2016/11/28 - 2016/11/28
641位(同エリア30151件中)
エンリケさん
この旅行記スケジュールを元に
2016年秋の台湾旅行4日目。
帰国日のこの日は、前日に引き続き、台北中心部の建築物巡り。
日本統治時代に建てられた中山堂、國史館と回っていき、現代においても、日本の建築遺産が台湾の中で重要な位置を占めていることに気付かされます。
そしてフライトの時間となり、帰国。
今回は二度目の訪台となりましたが、相変わらず食事は美味しく、“親日”と言われる人々も穏やかで、気張らずゆったりとした4日間を過ごすことができました。
香港などに手を出して、世界への影響力をますます強めている大陸中国との関係が気になるところですが、マイルも貯まってきたことだし、コロナ禍が落ち着いたら、久しぶりにかの地の空気を吸いに、三度目の訪台をしてみたいものです。
<旅程表>
2016年
11月25日(金) 成田→桃園→台北
11月26日(土) 台北→瑞芳→十分→台北
11月27日(日) 台北
〇11月28日(月) 台北→桃園→松山→羽田
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
11月28日(月)
今回のスポット的な台湾旅行は早くも最終日。
この日は前日の間中降り続いていた雨も上がり、過ごしやすい気候。
8時50分、西門町の宿をチェックアウトし、午後の飛行機の時間まで、台北市内の近場の観光スポットを巡っていきます。 -
・・・とその前に腹ごしらえを。
通りにあった、大衆食堂的なお店で鹹豆漿(シエントウジャン、大豆と油條、野菜のスープ、25元=約90円)と油條(15元=約55円)の朝食。
これが今回の旅の最後の朝食になると思うと寂しいですね・・・。 -
朝食後の9時40分、道を急いでいると、学生と思われる若者たちが通り一面を集団で占拠している光景が。
よく観察してみると、同性婚の合法化についての政府機関への要求のよう・・・。
彼らの要求は、この2年半後、2019年5月17日に立法院で同性婚を合法化する法案が可決されて結実しますが、台湾は1987年まで戒厳令下にあり、自由や民主主義といった価値観が認められるようになったのは、つい最近のこと。
それでも、逆に歴史が浅いからでしょうか、それとも、大陸中国からの併呑の脅威があるからでしょうか、彼らの自由や民主主義を求める主張には力強さを感じるところですね。
【台湾、同性婚認める法案を可決 アジア初(BBC NEWS 2019年5月17日)】
https://www.bbc.com/japanese/48305927 -
そんな学生たちのデモの様子を横目に見ながら10時、この日の観光の第一の目的地、MRT西門駅近くの歴史的建築物である“中山堂”に到着です。
-
その中山堂を正面からパチリ。
このレトロな感のある建物、もとは日本統治時代の1936年に日本人井手薫の設計により、公会堂として建てられたもの。
その後日本の太平洋戦争敗戦に伴い国民党政府に接収され、“中山堂”と名を改めて、会議場やコンサートホールなどとして引き続き使われているものです。中山堂(旧台北公会堂) 劇場・ホール・ショー
-
中山堂に入場(見学無料)。
まずこちらのホールは“光復廳”と呼ばれる高級宴会場で、1945年10月25日には太平洋戦争後の日本軍の投降式が行われたとか。
【臺北市中山堂光復廳】
https://www.zsh.gov.taipei/cp.aspx?n=7551B5C3B1DB8FFC -
そして中央階段の踊り場に掲げられていたこちらのレリーフは“水牛群像”。
わずか36歳で亡くなった台湾第一の彫刻家、黄土水(1895-1930年)の作品という紹介がされています。 -
こちらは中山堂や展示品の紹介パネル。
現在の名称の由来となった、“孫中山”こと中華民国初代臨時大總統、孫文(1866-1925年)のことも書かれています。 -
パネルでは日本統治時代(日治時代)のこともちゃんと紹介。
“1936年 臺北公會堂落成”、“1940年2月3日 島民歌謡發表會”などとあり、日本統治時代のイベントもきちんと歴史として引き継がれているんだなと、ちょっぴり感動。 -
こちらは日本統治時代にこの公会堂で歌われたであろう、“南の島から”という日本語の歌の歌詞。
こういうものを展示してくれているのは、日本人としてはありがたいことですね。 -
10時40分、以上で中山堂の見学を終了。
入口に戻ると、地面には“80 since 1936”という文字が。
