2004/07/16 - 2004/07/17
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morino296さん
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[蔵出し旅行記]古い旅行記ですが、備忘録としてupさせてもらいます。
この旅行記は2004年に行った京都祇園祭の写真を使い、記憶をたどって作成したものです。最新の情報と違いがある場合はご容赦ください。
(なお、コロナ感染拡大により2年連続で中止されていた京都祇園祭は2022年に3年ぶりに開催されました。祇園祭でコロナの感染拡大を振り払って欲しいものです。)
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2004年7月、厳しい暑さの中、友人Iさんと京都祇園祭に出掛けました。
京都の祇園祭は、約1100年の伝統を誇る八坂神社の祭礼で、貞観11年(869)、京の都をはじめ日本全国に疫病が流行したとき、「祇園牛頭(ごず)天王の祟りである」として、二条城の南にあった広大な庭園・神泉苑に、当時の国の数(66ヶ国)にちなんで66本の鉾を立て、祇園の神を祭り、神輿を送り病魔退散を祈願したことが始まりといわれます。
2004年7月16日:宵山(観客46万人)
山鉾町地区に飾られている32基を約4時間掛けて見物。
2004年7月17日:山鉾巡行(観客20万人)
8時半ころから約3時間、32基の巡行を見物。
(体力的に自信のある年齢の内に行くものだと痛感した。)
*なお、山鉾巡行は、1966年~2013年までは17日にまとめて行われていましたが、本来の形に戻そうという動きが高まり、2014年以降、前祭(17日)と後祭(24日)の2回に分けて行われています。
また、蛤御門の変(1864)による火災で鉾が焼けてしまい「休み山」となっていた大船鉾が2014年から巡行に復帰して33基となっています。
山鉾の解説などは、
「写真で見る祇園祭のすべて」著者(島田崇志)発行所(光村推古書院)
を参照しました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 新幹線
-
2004年7月16日 宵山を前に四条烏丸に飾られた長刀鉾
じりじりと暑さが堪えます。
鉾は、
重量4.8~12トン、高さ/鉾頭まで約25m、屋根まで約8m
車輪/直径約2m、屋根/長さ4.5m、幅約3.5m
鉾床/4畳半~6畳
綱方/綱を曳く役30~50人
山は、
重量/1.2~1.8トン
舁方(かきかた)/14~24人 -
長刀鉾
ちまきなどを買えば乗せてもらえます。
(ただし長刀鉾は女人禁制でした。) -
京極かねよ うなぎきんし丼
お昼に頂きました。
うな丼の上に京風だし巻きが乗っています。
(卵焼きの下にウナギのかば焼きが隠れています。)京極かねよ グルメ・レストラン
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浄妙山 町会所
地図を片手に32か所の町会所を巡りましたがその中からいくつかを紹介します。
浄妙山の2体のご神体(人形)の背景には、宇治川合戦の屏風、欄干、欄間、彫刻などが飾られています。
各町内のお宝がお披露目されています。 -
鯉山 町会所
見事な懸装品が並びます。 -
鯉山 町会所飾り席
鯉の右側には鳥居、朱塗りの小祠を安置し素戔嗚尊を祀ります。 -
橋弁慶山 町会所飾り
