2022/05/01 - 2022/05/02
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mistralさん
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一番心配だった宿がとれたので、いよいよ金沢の旅が実現することになった。
いざ金沢までやってきてみると、想像以上に観光客も多いことが分かった。
特に若い世代の人たちが、カップルでレンタルの着物を着て、街を歩いている。今や古都を歩くには着物で、がファッショナブルになっているのかもしれない。
最初の日の5月1日はやはり定番の兼六園へいってみた。
想像していたよりも見どころの多い庭園ということがわかった。
翌2日は、前日に回り切れなかった百万石通りに連なる建築物を見て歩きます。
(表紙写真は兼六園にて撮影)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 新幹線
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
5月1日
早めにチェックインさせていただき
宿でしばらくくつろいだら元気が出てきて
おりから雨も止みそうな気配になり
街を歩いてくることにして外へ出た。
カフェのオウナーのお話しでは、
金沢のお天気はいつもこんなふう、とのこと。
雨が上がったと思うと、やがて降り出してくるそう。
歩いてすぐのところにある
本願寺金沢別院。 -
堂々たる山門。
親鸞聖人が越後へ流罪になられたという道筋を
第3代覚如上人がたどられた折
草庵をしつらえて本源寺と名付けられたそうで
そこで第2代如信上人の13回忌を勤められたことに起源があるそうだ。
別名を西別院と呼ばれ、近くには東別院もあるようだ。
浄土真宗の一向宗の拠点であったそうだ。
(加賀の一向一揆: 1488年、加賀の国の守護大名、富樫政親(とがしまさちか)が、あまりにも一向宗の力が強いことに危機感を抱き、一向宗を弾圧しようとしたが、その弾圧に反対し、約100年にわたり、信者たちによって領地の支配が行われた。1580年、織田信長によって鎮圧されるまでの約100年間、信者による自治が行われた。) -
寺院を右にみながら、ぐるりと回りこんで歩いていくと
どうやら幼稚園を併設しているようだった。
藤蔭幼稚園というらしい。
こんな立派な寺院の中にある幼稚園ってどんな?と興味が。
ちょっとホームページを覗いてみたら、自然と触れ合う活動など
豊富で楽しそうな幼稚園。 -
「角島家住宅店舗」
金沢別院を通り過ぎたところにある登録有形文化財の
この建築物を捜して歩いていた。
安江町北交差点のすぐ前にあったのだが、すぐには
それと気付かなかった。 -
一階には現在お花屋さんが入っていて
入口は植物で覆われているせいか
道路を歩いていると全容がつかみにくかった。
昭和3年(1928年)建築、木造3階建、切妻造、銅版一部桟瓦葺。
正面一階はスクラッチタイル貼り、2階以上が銅板張り。
金沢市内で外壁に銅板をこれだけの規模で貼っている物件は
もう現存していないそうだ。 -
植物に覆われた壁面に隠れていた
登録有形文化財との標識をやっと探し出した。
近くには「木村家住宅」もあるようで探してみたが
道路からは板塀に遮られて全体像が良くわからず、個人のお住まい
でもあるようでそのまま通りすぎた。 -
夕方近くになっていたのでタクシーで兼六園までやってきた。
ここは桂坂口。
一度来たことがあるけれど、それももう数十年前?
