信玄公を模した生き不動、と伝えられています。この武田不動尊は恵林寺案内パンフレットに掲載されていた写真のコピー。
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案内表示に従って進むと、柳沢吉保公夫妻の墓所がありました。墓域に入れる訳ではなく、遠方からの見学です。
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柳沢吉保は五代将軍綱吉の側近で大老格の地位にあり、甲府15万石の領主でもありました。山梨県で武田信玄に次ぐ人物として知られていることから、柳沢吉保夫妻の墓所は甲府市の指定文化財となった、といったことが書かれています。
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柳沢吉保(1659-1714)の座像があります。正徳元年(1711)に制作され、信玄公菩提寺の恵林寺に奉納された等身大の木像です。彩色劣化がありますが、吉保公の生前の面影が良く表されているとのことです。
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恵林寺の庭園は、国指定名勝に登録されています。鎌倉時代からあった庭園が江戸時代初期に改修され、今日までそのままの形態で保存されているそうです。
恵林寺庭園 公園・植物園
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島や飛び石を配した池を中心として、周辺に自然石、岩場、滝、後方に松、紅葉、桜などの樹木がある美しい日本庭園です。
回廊に椅子席が設けられていました。椅子に座って、じっくりと庭園を鑑賞する方も多いようです。拝観コースの目玉スポットです。 -
拝観コース出発点に戻ってきました。恵林寺関連グッズやお土産品が売られています。
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拝観コース出発点に、「信玄公墓所は、月命日の12日のみの公開」と表示がありました。拝観開始時に見落としていました。
道理で、案内に従って進んでも信玄公墓所に行きつかなかった訳です。残念ながら、止むを得ません。 -
拝観コースの巡回を終えました。次いで、コースに含まれていない個所の寺院境内を見学します。
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境内の奥まった場所に「大小切騒動と殉難の碑」がありました。説明版に因れば、「大小切騒動とは武田信玄公以来甲州だけで用いられていた大小切税法を、明治新政府が税制統一のために廃止しようとしたことが発端で甲州の農民が起こした騒動。この騒動で3772名が処罰され、指導者2名が死刑となった」とのこと。
一般的にはあまり知られていない史実ですが、甲州の方々にとって忘れがたい事件だろうと思います。 -
木立の中、参道沿いに石灯篭が並んでいます。
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大きな黒っぽい石がありました。
「天正時代 三門の礎石」と書かれた立て札が、快川国師が信長軍の焼き討ちにあって火定された三門礎石の現物であることを教えてくれます。 -
快川国師の墓所。
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現在の三門、焼失以前の形態を保って再建されていると思われます。快川国師が放った有名な言葉「安禅不必須山水 滅却心頭火自涼」が門に書かれています。
「三門」とは、涅槃に入るための三解脱門のことで、空門、無相門、無願門を表しているそうです。 -
恵林寺では三門(山梨県指定文化財)が有名ですが、それ以上に重要と見做されているのが「四脚門(国重要文化財)」のようです。
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三門の南側、恵林寺境内入り口に建っている丹塗りの四脚門。三門と同様に信長軍によって焼かれましたが、慶長11年(1606)に徳川家康によって再建されています。桃山様式が忠実に引き継がれている門で、国の重要文化財に指定されています。
見た感じは新しく、再建から400年以上経っているようには見えません。恐らく、修復が定期的に行われているのでしょう。 -
四脚門を通して眺めた三門。恵林寺を象徴する光景です。
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恵林寺を後にして、140号線を北上し、三峯神社に向かいます。これは途中にあった広瀬湖。駐車場付きの小さな公園がありました。
景観が良さそうなので、小休止して、付近を歩いてみます。 -
一部の樹木で紅葉が始まっていますが、他の木々の葉はまだ緑色です。1週間程すれば、紅葉真っ盛りでしょう。
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広瀬湖のダムは遊歩道として開放されており、湖および笛吹川の下流の景色を楽しめました。景観良好です。
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広瀬湖北側にある道の駅「みとみ」、立ち寄ってみました。
道の駅 みとみ 道の駅
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葡萄やリンゴなど新鮮な果物が売られています。シャインマスカットを購入しました。家内コメント「価格は自宅付近のスーパと似ているけど鮮度が良さそう・・」とのこと。
帰宅後に食べてみると、甘くておいしいシャインマスカットでした。「道の駅」で売られている現地の産物、当たりが多いように思います。 -
さらに車を進めます。山中を走っている140号線、湖、渓谷、橋が次々と現れます。混んでいないし、景観も良好。
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三峯神社の駐車場に到着しました。
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1日分の駐車料金、520\です。
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平日でしたが、駐車場には車でほぼ一杯。空きスペースを探して、駐車しました。
紅葉が見頃の休日や週末は、相当な混雑が予想されます。 -
駐車場から神社に向かいます。標高が約1000mと高いためか、木々の紅葉が進んでいます。
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境内入口にある三峯神社の三ツ鳥居。明神鳥居の両脇に、小さな二つの鳥居が組みあったユニークな鳥居です。
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鳥居前には狛犬でなく、狛狼が安置されています。台座に「神徳」とあります。
江戸時代、秩父山中に住む狼を猪などから農作物を護るため「お犬様」として人々が崇めるようになり、これが発展して狼が盗賊や災難から守る神として崇拝されるようになった、ことに由来するそうです。 -
向かい側の狛狼の台座には「無邊」。
「神徳無邊」とは、「神は人の敬いによって威を増し、人は神の徳によって運を添ふ」の意味ですが、一般人には容易に理解できない難しい用語です。 -
鳥居に「三峯神社」と書かれた扁額が掲げられています。
神社の正式名称が「三峯神社」、山や地名名称が「三峰」のようですが、一般的には「峯」と「峰」が気にすることなく混用されています。 -
鳥居をくぐって参道を進むと、両側に石碑が並んでいます。石碑に、「檜苗一万本」、寄進者名などが刻まれ、三峯神社に寄進された方々の記念碑であることが分かります。石碑の数が多いことにも驚かされます。
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随身門です。門の扁額には「三峯山」、門前の石柱には「三峰神社」と書かれています。「峯」と「峰」の使い分け、どうなっているのでしょうか?