牛若丸と弁慶が正装で飾られています。 -
八坂神社 17:25頃
八坂さんにお参り。
暗くなるまでまだ時間がありそうです。
お昼から随分時間をかけて、町会所を巡りましたが、暑さでバテバテでした。八坂神社 寺・神社・教会
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長刀鉾 日が暮れ駒形提灯に飾られた山鉾
街にには祇園囃子が響き、宵祭りの風情を楽しむ人が溢れます。
四条通りを横切るのも難しいほどの混雑でした。
この日の観客は46万人だったとか。
各山鉾町では山鉾を飾り、「コンチキチン」で知られる祇園囃子を奏でます。
各家においても家宝、屏風等を飾ることから屏風祭ともいわれます。
翌日の山鉾巡行に備え、早めに切り上げました。
(京都のホテルは予約が難しかったので、新大阪のホテルを利用しました。) -
2004年7月17日 朝8:40頃 山鉾巡行
長刀鉾に生稚児が乗り込み、山鉾巡行の準備が整いました。
四条烏丸の三井住友銀行京都支店前の交差点に陣取り、32基の山鉾のスタートを見届けたました。
山鉾巡行の順番は7月2日「くじ取り式」で決められますが、
1.長刀鉾、5.函谷鉾、21.放下鉾、22.岩戸山、23.船鉾、24.北観音山、25橋弁慶山、32南観音山、33船鉾は、くじ取らずと言われ毎年巡行の順番が決まっています。
この他に、本体や懸装品などを焼失した山は「休み山」と言われ、巡行に参加していない三基(大船鉾、鷹山、布袋山)があります。 -
9時、山鉾巡行がスタート。
先頭を行く長刀鉾 下京区四条通烏丸東入長刀鉾町
山鉾の中で最も早く創建された鉾で、鉾頭に長刀を付けていることからこの名で呼ばれます。
生稚児が二人の禿を従えて鉾に乗り、注連縄切りを行い、稚児舞を舞います。
山鉾すべてが出発するには、2~3時間かかります。 -
2.太子山(たいしやま) 下京区油小路通仏光寺下ル太子山町
聖徳太子が四天王寺建立の際に山に入り、杉の木を求めたことに由来。
この山の木は杉が使われています。
厨子に入った如意輪観音像を懸けてあります。 -
3.伯牙山(はくがやま) 下京区綾小路通新町西入矢田町
中国の周時代に琴の名人伯牙が、友人の鐘子期の死を嘆き、琴の弦を断ったという「知音」の故事を趣向とした山で、別名「琴割山」ともいわれます。 -
4.孟宗山(もうそうやま) 中京区烏丸通四条上ル笋町
別名「筍山」、孟宗が病身の母のために雪の中で筍を掘り当てた中国故事に由来。
雪の中で筍を掘り当てた姿をあらわす孟宗の人形は寛政8年(1796)の作。 -
5.函谷鉾(かんこほこ) 下京区四条通烏丸西入函谷鉾町
中国戦国時代に斉の孟嘗君が家来の鶏の鳴き真似で函谷関を開けさせ秦国脱出に成功した故事に由来。
稚児人形「嘉多丸」は天保10年(1840)の作。
前掛けのタペストリー(重要文化財)は16世紀にベルギーで製作されたもの。 -
6.蟷螂山(とうろうやま) 中京区西洞院通市場上ル蟷螂山町
別名「カマキリ山」、カマキリ(蟷螂)を乗せ、友禅染で飾る山。
山鉾の中で唯一のからくり仕掛けで、カマキリの首や手が動き羽を広げます。
再三の大火に会い、明治以降中断していたが、昭和56年に約100年ぶりに巡行再開。 -
7.綾傘鉾(あやがさほこ) 下京区綾小路通新町東入善長寺町
山鉾の古い形を残す、染物と織物の2つの大傘と棒踊り囃子。
壬生六斎保存会の支援により昭和54年から棒振り囃子が復興。 -
8.木賊山(とくさやま) 下京区仏光寺通西洞院西入木賊山町