入場料をお支払いするが、ここは無料だった。
(免許証を提示して、65歳以上は無料となる。) -
モフモフの苔に覆われた斜面が続く。
-
兼六園の「六」には
初めて知ったことだが、意味があるそうだ。
「広大」広々として明るく開放的な様子。
⇔「幽邃 ゆうすい」深山のような静寂さ。
「人力」人工物が多くみられる。
⇔「蒼古」風情のある昔ながらの自然を感じさせる。
「水泉」高台にあっても水の流れを演出している。
⇔「眺望」高台にあり、市街・白山山系を見渡せる。
上記のような六つの景観「六勝」を備えているそうだ。
(⇔は相反する事がらを表しているようだ。) -
園内マップ
ほとんどピンクで表された線にそって歩いたようだったが、
せいぜい3分の1の部分だった。 -
この辺りは、かつての桂の大木にちなんで
「桂坂」と名づけられているそう。
桂の木と思って撮ったが、
もしかしたら別の木かもしれない。 -
霞ヶ池 徽軫(ことじ)灯篭
霞ヶ池は園内では最大の池。
灯篭は、その形が琴の絃(いと)を支える
琴柱に似ていることに由来するらしい。 -
この灯篭を背にして立てる、おあつらえ向きの橋「虹橋」
があり、そこで記念写真を撮るため長い行列ができていた。
グループで立つと、次のグループの人が順次
撮影をしてあげる、という流れが自然にできていた。
私たちは遠巻きに見ていただけ。 -
「唐崎松」
多分、多くの写真にあるのと反対側から撮影してしまったようだ。
園内随一の名木だそうです。
13代当主斉泰(なりまさ)が「琵琶湖の唐崎」から種子を
取り寄せて育てた黒松。 -
左手に広がる眺望台。
180度のパノラマが広がるポイント。
金沢の町並だけでなく、晴れた日には
日本海や能登半島まで見渡せるそうだ。 -
「雁行橋」(がんこうばし)
雁が夕空に列をなして飛んでいく姿を11枚の
石で表現している。
一枚一枚は亀の甲羅の形をしているので、
別名亀甲橋(きっこうばし)ともいうそう。
現在は保護のため渡ることが出来なくなっている。 -
おりから躑躅が満開だった。
木の刈込はいつしたら
こんなふうに開花してくれるのかしら?
(いつもアジサイの剪定で失敗しているので。) -
庭園の中とはいえ
深山幽谷の趣が感じられて
表紙に使ってみた写真。 -
成巽閣(せいそんかく)
前田家奥方御殿
(重要文化財)
「江戸後期、加賀百万石前田家を代表する建造物。
色彩と花鳥で彩られた12代奥方の御殿は、華やかさと
優美な意匠に満ちています。京都の二条城と共に
江戸時代御殿建築様式を伝える希少な事例です。」
と入口の貼り紙に書かれていた。 -
御所人形展を開催中のようだ。
-
13代藩主斎泰が1863年、母・青龍院の為に
造営した奥方御殿だそうだ。 -
大名書院造りと数寄屋風書院造りの二つの
様式を持つそう。
内部は撮影禁止。
数多くの御所人形がショーケースに展示されていた。 -
再び庭園内を散策。
「竹根石手水鉢」(たけにしちょうずばち」
「この手水鉢は竹の化石のように見えるため、この名
があるが、椰子類の茎と根の化石で、学術上極めて
珍しい」と立て看板にあった。 -
「瓢池」(ひさごいけ)
昔この辺りを瓢池庭といい、兼六園発祥の地である。
池は瓢箪形をしているのでその名がある。 -
-
「伯牙断琴の手水鉢」(はくがだんきんのちょうずばち)
表面には中国の琴の名手「伯牙」が
自らの琴の音を最も理解してくれていた友人の死を悲しんで
一生琴を奏でないことを誓ったという故事が浮き彫りに
されているそう。
周囲は薄暗くなっていて、遠くから撮影したこともあって
浮き彫りは確認できなかった。 -
そろそろ夕暮れ近くなってきて
灯りがともり始めた。 -
茶店がずらりと並ぶ通りまで戻ってきた。
桂坂口から入場した折り、右手に見えていた通りだ。
ぐるりと一周してきたことになる。 -
堤亭
築100年以上の建物。
