2013/10/09 - 2013/10/09
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Masakatsu Yoshidaさん
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現在、ロシアによるウクライナ侵攻で、ロシア軍が住宅、学校、病院などをミサイル攻撃し、一般市民のみならず子供や病人なども含めて虐殺しています。この大量殺戮は、ヒットラー時代のナチスによるホロコーストを想起させます。
私は予てよりアウシュビッツのホロコーストに関心を持っていたので、2013年にフランスを旅した折、パリからポーランドのクラクフを訪れました。
旅程は、次の通りです。
10月 8日(木) パリからeasyJetのフライトでクラクフに移動
10月 9日(金) アウシュビッツ訪問
10月10日(土) クラクフ観光及ポーランド人の友人と会食
10月11日(日) クラクフからからeasyJetのフライトでパリに移動
第二次世界大戦において行われたナチスによるホロコーストは、人類史上もっとも大規模な虐殺でした。これにより、ヨーロッパのユダヤ人600万人が犠牲になったといわれています。第2次世界大戦における日本の戦没者数が約310万人ですから、その2倍にもなります。
(注)これは戦勝国による推算なので、公平に試算すると過大な数字になってい折ると反論もあります。
ナチスドイツの強制収容所は、ヨーロッパ各地にありましたが、死者数はアウシュビッツが最大でした。この強制収容所はポーランドのクラクフ近郊にありましたので、この機会に英語のガイド付き日帰りバスで出かけました。
強制収容所の収容者は極めて悲惨な条件で労働することを強制され、更に銃殺、飢餓、病気、虐待などで死亡しました。その結果、死者の総数は150万人と言われます。悲惨な出来事だったことは事実ですが、その死者数は信じがたい数字でした。
この収容所で目撃した施設や殺戮関連設備・器具は次の通りです:
【アウシュビッツ】(正式名称はアウシュビッツ第一強制収容所)
・収容所の入口(Entrance to the camp)
・第11号棟(Block11):毒ガスで大量虐殺の実験を行った施設。
・火葬炉(Cremation furnace)
・チクロンB(Cyclon B)を詰めたキャニスター:殺害ガスを発生させるシアン化合物を詰めていました。
【ビルケナウ】(正式名称はアウシュビッツ第二強制収容所)
・メインゲートと鉄道の引き込み線(Main gate and railroad spur)
・ガス室の破壊跡(Ruins of gas chamber)
・見張り塔(Watch tower)
・収容所の室内の様子(Interior of wooden barrack)
・国際慰霊碑(International Monument to the Victims of the Auschwitz-Birkenau Camp)
- 旅行の満足度
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- JAL イージージェット
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
アウシュビッツの位置。
ポーランドの南東にあり、チェコとの国境に近いところにあります。 -
1944年頃のアウシュビッツ周辺の地図。
アウシュビッツ収容所は、アウシュビッツIとアウシュビッツII(ビルケナウ)の2か所で構成されています。
(United State Holocaust Memorial Musiumのウエブサイトより転載して編集した資料) -
アアウシュビッツ収容所のレイアウトです。
赤色で囲った第11ブロックは、毒ガスで殺戮試験をした施設です。
収容所の周囲は、高さが13フィート(約4m)で電気を流した有刺鉄線が設置されています。
(United State Holocaust Memorial Musiumのウエブサイトより転載して編集した資料) -
さて、収容所の内部を見学します。
ここはアウシュビッツ第一強制収容所の入口です。
この第一収容所は、1940年5月に開所されました。多い時には20,000人が収容されていましたが、主としてソ連兵捕虜とポーランド人政治犯でした。
頭上の看板には「ARBEIT MACHT FREI」(働けば自由になる)と書かれていました。しかし、実は真逆の現実でした。 -
第11号棟の建物です。
毒ガスで大量虐殺の試験が行われた施設です。
全くおぞましいことがなされていました。
-
“黒い壁Black wall”(別名の壁)と呼ばれる場所。
第10号棟(虐殺試験棟)と第11号棟(人体実験棟)の間にあり、死刑の判決を受けた収容者を処刑する場所でした。 -
チクロンBと呼ばれる毒ガス発生物質(シアン化合物)詰めていたキャニスター。これがガス室で使われました。
展示品は、収容所の地面から掘り出された空き缶です。 -
火葬炉です。
この設備は、340人の死体を焼却できる能力があったそうです。 -
【Birkenau】
ビルクナウ強制収容所のメインゲート。
所内には、鉄道の引き込み線が敷かれています。
この収容所は、1941年10月に開所されました。
1944年のピーク時には、90,000人が収容されていましたが、殆どがユダヤ人でした。 -
ガス室の破壊跡です。
ナチスが証拠隠滅のために破壊した様です。 -
監視塔です。
強制収容所は電流が流れる有刺鉄線のフェンスで囲まれており、多くの監視塔がありました。
そこには、機関銃と自動小銃を装備した護衛兵が立っていました。従って、アウシュビッツからの逃亡は、ほぼ不可能でした。 -
収容者用宿舎の内部。
収容者たちは木の厚い板の上に、一区画当たり5~6人が押し込められていました。
窓のない原始的な宿舎に収容され、暖房や防寒の措置は無かったので、収容者は冬場になると凍える様な寒さで辛い思いをしたことでしょう。
-
国際慰霊碑。
この碑文はフランス語で書かれていますが、日本語訳は次の通りです。
“この地が永遠に絶望の叫びと人類に対する警告であるように。
ここでは,ナチスが,約150万人の男,女及び子供を殺害した。
それは,主に,ヨーロッパの様々な国のユダヤ人であった。
アウシュビッツ-ビルケナウ
1940-1945年“
第一・第二強制収容所の遺構は第二次世界大戦の悲劇を後世に語り継ぐべきものとして、ユネスコの世界遺産に登録されました。いわゆる「負の世界遺産」です。 -
現地で購入した”アウシュビッツ・ビルクナウ”のガイドブック(英語版)です。
絵ハガキサイズで、簡単な添書きが書かれた約30枚の写真が掲載されています。 -
Sybille Steinbaccher著アウシュビッツの歴史(Penguin Bookas出版)と言うタイトルで165頁の英文で書かれた書籍です。
著者はできる限り真実を明らかにしたいと言う意図を感じる本です。
(最後に)
広島への原爆投下では、死者は14万に達したと推定されています。従って、アウシュビッツで殺戮された犠牲者の数が150万人にのぼり、広島での死者数の約10倍に上ると言う推測は不自然と考えました。そこで、信ぴょう性をチェックしてみました。
3年間の死者が1,500,000とすると。次の計算に示される通り、この期間中は毎日欠かさずに殺害された死者が1,000人になります。現実に起こったこととは思えません。
1,500,000人÷ (365日/年 x 3年) ? 1,000人/日
死者数は兎も角として、アウシュビッツで起こった惨事は、広島の原爆と同様に、決して起こってはならぬ出来事です。
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