2022/09/11 - 2022/09/11
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たびたびさん
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今回はコロナのまん延する関西の中心部を避けて淡路島のレンタカーの旅を計画。先般の沖縄に続いて、こちらも妹を誘っての二人旅です。
淡路島は日本書紀の始めにあるイザナギ・イザナミの国生み神話の島であり、最近は「花の島」としての魅力作りにも力を入れていて、前々から気になっていましたからね。ただ、これまでは関西方面から徳島に抜ける際に通ったり、あとは鳴門側からちょろっと渡って大鳴門橋記念館で人形浄瑠璃を拝見したくらい。そのレベルから島内の観光ということになるとレンタカーに頼らざるを得ないし、島の広さからすると二泊三日はかかる予想。なかなか踏み切れずにいたところなんですね。まあ、そういう意味では、コロナ禍はいいきっかけになったかもしれません。
さて、調べ始めると淡路島の玄関口である舞子浜の周辺もなかなか見どころが多い。素通りするのはもったいないエリアであることが分かってきて、それならと初日の半分は舞子浜に充てることにしました。明石と須磨のちょうど中間といった場所であんまり歴史の場所ではないと思いますが、明石海峡大橋ができたことで合わせて開発がすすめられたんでしょう。明石海峡大橋と淡路島を間近に望む舞子公園を中心に、舞子海上プロムナード、橋の科学館といった明石海峡大橋の関連施設に移築された孫文記念館(移情閣)、旧武藤山治邸、旧木下家住宅の優雅な佇まい。洋館は北野の異人館と比べるとかなり限られたものですが、それでもここで拝見するとまた気分が変わって深い味わい。いずれにしても、先端の科学技術から明治期の洒落た文化の香りまで楽しめる幅の広さは特筆かなと思います。
そして、後半は洲本の市街を散策。S BRICK洲本、淡路ごちそう館 御食国から大浜公園、淡路文化史料館に洲本八幡神社、旧益習館庭園、レトロこみちといった定番コースを確認して、明日からの本格的な淡路観光に向けて気分を整えました。
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新幹線で早朝の姫路駅に到着。姫路からは山陽電気鉄道本線に乗り換えて、舞子公園に向かいます。
明石の手前辺りから明石海峡大橋が見え始めるとかなり旅の気分が出てきますね~
いい感じです! -
イチオシ
ただ、その前に。。
舞子公園駅の一つ先、霞ヶ丘駅から五色塚古墳に立ち寄ります。
こちらは、4世紀末-5世紀初頭に造られた前方後円墳。墳丘長194.0mと兵庫県では最大規模のようですが、確かに見上げるような雄大さがあって見ごたえあり。 -
国の史跡に指定されているのも納得です。
なお、霞ヶ丘駅からは丁寧な道案内があってとても安心でした。 -
五色塚古墳から、そのまま歩いてアジュール舞子海水浴場、明石海峡大橋の方に向かいます。アジュール舞子海水浴場はこの先ですね。
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芝生の広場なんかもありますが、
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イチオシ
やっぱり、圧巻は正面に淡路島、右手に明石海峡大橋を望む開放感たっぷりの砂浜です。
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この砂浜自体も広いし、バックの公園のような緑地帯も十分な規模があるので申し分なし。さらに、この広さをここまでちゃんときれいに管理していることがなにげにまたすごいことなんだと思います。
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ちなみに、舞子公園は、明石海峡大橋のたもとの橋の科学館や孫文記念館からアジュール舞子まで含めた一帯。予想と違って、とっても広大なエリアです。海岸で海を眺めながら寛いでいる人や釣りをしている人。明石海峡大橋を眺めるロケーションが最高なので、整備のし甲斐もあったんだと思います。
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イチオシ
孫文記念館は工事中みたいですが、まあまあ明石海峡大橋とのコラボにはなっているでしょう。
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芝生の広場では何かのイベントが行われていたり。
いい天気だし、映えますね~ -
見上げる明石海峡大橋は、神戸市垂水区東舞子町から明石海峡を横断して架けられた吊橋。全長3,911mは、同じ本四架橋でも二番目に長い瀬戸大橋の2,939mを大幅に上回っていて、
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見るからにその規模の違いは明らかですね。
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阪神大震災にもしっかりと耐えたし、日本の技術力は素晴らしいと思います。
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その辺りを紹介するのがこの橋の科学館。明石海峡大橋のたもとにあって、これも舞子公園の主要施設の一つです。
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橋のことをあれこれ紹介しているので、ちょっと自画自賛的な内容かなとも思いましたが、
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やっぱりそれだけのことはあるのかな。
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本州と四国をなんで三本ものルートで結ぶ必要があるのかとか批判も少なくなかったように思いますが、こうして地図で示されると中四国を網の目のように均等にカバーする道路網が完成して、美しいネットワークが出来上がっていることが分かります。
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そして、別の部屋では3Dのシアターを拝見。大橋を支えるケーブルとか鉄骨のメンテナンスが日々続けられていて、その安全が守られていることもよく分かりました。巨大な構築物は作って終わりではない。なるほどちょっと気が付かない視点だったかなと思います。
