2007/12/29 - 2008/01/03
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mugifumiさん
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2007年12月29日から2008年1月3日の6日間にかけて中国の雲南省を訪ねるJTBのツアー「雲南省大満足」の旅に参加しました。
この旅行記は、その第3弾で旅行4日目の新年の1月1日に訪問した大里の「崇聖寺」や「倒影公園」、「白(ペー)族の村」、「大路古城」の観光の模様をお伝えします。
<巻頭写真は、崇聖寺三塔です。>
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
-
<麗江の朝食>
この朝食は、12月31日の朝に撮影した朝食です。
麗江のホテルTREASURE HARBOUR INTERNATIONAL(麗江大港旺寶国際飯店)には、30日、31日と二泊し、新年はこのホテルで迎えました。
「新年明けましておめでとうございます。」と日本の皆様にメッセージを送りたいところです。
さて、この日は、麗江のホテルを出発して大里に向かいます。
大里までの距離は、190㎞、時間にして3時間半の長旅になります。
ところで、日本の年末年始は寒い!と思いますが、雲南省は、畑に豆やにんにくの青い葉が風に揺れていましたので、「こんなに暖かいのか!」と思ったものです。
大里のこの天気は、晴れ、気温3度~15度となっていましたので、日本よりも過ごしやすかったのではないでしょうか?
肝心な朝食の味ですが、肉、野菜などが豊富で美味しそうでしょう!
ヨーロッパのホテルに持って行きたい気分です。
こうなると、大里での昼食が楽しみですね!
本日の観光は、はじめに大里の周城で「藍染め工場見学」ですが、その前に大里の「段仕酒楼」という店で昼食をいただきました。
もう食事の場面は見たくない!?
まぁ、そう言わずに、食は人生の楽しみであり、また、民族の文化でもありますので、ご覧いただきたいと思います。
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<宿泊したホテル>
二泊した麗江のホテル麗江大港旺国際飯店です。 -
<大里での昼食料理>
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<同じく>
見た目も良く、美味しそうですね。
この二品を含めて五品も用意されていました。
料理の数が多いのも中国風でしょうか?
食べた感想?残念がら覚えておりません。 -
<染め物工場>
さて、話を染め物工場に戻していただきます。
なぜ染め物工場を見学したのか定かではありませんが、旅行ツアーには、こういう買い物のような行動がセットされていることが多いので、もしかしたらその一環かもしれません。
でも、こういう藍染めに興味がある方も大勢いると思いますので、悪くはないと思います。 -
<同じく>
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<藍染めの展示品>
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<ニワトリ>
藍染めに興味がない小生は、外でニワトリと遊んでいました。
さて、ここに20分くらい滞在して、喜州の宝城府に向かいました。 -
<喜州宝城府>
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<建物の入口>
これでは、中の様子が分からない?
ごもっともですが、この後、建物の中や民族舞踏などが出てきます。 -
<中央の広場と建物>
宝城府の中央には大きな広場があり、広場を四方から囲むように2階建ての建物が建っています。
私たちは、一階で結婚式場のようなところを見てから、2階に上がりました。
二階からは建物の全景が見渡せるようになっていました。
私たちが一階に下りますと、左奥の大きな部屋で白族の若者による歌舞音曲が始まっていました。 -
<民族衣装と踊り>
結婚式での踊りのようですが、女性の白い民族衣装が印象的でした。
この演技が始まる前には、お茶(三道茶)をお客一人一人にふるまっていました。
私たちは、何が始まるのか興味津々で若者が演じる踊りに見入っていました。 -
<同じく>
ここを約1時間見学して、次に向かったのは、大里の象徴のような三塔がある「崇聖寺」です。 -
<崇?君寺三塔>
崇聖寺ではなく「崇茎(くさかんむりがない)寺」という建物の門を潜りますと、正面に三塔が高く聳えていますが、三塔に行く寺の大きな建物が並ぶところにカートで向かいました。
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<遠方に三塔が!>
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<カートに乗る>
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<広大な広場から>
カートを降りたところには、名前は分かりませんが、中国らしい大きな広場と建物立ち並んでいました。
建物の中には、大きな仏像が鎮座しているそうです。
中の様子も見ているはずですが、広大な敷地に立つ大きく色鮮やかな建物群に圧倒されて関心が薄れてしまったのかも知れません。
その広大な敷地から見える多くの建物や周辺の光景などをご覧ください。 -
<茶褐色の屋根>
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<大きな広場に立つ建物>
視界が広すぎてカメラに収まらないのが残念ですが、正面の建物の向かいは大きな広場になっています。
カメラで撮影している場所が一番高く、段々下がっていきます。
三塔が見えない?