この建物が“臺北公會堂”として建てられた1936年から80周年ということで、日本統治時代も肯定的に捉えてもらっている感じがして、やはりうれしくなりました。 -
一方、中山堂が立地している広場の一角には、中国の抗日戦争勝利及び台湾の中国復帰を記念する“抗日戦争勝利曁臺灣光復紀念碑”が。
いくら現在の台湾の人々が日本統治時代の建物を大事に保存してくれているといっても、“親日”の一言だけで片付けてしまうのは、物事を短絡化し過ぎているということなのでしょうね。 -
11時、続いては、總統府の裏手にあるやはり日本統治時代の建物、“國史館”へ。
1925年に臺灣總督府交通局遞信部の建物として建設され、日本敗戦後の1956年から2006年11月までは中華民国交通部の本部として、その後は國史館として使用されるに至っているものです。国史館 (総統副総統文物館) 文化・芸術・歴史
-
この國史館、“總統副總統文物館”とも呼ばれ、展示されているのは台湾の歴代總統や副總統に関するもの。
中に入ると(入場無料)、早速現總統である蔡英文の絵が展示されていました。
【國史館】
https://www.drnh.gov.tw/ -
壁にはこんなふうに歴代總統の顔写真が。
蔣介石時代から現代までの顔ぶれを見ると、その出自の多様性に改めて驚かされるとともに、民主化が進んだ今となっては、蔣介石の時代とは隔世の感を禁じ得ないところですね。 -
館内には台湾を取り巻く政治情勢を説明する端末も。
東西冷戦時代の1954年、台湾(中華民國)と米国(美國)は共産主義の拡大に備えて中美共同防禦条約を締結するも、1971年10月の大陸中国(中華人民共和国)の国連加盟と台湾の国連脱退、1972年2月のニクソン大統領中国訪問、1979年1月の米中国交樹立により、米国における台湾の地位は低下。
1979年12月16日、台湾は米国と断交するに至ります・・・。 -
そしてこちらは“臺商交流”と題された、大陸中国との経済交流が大事であるとする解説文。
2016年に大陸寄りの国民党馬英九政権から、“一つの中国”を認めない民進党蔡英文政権に代わって、大陸側は台湾と国交を結んでいる国々を次々と断交させるなど、台湾への圧力を強めてきているところ・・・。
蔡英文政権が2期目に入った2020年からは、香港の中国化とともに、大陸中国が台湾に侵攻する、いわゆる“台湾有事”もささやかれるところですが、日本人にとっても他人事ではないだけに、両岸関係の平和裏な解決(未解決?)を期待したいものです。 -
続いては1987年の戒厳令解除以後の民主化に伴い、台湾に根付いてきた選挙制度を紹介するコーナー。
台湾民主化の第一人者、李登輝元總統の選挙活動の写真もありますね。 -
こちらは2008年から2016年にかけて總統を務めた国民党馬英九の選挙活動の写真。
ハンサムでスポーツマンな總統としても有名でしたよね。 -
そしてこちらは現總統(2016年~)、民進党の蔡英文の選挙活動の様子。
当選証書を持った写真まであります。 -
選挙の投票箱もこのように展示。
台湾で總統を直接選挙で選べるようになったのは1996年からだから、その歴史はまだ20年余り。
大陸中国には国民の代表を直接選挙で選ぶ制度はないだけに、台湾の人々にとってこの選挙制度は、台湾人としてのアイデンティティにも関わる熱いものがあるのでしょうね。 -
このように總統選挙の様子を写したパネルはさらに続いていき・・・。
-
各候補の当選の写真でもって、展示は締めくくられます。
日本にいちばん近い隣人、台湾には、すっかり中国化が進んでしまった香港とは違って、戒厳令の時代を乗り越えて定着しつつある民主主義を守り通していってほしいものです・・・。 -
總統選挙の展示に続いては、台湾の歴史的建築物の紹介
掲示されているのはいずれも日本統治時代に建てられたもので、總統府(臺灣總督府)や、先ほど見学した中山堂(臺北公會堂)の記載もあります。 -
こちらはこの國史館の模型。
前述のとおり日本統治時代の1925年に建てられたもので、“市定古蹟總督交通局遞信部”との紹介がなされています。 -
続いては、海外の国々から總統へ贈られた記念品コーナー。
まず最初は、2011年9月に安倍晋三衆議院議員から当時の馬英九總統に贈られた、福島縣の傳統工藝品である“會津塗珠寶盒”。
東日本大震災からの復興のため、経済協力をお願いしたいとの安倍議員のメッセージが添えられています。 -
こちら、中央は2006年にベトナムの總理夫人から陳水扁總統に贈られた“越南仙女水偶”。
ハノイ名物水上人形劇の人形ですね。
右は1950年代末頃、岸信介内閣の外務大臣藤山愛一郎から蔣介石總統に贈られた“日本木雕人像”です。
