2022/01/03 - 2022/01/04
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kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2022/01/03
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2022年最初の旅は妻の実家の義父への挨拶で始まりました。コロナ禍ということもあり、2年前に骨折したお見舞いに行ってからは帰省も自粛していました。オミクロン株の感染者数の増加は気になるところではありますが、増える前に少しだけ顔を出そうと思いました。富士宮に向かう前に都内に100か所以上あると言われる富士塚の1つ、江古田駅の北口の浅間神社に参拝することにしました。ここには江戸時代後期に下練馬村と中新井村と中村の各講で構成される「小竹丸祓講」によって天保10年の1839年に築かれたものと考えられている江古田富士があります。正月の1日から3日までの間の午前9時から午後3時まで解放されています。それ以外に2回の開放がありますが、それ以外には登ることは出来ません。実際の富士山には4歳になった昭和40年に初めて登り、その後6歳と9歳と11歳とトータルで4回登っています。初めて登った時に山小屋から眺めた眼下の雲の中の稲光と雷鳴が怖かったことをよく覚えています。東京駅から午前11時過ぎのこだまで富士宮まで出て、義兄に迎えに来てもらい、実家で義父と久しぶりの再会です。顔色もよく元気でとても90歳を過ぎているとは思えません。夕方まで家で過ごした後は近くにある「花の湯」という日帰り温泉に移ってお風呂に入っての宴会となりました。ここは宿泊もできるので我々夫婦はここに泊まることにしています。午後9時くらいにお開きになって、後は温泉とマッサージを楽しみました。翌朝はタクシーを呼んでもらって浅間大社に初詣でに行き、富士山世界遺産センターにも立ち寄りました。雲1つ無い晴天だったので屋上に上ると素晴らしいパノラマが楽しめました。帰る前にイオンモールに立ち寄って富士宮焼きそばを大量に買い込んで、富士宮駅からバスに乗って新富士駅に向かいました。我々以外に乗り込むお客も無く、徳光和夫の路線バスの旅のような感じで最後尾に座って、富士山を眺めながら新富士に到着です。お正月でシラスなどを買うことが出来ないのは残念でしたが、楽しい1泊2日の旅でした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 新幹線 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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妻の実感である静岡県の富士宮へ2年振りの年始の挨拶へ向かう前に江古田駅前の浅間神社へ初詣をしました。
江古田の富士塚 名所・史跡
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昔、小竹町と江古田町の人々がこの神社の所有をめぐって争ったところ、夏にもかかわらず雪が降る天変地異が起き、これに驚いた双方は争いをやめて共有の氏神として祀ることにしという伝説が残るそうです。
江古田の富士塚 名所・史跡
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拝殿の後方に国の重要有形民俗文化財に指定されている「江古田の富士塚」が残されています。
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昔は1年中いつでも登れた記憶がありますが、現在は年に3回だけ、正月の三が日と神社の例祭が行われる9月の第2土曜日および日曜日と7月1日の富士山の山開きに登ることが出来ます。
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江古田の富士塚は高さ約8メートル、直径約30メートルの大きさで、通称“江古田富士”と呼ばれています。江戸時代後期に下練馬村と中新井村と中村の各講により構成される「小竹丸祓講」によって天保10年(1839年)に築かれたものと考えられます。
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江戸時代中ごろから昭和初めごろにかけて、江戸八百八講と言われるように、富士山や神奈川の大山に登拝に行く富士講や大山講などの山岳信仰者の集まりが練馬区内にもたくさんあったそうです。
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富士講は霊峰富士に登り浅間神社に参拝することを目的に結成されたもので、年ごとに講の代表者として参拝するものを選び、必要な経費を講員全員で負担していました。
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富士講がさかんになり、江戸時代終わりごろから富士山に似せた富士塚が各地に築かれま、富士塚に登拝とはいすると実際に富士山に出かけたのと同じ御利益があるとされていました。
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実際の富士山に登ったのは昭和40年8月のことで当時4歳1カ月でした。
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この時のことはよく覚えていて、8合目辺りの山小屋に宿泊して、夜にトイレに連れて出てもらうと眼下の雲の中の稲光と雷鳴が恐ろしかったです。
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4歳の初登頂の後は2歳年下の弟と一緒に6歳の時、5歳下の弟と一緒に9歳の時、その2年後の4回富士山に登った後は眺めるだけの山になりました。
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東京駅で駅弁を買って午前11時27分のこだまで富士宮に向かいます。
東京駅 駅
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1月3日の昼前の新幹線ホームはガラガラでした。
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母の実家である京都へ行くときは何となく新横浜駅を出ないとお弁当を食べないようにしていましたが、妻の実家の富士宮ではそんなことをしていると到着してしまいます。
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東京駅限定のまい泉の3段になったお弁当はよく出来ていて、とても美味しかったです。ミニかつ丼とミニ鳥飯とカツサンドという黄金の組み合わせです。