世阿弥の謡曲「木賊」をもとに我が子をさらわれた翁が独り木賊を刈る様子。
ご神体は右手に鎌、左手に木賊の束を握っています。 -
9.月鉾(つきほこ) 下京区四条通室町西入月鉾町
鉾頭に三日月を付け、月読尊を祀る。
江戸時代に名工により作られた工芸装飾が豪華で、動く美術館ともいわれます。
稚児人形「於兎麿」は明治45年作。 -
10.油天神山(あぶらてんじんやま) 下京区油小路通綾小路下ル風早町
町内の家に祀られていた天神像を勧請、朱塗りの社殿に天神像を安置。
油小路通にあることから油天神山と呼ばれます。
山は正面に鳥居を建て、その奥に紅梅と松を飾り、社殿には菅原道真公を祀ります。 -
11.山伏山(やまぶしやま) 中京区室町通蛸薬師下ル山伏山町
ご神体は、八坂塔が傾いたときに法力で直したという山伏・浄蔵貴所の大峰入りの姿。
優れた染織品が多く、胴掛の中央に飾り房を付けているのも特徴。 -
12.占出山(うらでやま) 中京区錦小路通室町東入占出山町
神功皇后が備前国松浦川で鮎を釣り戦勝の兆しとした故事による。
神功皇后は古くから安産の神として祀られ、山車巡行のくじ順が早いとその年のお産は軽いといわれます。
近年新調された前掛、胴掛は「日本三景」の図。 -
13.菊水鉾(きくすいほこ) 中京区室町通四条上ル菊水鉾町
町内にあった菊水の井戸にちなみ、鉾頭には金色の透彫の十六弁の菊花を飾る。
元治元年(1864)の大火で焼失、昭和27年に再興。 -
14.郭巨山(かっきょやま) 下京区四条通西洞院東入郭巨山町
貧困で母に孝養を尽くせない郭巨が我が子を山に捨てようとして黄金の斧を掘り当てた故事にちなみ「釜堀り山」ともいわれます。
屋根に模した日覆障子と鮮やかな乳隠しの欄縁飾りが特徴。 -
15.四条傘鉾(しじょうかさほこ) 下京区四条通西洞院西入笠鉾町
応仁の乱以前の巡行という由緒ながら、明治5年に休み、昭和63年に112年ぶりの参加。
路上で囃子に合わせて子供たちが棒振り踊りを行います。 -
16.芦刈山(あしかりやま) 下京区綾小路通西洞院西入芦刈山町
謡曲「芦刈」に基づく、故あり妻と離れた老翁が妻との再会を果たす夫婦和合の物語。 -
17.鶏鉾(にわとりほこ) 下京区室町通四条下ル鶏鉾町
中国、尭の時代天下がよく治まり、訴訟用の太鼓に鶏が巣を作った故事。
真木の中程には航海の神・住吉明神を祀ります。
見送のタペストリー(重要文化財)は16世紀にベルギーで製作されたもの。 -
18.霰天神山(あられてんじんやま) 中京区錦小路通室町西入天神山町
永正年間(1504~21)京の町に大火があった時に、霰が降りたちまち鎮火。
その時、降ってきた天神像を祀った由来から「火除天神山」ともいわれます。
前掛は16世紀ベルギー製のタペストリーの一部。 -
19.白楽天山(はくらくてんやま) 下京区室町通綾小路下ル白楽天町
唐の詩人白楽天と道林禅師の問答場面。
前掛の中心のタペストリーは16世紀ベルギー製。 -
20.保昌山(ほうしょうやま) 下京区東洞院通松原上ル燈籠町
和泉式部に恋した平井保昌が紫宸殿の紅梅を手折ってきた様子で「花盗人山」といわれました。
宵山には「縁結び」のお守りが授与されます。 -
21.放下鉾(ほうかほこ) 中京区新町通四条上ル小結棚町
町角で芸を披露し仏法を説く放下僧を祀ります。
鉾頭には日・月・星の三光が下界を照らすことから別名「すはま鉾」とも呼ばれます。
鉾上で稚児舞ができる稚児人形「三光丸」を乗せ巡行中に優雅な舞を披露します。
前掛、胴掛は、インド、ペルシャの絨毯。 -
