2022/06/19 - 2022/06/19
81位(同エリア505件中)
おくさん
How to Camino de Santiago8 文化の違い(後編)
このコーナー、長くなってしまったので前・後編に分けました。お国柄、文化の違いと言うか国民性の違いなど、この目で見て体験したことを紹介しています。4トラの皆さんにはどれも見慣れたことかも知れませんがおつきあいください。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
写真は2016北の道にあるLaIsla のアルベルゲでの料理風景です。このアルベルゲのキッチン兼食堂ではみなさん思い思いに料理を作っていました。わざと多めに作った人は他の巡礼に分けてあげていました。下の写真は同じ年、村で一軒だけあったバルでのヒトコマです。みんな長い距離を一歩一歩歩いている仲間ですから、見ず知らずの外国人同士であっても簡単に仲良くなるのは容易に想像できると思います。毎日こんな楽しいことばかりある訳ではありませんが、一般的な海外旅行では味わえない魅力はそこかしこにあります。
◎男女の壁が薄いこと
さて本題に戻って日本人との違いですが、このテーマが日本人と欧米の人との違いが顕著に表れることだと思います。具体的には肌の露出を気にしないとか、男女間の壁の薄さになりますが、たとえばアルベルゲの中で下着姿でウロチョロする男女は普通にいます。 -
ポルトガル人の道のスタート、リスボンの安宿では無料朝食の時間にスクランブルエッグを作って食べさせてくれた妙齢の婦人がいましたが、この方、Tシャツの下は下着のまま皆が居るキッチンと食堂を闊歩していたし、サンチャゴの巨大アルベルゲでも1本しかないズボンを洗濯機に放り込んでしまった若い女性は先ほどの女性と同じスタイルで大勢がいる食堂で堂々とくつろいでいました。パンツ姿が平気なんだから、スパッツをアウターとして履いている人はもっと平気です。日本でスパッツをアウターにする人を見たことありませんが、スペインではたまにいました。
室内どころか、同様の格好でアルベルゲの外にあったイスでお喋りしているご婦人も見ました。私もそれに慣れるとシャワーから出てパンツ一丁でベッドルームに戻るようになりました。シャワー室は狭く、日本の温泉のように大きな更衣室なんてありません。シャワーの個室の扉を開けたらすぐそこがシャワーです。そんな狭い所では着替えがしづらく、広いベッドルームの方が具合良いのです。みんな同じ事をしているので何てことなくなりました。しかし、日本に帰ると家の中でもやりません。怒られるので。 -
大勢がいるベッドルームを下着で闊歩するのは年配のご婦人だけでなく、女子高生まで同じ事をやってたので初めに見たときはびっくりしました。若い内からこんなことやってたら、そりゃ下着姿なんか平気になるだろなと思いました。当然ながらそういうのは写真に撮ってませんし撮れない。
日本の海外ツアーでの注意点として良く言われるのは「ホテルでは廊下に一歩出たら公共の場所なのだからパジャマなどで出てはいけません」がありますが、欧米の人ってパジャマどころか下着姿でウロチョロしてますよ。まぁアルベルゲだからなんだろけど。 -
そのシャワールームも個室だけど男女混合どころか、衝立のないシャワールームで男女混合な所もありました。上の写真がそれですが、北の道の Requejadaアルベルゲであわやご婦人とバッティングしそうになりました。そう言うシャワールームがある事は話には聞いていたのですが、実際その場面に遭遇すると気後れして遠慮しちゃうものだったです。でもこんなシャワールームは滅多にないので安心してください。私が遭遇したのはたったの2回だけですが、運良く女性と一緒にシャワー浴びたことはありません。
どこの町でもアルベルゲに到着すると、なによりもまずシャワーを浴びます。巡礼を始めた最初の頃、さあシャワーだと入って行ったら美しいご婦人がいたので、女性用に入ったかと慌てて、床を指さして「ウーマン?」と聞いたら、「ノープロブレム、ファミリーッ」と言われました。家族なので問題ないと言う意味なのでしょう。「私たちはファミリーよ」と言われたことに感激しました。勿論そこは男女共用だったのですが、「ファミリー」と言われても女性用シャワールームに入ってはいけません。 -
