2022/09/25 - 2022/09/25
39位(同エリア115件中)
cocoroさん
- cocoroさんTOP
- 旅行記15冊
- クチコミ8件
- Q&A回答0件
- 9,320アクセス
- フォロワー9人
4トラで各地の綺麗な彼岸花が紹介されていますね。
秋分の日を挟んでお彼岸の3連休。
私も常総市にある弘経寺にその花を見に行きました。
境内のあちらこちに【葵のご紋】が見受けられ....
後から聞いて知った事ですが.....。
赤い彼岸花が咲き乱れるそこは、数奇な運命を
辿った一人の女性の眠る場所なのだそう。
徳川家康の孫・千姫。
彼女の生涯の話を聞くうちに、彼岸花の花言葉
「悲しい思い出」が重なり....。
御廟を守るように咲くその姿が、まるで千姫自身で
あるかのようにも思えたりもして。
生きた時代が違うだけで。こうも女性としての人生が
違うのかと。
切なさを感じながらその花を眺めてきました。
時は、完全男性社会の戦国時代のお話。
戦国の姫として生まれてしまったがゆえに
時代に翻弄され悲しい人生を過ごすも強く生きた千姫。
同じ女性としての思いをのせて....。
また、弘経寺との繋がりを紹介しながら境内を
散策してみようと思います。
聞いたお話・のちに調べたお話を元に作成しましたが
歴史は詳しくないので、間違いがあるかも知れません。
あくまでも旅行記の個人の感想という事でお許しください。
よろしかったら、お花の写真と合わせてご覧頂けたらと
思います。
- 旅行の満足度
- 5.0
-
1597年4月11日 千姫が生まれた世は、
天下人 豊臣秀吉が全国を統轄していた戦国時代。
自らの死期を悟り、家の将来を案じた秀吉は
徳川家との繋がりを強化するために、半ば強引に
千姫と自らの子・豊臣秀頼との婚姻を決めたという。
当時まだ千姫は物心もつく前の2歳という幼さ。
女性子供が、まるで政治の駒のように扱われ
人権なんてあったもんじゃない。
ただの道具であったのことに言う方無い怒りと悲しみを感じる。 -
千姫が7歳 秀頼が11歳になった時。
二人は結婚して大阪城へと移り住むことに....。
幼い子供同士の、形だけの政略婚姻であったとはいえ、
二人仲睦まじく過ごした記録がある....。
恋すら知らなぬ幼子が、人質にとられるかの
ごとく親元から引き離されてしまう中.....
千姫にとっても、何も知らない秀頼にとっても、
唯一互いが心の支えであった事だろうと想像し安堵する。
ただ、夫婦というよりは恋愛には発展しない兄妹のような
関係であったのも事実のよう。
二人の間には子供はいなかったという。
写真は2007年大阪を訪れた時の写真より -
本来 徳川家と豊臣家の関係は良くはなかったけれど。
1615年関係が悪化して戦になり大阪の夏陣で大阪城落城。
千姫は祖父家康に、秀頼の助命嘆願するも叶わず、
夫 秀頼は自害。
豊臣家滅亡することになった。
千姫19歳の時だった。 -
後に 家臣の本田忠刻と当時では珍しく大恋愛した千姫。
その際、10万石の化粧料(持参金)を持って姫路城で
仲睦まじく不自由なく暮らすことに。
乱世に翻弄された千姫にとっては、心通わせ結ばれた
忠刻との結婚は女性としての幸せを手にいれたかのよう。
誰から見ても美男美女の素敵なご夫婦だったそう。
2人の子宝に恵まれこれからという時に。 -
イチオシ
長男が3歳で病死。
-
2番目の夫 本田忠刻も病を患うことに....
前の夫 豊臣秀頼の怨念を感じた千姫は秀頼の菩提を弔い
祈りを捧げるも、その甲斐もなく2番目の夫 忠刻も病死。
奇しくもそれは 豊臣秀頼が自害した日であったとかなかったとか。 -
そのようなこともあり、出家して「天樹院」となり
亡くなった二人の夫の菩提を弔ったのだいう。
千姫30歳の事。 -
その時教え導いたのが、今回訪れた弘経寺の住職で
あったのだと言う。
だから各所に葵の御紋を見受けられるだという事は後から
寺守人から聞いて知った。 -
本来この弘経寺。
室町時代には関東浄土宗の中心寺院として栄えており
多くの学僧を世に送った有力寺院であったそう。 -
ところが戦に巻き込まれ、戦火で堂宇を焼かれてしまう。
-
後に千姫が上人に帰依し、ここ弘経寺を菩提所を定め
再建に多大な寄進をして現在に至る歴史があるのだとか。
写真は経堂 -
ご本殿の葵の御紋。
御紋の真ん中の彫り物は
千姫の孤独な心に幸せが訪れることを
願って掘られた彫刻なのでしょうか....