創業は明治21年になるようだ。 -
二階席では、金沢名物治部煮なども
いただけるようだった。 -
多分、二階席からは
こんな金沢城の景観が見られたかもしれない。
(この写真は兼六園をでて道路際で撮ったもの。)
金沢城は明治時代の火災でほとんどを焼失し、
全て木造で復元されたことから、明治以降に建てられた
木造城郭建築物としては日本最大規模を誇るようだ。 -
兼六園を出て、前方に歩くと
間もなく見えてくるのが「石川門」
橋を渡る際、下は道路になっているが、昔はお堀だったそうだ。
宝暦9年の大火(1759年)により全焼したが、11代藩主の代の
1788年に再建。
その後も修理等を重ねながら現在の姿になっている。
重要文化財。 -
石の積み方が
二面とも変わっているのが面白い。 -
入場するとすぐ目の前に広がるのは
「三の丸広場」
奥に見えるのは「五十間長屋」という大きく長い建物。
長屋というと住居を想像するが、武器や食料を保管して
おく倉庫として利用されたもので、城を守る城壁
としての役割もかねていたようだ。
約90メートルの長さがあり、平成13年に120年ぶりに
復元されたそうだ。
ここまで歩いてきて、空には黒雲が立ち込めてきて
今にも雨が降り出しそうになってきた。
夕方でもあったし、引き返してタクシーに乗り込んだ。 -
やってきたのは近江町市場。
日曜日の夕刻でもあり、多くの店は閉店の準備中、
あるいはすでに閉店しているところもあった。 -
そんな中、「ひら井」というお店から職人さんらしき方
が出てきたので、食事ができるかどうか伺ったら
「ひら井いちば館店」では営業していることを聞き、
歩いてもすぐ近くの、いちば館店までやって来た。 -
海鮮丼が名物のお店。
ここで日本酒とともにいただいた特選海鮮丼は
新鮮な魚介類のネタが山盛りで
堪能しました。 -
-
ここからは表参道をまっすぐ辿ると
お宿までも徒歩圏。 -
途中にみかけた町屋建築。
-
-
こうしてお宿に帰りつき
金沢一日目は終わった。 -
翌日の5月2日
どうやらお天気も良くなってきたようだ。
月曜日なので、あいにく美術館は休館のようだ。
祭日の月曜日はもしかしたら入場可能?との期待を抱いていたが
21世紀美術館は休館。
仕方なく、百万石通りを挟んで反対側に位置する「しいのき迎賓館」
へやって来た。 -
正面には「堂形のシイノキ」がシンボルになっている。
(堂形とは江戸時代の旧県庁周辺の地名を指すようだ。
初代利家が1595年に的場を造らせ、その建物が
京都三十三間堂を模していたことから「堂形の的場」と
称されたのが始まりで、以来この地は堂形とよばれる
ようになった。)
一対のスダジイの推定年齢は400年ともいわれ、根元まわりは
最大で12メートル、高さは13メートルある。 -
-
旧県庁の建物をリニューアル。
大正13年(1924年)建築。
パネルには石川県の地図が漆塗りで制作されているそう。
蒔絵の上に沈金が施されている。 -
内部に入っている
レストラン「ジャルダン ポール・ボキューズ」 -
当日の予約は満席。
-
ブルー系のステンドグラスは、1924年にこの建物が
建築された当時から設置されているもの。 -
-
アールデコの雰囲気の照明。
-
反対側は現代的な、ガラス面を多用した
広い芝生に面した明るく開放的な空間。 -
入口近くにあったタイル。
-
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-
すぐ近くにも
綺麗な煉瓦造りの建物があった。
武家屋敷へ向かいながら
歩きつつの見学。 -
「旧第四高等中学校本館」との立て看板。
(重要文化財 昭和44年3月12日指定)
明治24年7月竣工
明治27年9月、第四高等学校と改称
昭和25年3月、学生改革により閉校した。 -
本館の屋根は寄棟造、外観は腰回り、軒回りに