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駅弁の鳥飯を見ると昭和40年に富士初登頂の後の9月に飛騨高山から下呂温泉を旅して、名古屋駅のホームで食べたことを思い出します。ピンク色のデンブと3色になった弁当のおいしさは今でもよく覚えていて、家に帰ってからも甘い卵そぼろと鳥そぼろを母に作ってもらった思い出があります。
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3日の昼過ぎは天気も良く、小田原を過ぎるころから富士山が良く見えました。
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三島から新富士に向かって角度が変わっていきますが、どこから見ても円錐形の美しい姿だと思います。
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富士宮の製紙工場の煙突が現れる前のきれいな姿が写真におさめられました。新富士駅で迎えに来てくれた義兄の車で実家へ向かいます。
新富士駅 (静岡県) 駅
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両親を連れて初めての挨拶へ向かうときも富士山がきれいだったことを思い出します。父は富士山の美しさがよほど気に入ったようでしたが、病気が進行してしてしまいもう1度来ることは叶いませんでした。
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妻の家の北側の玄関を開けるとこんな景色が楽しめます。妻もその家族のだれも富士山に登ったことはありません。富士山は見るもので登るものではないというのが妻の持論です。
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南側の居間からは一面の茶畑と杉林の先に駿河湾が見えます。
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我々が帰ってくるということで義父をはじめ、兄弟の家族まで全員揃ってくれたのは嬉しいことです。コロナ禍もあって2年振りの再会を楽しみました。小学生と幼稚園に通う男の子2人とキックボードをして野球もしたけれど、自分の体力が落ちたことを思い知りました。
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夕方になって車でしばらく走った所にある「花の湯」という日帰り温泉に向かいました。温泉に入ってみんなでご飯を食べることにしていました。
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「花の湯」は時の栖(ときのすみか)の系列の温泉施設です。その時の栖も米久(よねきゅう)という沼津市の食品会社と関係の深い会社です。
時之栖 富嶽温泉 花の湯 宿・ホテル
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出来た当初はバリ島の調度品やインテリアで飾られていましたが、その当時の面影は入り口の門扉くらいしか残っていません。お正月用なのか入り口には富士山と龍をデザインした「ねぶた」が置かれてありました。
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お正月なので華やかな花が生けられていました。蝋梅も咲かなさそうな蕾は取ってしまった方がきれいに見えますね。
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温泉に入って併設のレストランで晩御飯を食べて楽しい時間が過ぎて、皆さんが帰った後に部屋に入りました。年始はセミダブルの狭い部屋しか取れませんでしたが、2人で朝食付きで13,000円でした。
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ツインルームもあるようですが、いつも満室で泊まれたことはありません。
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部屋にはトイレと洗面台だけでお風呂はありません。ちょっと不思議な感じがしますが必要もありません。
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早朝になって目が覚めてカーテンを開けるときれいな朝焼けが見えました。
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箱根方面の山々が赤く染まっています。
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そして朝日の当たる富士山もきれいに見えました。
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今年は雪が少ないようで、岩肌が透けて見えています。その分凄味を感じるほど近くから見上げる富士山です。
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午前6時から8時の間に朝ご飯を食べなければなりません。お風呂も午前9時までなので計算して食事をしなければなりません。
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「HIDAMARI」というレストランは朝食だけでなく、夜の食事もメニューが豊富です。クラフトビールや米久の商品を使っているので、ソーセージやスペアリブなどは本格的です。
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朝ご飯はこんな感じでシンプルです。ソフトドリンクが飲み放題なのはありがたいです。
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朝食の後はゆっくりお風呂に浸かって、マッサージチェアで全身を3クール揉み解してもらい、午前10時のチェックアウトに合わせてタクシーを呼んでもらいます。
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大階段を上がった所にも「ねぶた」が飾られていました。夜になったら光るのかと思いましたが電飾は入っていないようです。
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ここ何回かの実家への挨拶の後は「花の湯」に泊まるのが定番になってきました。家に泊まると義姉に負担をかけてしまいますが、ここだと温泉好きの姉も気兼ねなく温泉を楽しんで晩御飯の心配もかけません。
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湧玉池の脇でタクシーを降りて浅間大社へ参拝に向かいます。