【年末年始ベトナム北中部紀行(11) ハノイのタンロン水上人形劇場の人形劇】
https://4travel.jp/travelogue/11692752#photo_link_69780540 -
続いてアフリカ諸国からの贈り物。
こちらは2000年8月にチャドから陳水扁總統に贈られた、砂漠のキャラバン隊を表現した“銅雕駱駝像”。
なるほど、“経済交流”ということについては的を射た贈り物ですね。 -
こちらは1994年2月にエジプトから李登輝總統に贈られた“埃及女神莎草紙畫”。
その昔、エジプト旅行で高いパピルスをつかまされたことを思い出しました(笑)。
【エジプト紀行(4) ギザの土産物屋にて】
https://4travel.jp/travelogue/10526326#photo_link_20892383 -
こちらはいかにもアフリカらしい贈り物の数々ですね。
-
こちらは2011年10月にグアテマラから馬英九總統に贈られた“馬雅雙池王朝第九號紀念碑”。
マヤ文明の石碑とのことですが、さすがに複製品とのこと。 -
そしていちばんスペースが割かれていたのは、大洋洲(オセアニア)諸国からの贈り物。
大陸中国の国連加盟後も台湾が国交を結んでいるソロモン諸島やツバル、マーシャル諸島などからの贈り物で、貝殻の装飾品や熱帯植物である露兜(パンダナス)の織物などが展示されています。 -
こちら、左下は2008年5月にパラオから馬英九總統に贈られたナポレオンフィッシュの木彫。
オセアニアらしい贈り物です。 -
こちらはキリバスやソロモン諸島の面具など。
これらの国々とはこの後、台湾の孤立化を目論む大陸中国の圧力により2019年9月に断交してしまったのですよね・・・。 -
最後は1993年4月、日本の民間人から李登輝總統に贈られた琉球國貿易船模型。
やはり台湾にとって昔からいちばん近い国は日本なのですよね・・・。
11時40分、以上で國史館の見学を終了。 -
さて、そろそろ帰国便のフライト時間が近づいてきているので、名残惜しいですが、空港に向かうことにします。
12時、台北車站脇の國光客運バスターミナルで、台湾桃園国際空港行きリムジンバスの切符を購入(往路と同じ125元=約460円)。國光客運台北車駅 バス系
-
そしてちょうど待機していた12時05分発のリムジンバスに乗車。
さらば台北です。 -
リムジンバスはほぼ満員となり、定刻通り台北車站を出発。
台湾桃園国際空港目指して、西の方へと進んでいきます。 -
リムジンバスはこんな景色を横目に見ながら、12時55分に台湾桃園国際空港に到着。
ここで早速、予約していた15時45分発の中部国際空港行き日本航空JL822便にチェックインしようとしたところ、カウンターの女性係員から、15時30分発の羽田行きの便が空いているのでそちらに変更しませんかとの提案が。
今回はマイレージ利用だったために予約できる席が限られていて、帰国便は中部国際空港経由を選択せざるをえなかっただけに、これはうれしい提案です。 -
取りも直さず、ここは帰国便変更の提案に了承。
ただし、羽田行きの便は台北市内の松山空港発のため、台北に逆戻りです。
13時20分、女性係員が手配してくれたタクシーに乗車し(もちろん運賃は日本航空の負担)、再び台北を目指します。 -
13時50分、タクシーは台北市内に入り、台湾一ののっぽビル、台北101の影が見えてきました。
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そして14時、タクシーは台北松山空港に到着。
わざわざ桃園まで行ってまた戻ってきた格好になりましたが、旅行の最後でおもしろい経験をさせてもらいました。台北松山空港 (TSA) 空港
-
さて、桃園国際空港での帰国便の変更時、松山空港のラウンジ利用券ももらったので、せっかくの機会とばかりに利用。
海外のラウンジはこれまでまったく利用したことがなかったのですが、松山空港のは静かでいいスペースですね。台北松山空港 VIPラウンジ 空港ラウンジ
-
ラウンジでは台湾啤酒と点心類を頂戴。
タダで飲み食いできるというのはいいものですね(笑)。 -
15時、搭乗時間が近づき、ゲート付近へ。
桃園国際空港と比べてこじんまりとしていて、分かりやすい空港ですね。 -
そして15時30分、羽田空港行き日本航空JL098便は、定刻通り台北松山空港を離陸。
今度こそ本当に台北にさよならです。 -
帰国便の機内食も日本航空らしく色目がいい感じ。
もちろん味も、他の国の航空会社のものより抜群ですね。
こうして19時15分(時差+1時間)、JL098便は羽田空港に無事到着し、今回の旅が終わりました。