釉薬煉瓦や白煉瓦を用い、壁面の赤煉瓦との
コントラストも美しく
折からの新緑に映えている。 -
「石川四高記念文化交流館」と名称がかわり
四高の歴史と伝統と伝える展示に加え
教室を多目的に利用できる「石川四高記念館」と
泉鏡花、徳田秋声、室生犀星など、石川県ゆかりの
文学者の資料を展示する「石川近代文学館」から構成。
平成20年4月に生まれ変わったそうだ。 -
屋根には、棟飾りや雪止めの金物のグリルをのせ、
煉瓦造りの煙道を6か所に立っている。 -
四高生記念像
-
昭和33年に建てられた。
明治・大正・昭和3代の四高生を表している。 -
正門脇にある守衛所。
四高本館が落成した明治26年に同時に建てられたもの。
昭和42年、本館を郷土資料館として活用する際、
現在地に移動されたようだ。 -
井上靖氏による詩文が彫られた横長の石碑。
氏はここ旧制第四高等学校で、柔道に打ち込む青春時代を過ごしたそうだ。
本格的に小説に取り組むまでに書き溜めた詩集「北国」に収められている散文詩「流星」をこの碑文のために書き直したものだそう。
「流星」
高等学校の学生の頃、日本海の砂丘の上で、ひとりマント
に身を包み、仰向けに横たわって、星の流れるのをみたこ
とがある。十一月に凍った星空から、一条の青光をひらめ
かし、忽焉とかき消えたその星の孤独な所業ほど、強く私
の青春の魂をゆり動かしたものはなかった。
それから半世紀、命あって、若き日と同じように、十一月
の日本海の砂丘の上に横たわって、長く尾を曳いて疾走す
る星を見る。併し心打たれるのは、その孤独な所行ではな
く、ひとり恒星群から脱落し、天体を落下する星というもの
の終焉のみごとさ、そのおどろくべき清潔さであった。
井上 靖 -
-
このまま歩いて武家屋敷跡まで向かっている。
長くなりそうですので後編へ。
「長町武家屋敷跡」へと続きます。
この金色の球体はなんだったのかしら?
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この旅行記へのコメント (4)
-
- しにあの旅人さん 2022/06/15 05:43:51
- 良さげな街ですね。
- 金沢は行ったことありません。北陸そのものが、学生時代ドライブで通っただけ。金沢発高岡までという、能登半島一周を計画したことがありますが、計画だけ。
「角島家住宅店舗」銅板張りですか。木造で重量を支えられるのですね。青いのは緑青?
金沢は銅板張りの家を作る伝統があるのですか。他の都市ではあまり聞いたことがないのですが。
兼六園の「六」の意味、初耳。なるほど。
「成巽閣(せいそんかく)前田家奥方御殿」
このお家、どのくらいの広さだろう。mistralさんにあげると言われたら、もらって暮らせるくらいですか。
旅館にして儲けるとかいうのは、だめ。
大きなお城みたいなのは、掃除を考えるだけで、もらう気にはなりません。
今まで唯一貰ってもいいなと思ったのは、ベルサイユ宮殿付属のプチ・トリアノン。マリー・アントワネットが好んで暮らしたという建物。なんとか掃除できそうでした。
この成巽閣も、自分で掃除するのでなければ、住みやすそうです。
「青龍院」さんも嬉しかったことでしょう。「斎泰ちゃん、ありがとう」と言ったに違いない。
金沢とナンシーは、確か40年くらいの姉妹都市関係なのですが、何か、アール・デコの雰囲気がありましたか。ナンシーといえば、アール・デコの本場です。
「しいのき迎賓館」がなんとなくそれっぽいのですが。
- mistralさん からの返信 2022/06/15 13:15:23
- RE: 良さげな街ですね。
- しにあの旅人さん
こんにちは。
今回は、あの博多人形が登場する旅行記にコメントをお送りしようと思っていたのに、
先を越されてしまいました。
> 「角島家住宅店舗」銅板張りですか。木造で重量を支えられるのですね。青いのは緑青?