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イチオシ
先ほどの孫文記念館に戻って。
こちらは、辛亥革命の父、孫文を顕彰する博物館。八角形の中国式楼閣は舞子公園内にあっても目立ちますが、これは華僑の貿易商、呉錦堂の松海別荘内にあった建物だそうです。 -
ここが入口です。
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孫文は辛亥革命の以前、日本に亡命もしているし、日本では孫文の考え方に賛同する多くの知識人がいてバックアップしていたことも紹介されていて、日本といかに関係が深い人物であったかが分かります。
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西洋列強の侵略でボロボロだった当時の中国をいかに解放するか。そのためには清朝を倒さねばならず、徳川幕府を倒して明治維新を成功させた日本はお手本の一つと考えたことは自然なこと。
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一方で、西洋の列強と並んで軍国主義的な動きを強める日本に対しては批判的であり、自らはそうあってはならないという戒めもあったでしょう。宮崎滔天との親交等、お互いに相通じるものがあったことは容易に想像できますね。
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ただ、辛亥革命後の指導者として期待を一身に集めていた孫文ですが、袁世凱といった地方の軍閥との関係は不安定だし、共産党との関係や日本からの侵略と混乱で、その思想や主義は必ずしも効果を発揮したわけではないですね。
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思想的には、むしろ、反共の意志が固かった蔣介石がいたからこそ台湾で国民党が生き残ったような気がします。
清朝を倒すという一点では団結できた勢力もその後は路線がバラバラで不安定。新しい旗印はとうとうできなかったという評価もできるかもしれません。しかし、歴史の中で確かに一瞬のきらめきはあった人物かな。 -
奥に進むと
豪華な八角の間ですが、 -
見上げると
「世界大同」「世外桃源」「問樵聴漁」とか自らの思想をいかに高めていくかに努めていた孫文の叫びのような額の数々。 -
現実とのギャップがどんなにあっても諦めず、前を向いていた孫文の姿が想像できると思います。
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二階の方にも上がってみますと
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ここも同じような感じ。
結果を思えば、ちょっときれいすぎるような気もしなくはないですが、革命家に理想と現実はつきものですからね。
改めて、年表として整理すると以下の通り。内憂外患のオンパレードです。
ちなみに、朝鮮半島の方は、1905年の日露戦争の勝利後、1910年には朝鮮併合。体制はすでに固まっています。
1895年 日清戦争 台湾は日本に割譲
同年、日清戦争終結後、武装蜂起を計画するも発覚。日本に亡命。
1899年 義和団の乱
1911年 辛亥革命により清朝滅亡。中華民国が成立、孫文は中華民国大総統に。
中央集権的な統治を志向する袁世凱に対抗する第二革命、第三革命
1915年 日本、対華21ヶ条要求を要求
1919年 抗日、反帝国主義の五・四運動
1923年 第一次国共合作。北洋軍閥をバックにした北京政府に共同して対抗。
1925年 死去
その後、北京政府は蒋介石の北伐により滅亡。蒋介石は国共内戦に注力し、共産党を崩壊寸前まで追い込みますが、1930年の西安事件により、抗日のための国共合作が成立。国共内戦を中断し連合国軍の一角として第二次世界大戦を戦うことになります。国共内戦が再び勃発するのは大戦後。そして、共産党に敗れた蒋介石が台湾に逃れたのは1949年です。
大戦後の蒋介石とアメリカ大統領トルーマンの関係もちょっと摩訶不思議ですが、中国共産党としてはしてやったり。大勢は決することとなりました。 -
続いては、旧武藤山治邸。武藤山治は、明治期、三井銀行から鐘紡の社長に就任。三井財閥の重鎮として手腕を発揮した実業家で衆議院議員も務めた人物です。
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イチオシ
派手なバルコニーも含めて外観はさほどでもなく見えたのですが、
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内に入ってみると意外に落ち着いてシックな雰囲気。
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特に、テーブル・椅子などの調度品は目を見張るもの。
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欧州からの直輸入品ではないかということでしたが、
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そこはかと中国っぽい趣味のところも窺えたりして、その美的センスの秀逸さは抜群ですね。
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続きの間の応接も品があって
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心地よいまとまりがあります。
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ここから二階の方にも
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上がってみます。
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窓際の応接に
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こちらにも長テーブル。
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イチオシ