三塔は、左方向にあると思いますが、三塔に向かう前に大きな広場に出ました。 -
<同じく周辺の光景>
-
<大雄寶殿>
この建物は、広場に行く前に撮影した建物で、線香をあげるための立派な台が置かれていました。
建物には、「大雄寶殿」という標示がありました。 -
<大雄寶殿の線香台>
大雄寶殿の意味?
大雄殿が中国と朝鮮の禅宗系寺院での本堂の呼称とされていて、これに「寶」がついていますので、「寶のように素晴らしい本堂」という意味になります。
また、このことから、崇聖寺は禅寺だということでしょうか? -
<大きな広場>
この画像が先ほど申し上げた広場です。
ここから三塔がある「倒影公園」に向かいました。
倒影公園は、水と緑に囲まれているようですが、こういう環境は、人間に安らぎを与えてくれるのですね。 -
<三塔>
広場から倒影公園までは歩いて行きましたが、最初に三塔が並んで見える公園の池で、美しい光景を楽しみました。
ところが、ここは、倒影公園ではなく「崇聖寺」内だったようです。
三塔の一うちの塔が、まるでイタリアのピザの斜塔のように曲がっているように見えます。
地震があったら「危ない!」などという物騒な話を聞きました。
ところで、影が倒れる公園という名前は、三塔の影がそのように見えるからかも知れませんが、縁起が悪いですね。
ところが、調べてみますと、何度も地震にあっていて、その都度修復しているそうです。
また、崇聖寺の寺院は倒壊し、三塔のみが残っているというネットの記事もあります。
何だか話が分からなくなってきました。
寺院が存在しないという話が本当であれば、私たちが見た仏像が横たわっていた建物は何だったのでしょうか?
でも、広場から見た建物には、ハッキリと「崇聖寺」という標示がありました。 -
<崇聖寺>
広場に一角にあった「崇聖寺」です。
それにしても、三塔入口の標示は、「崇茎寺」となっていましたので、不思議です。 -
<入口にあった三塔の標識>
話が入口付近に戻ってしまって失礼しました。
さて、引き続き三塔の画像をご覧いただきましょう。 -
<崇聖寺三塔>
-
<崇聖寺三塔の主塔>
この画像は、入口付近でかみさんが望遠で撮影したものですが、なかなか良く撮れていると思います。
この画像から、この大きな塔は、16層の塔だと分かりますが、レンガ造りで中は空洞のようです。
高さが69.13mだそうですが、ビルでいうと何階くらいになるのでしょうか?
建設されたのは、大きな塔(主塔、名前は千尋塔)が唐の時代だそうです。
西暦でいうと何年ぐらいでしょうか?
主塔の西側の南北にある小塔は、宋代に建てられた10層のレンガ造り、高さ43m、主塔からの距離は、それぞれ70m、小塔間の距離が97mだそうです。
また、3つの塔は、綺麗な二等辺三角形の形で立っていて、中国の重要文化保護単位に指定され、白族文化のシンボルとなっています。
さて、次に訪問したところが、先ほどから勘違いしていた「倒影公園」です。 -
<倒影公園>
崇聖寺に到着した時刻が15時頃で、16時30分過ぎに倒影公園に向かいました。
バスに乗っていったのですが、崇聖寺から南に約1㎞ですから歩いてもいける距離です。 -
<同じく>
この公園は、名前の通り崇聖寺の三塔を見学するための公園で、園内の池に三塔が映っている光景が見どころだそうです。
1980年代の建設だそうですから、それほど古いものではないのですが、敷地面積が5.4㌶、池の広さが2㌶あります。
公園の門の入口には、幅6m、高さ4mの白族独特の建築物「照壁」が出迎えてくれます。
この公園に10分間くらい滞在したでしょうか?