> 金沢は銅板張りの家を作る伝統があるのですか。他の都市ではあまり聞いたことがないのですが。
銅板張りの家は、金沢では実際はどうだったのかはわかりませんでしたが、
他の地には結構あるようです。銅板を屋根材として使うのではなく、壁面、特に道路に面した側にデザイン、耐久性などから貼るようです。
多分、緑の色は緑青でしょうね。薬品で人工的に加工してしまうこともあるようです。
建築家の藤森照信氏が「看板建築」と名付けた商店建築物とか、他にも民家にもあるようです。
> 兼六園の「六」の意味、初耳。なるほど。
私も初めて知ったことでした。なるほどね〜そんな感じだったので、書きました。。
> 「成巽閣(せいそんかく)前田家奥方御殿」
> このお家、どのくらいの広さだろう。mistralさんにあげると言われたら、もらって暮らせるくらいですか。
もしいただくのであれば、もう少しコンパクトで戸締りがしっかりできる、
快適な家が良いですね。
広さを調べてみましたが、わからず、、、とにかく維持、管理は悩ましそうです。
> 旅館にして儲けるとかいうのは、だめ。
儲かる前に経営難に陥りそうですね。
> 大きなお城みたいなのは、掃除を考えるだけで、もらう気にはなりません。
> 今まで唯一貰ってもいいなと思ったのは、ベルサイユ宮殿付属のプチ・トリアノン。マリー・アントワネットが好んで暮らしたという建物。なんとか掃除できそうでした。
プチ・トリアノン、いただけるのなら私も欲しいです。
> この成巽閣も、自分で掃除するのでなければ、住みやすそうです。
> 「青龍院」さんも嬉しかったことでしょう。「斎泰ちゃん、ありがとう」と言ったに違いない。
そうですよね、大名の奥方、母君は、掃除の心配などはなさらなかったでしょうからね。
> 金沢とナンシーは、確か40年くらいの姉妹都市関係なのですが、何か、アール・デコの雰囲気がありましたか。ナンシーといえば、アール・デコの本場です。
ナンシーといえば、アールデコよりほんの少し時代を遡るアールヌーヴォーで有名な街ですね。
ナンシー派美術館や、街歩きをしましたが、アールヌーヴォー建築が目白押しの
見どころの多い街でした。
金沢とは姉妹都市でしたか。
どちらも文化かおる工芸の街、とのご縁でしょうか。
> 「しいのき迎賓館」がなんとなくそれっぽいのですが。
しいのき迎賓館は、おっしゃるとおりアールデコを意識して建てられたように思いました。(そのような記述がなかったので、コメントには書きませんでしたが。)
いつも丁寧にご覧くださり、ありがとうございます。
mistral
-
- salsaladyさん 2022/06/11 11:54:39
- 伯牙断琴の手水鉢~
- ☆細かい処にも目の行き届く記録ですね。加賀藩の前田公の事も、『加賀屋』とかかわりが有ったのかな?なんて想像するばかりで。。。
☆同じ月に北陸へ出かけた割には歴史的なことは何も勉強していかなくて、ただ自然の美しさに圧倒されただけの旅でしたが。。。北陸も過疎に晒されている地なのでしょうね。色々な自治体とのコラボ企画が目につきました。
☆入り口の金沢は、今のところご無事なんですね。~see you~
- mistralさん からの返信 2022/06/12 10:53:09
- RE: 伯牙断琴の手水鉢?
- salsaladyさん
こんにちは。
伯牙断禁、、、そういえば、私もこの言葉に接したときに
一体何のことやら?と思いながら、一度調べてはみたものの
放置してしまいました。
琴の名手、伯牙さんが、自らの琴の音を最も理解してくれていた
友人の死を嘆き、一生琴を奏でないことを誓った、という
その様子が浮き彫りになっていたそうでした。
遠方から撮影していて、夕方でもあり、その手水鉢の様子までは
わかりませんでした。
説明が足りませんでしたね。
後程、コメントに書き加えておきます。
> ☆同じ月に北陸へ出かけた割には歴史的なことは何も勉強していかなくて、ただ自然の美しさに圧倒されただけの旅でしたが。。。北陸も過疎に晒されている地なのでしょうね。色々な自治体とのコラボ企画が目につきました。
>
能登半島を更に進みたかったのですが、時間的な制限もあって
行くことができませんでした。
行っていたら、salsaladyさんのように、自然が織りなす風景の美しさ、
荒々しさに圧倒されただろうと思いますと、せっかくの機会でしたのに
残念なことでした。
旅した時期、天候、まわった地、などによって
印象は随分変わってきますね。
一度だけではすべてを見てくることが出来ず、
それが次の旅への原動力になってくるように思います。
(単なる、旅したいとの言い訳かも。)
mistral
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旅行記グループ 金沢
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