一階のテーブル・椅子もよかったですが、こっちの方はまたそれの上を行きますね。
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このしなやかな曲線はたまりません。
いわゆるシノワズリというやつかな。西洋人から見た中国風なんですが、それをまた日本人の審美眼で選りすぐっている感じがにくいですね~ -
この調度品を見ただけで
財界・政界での活躍も含めて、どれだけ奥の深い人物だったか想像に余りあるような気がします。 -
明治という時代もあるのかもしれませんが、経済も文化も両方で自分を磨いていたのだと思います。
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そして、最後は旧木下家住宅。
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舞子公園から少し山の手に入った高台に佇む数寄屋造りの瀟洒な日本建築。
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もともとは、昭和16年に又野良助邸として建てられたものを戦後木下吉左衛門の所有となって、今は兵庫県に寄贈されたもの。
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先に庭の方に入って
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イチオシ
建物の外観をチェックします。
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改めて、ここが玄関。
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鞍馬石の渋い意匠がいいですね。
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玄関を上がってすぐが洋式の応接。
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明るくて軽快な空間ですけど、床はあじろですからなにげに和洋折衷かな。
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対して中央部は静謐な書院造りの日本間。
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いずれの部屋からも芝生の庭を見下ろして、それが基本的な統一感となっています。
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一番奥には茶室もありますが、
和洋の客間の組み合わせに、細かな部分でも和洋折衷の意匠。その総合的な調和が見どころかと思います。 -
では、舞子駅というかTio 舞子へ。舞子公園駅の駅ビル的なショッピングモールですが、傾斜の急な地形に合わせた建物。上階からはバス乗り場「高速舞子」も通じているんです。
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高速舞子に上がって、ここからいよいよ淡路交通の高速バスで淡路島に入ります。
淡路島へのアクセスではこれが一番基本的な交通手段。本数も多いし、本四海峡バスなんかと違って予約がいらないというのも大きな利点かと思います。 -
洲本高速バスセンターに到着。淡路島の玄関口です。
淡路島の中央部にあるので、明石海峡大橋を渡って淡路島に入ってからでもけっこう時間がかかりますね。淡路島では一番栄えている場所なのですが、さすがに洲本の市街だけの観光では限られるので、明日からはレンタカーの旅となります。 -
洲本高速バスセンターの中には洲本観光案内所があって。洲本市街の街歩きの情報をいただきましたが、特に洲本城への行き方については歩きではなく車の方がいいとのこと。確かにその通りだったので、時間を無駄にせず助かりました。
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ここからは、洲本市内の散策です。
ところで、ここで洲本のこと。洲本は洲本城もあって淡路島の中心なんですが、淡路島には、洲本市のほか淡路市、南あわじ市と三つの市があります。洲本は意外に人口は少なくて、イメージとしては通勤先、勤め先があるところなんだとか。最近は淡路市の東浦とかが対本州へのアクセスの良さもあって人口が増えて活性化しているといった話も聞きました。
まあ、とはいえ淡路島ではまず洲本。ここを押さえないと話になりません。
さて、洲本高速バスセンターから歩いてすぐの範囲にはちょっと目立つ赤レンガの施設がいくつかあって、淡路ごちそう館 御食国、洲本アルチザンスクエアとこのS BRICK洲本。
S BRICK洲本は、旧鐘紡洲本工場原綿倉庫の建物を再生したもので、ピザレストランがメインですが、その他、子供が遊べるキッズスペースなんかも。外から見てもいい感じですけど、中に入るとこれがまたいい感じ。是非お勧めの立ち寄りスポットです。 -
イチオシ
で、昼飯は淡路ごちそう館 御食国へ。
こちらも赤い煉瓦造りの建物。 -
館内も広々です。
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予定通り、観光客に人気という淡路島牛丼セットをいただきます。
うーん。ネーミングからして淡路牛を使っているのかなとは思いますが、お味的にはそこまでの高級感はなくてまあまあといったところかな。まあ、この値段ですし、観光客向けのレベルの範囲内かなと思います。 -
ここから洲本アルチザンスクエアにも寄ってみます。その途中にあるのがドラゴンクエスト記念碑。
広場の片隅にあって、ロトの剣とロトの盾の間に、スライムが寄り添った銅像なんですが、さほど大きくもないし、ちょっと見つけにくいかもしれません。 -
イチオシ
これが洲本アルチザンスクエア。これも赤いレンガの建物ですが、ローマの遺跡の水道をちょっと思い出すようなデザインですね。飲食店が中心で淡路島バーガーのお店が目立っています。
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今度は海の方へ出てみましょう。
これはミニボートピア洲本。大きな建物ですが、ボートレース尼崎・住之江のレース等のボートレースのチケットショップ。ひと気がないように思いましたが奥に進んだチケット売り場にはボートレースファンの人たちがそれなりにいて、盛り上がっていました。 -