2015年、フランス人の道のカストロヘリスの青いシャワールームです。個室ですがここも男女ごちゃまぜです。パンツ一丁で出てきたご婦人はシャワー室の外に出てからその他を着だしたのでビックリしました。中で着りゃぁ良いのにと思いますが「家の中に入れば自宅と同じ」と考えているようです。カミーノで仲良くなった日本の方は外国生活が長かった人ですが、その人から欧米の人の意識はそうなんだと教えて貰いました。なるほど。
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シャワーの話が続きますが、2017年、こちらは銀の道にあるMorille村のシャワールームです。個室にはなっていますが全面曇りガラスなので中が丸見え状態です。ご婦人が入っていたので私はさすがに遠慮してシャワールームの外で待っていました。次に私がシャワーしている間に仲良しのオーストリア女性は気にする風でもなく隣のシャワーを使っていたのでドキッとしました。この女性からは「明日はサラマンカの大きな町だからオスタルに一緒に泊まれば安いよ」と誘われました。実現しませんでしたが、まぁ欧米の女性の大らかさには何度も驚かされます。
◎洗濯機のシェア -
シャワーと一緒に済ませておきたいのが洗濯です。余分な着替えなんか持っていないので毎日せっせと手洗いで洗濯します。でないと次ぐ日に着る物がありませんから。タイミングが良いと男女混合で洗濯・乾燥機のシェアを何回も経験しました。多い時は4人でシェアして、中には若い女性もいましたが、欧米人というのは他人、しかも男女ミックスで洗濯することに抵抗がないようでした。日本では家族でも親父のパンツと一緒に洗濯させないのに。
宿で洗濯・乾燥してもらうと6から8ユーロと高額な上に、一人分の洗濯物は高が知れてるのでシェアは合理的だと思いました。勿論、シェアの申し出は毎回女性の方からあり、私から言うことはありませんでしたが。
日本からの団体ツアーで一緒になったご婦人に洗濯をシェアしようと提案したら絶対に変態と思われることでしょう。だからこれからも巡礼でもツアーでも自分からは洗濯をシェアしようとは言いません。
◎バル・レストランで -
これ私が撮影のためにフォークをぶっ刺したんじゃありませんよ。バルではこのようにして料理が提供されます(ときどき)。まぁ考えようによってはフォークを皿に載せて出すより転がり落ちないから安全ちゃ安全なのですが、最初に見たときはビックリしました。日本じゃ仏様に供えるご飯ですよね。
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数人で料理を注文すると、スープは鍋のまま供されることが多かったです。このスープは三人前の筈ですが、どう見ても飲みきれる量じゃないですよね。案の定、次の料理が出された時に残ったスープごと鍋は引き去られました。あれって、また大きな釜に戻すんじゃないのかなと不埒なことを考えました。でも当たってる気がする。
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スペインの接客はかなりラフではありますが、一度だけ写真のように隣のテーブルに腰掛けながらオーダー取った婦人がいました。こいつは面白い土産話が出来たと写真を撮らせて貰いましたが、女性は私の思惑など知らないので上機嫌でカメラに収まってくれました。この時、私はドイツの夫婦と同じテーブルだったのですがドイツの国民性も日本人と似ているので、ヒソヒソと「日本じゃありえない」と言ったところ「ドイツも同じだ」と言うので三人して大笑いでした。
◎コリアの巡礼 -
サンチャゴ巡礼には韓国人の巡礼者がとても多いのですが、韓国はキリスト教も盛んなので大勢来るのは分かります。しかも若い人がグループで歩いているのを良く目にします。これは韓国の巡礼団を引率していた方から聞きましたが(日本語で)、韓国には兵役があるのでその前後だと長期の旅行がしやすいと言う事情があるようです。写真のグループは何度も一緒になって、とても人なつこい若者達でした。いつもふざけながら歩き、アルベルゲでは毎回みんなで食事を作っていたので羨ましかったです。私は密かに「ゆるゆるあんにょんず」と命名しました。