富士山本宮浅間大社 寺・神社・教会
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天気が良いので美しい池がさらに輝いて見えます。
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初詣でにはいつも義父が一緒だったのですが、今年は別々になってしまって残念です。いつもは参拝の後に富士宮焼きそばをつまみに生ビールを飲んでいたのですが。
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鉾立石と一緒に楼門から写真を撮って、参拝に向かいます。正月も4日になると浅間大社も空いてきているようです。
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楼門は2階建ての入母屋造で、正面と左右脇に扉が付いています。楼門の左右には随身が安置してあり背銘に慶長19年の1614年の年号があります。楼門に掲げる扁額は聖護院入道盈仁親王の御筆で文政2年に制作されたものです。
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手水舎にはコロナ禍のせいで柄杓が置かれてありません。透明のゴムホースから流れる水で手指だけ清めます。
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浅間大社は慶長9年の1604年に徳川家康が奉賽のために造営したもので、本殿と拝殿と舞殿と楼門等壮観を極めたものでしたが、寛永安政等の大地震で倒壊したものもあり、当時の建物で現存するのは本殿と幣殿、拝殿と楼門のみです。
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昨日は江古田の浅間大社で初詣をして、今日は富士宮の浅間大社本宮で参拝出来るのは不思議な感じもします。還暦も過ぎると健康長寿と家内安全意外に祈ることもありません。年末に地元の友人の尾菅さんが2人も入院してしまったので病気の治癒もお願いしておきます。
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「花の湯」の売店には富士宮近郊の5つの酒蔵の新酒の酒粕が売っていました。その中で「富士錦」の酒粕を4袋をお土産に買い求めましたが、1袋が500グラムもあるので荷物が重くなりました。
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神社の境内をキャリーバックを牽くのは躊躇われるので、手に提げて居るので結構な重さです。
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妻にお願いしてお札をいただいてもらいました。
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本宮の境内の広さは約17000坪ですが富士山8合目以上は奥宮境内地であり、約120万坪の広さに達します。
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二重の楼閣造りで棟高は45尺あり、浅間造りと称した構造は他に例がありません。1階は四面葺卸の宝殿造りで2階は流れ造りで、共に桧皮葺の屋根になっています。明治40年の古社寺保存法により特別保護建造物に指定されています。
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参拝を終えて東脇門から湧玉池側に降りました。
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池の袂には水屋神社という小さな社があり、御霊水をいただくことが出来ます。両親の仏前用にペットボトル1本をいただきました。
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平安朝の歌人平兼盛が「つかうべきかずにをとらん浅間なる御手洗川のそこにわく玉」と詠じた湧玉池があります。この池は富士山の雪解け水が何層にもなった溶岩の間を通って湧出するもので、特別天然記念物に指定されています。
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清水の湧出する水源の岩上に置かれたのが水屋神社で、富士山登山者はこの霊水に禊ぎをしてから山に入る古くからの習わしがあります。
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池には鴨がたくさん遊んでいますが、以前はたくさんいた鯉やマスの姿が全く見えません。
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鴨が鯉を呑むわけが無いので調べてみると鵜がたくさんやってきて食べてしまったことがあるそうです。もしかしたらロンドンブーツが駆除してしまったのだろうかなどと話していましたが違いました。
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鴨の集まっているところには男性が餌をやっているのですが、神社の神域ではあるので問題ないのだろうかと思いました。
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楼門前の鏡池の中央の輪橋は大正4年の大正天皇の即位記念として石造りに変えられたそうです。
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楼門の前の桜の馬場では5月5日にご神事として流鏑馬が行われます。これはまだ1度しか見たことがありません。
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参道を抜けて神田川越しに富士山の写真を撮ります。湧玉池から流れ出る水がこれだけの川になるのですから不思議です。
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昼前に高く上がった太陽からの光を受けて富士山がとてもきれいに見えます。
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昨年は11月の大阪への旅と12月の鹿児島への旅で機内から見た富士山が美しかったのをよく覚えています。
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浅間大社の大鳥居と富士山を一緒に撮ってみます。
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お宮横丁は素通りしようと思っていますたが、ベンチも空いていたので静岡麦酒をいただきました。