三峯神社 寺・神社・教会
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随身門前の狛狼。
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逆側の狛狼。
台座石には「三峰山」と書かれています。山や場所を表す場合は、概して「三峰」が使われているように思われます。 -
門の扁額は「三峯山」です。
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門に掲げられている灯、造りに芸術性が感じられます。
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随身門を通り抜けて進みます。同様式の石灯篭が並んでいます。
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八棟木灯台は、安政4年(1857)建立の飾り灯台で高さ6mあります。灯台彫刻と彩色が華麗です。
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八棟木灯台の向かい側にある手水舎も同様に豪華絢爛。
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逆側から眺めた八棟木灯台。木彫や装飾金具に繊細な加工が施されている絶品の芸術品です。国の重要文化財に相当すると思いますが、立て札には記載がありません。
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三峯神社の拝殿、こちらも豪華賢覧。日光東照宮の陽明門(国宝)にも匹敵する立派さです。
三峯神社 寺・神社・教会
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拝殿に掲げられている扁額には「三峯神社」とあります。神社名称は「峰」ではなく「峯」の方が正式であることが分かります。
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横から見た拝殿。
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少し離れた場所から見た拝殿。
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拝殿前に聳えるご神木。
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神楽殿は、拝殿、手水舎、八棟木灯台ほど豪華絢爛ではありません。
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三峯神社の摂社である國常立神社、扁額に「祖霊社」と書かれています。
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東方から眺めた三峯神社本殿(拝殿)。
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三峯神社の摂社と末社が並んでいます。社に、「鎮火神社」、「厳島神社」、「猿田彦神社」・・・と摂末社の神社名を書いた木札が掲げられています。
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境内の高台に大きな銅像がありました。日本武尊の像です。三峯神社は、日本武尊(やまとたけるのみこと)が伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)を祀ったことが始まり、と伝えられます。
銅像は比較的新しいので、恐らく昭和期以降の建立と思われます。 -
日本武尊の銅像の近くに、「大山倍達之顕彰碑」があります。大山倍達(1922-1994)は格闘家で極真空手の創立者。
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駐車場に戻る途中の左側に石段があり、上方に石鳥居が見えました。奥宮遥拝殿に繋がっている石段です。行ってみます。
寄進された灯篭が並ふ結構急な石段を登ります。 -
石段を登り鳥居をくぐった先にあるのが、奥宮遥拝殿。屋根付きの展望台になっています。
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展望台の前方に山が見えます。妙法ケ岳で、その頂上付近に三峯神社奥宮が鎮座されていますが、社などは見えません。奥宮にお詣りするには、この場所から片道1時間半程度の山岳コースを登る必要があるとのことです。
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駐車場近くの木々の紅葉の色が鮮やかです。この場所は標高が高いので、昼夜で温度差が大きく異なることが影響しているのかも知れません。
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三峰山駐車場を出発して、つづら道を下り、二瀬ダムまで戻ってきました。
二瀬ダム展望台から眺めたダムの光景です。逆光でモヤがかかっているように見えますが、ダム付近の景観、なかなか良好です。あと1週間程経った11月初旬には、木々の紅葉が進み、更に鮮やかな景色に変貌すると思います。
二瀬ダムで堰き止められて出来た湖は「秩父湖」、ダムから流れ出ている川は「荒川」です。二瀬ダム 名所・史跡
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二瀬ダム展望台の山際にトンネルがありました。入口が閉鎖され、「関係者以外 立入禁止」の表示がされています。
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覗いてみると、トンネルが奥まで続いていました。旧道もしくはダム建設の際に掘られたトンネルと思われます。
「関係者」は、時々立ち入っているようです。トンネル奥がどうなっているのか気になります。 -
日も暮れてきました。二瀬ダム駐車場を出発して東京に向かいます。
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関越道に出るまでの140号線、良い景観の連続で、道路も混みあっていないので、快調に楽しく車を進めることができました。
1泊2日の信州・秩父のドライブ旅行、天候にも恵まれました。紅葉は始まっていましたが、緑のままの木々が結構多く、旅行が1-2週間後てあれば紅葉真っ盛りであったろうと思います。ただ紅葉の最盛期は観光客で混みあいますので、今回、観光地や道路が全く混みあっていなかったメリットを考慮しますと、まあ満足感のあるドライブ旅行だったと思います。
一度は見学してみたかった恵林寺と三峯神社をしっかり見学出来て満足です。また、道の駅で購入したシャインマスカットが新鮮で味が良かったのも、今回の旅行の好印象として残りました。
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