目の前の海を眺めつつ
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遠くに目を転ずると洲本城。市街からはどこからでもよく見えていて、洲本のシンボルです。城へは、観光案内所の人のアドバイスがあったので、明日レンタカーで訪ねます。
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海岸沿いを洲本城の方へ進みますと
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ほどなく洲本温泉の看板。淡路島にはいくつか温泉がありますが、洲本温泉は洲本市街のすぐ南側なんですね。
これから市街にある足湯にも行ってみますが、中心部は大きなホテルが何軒も建っているエリア。意外に盛況です。 -
イチオシ
大浜公園に到着。ここが洲本市街の南端といった感じですね。
海岸に沿って美しい松林が続いていて、その一帯。松林を海の方に抜けた先はそのまま大浜海水浴場です。松林の辺りからずっとさらさらの砂浜だし、歩いているだけで楽しくなる公園です。 -
大浜海水浴場です。
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市街に近いのでどうかなと思いましたが、白い砂浜の美しい海水浴場。けっこう広いし、これだけ市街に近くてちゃんとしているのは、かなりポイント高いかなと思います。
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海岸から離れるとすぐに洲本城のふもと。お堀のような一角が現れて、洲本城は山の上に見える天守閣だけじゃないんですね。
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お堀沿いにはお登勢の像。
お登勢は、明治の初頭に起きた庚午事変とそれに巻き込まれた女性の長編小説。これは淡路島が徳島県ではなく兵庫県に編入されるきっかけともなった事件ですが、明治3年、洲本城下で蜂須賀家臣の武士が洲本城代で筆頭家老の稲田邦植の別邸や学問所などを襲ったというもの。そもそもで言うと、洲本城代稲田家の祖、植元は徳島藩蜂須賀家の祖、正勝と義兄弟の契りを交わした仲。そのため蜂須賀家が阿波入府にあたって蜂須賀家の客分として迎えられたのですが、この客分という位置づけが徐々に対等な関係から主従の関係に移っていくことで軋轢がたまっていたんですね。それが、明治維新によって、士族は藩主の家臣のみ。稲葉家の家臣は藩主の家臣のそのまた家臣、陪臣であり、士族ではないとされたことから、それでは稲葉家を徳島藩から独立させたいとする動きが出て、徳島藩側の暴発につながったという流れ。事件の首謀者10名は切腹となりますが、稲葉家側も士族の身分を与えられる一方で、北海道への移住開拓を命じられるという結末。不平士族の問題に頭を悩ませていた当時の維新政府の苦肉の策ではありますが、廃藩となった会津藩が斗南藩と名前を変えて下北半島に移住させられたりした例にも似て、なかなか厳しい措置だったのではないかと思います。 -
お堀の中に建つのは淡路文化史料館。博物館と美術館を兼ねたような施設です。
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一階には、いきなり豪華な布団だんじりに人形浄瑠璃の人形たち。
なかなか見ごたえがありますが、 -
一方で、庚午事変については、史料館入ってすぐの右手に少し展示があるだけ。複雑な事情がある事件だけにもう少し詳しい解説があってもいいのかなと思います。
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二階は焼き物のコレクション、
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三階の直原玉青の絵画コレクション。
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これは直原玉青が交わった山口誓子の色紙ですが、
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南画の第一人者である直原玉青の方の伸びやかな画風はやっぱり一見の価値あり。ちょっと突き抜けたような境地を感じさせるものかと思います。
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淡路文化史料館の並びのお堀沿いを進むと潮騒の湯 足湯。
公園のようですが、ちょっと荒れた感じの空き地に整備されていて、周囲の視界が限られるしあんまり開放感はないかな。ただ、お湯は気持ちの良い暖かさだし、座るスペースも程よいです。 -
ここからほどなく
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洲本八幡神社。ここも洲本城がある三熊山のふもとといったエリアですね。
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随身門から入って正面には本殿。
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その奥をさらに入って行くと洲本御殿から移築され洲本城関係では唯一現存する建造物である金天閣に
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徳島藩主を祀った国瑞彦護国神社もあって、一連の続き建物が見どころとなっています。
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少し中心部に戻ってきて、これは洲本市 厳島神社。宗像三女神の市杵島姫命を祀り、淡路島弁財天とも呼ばれる神社で、縁結び、学業成就、合格祈願のご利益があるとされています。
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境内は古びたところがなくきれいに整備されていて、清々しい雰囲気。社殿の構えもしっかりしていて、全体に瑞々しい雰囲気が漂います。
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そして、もう一つ楽しみにしていたのが旧益習館庭園。徳島藩の筆頭家老であり、淡路洲本城主でもあった稲田家の別荘「西荘」の庭。その後、別荘は稲田氏の私塾学問所「益習館」となったので、旧益習館庭園。先ほど触れた庚午事変で襲撃された場所ではないかと思います。
