2021/11/10 - 2021/11/13
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Weiwojingさん
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10数年ぶりに松江を訪ねた。しかし、この時は小泉八雲記念館と小泉八雲旧居を訪ねたことしか覚えていない。あちこち見て回ったはずであるが、どういう訳かはっきりとしない。
そこで今回は新たな思いで松江市内を歩いてみた。小泉八雲の作品は小生の関心のある分野なので、再度八雲記念館と旧居は訪ねたが(これらについては八雲関連スポットと共に次篇で詳しく述べたい)、今篇では先ずは標記の2か所以外に訪ねたところを紹介したいと思う。
今回はタイトルにあるような松江城、興雲閣、武家屋敷、旧日本銀行を訪ねたが、どこも初めての訪問で、大いに興味を覚えた。ひっそりと佇む古都の面影を味わうことが出来た。
- 旅行の満足度
- 4.5
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岡山から松江へ出発した。松江には1時過ぎに到着予定であったので、岡山駅で前もって駅弁を購入した。「栗おこわ弁当」なるものである。
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蓋を開けると、おいしそうな栗ご飯とおかずが出てきた。しばし、車中で至福の時を味わうことが出来た。
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松江には1時半過ぎに到着した。駅からホテルへ直行したが、駅前はすっかり晩秋のようで、木々が赤く色ずいた街路樹が見られた。
駅前に出ると、人の姿が少ない。歩いている人があまりおらず、ただ車が走っているだけで、寂しい気がする。 -
今回松江で宿泊する予定のエクセルホテル東急へ先ず向かった。駅前にあって、交通の便が良いのが気に入った。
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宿泊した部屋は割と広々としていて、落ち着いた雰囲気に満足した。
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このホテルでの朝食は通常はブッフェ形式であるが、今はコロナウイルス蔓延予防のためにこんな具合である。
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ホテルにチェックインした後、いくつか行ってみたいところがあったので、まずこれらの場所を訪ねてみた。まずは松江城へ出かけた。ホテルからは歩いていける距離で、15分位かかった。
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「ひとっばたご」(別名・ナンジャモンジャ)の木の側の階段を上って天守閣に向かった。
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天守閣を見学することにした。ここまで来るにはかなり歩いたが、何とか来ることが出来た。城は黒塗りで重厚な外観は存在感がある。
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松江城は1611年(慶長16)、関ヶ原の戦いで功を挙げた出雲・隠岐の大名、堀尾吉晴が築いた城である。
天守閣1階中央部分の窪んだところが入り口で、ここから中に入った。中はそんなに広いというほどではなく、しかも割と見学者が多かったので、混雑していたと言ってもよさそうであった。 -
松江城内には松江開府の祖・堀尾吉晴公の勇ましい銅像がある。
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天守閣内部は薄暗く、暗さに目が慣れるまで少し時間がかかった。
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太い柱が等間隔にあり、これらが城を支えているのであろう。
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花頭窓( 京都の寺院などでよく見かける )が暗闇の中で浮かび上がっていた。
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天守に葺かれた鬼瓦が展示されている。
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「旧鯱」が展示されている。
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馬上の武将は一体どなただろうか・・・? 説明によると、「大坂の陣で初陣を飾る14歳の松平直政像」で、真田丸を守る真田信繁(幸村)はその勇ましい初陣姿に軍扇を投げ与えたという。
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後藤又兵衛所用と伝わる甲冑。地味な感じはするが、なかなか素晴らしい。
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天守閣から宍道湖と松江の街並みが広がっていて、360度見渡すことが出来た。
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天守閣入り口近くで、堀尾吉晴公の扮装をした市のガイドが案内をしたり観光客との写真撮影に応じていた。なかなか粋な計らいである。
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結婚記念の写真撮影をしているカップルがいたので、写真を撮らせていただいた。
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松江城から足を延ばして「興雲閣」を訪ねた。足を延ばしたと言っても城のすぐ隣にあり、敷地内を歩いているようなものである。
目の前に白亜の殿堂とも言えるような1903年(明治36)施工の洋館が現われた。この洋館は明治天皇の行幸を願って松江市が建てたが、実際には皇太子(後の大正天皇)の御宿泊所として利用された。 -
玄関部分を脇から撮ってみた。
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入り口を入ると、先ず目に飛び込んできたのは和風造りの欄間である。
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先ずは2階へ上った。階段を一段一段上っていくと、かすかにギシギシ音がしたが、優雅な作りが十分に感じられた。
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階段踊り場。黒い階段手すりと円形の窓、カーテンが美しい。
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2階に上がると、大きな広間が広がり、目を見張るものがあった。
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広間の正面には3つの部屋がある。
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こんな具合に3つの部屋に分かれている。
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左側のこの部屋は謁見室で、大正天皇が使われた。
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右側の部屋には畳が敷かれ、皇太子時代の大正天皇がここで休まれたようである。
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2階ベランダの様子。腰板も柱も手すりもすべて白ずくめで、明治の洋館らしさを感じた。
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建物の1階裏側はテラスになっていて、円柱が見事である。
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建物の土台部分を見ると、手の込んだ通風口が目についた。こんなところまで手が込んでいる。