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コリアの親子と仲良くなって何度も一緒になりました。親子はサアグンのアルベルゲキッチンで大きな肉を鍋でゴロンゴロン料理していたので、二人だけなのに韓国人って肉をいっぱい食べるんだなぁと思っていました。で、料理がテーブルに並んだら私の席も用意して招待してくれました。だからあの肉の量だったのか。私は前日にも食べ物をお裾分けされていたので、今日は二人に飲ませてあげようとワインを買っていたのでタイミング良かったです。韓国流と言うことで、肉は葉っぱに包んで食べる事を教えてくれ、大きな青い唐辛子も頂きました。まさに異文化交流を胃袋で感じました。
他にも韓国の人とは沢山仲良くなりました。いまは日韓関係は最悪の状態ですが、この頃は何のわだかまりもなく楽しくできました。現在でもきっとサンチャゴの巡礼路上では国同士のことは横に置いて、同じような交流ができていることでしょう。
◎ハッキリさせる欧米の人 -
日本人は和の心を大切にするので極端な主張は避ける傾向がありますが、欧米の人は白黒ハッキリさせたがります。仲良くなったイタリアのジョアンナとアルベルゲのオープンを待っていましたが、時間が経つにつれて沢山の巡礼が入り口前に集まりました。さて受付が始まったと思ったらジョアンナが廻りの男達を制して「みっちゃんがプリメーロ(1)で私がセグンド(2)だ」と強く主張し始めました。そこまで言わなくてもなぁと日本人の私は思いましたが、ジョアンナのマジ顔はとても怖いので他の男性達は怯んでいました。ジョアンナとは25日後にフィステラで再会しましたが、ジョアンナは元々キツイ顔をしていますが、この時はマフィアの女親分みたいでした。このときジョアンナは私の名前を覚えて居ましたが、私は「ジュリエット?」と間違えてしまったので悪いことをしました。
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2018年のポルトガル人の道、ポンテ・デ・リマのアルベルゲでも同じことがありました。一緒に行動していた私より年上のマリアですが、受付が始まったら順番取りにリュックを置いていた日本人が駆けよりました。ここでもマリアは「私たちの方が先だっ」と強い口調で言い始めました。まるで喧嘩腰です。その剣幕に押されて日本の方は引き下がりましたが、私に「バックパック置いといたのになぁ」と愚痴をこぼしました。「順番が少し入れ替わるだけで泊まれなくなることは無いのですが、やっぱりドイツ人なのでハッキリさせたいんですかね」と慰めました。
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写真は2019年に再度ポンテ・デ・リマに泊まったときのものです。私のバックパックと長い杖が先頭です。ガラス戸の張り紙にはなかなか厳しいことが書かれていました。「歩き15h バイシクル18h ポンテデリマからのスタート20h」歩き巡礼の受付の時間は午後3時ですが、その他のチェックインはもっと遅くなるようです。幾ら何でも20時は可哀想。
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こちらはドイツのヒルデガルド婆ちゃん。婆ちゃんは一人でフランス人の道とフィステラ・ムシアの道900キロを一人で歩いて来た根性の塊みたいな顔をしています。巡礼最後の地ムシアで仲良くなって2日間を一緒に過ごしました。そのころ私と行動を共にしていたのがドイツのイーデンだったので、二人はドイツ語でお喋りできました。結構な雨が降ったレストランでのこと。イーデンがタクシーで帰ろうと提案したところ、ヒルデガルドは割り勘が嫌だったのか、自分は歩いて帰ると雨の中をさっさと歩き出してしまいました。日本人なら割り勘が嫌だと思ってもタクシーを付き合いますよね。私は予想外の行動を取ったヒルデガルドの後ろ姿をポカンと眺めていました。