22.岩戸山(いわとやま) 下京区新町通仏光寺下ル岩戸山町
日本神話「天岩戸」と「国生み」をあらわす曳山。
ご神体は、天照大神、手力男尊、伊弉諾尊で、伊弉諾尊を屋根に乗せているのが珍しい。
山と名付けられているが、鉾と同じ車と屋根を付けた曳山で、真木の代わりに松を建てています。 -
23.船鉾(ふねほこ) 下京区新町通綾小路下ル船鉾町
『日本書紀』の神功皇后の新羅出船に由来。
皇后を守る磯良、住吉、鹿島の三神像を安置。
金色の鷁(げき)が船主を飾り、舵は黒漆青貝螺鈿細工。 -
24.北観音山(きたかんのんやま) 中京区新町通六角下ル六角町
楊柳観音像と韋駄 天立像を安置。
鉾ではないので真木の代わりに真松を立てています。
この町内には昔から豪商が多く、豪華な懸装品を多数所有。 -
25.橋弁慶山(はしべんけいやま) 中京区蛸薬師通室町東入橋弁慶町
謡曲「橋弁慶」から取材した、牛若丸と弁慶が五条大橋(黒漆塗)で戦う様子。
山の上を舞台とした趣向で躍動感があります。 -
26.黒主山(くろぬしやま) 中京区室町通三条下ル烏帽子屋町
謡曲「志賀」、歌人大友黒主が桜を仰ぎ見る姿。
桜の造花は、家に悪事を入れないお守になります。
ご神体着用の小袖や袴は江戸時代の貴重な古衣装、前掛、胴掛などは中国製の優れた染織品。 -
27.浄妙山(じょうみょうやま) 中京区六角通烏丸西入骨屋町
平家物語の宇治川橋合戦で一来法師が三井寺僧兵・浄妙を飛び越して先陣をとった故事をとらえた山。 -
28.鯉山(こいやま) 中京区室町通六角下ル鯉山町
中国竜門の滝をのぼる鯉は竜になるとの伝説で、立身出世の山。
木彫の大きな鯉は左甚五郎作といわれます。
前掛、胴掛、水引、見送りはいずれも16世紀ベルギーで製作され、元は1枚のタペストリーで重要文化財に指定されています。 -
29.役行者山(えんのぎょうじゃやま) 中京区室町通三条上ル役行者町
修験道の祖、役行者が一言主神(鬼)を使い葛城と大峰の間に石橋を掛けたという伝説にちなむ山。
役行者を中心に、一言主神と葛城神の3体のご神体を安置し、朱の傘が二本建つ。 -
30.八幡山(はちまんやまん) 中京区新町通三条下ル三条町
山の上に石清水八幡宮を勧請した山。
社殿は天明年間(1781~88)製作といわれる総金箔製。
鳥居には左甚五郎作と伝えられる鳩が掲げられています。 -
31.鈴鹿山(すずかやま) 中京区烏丸通三条上ル場之町
伊勢国鈴鹿山で道行く人々を苦しめた悪鬼を退治した鈴鹿権現「瀬織津姫命」の故事にちなむ山。
ご神体は金の烏帽子をかぶり、面を付け大長刀を持つ女性の姿を表します。 -
32.南観音山 中京区新町通錦小路上ル百足屋町
山車巡行の最後を行く曳山で、楊柳観音像と善財童子像を祀ります。
楊柳観音は、三十三観音の筆頭。 -
くじ改め式場
くじ取り式で決まった巡行順が守られているかを奉行(市長)が確認する儀式。
この年は、蟷螂山で史上初の外国人がくじ改め役を務めたそうです。
山鉾巡行の「辻まわし」(四条河原町、御池通の交差点で左折するのに、車輪の下に割り竹や板を敷き、水を掛け、その上を滑らせる。)は残念ながら、見られませんでした。
全国各地で執り行われる祇園祭は、京都八坂神社の祇園祭が広まったもの。
山車祭りなどの起源もこの祇園祭なのであろうと実感できたが、体力勝負の2日間でした。
付き合ってくれたIさんお疲れ様でした。
(おしまい)
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