次は近くの大里古城の見学です。 -
<大里古城の市街地>
お城といいますと、石垣などで支えられた大きな建物だと思いますが、街をグルリと囲む壁、つまり石垣があり、その中に民家が建ち並んでいるというのが大里古城のようです。
イメージとしては、ヨーロッパの中世に築かれた城壁都市という感じでしょうか?
でも、実際にいってみますと、城壁なんて見当たらないのです。
あるのは、麗江古城のような観光地としての街並みでした。
街並みの中心は、南北に走る通路で、昔から大里にあった通りの一つだそうです。
大里古城は、吐楡城(とゆじょう?)、柴城、中和鎮とも呼ばれていて、唐の天宝年間、南詔国の王が三塔寺付近に城を建てたときに、その都に定めたのが始まりで、現在の古城は、民の洪武15年(1382年)に建てられたものだそうです。 ということは、もう600年以上前のことなのですね。 -
<大里古城市街>
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<大里古城の南門?>
城内を南北に貫く通りには、黒い屋根瓦の民家や商店が軒を連ねていて、古風な雰囲気が漂っていますが、「三房一照壁」などとといわれる白族の民家は、一見の価値ありと伺いました。
でも、事前に勉強していなかった小生の感想は、最初に記したとおり「多くの人で賑わう観光地」というものでした。
南北の通路の突き当たりには、ご覧のようにお城のような建物が建っていました。
建物は城門のようで「郭沫若」の書による「大里」という文字がはめ込まれているということです。
ところで、この画像の左奥に植え込みのような緑の樹木が見えますが、ここは、小さな公園のようになっていました。
私たちは、この公園でしばらく休んで集合時刻を待っていましたが、その後は城門(菊門)を潜って駐車場に向かいました。 -
<門の先の広場>
城門の先は、広場のようになっていて大勢の人で賑わっていました。
添乗員さんのメモでは、私たちは、蒼山門近くで16時51分にバスを降りて、17時53分まで洋人街を自由に散策したということです。
さあ、この後はバスで5分くらいの距離にある「憩名園」というレストランで夕食に「砂鍋魚(シャーグオユイ)」という料理をいただくことになっています。 -
<夕食①>
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<夕食②・虫?>
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<夕食③・煮物?>
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<夕食④・肉?>
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<夕食⑤・野菜炒め?>
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<夕食⑥・?>
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<夕食⑦・なす炒め?>
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<夕食⑧・スープ?>
美味しそうでしょう!
今回は、いただいたものを全部、見ていただくことにしました。
ところで、どれが名物の砂鍋魚なのか?ですが、上から3番目の「スープ?>ではないでしょうか。
中華料理は、油をたっぷり使っていますので、カロリー過多に注意ですが、味は「いけますね!」です。
雲南の料理は、北京や西安よりも美味しかったというのが正直な感想です。
小生は、中国の食材に対する不信感が今でもありますが、雲南省で見た一面のニンニクや空豆の畑を見ていますと、「雲南の食材なら安心!」という気がしました。
さて、このレストランで約1時間食事を楽しんで、その後、ホテル「大里亜星大飯店(ASIA STAR HOTEL)に向かいました。 -
<大里亜星大飯店の前にて>
明日は、飛行機で昆明に向かい、図日、訪問したかった「石林」見学です。
◇◆◇
これにて、崇聖寺や大里古城などを見学した模様を記録した「雲南省大満喫の旅No.3<心を揺さぶる大里観光>」は終了です。
次の旅行5日目(1月2日)に訪問した石林の模様は、「雲南省大満足の旅No.4<奇観の景勝地:石林>」としてお伝えします。
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中国雲南省大満喫の旅
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