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和をもって尊しとなすの日本人は相手に敵意がないことを伝えるために笑顔を大切にしますが、欧米人って怖い顔をしたままの人がいるんですよ。もうホント、ニコリともしない。何が面白くないんだろうと思うこともありましたが、やっぱり日本人とは違うんだと分かってからは気にならなくなりました。ブスッとした顔しててもそれが通常運転なんだと思えば気になりません。割合から言ったら怖い顔のままの欧米人は少数だったですが。顔はそんなでも悪意がある訳じゃないのは分かってるので、慣れればどうと言うこともありませんでした。ただ一人、二人連れの韓国人の片方がいつ何処で会っても恨みでもあるような顔をしてたので、韓国の「日本憎し教育」の成果かなーと思いました。もう片方は愛想が良かったんですけどね。
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写真の女性は1ヶ月ものあいだ一緒に行動したフランス人ですが、最初この人は廻りを威圧するような凄いオーラを放っていました。余りの迫力に怖くて挨拶するのがやっとでした。でも一緒に旅するようになってからはご覧のようにカメラを向けると必ずおどけたポーズをするようになり、良き旅の仲間になりました。実際はこのように人懐こいのに、慣れるまでは何であんな怖い顔をするのだろう。
◎ハグ
日本でもハグをしている光景をテレビで見るようになりました(主に「YOUは何しに日本へ」)。でもまだまだ日本人同士はハグしませんね。良いか悪いかは別にして、巡礼の旅では時々ハグに出会いました。久しぶりに再会したり、これでお別れの時などはドカンとぶつかり稽古のようなのや、人に寄ってはさばおり見たいなハグをしてくれます。これどちらも相撲ですね。 -
写真は私営アルベルゲのおかみさんですが、誰にでもこのように熱いハグをかましていました。もちろん私にも。あ、私は自分からは女性にハグをしないようにしてましたよ。それが礼儀の気がしてるので。女性はこちらの事はお構いなしにドカンとやって来ましたが。
◎巡礼に手厚いスペイン・ポルトガル
スペインとポルトガルはカトリック国なので日本人には想像もできないほど巡礼に手厚くしてくれる場面に出会います。日本には世界に誇れる四国遍路の「お接待文化」がありますが、四国が民間のおもてなしに対して、スペイン・ポルトガルには国をあげての「おもてなし」がありました。 -
フランス人の道で最大の都市がレオンです。それまで歩いてきての経験から、都市は迷いやすいのが分かっていたのでレオンには緊張しながら臨みました。大都市レオンの中からたった一軒の公営アルベルゲを探さなくてはならないからです。そのレオン入り口で仮設テントを立てて道案内をしている人たちがいました。レオンの地図をくれたり、アルベルゲまでの道順をマーカーで描いて教えてくれてました。有りがたいけどこれ何だろなーと思ったので、あとでテントの文字を翻訳したら、これ消防署なんですよ。本物の消防がサンチャゴ巡礼のために業務として出張っていたらしいです。
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その翌年に行った北の道とイギリス人の道では消防署の隣に公営アルベルゲがあって、消防士が制服で受付しているアルベルゲにお世話になりました。
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マイナーな道では警察署で受付するアルベルゲや町役場で宿泊を申し込むアルベルゲもあります。上の写真はデバの町役場でアルベルゲの受付をしていました。デバの公営アルベルゲは何と駅の構内に建っていました。
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上の写真は銀の道にある人里離れた寂しい林の中です。こんな道なのにパトカーがゴトゴトとやってきました。私の隣に止まると「何か困ったことない?」と聞いてくれました。きっと巡礼者が事故に遭わないように見回りしてくれてるんだと思いました。
下の写真はポルトガル人の道ですが、どうもアンケートか巡礼統計でも取っているようでした。ポリスは巡礼に好意的で何度も親切にされました。