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入ってすぐにちょっと化け物みたいに大きな石燈籠が姿を現して、ちょっとぎょえっとなりましたが、
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和泉砂岩の巨石を用いた池泉回遊式庭園であることが最大の特徴。
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ちょっと荒れているところはありますが、
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大岩を廃した力強さは健在です。
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洲本市街の中心部、レトロこみちに戻ってきました。南北に走る細い通りは、途中、アーケード商店街の本町商店街ともクロスします。そういう意味だと、このこみちに限らずこの辺り一帯がぶらぶら歩きの適地ということになるのですが、それでもこのとおり沿いのお勧めを店をあげるとすれば、ソルトクリームのペガサスと和菓子のまめはるかな~
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本町商店街のアーケード街もシャッター通りにはならずに、微妙に活気を保っています。焼き物のお店がいくつかあって、ちょっと意外でしたが、寄ってみるとそれなりに面白いです。
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で、これがまめはる。
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小さな店構えで品数も限られるのですが、一つ一つ丁寧に作られている感じが伝わってきて、これは悪くないですね~
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いただいたのは、ごまわらび餅。要冷蔵のひんやりスイーツ。ごまの香りも程よくて、落ち着いた味わい。なかなかの逸品です。
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そして、長手長栄堂。淡路島にあっては老舗でありメジャーな和菓子屋さん。本店は本町商店街にも近い大通りにあって、さすがに雰囲気のある店構えですね。
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いただいたのは、うずみという最中。餡子のほかに求肥とオレンジピール。このオレンジピールは鳴門オレンジという淡路島でしか採れないみかんなんだそう。餡子の基本的なおいしさがちゃんとしているし、この変化の付け方もさすがかなと思います。
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洲本の市街近辺には道の駅がないので、中心部にあるJA淡路日が運営するこの御食菜采館の産直コーナーがそれに代わる位置づけでしょう。
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一見スーパーのような感じにも見えますが、ナルトオレンジとか淡路島の特産品もしっかり揃えていて、地元ならではの爽やかな味わいが楽しめます。
これが先ほど触れた鳴門オレンジ。名前は鳴門でも、淡路島の特産です。 -
そうこうしているうちにもう晩飯タイム。
予約していたのはリゾレッタ。通り越しに大浜公園の美しい松林を眺めるロケーションで、全面ガラス張り。 -
スタイリッシュな店内の雰囲気もなかなかですね。
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トマトのスープから始まるコース料理は、淡路島の地元野菜をふんだんに使ったり、名物のはもを要所要所で使って工夫を凝らした感が満載。イタリア料理というより創作的なフランス料理に近い印象かな。
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もう時間が経ってしまってひとつひとつの料理の印象はおぼろげ。
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ただ、こうやって
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ちょこちょこと
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こまめに料理を出してくるのがリゾレッタ流なのかな。
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淡路島はたまねぎばかりではない
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温暖な気候だからこそ
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作られる野菜も種類が多くて
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豊かな味わいなんだなあという印象。
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淡路島ははもが名物というのは知りませんでしたが、関西で考えると不思議ではないかな。関東ではあまり意識されることはないですが、関西では特に京都では高級料理。夏のはもは特別ですからね。
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最後はリゾットから
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デザートに
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珈琲。
ゆっくりと時間が過ぎました。 -
宿は市街のシティー海月。まあ、寝るだけ。
とにかく明日からのレンタカーの旅に備えます。
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