すぎ本 お宮横丁店 グルメ・レストラン
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すぐに「すぎ本」の焼きそばが出来上がってきました。この店の麺は叶屋なのでモチモチでムチムチで美味しいです。妻は叶屋の麺が好きですが、義兄はマルモの麺が好きだったりと好みがあるようです。
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特に帰る時間の予定も無いので「富士山世界遺産センター」にも行ってみました。
静岡県富士山世界遺産センター 名所・史跡
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2014年にプリツカー賞を受賞し、紙管を使った災害時の復興住宅でも有名な坂茂の設計です。この施設は2018年に開館していますが、来るのは2回目になります。県内産の材を使用した逆さ富士のデザインが印象に残ります。
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敷地の浅い池のは富士山が写り込んだ本物の逆さ富士も見ることが出来ます。
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このセンターにも大きな鳥居が設けてあります。
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初めは外観だけ眺めて帰るつもりでしたが、天気も良いうえに屋上の展望台に人の姿も無いので入ることにしました。
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一応入場料も調べてみますが、300円なので屋上から富士山だけ見ると考えても高くはありません。
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キャリーバックを持って中に入ったら受付の方が預かってくれるということでした。ロッカーがあった記憶があるのですが、ロッカーには入らない大きさだったようです。前回来たときは妻が静岡県の製作した「2.23富士山の日」の横山大観のポスターを気に入って、問い合わせてみると家までポスターを送ってくださいました。
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2階の企画展示室では「富士のことほぎ」という収蔵品展があり、そこだけはじっくり見学してきました。引き札や歌川国芳の「有掛福曳の図」など町人文化の絵などが興味深かったです。残念ながら撮影禁止の場所なので写真はありません。
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そのままスロープを上がって屋上までやってきました。
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富士宮のしないからだと何かしらの構造物で富士山全体を眺めることは出来ませんが、このセンターの屋上からだと美しい姿が楽しめます。
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昨日からずっと富士山を眺めていますが、いくら眺めても飽きのこない美しさです。
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浅間大社の姿は大鳥居の頭だけなのがちょっと寂しいです。
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富士山から箱根方面に掛けて美しいパノラマが広がっています。
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屋上の係員の方がシャッターを押してくださいました。あまりに太陽光線が眩しいので妻は顔を上げられません。
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見学者が現れては写真を撮って、次のコーナーに移っていきます。
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誰もいない贅沢な時間も楽しめました。
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エレベーターで先に降りた妻はベンチに座って休憩していました。
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お土産物コーナーを覗いて1階の写真を撮って見学を終えます。
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帰る前に富士宮駅の南側のイオンモールで焼きそばを買うことにしています。
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神田川楽座で「しらすの八幡」のシラスどんを食べようと思っていたのですが、お正月明けで休みでした。
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イオンモールで叶屋の焼きそばを10個と肉かすとミカちゃんという紅ショウガと魚粉とソースをまとめて自宅用に、友人宅用にセットも買いました。静岡産の七草がゆの野菜も買ったら結構な金額になりました。
富士宮駅 駅
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富士宮駅のバス乗り場から新富士駅までバスで移動します。
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バスは途中から我々2人だけになり、徳光和夫の路線バスの旅のような感じになってきました。
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夏の伊勢神宮の旅で7時間かけてバスで走った第2東名の橋脚の下を通過して、富士山も見納めです。
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バスは吉原駅を経由しています。ここから2駅ほど東に行った原駅にある松陰寺は外祖父と最後に一緒に行ったお寺なので懐かしい思い出があります。「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」と呼ばれる白隠禅師に縁のあるお寺です。
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不思議な吉原駅周辺を通り抜けて新富士駅から新幹線に乗って、今年最初の旅は終わりました。
吉原駅 駅
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