もっと驚くのはポルトガルの道でアルベルゲのない区間ではその代わりを消防署が果たしてきたのです(リスボンからポルトの間はアルベルゲがない行程が幾つかあります)。私は話の種に是非この消防署に泊めてもらいたいと3回チャレンジしましたが、運悪く全滅でした。でも、一緒に行動していたフランス人は消防署に泊めてもらえてました。羨ましかった。 -
写真はファティマを過ぎた一日目のカシャリアスの消防署です。ファティマのルートはサンチャゴ巡礼路から外れるのでアルベルゲはありません。期待を込めて消防署を訪れましたが残念ながらここには泊めるための用意がないと断られてしまいました。だが、あらかじめプリントされた紙を渡されて、その紙には「ここでは泊まれませんが後5キロ歩いた教会には泊めて貰えます」と、教会までの地図付きで印刷されていました。やっぱり消防署への一夜の宿をお願いすることは、まるきりの見当違いでは無かったのです。私はもうこれ以上歩きたくなかったので村唯一のホステルを紹介して貰いましたが、巡礼仲間のフィリップスはその教会に泊めて貰ったと後で聞きました。やるなフィリップス。
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これはポルトガル一の聖地ファティマまで一日手前の町 Minde にあった道標です。左矢印はファティマで、右矢印は消防署を指しています。と言うことは、この町の消防署は巡礼者を確実に受け入れていると言うことです。私もタイミングが合えば泊まりたかったです。フィリップスはここの消防署に泊めて貰ったと自慢していました。またやられた。
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そのファティマの地には歩いてきた巡礼だけを無料で泊めてくれる施設があります。SAO BENTO LABRE と言って、バジリカの裏手にあります。ちゃんと歩いてきたのか厳しくチェックされますが、私は2018年から2年続けて泊めてもらいました。だけどドナティーボの投入口があったので、いつものように1泊につき5ユーロずつ入れてみました。
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もしかして日本人の誰かが無料だと言い始めただけなのかな?実際はドナで泊めてるのに、ドナの箱に気づかなかっただけどか?だって無料で泊めると言う情報は日本人のブログでしか知らないし。謎です。
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「How to Camino de Santiago4 宿について」でも紹介しましたが、驚くことにスペインでは市役所の中にアルベルゲがありました。見知らぬ外国人を良く市役所の中に泊めるものだと舌を巻きました。定員はたったの2名だったのですが、この日は運良くカナダの男性と二人で泊まれました。
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教会や修道院がアルベルゲを運営している所はあちこちにありますが、病院の一角や幼稚園の隣に併設されていたアルベルゲもあり、そこではシスターが受付をしていました。
上の写真下段はポルトガルはマデイラの病院内に作られたアルベルゲMisericordia。正面に見えるのはリハビリ室です。Misericordia は「慈悲」と言うポルトガル語。慈悲の心で生活弱者をお世話していると想像しました。だから一般の病院とは違うようで、患者もそれらしい人たちが見受けられました。巡礼も慈悲の心でずっと受け入れてくれてたんでしょう。Misericordia は別の町でも目にしたので、ポルトガルにはこういった施設が時々あるようです。
2019年の日本。「史上最大の台風19号の為の避難所を台東区が設置したが、住所が無いものは入れないとホームレスが断られた」と言うニュースが流れました。中に入れて貰えなかったホームレスは、せめて体育館入口で雨風を凌ごうとしたが、そこさえも追い払われたそうです。生活弱者のための病院があるポルトガル。市役所の中に完全無料で巡礼を泊めてくれるスペイン、日本はスペイン・ポルトガルと比べれば圧倒的に富める国だがこの差はどうなんだろう。恥ずかし過ぎるぞ台東区、責任者出てこい。