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「松江神社」がすぐ隣にあり、少々見学させていただいた。
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神社の入り口には狛犬が鎮座しているが、面白いことにメス犬の方に子と共にマスクをしている。誰かがしたのかそれとも神社側の配慮か分からないが、なかなか興味深い。
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松江神社の由来が書かれた説明板がある。
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何かの記念碑があるが、文字がほとんど判読できない。下記の説明を見ていただきたい。
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説明によると、西南の役(明治10)と島根県民との関わりを示す記念碑のようであるが、初めて知ることばかりで、興味を覚えた。
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移動していると、ある家の前に2羽のフクロウの置物が置かれていた。愛嬌のある目が特徴で思わずカメラを向けてしまった。
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松江城の周囲には堀割がめぐらされていて、堀割には遊覧船が運行されている。
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すぐそばを通って行き、説明している声がよく聞こえた。
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街の一角に「鼕(どう)」と書かれた蔵のような建物があるが、祭りに使われる道具を納めている建物である。
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江戸時代の街並みを思わせる通リがある。しばらくこの周辺を歩いてみた。
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するとこんな建物に行き当たった。
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塩見縄手の一角に「田部美術館」があるが、現在は休館中なのだろうか。閉まっていた。
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美術館の並びの「武家屋敷」があり、武家屋敷の前の道路は「塩見縄手」と言われ、「日本の道百選」に選ばれている。
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早速、中に入ってみた。
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武家屋敷の中に入ると、かなり整備されていて、見ごたえがあった。
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来客用玄関に上がると、正面に屏風が置かれ、立派なしつらえである。
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この部屋は当主の部屋であったものと思われる。
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「釘隠し」が随所に見られた。
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人間と同じ実物大の人形が置かれていて、当時の生活ぶりを再現しているようである。
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こちらは夫人用の部屋で、化粧道具などが置かれている。
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ここは仏間だったところのようである。
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神棚も置かれている。
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小さな茶室がある。
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屋外には大きな井戸があり、今でも使えそうな具合だが、中を見るともう水は枯れていた。
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台所を見ると、流しがあり、また水甕等いろいろな壺類が置かれている。
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竈が2つある。これらを使ってご飯を炊いたり、料理を煮たりしていたのであろう。
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台所の壁には棚が設けられ、銘々盆や徳利、急須などが置かれている。
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厠も公開されているが、これは新しくしたもののようだ。
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湯殿には大きな風呂おけが置かれ、ここにお湯を入れて風呂に入ったのだろうか。
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屋敷の外に出ると、大きな岩山を横切って階段を上ったところに小さな建物があり、中を覗くとこんなものが飾られていた。
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しばし歩き回ったので、昼食をとることにした。昼食に選んだのは「出雲蕎麦」で、松江ではぜひとも食べててみたいと思っていた。
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出雲蕎麦を注文した。三段重ねの朱塗りの器にそばが盛られ、右側の薬味と共に食べるのである。
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蕎麦打ちの様子が見えるようにガラス張りの作業場が店の一角にあり、待っている間にしばし見ていた。
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次の日にも市内を散策してみた。
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元日本銀行があり、なかなか堂々とした建物である。
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エレベェターに乗ると、天井がきれいに照明が施されていて、これは新しいもののようだ。
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地下に降りると、大きな金庫室が2つあつた。そのうちのひとつには頑丈な扉があり、びっくりするような厚さである。
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出雲ビル
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郵便入れが独特な形をしていて、このようなものは初めて見た。
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建物のわきに「松江市登録歴史的建造物」という銘板が付いていた。
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昼食に食べた出雲蕎麦とご飯。
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宍道湖から見る夕日の素晴らしいさを見たいと思い、湖畔に夕方5時過ぎに出かけてみた。湖に浮かぶ小さな島・嫁ヶ島の向こうに沈む夕日が眺められた。
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