幸せを運ぶ鳳凰の彫刻がなされている。
左甚五郎作とのこと。 -
そして、ここが千姫の御廟。
葵の御紋がそれを示している...。 -
平成9年の保存修理の際
これまでは遺髪しかないと伝えれれてき御廟。
実際に遺骨が納められていたことが判明したのですって。
千姫は今もなおここに眠っている。 -
イチオシ
もととと千姫は戦国一の美女祖母・お市の方の血を受け継ぐ
とても美しい女性だったとか。
そのような伝説も残る。 -
しばらくコロナ禍で中止されていたけれど
常総市では毎年千姫の誕生を記して4月11日前後
に千姫まつりが開催されている。
綺麗な着物に身を包み千姫に扮し市内を練り
歩く姿はなんとも艶やか。
常総市の観光大使として市の魅力を発信し
今なお地元民に愛されている千姫の魂。
世が世ならそれだけの美貌と家柄であれば
何一つ不自由なく女性として母として
苦労なく暮らしを手にしていたことでしょう。 -
でも女性の本当の幸せって何なのでしょうね。
心ない方との政略結婚というのは、まっぴら
ごめんだけれどもね。
子供
家庭
仕事の充実
何をもって幸せと言うのかな・・・
この年になっても私自身もまだはっきりと
わからないけれど....。
生まれた瞬間から、人によって『人生』が
決められていたとしたら。
束縛感・窮屈感で、なんと不自由な事でしょうね。
心通わす人がいる
ただそれが.....女性としての幸せなのかも知れないな....。
写真は来迎杉 -
彼岸花という名前。
幽霊花/毒花/葬式花/墓花/火事花....。
と、おどろおどろしい別名を持つ花。
悲しみ・別れ・不吉を連想させる響きになじめずに
本当は私はいつも曼珠沙華と呼んでいるの。 -
「赤い花」という意味なのですって。
名前がかわるとその花のイメージもかわるもの。
花柱がくるりと上を向いて 立体的で。
まるで女性がビューラーを目元にあてたそんな
印象すらあって かわいくも見える。 -
赤い花が多いけれど白や黄色もあるのはご存知の通り。
「花言葉」
赤は・・・情熱・独立・再会・あきらめ・悲しい思い出・
想うはあなた一人
白は・・・また会う日を楽しみに・想うはあなた一人
黄色は・・悲しい思い出・追想・深い思いやりの心
どの色も誰かに思いを寄せる花言葉。 -
どことなくさみし気で・・・・
会いたい... そんな思い・女性の心を秘めた花。
美しくも妖しげでそしてはかなくて。
そんな姿が、時代の流れで囚われの身になり
逆らえず強く賢くしたたかに生きた千姫の物語と
重なって私には見えた....。
今回はあえて曼珠沙華ではなく彼岸花として旅行記に。 -
高く澄み切った秋の空。
おさえても溢れる 理由もわからず流れる涙..
あなたをお慕い申し上げております....
誰を思い咲く花ぞ。
真っ赤に燃える昼下がり。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- yamayuri2001さん 2025/06/20 10:43:02
- 素晴らしい旅行記!
- cocoroさん、こんにちは。
これだけ歴史とタイアップして花を見る事なんて、
私には無かった気がします。
素晴らしい旅行記を書き上げられましたね。
人の幸せってなんだろう?と考えることがあります。
私のように、短絡的に、
目の前に楽しいことがあると言う幸せを求める人もいれば、
もっと奥の深い幸せを求める人もいるんでしょう。
人によって幸せの形は違うんでしょうけれど、
その幸せを、多少でも手に入れる事が出来たら、
満足ですよね。
私は幼い頃、両親によると、
すぐに「私、幸せ。」という言葉を連発する子供だったようです。
それを聞いて、周りの人も幸せになったようです。
自分を認めて自分を受け入れると、
幸せの幅が広がるような気がするんです。
人と違った人生で良い。ゆったり、生きていこう。
退職した今は、そんなふうに思っています。
cocoroさん、あなたには 本当に素晴らしい才能があります。
努力して、自分のものとしてしっかりと理解し
保持する才能です。
それを大切にしてくださいね。
yamayuri2001
- cocoroさん からの返信 2025/06/21 09:46:03
- Re: 素晴らしい旅行記!
- 先生こんにちは
寺守人から聞いて深く感じた思いと
ひっそりと咲くお花を重ねて書いた
日記を読んでくださりありがとう
ございます。
千姫様についても知らないことが多く、
丁寧に説明してくださり
「あぁ 歴史の先生が皆さんが
寺守人様のようであったらと....」
思ったほど深く心に残りました。(๑˃̵ᴗ˂̵)
戦国の世に、わずか二歳で戦略結婚
させられた女性。
その後の彼女の運命。
お花を見に行った先にそんな深いお
話しがあったとは。
そして感じた....
幸せとは?の贅沢な疑問。
仕事にも、愛方さんにも恵まれた他に
何を望みましょうか(〃ω〃)
それでも、ふとした瞬間に胸をかすめる
漠然とした寂しさ。
求めれば求めるほど、幸せは深く
そして遠くにあるように思える時も
あります。
人の芝生が青く見えるのは、
きっと誰の心にもある感情なの
でしょう(笑)
「私、幸せ。」
そう口にしていたお子様時代。
感じたままを素直に伝えられる
お子様だったのですね。
私自身も、あの頃はそんな風だった
ような気がします。
大人になるにつれていつの間にか
素直さは少しずつ影をひそめて
きた感じです(笑)
先生のおっしゃる
「自分を認めて自分を受け入れる」
また一つ素敵な気づきを頂きました。
嬉しくなるお言葉と共にコメントを
頂きありがとうございます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
PR
2
22