◎欧米の誕生パーティー
アルベルゲで2回、誕生パーティーに出っくわしました。2回とも招待されて簡単なパーティーとなりましたが、欧米の誕生パーティーは誕生日の本人が皆にご馳走しますよ。日本とは反対です。もし自分が欧州で誕生日を迎えることになったら、みんなにご馳走することを前提にアナウンスしましょう。でないと欧米の人からは「招待されたのに何も出てこないなぁ」なんて思われちゃいますよ。
(日本に帰ってきてからボランティア先のイタリア人に聞いたら、イタリアでもやっぱり誕生日の本人がご馳走すると言ってました。) -
写真は2016年のポルトガル人の道での誕生パーティー。数日前から仲良くなったポルトガル女子がベッドで昼寝していた私を起こしに来てくれました。この子は英語が話せなかったけど「マイシスターバースデー」とだけは言ったので誕生パーティーなのが分かりました。自ら用意した細長いカステラにパチパチ弾ける花火を挿して、慎ましくもほのぼのとした誕生パーティーでした。カステラを小さく切り分けて配り、居合わせたみんなでそれぞれの国のバースデーソングを歌ってあげました。私はこの日、自分用に大きなフルーツミックス缶詰を買っていたので「ハッピーバースデーッ」と言ってプレゼントできたのが良かったでした。
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2019年のイギリス人の道ではスペイン青年が「今日は自分の誕生日だからバルに行ってワインを飲もう」と誘ってくれました。このときは20人近くが招かれて近くのバルに移動。ワインも料理も出たので誕生日の青年(オレンジ色のシャツ)の支払いを心配してしまいましたが気を利かせたスペイン小母ちゃんがカンパを集めてくれました。
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カンパで懐具合が持ち直したのか、兄ちゃんはバルにお願いして皆で食べるためのカステラケーキを出してきました。日本人なら20人からのパーティーなら予約しないのは考えられないですが、この日は料理もケーキも一切予約しないで兄ちゃんは行き当たりばったりに注文していたので、やっぱりスペイン人だなーと思いました。ポルトガルの時と同様、各国のバースデーソングを歌うことになりましたが、その後はダンスが始まって大騒ぎのパーティーになりました。最高に楽しかった。
◎英語は世界の共通語?
私の英語は中1程度のカタコトで、スペイン語に至っては2歳児ほどです。でも、巡礼の旅を重ねるに従って適当に喋ることに磨きが掛かってきたので、さほど不便も感じずに歩き続けることができました。でなきゃ5年も通わないですよね。 -
2017年銀の道の片田舎 Banos de Montemayorにあったアルベルゲの管理人は不思議な言葉を喋っていました。バスク語なんかなと思いましたが、どうも英語を喋っているらしいと気が付くまで少し時間がかかりました。英語ネイティブ以外の人も世界中からやってくるサンチャゴの道なので、みなそれぞれ癖のある英語を喋っていました。むしろ私にはネイティブの英語よりそれ以外の国の人が喋る英語の方が聞き取りやすいと感じました。更に、英語カタコト同士だと難しい単語は知らないので楽しく会話できました。
何日も一緒に行動してツインルームまで一緒に泊まったイギリスのトム爺ちゃんの英語はまったく聞き取れなかった。口の中でゴニョゴニョゴニョと喋るのでタダでさえ聞き取りづらいのに滑舌が悪くて何を言ってるのかさっぱりでした。
別の宿で一緒になったのは同じイギリス人でしたが、この人の喋る英語はカタコトの私を気遣って優しい英語を選んでくれたりゆっくり聞き取りやすく喋ってくれたので、こういうネイティブも居るんだなーと感心しました。まさにイギリス紳士と思いました。 -
そのトム爺ちゃんとフランス人3人と共に長いあいだ一緒に旅をしましたが、トムとフランス人二人がスペイン語が堪能だったので、このチームの共通語は英語ではなくスペイン語になりました(フランス人は誰も英語を話せなかった)。私の2歳児スペイン語でも同じ目的の旅をしているので、何となくですが大体通じました。