今回は二度目の訪台となりましたが、相変わらず食事は美味しく、“親日”と言われる人々も穏やかで、気張らずゆったりとした4日間を過ごすことができました。
・・・その後5年が経ち、再びマイルも貯まってきたことだし、コロナ禍が落ち着いたら、久しぶりにかの地の空気を吸いに、三度目の訪台をしてみたいところ。
しかしこのところ香港などに手を出して、世界への影響力をますます強めている大陸中国との関係がやはり気になり・・・コロナ後の台湾は一体どうなっていることでしょうかね。
(秋爽やかな台湾旅行~終わり~) -
(おまけ)
台湾土産といったら、日本では“パイナップルケーキ”としてもお馴染みの“鳳梨酥”。
余った台湾元で、ありったけのものを買いまくって帰国。
このところコロナ禍で海外旅行をする人がいなくなって、久しく食べていないところですが、またあの甘くほろっとした食感を味わってみたいものですね。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 川岸 町子さん 2022/03/12 20:54:09
- ご無沙汰してます。
- エンリケさん、ご無沙汰しています。
数か月ぶりの4トラ復帰です。
台湾、その後「微笑みの国」と旅行記を進めていらっしゃいますね。
久々に拝見し、嬉しいです(*^▽^*)
私は台湾で体験したいことの一つが、列車に乗り、田舎の方へ行くことです。
ローカル線も、素朴な駅舎も味がありそうです。
十分瀑布と觀瀑吊橋、こちらも是非行ってみたいです!
吊橋など旅先でなければ体験できず、テンション上がりそう(笑)
周囲の風景を満喫なさりながら、歩かれたのでしょうね。
3日目の朝食の最初に行かれたお店、8時過ぎで品切れとは、すごいです!
舌の肥えた地元の皆さんの定番の朝食なのですね。
二二八紀念館の様子を詳しく伝えて下さり、ありがとうございます。
「戒厳令の間の犠牲者の数の把握はいまだに困難で、800人から10万人まで様々な説があるとのこと。」
実際の犠牲者だけではないことを、悲しみの像が表現していますね。
状況は違っても、今のウクライナの人々の姿と重なってしまいます。
さて私も現在、JALのマイレージが欧州往復分、ANAは10万マイレージ以上あり、早く使ってしまいたくうずうずします(+_+)
町子
- エンリケさん からの返信 2022/03/13 19:58:57
- こちらこそご無沙汰しております。
- 川岸 町子さん
こんばんは。
復帰早々、台湾旅行記にご訪問いただき、ありがとうございます。
やはり昨年もコロナ禍で海外に行けなかったので、昔の旅行記を作っては海外の旅を懐かしんでおります(笑)。
> 私は台湾で体験したいことの一つが、列車に乗り、田舎の方へ行くことです。
> ローカル線も、素朴な駅舎も味がありそうです。
台湾は本当に治安も良く、昔の日本のような感じで人情もあって、地方旅が楽しいところですね。
今回の旅も十分を訪れた以外は台北中心になってしまいましたが、もう少し、素朴な田舎巡りをしてみるのもおもしろかったかもしれませんね。
> 3日目の朝食の最初に行かれたお店、8時過ぎで品切れとは、すごいです!
> 舌の肥えた地元の皆さんの定番の朝食なのですね。
この“阜杭豆漿”というお店は、2012年にも訪れて気に入っていたところですが、地元台北の方々の食への思いを甘く見ていました・・・。
> 二二八紀念館の様子を詳しく伝えて下さり、ありがとうございます。
> 「戒厳令の間の犠牲者の数の把握はいまだに困難で、800人から10万人まで様々な説があるとのこと。」
> 実際の犠牲者だけではないことを、悲しみの像が表現していますね。
> 状況は違っても、今のウクライナの人々の姿と重なってしまいます。
20世紀は世界各国がこのような経験を経て、人の命の重みを感じる国になったと思っていたのですが、今回のロシアによるウクライナ侵攻が起こってしまって、本当に残念でなりません。
やはり人は時が経ってしまうと、過去の悲惨な戦争の経験を忘れてしまうのでしょうか・・・。
> さて私も現在、JALのマイレージが欧州往復分、ANAは10万マイレージ以上あり、早く使ってしまいたくうずうずします(+_+)
町子さんはそんなにマイルを持っているのですね!
ANAの方はコロナ禍で期限が延長されるそうですが、JALの方はそろそろ有効期限を迎えてしまうこともあり、国内航空券として使ってしまうか悩ましいところです・・・。
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