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また、2018年に歩いたマドリッドの道では3人の親父と10日間ほどを一緒に行動しましたが、イギリス、フランス2,そして私が日本です。イギリス人のボビーは英語しか話せないし、フランス人はジャン・マリーはフランス語とスペイン語、もう一人のフランス人クリスチアンはフランス語のみでした。年配のフランス人は殆ど英語を喋れませんでした。やはりここでは英語は世界の共通語ではありませんでした。それでも4人で仲良くずっと旅を続けました。毎日ふざけたりギャグを言ったりしたけど、どうやって意思疎通をしたのか今では不思議です。
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マドリッドの道後半になったらカナダ人のディミトリが仲間に加わりました。カナダ人のディミトリは英語とフランス語のどちらもネイティブだったので、ここでやっと共通語を自由に喋れる人が登場しました(私以外ね)。
◎電車について
4トラの皆さんはみんなご存知でしょうが、スペイン・ポルトガルの電車を利用して気が付いたことが幾つもありました。一口で言うと日本の鉄道がいかに優秀かと言うことです。 -
まず、あちらは時間が適当です。ポルトからスペインに戻ったこの列車も10分遅れで到着しましたが、特にアナウンスもなかったので、あちらでは少し遅れるくらいが普通のようでした。まぁ時間前に出発は困りますが、遅れるのは問題ないのでしょう。日本の鉄道の誤差は「秒」ですよね。それもどうかと思いますが。
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電車が発車するときにはアナウンスもベルも鳴りません。知らないうちにスーッと出て行くだけなので毎回ギョッとします。通過駅で停車するときも駅名を一度アナウンスするだけです。日本では次に停車する駅名は勿論、降り口はどっち側だとか接続する電車は何行きが何番線から何時何分に出るとか、お忘れ物ございませんようにと至れり尽くせりの放送があり、面倒見過ぎだろうとさえ思うことがあります。
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欧州全てじゃないかも知れませんが、列車は出発20分前にならないと何番のホームから出発するのか発表されないようです。日本では発券と同時にホーム番号が決まっているのに。おまけに乗り込む前には自らホームに設置してある刻印機でチケットに刻印しないと罰金もんです。下の写真はイタリアツアーの自由行動日に数人でピサに遊びに行ったときの刻印機です。何人かの人は初体験だったので、一緒に行動した男性がレクチャーしています。この中に三浦友和の従姉妹がいてビックリしました。
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日本でも自転車を列車に乗せることは出来ますが(輪行)、その場合は必ずコンパクトにした自転車を梱包しないといけません。でも欧州の鉄道って自転車はそのまま乗り込んで来ます。私は若い頃に輪行の旅を何度もしていたので、最初に見たときは「えっいいの?」と思いましたが、こっちでは良いようです。ペットもケージに入れることなく乗ってしまえるらしいです。本当に自由と言うか適当と言うか。
以前、日本のニュース番組で外国の鉄道視察団がやってきた様子を流していました。電車が駅に到着すると数分の間に座席の向きを直したり残された雑誌・新聞の回収や車内の清掃を素早くこなしているのを視察団の人たちが目を丸くして見ていました。その時は、何を当たり前のことをと思っていましたが、スペインで利用した電車は座席が進行方向と逆を向いていました。終点に到着して逆方向に出発する電車なのに、座席の向きを変えないし、掃除もしないんですね。あの視察団が驚いていたのが数年後にやっと理解できました。偉いぞっ日本の鉄道。
◎郵便 -
欧州の郵便ポストは殆どが黄色でした。ポルトガルではひとつだけ赤がありましたが、これが標準ではない気がします。どうなんだろ?
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2016年、この人はマドリッドの郵便ポストから郵便物を掻き出していました。えっ怪しい奴と思いましたよ。素足にズック、Tシャツにデニムの半ズボンじゃそう見えるのは当然ですよね。日本ではちゃんとした制服の郵便局の人が赤い郵便局の車でポストの回収はやってるを見ていたので、まさか郵便泥棒じゃないだろうなと一瞬思いました。でもこれがスペインでは普通のようです。回収した大事な郵便物もレジ袋に入れて下げてました。あらあらです。
マドリッドの道で会った郵便配達さんは、普通の主婦が配っていたので私は気づかなかったけど、ボビーが郵便配達だよと教えてくれました。この女性も適当な袋に郵便物を入れてました。 -
2018年、ポルトガルでも同じような人を見ました。前にも見ていたので「あぁまたこういう人がやってるのか」と思った位で驚きはしませんでしたが、ポルトガルでも同じことやってるんだなぁと思いました。こちらはレジ袋じゃない分、まだマシでした。
◎トイレ事情
トイレは場合によっては飲み食いより重要な問題だと思います。日本には公の施設はもとより、私営の施設にまでありとあらゆる場面に公衆トイレはありますよね。私の住まいの近くには敷島公園と言うのがあって、よくウォーキングで訪れます。この話を思いついたので公園内のトイレを勘定してみました。丁度10カ所ありました。ところがところが、スペインを始め欧州には公衆トイレと言う物が殆ど見あたりません。外でトイレが必要な時はどうしてるんでしょう? -
写真はパリの町中にあった公衆トイレです。無料でありがたいですがこれ本当に数が少なくて場所を知っているパリ市民なら別ですが、観光客がこれ探すのは至難の業と思います。脂汗を流しながら探すより、小銭を握りしめてカフェに飛び込みましょう。
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スペインの首都マドリッドの主要駅であるアトーチャ駅でさえ有料トイレだけでした(私の知る限り)。仕方ないから0.6ユーロ払いましたよ~。背に腹は代えられませんから。まぁそれだけに綺麗でしたけどね。
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サンチャゴ・デ・コンポステラまで公衆トイレは広場の坂を下った警察署前に1カ所あるだけでした(これは重要なので地図を作ってみました)。では欧米の人たちは一般的にトイレはどうしているのか!?バルやレストランを利用してるんですね~。もちろんコーヒーなどを一杯飲む必要がありますし、駅やバスターミナルのトイレでさえ有料だったりします。もちろん有名観光地と言えども公衆トイレを探すのは一苦労です。
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驚いたのは国境をまたぐバスなのにトイレは有料だったことがありました。反対に、トイレの無い長距離バスの場合は時間ごとにドライブインで休憩してくれて、そこには無料のトイレがあったのでトイレナシの長距離バスの方が有りがたかったです。トイレに関しても本当に日本はありがたいと心から思います。
いかがでしたか、日本と違っている所を目にするのは楽しかったですが、トイレだけはもっと広まって欲しいなぁ。おもしろ話はまだまだ発掘できそうですが、きりがないのでここらで切り上げます。
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この旅行記へのコメント (3)
-
- Mugieさん 2022/06/28 15:01:36
- おもしろい考察ですね
- いろんな国の人が集まる旅は楽しそうですね。
女性は下着姿でふらふらするのは意外でした。
共同シャワーも気恥ずかしいですが、まあ日本にも混浴の温泉がありますからね。
平気な人は平気なのかも。
ドイツやスイスでは新入社員歓迎会は新しく入った人が主催し、皆をもてなすと聞きましたが、誕生日も同じなんですね。
外国語なまりの英語ですが、たまに私のジャパングリッシュが通じないと凹みます。
きっと初めて遭遇した日本人なんだろうと思うようにしています(笑)
ムギー
- おくさん からの返信 2022/06/28 17:33:41
- Re: おもしろい考察ですね
- ムギーさんコメントありがとうございます。
ムギーさんのパリ頼りも期待していますよ。
新人歓迎会を自らの手で!
やっぱり外国は日本とは根本的な考え方が違うんでしょうね~。
日本は「君たちを歓迎するよ」に対して、欧州では「私を宜しくお願いします」と言うことなんでしょうか。
面白いものです。
- おくさん からの返信 2022/06/28 17:44:02
- 追加です
- すみません操作間違いで投稿されちゃいました。
続きです。
私の英語もスペイン語も聞く方の想像力に期待してるので、通じなくてもへっちゃらです。
最後の手段はいつもボディアクションでした。
それと、英語ネイティブ以外の自由な英語を知ったお陰で、ジャパニーズイングリッシュで良いんだと変な自信を持ってしまいました。
大事なのは正しい発音や正確な文法より、伝えたいと言う情熱だと思いました。
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