2015/09/16 - 2015/09/23
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tigerさん
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COVID-19 オミクロン株蔓延中、引き続き昔の旅行をまとめています。
今回はその第24弾。(2022年2月記)。
タイトルの写真は敦煌にある鳴沙山の麓に2,000年に渡って湧き出る「月牙泉」と、
そばに建つお寺。
1980年代初めにNHKで日中共同取材「シルクロード」という番組があった。
その頃から、いつかは行ってみたいと思う地域だった。
私にとって、中華人民共和国への入国は、これが初めての経験となる。
【旅程】2015年9月16日(水)~
【1日目】夕刻 成田発⇒⇒上海経由⇒⇒西安着 西安泊
【2日目】西安 ⇒(空路)⇒ ウルムチ ウルムチ観光 ウルムチ泊
【3日目】ウルムチ⇒⇒トルファン観光⇒⇒ウルムチ ウルムチ泊
【4日目】ウルムチ⇒⇒天池観光⇒⇒ウルムチ観光 ウルムチ泊
【5日目】ウルムチ⇒(空路)⇒敦煌 敦煌観光 敦煌泊
【6日目】敦煌観光 敦煌⇒(空路)⇒西安 西安泊
【7日目】西安観光(郊外・市内) 西安泊
【8日目】早朝 西安発⇒⇒上海経由⇒⇒成田着
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 近畿日本ツーリスト
-
【中国国内線移動ルート】
成田を夕刻に出発し、上海を経由して同日の深夜に西安に到着。
時差は -1 時間(中国全土は北京時間で統一) -
【2日目AM】9月17日(木)07:33 「西安市内」
9月16日(水)夕刻に成田を発ち、上海乗継で23:30 西安に着陸。
グランド メトロパーク ホテルに、深夜到着。
写真は、客室から撮った、翌朝の西安市内。
朝もやなのか、スモッグなのか?
今日は国内線で、中国の一番西にある大都市「ウルムチ」へ移動。 -
【2日目AM】「シルクロード群像」(西安)
西安(昔は長安と言った)は唐時代のシルクロードの出発地。
西安には、このモニュメント像と西へ開かれた城門があるだけ。
-
【シルクロード】
シルクロードには色んなルートがあるが、
今回は黄色の枠で囲った町を中心に
東西文明の痕跡を巡る。 -
【2日目AM】「シルクロード群像」(西安)
群像の広場で西安市民が朝の体操中でした。
この習慣は、日本のラジオ体操と似てますね。 -
【2日目AM】
これから、空港に向かい、空路で「ウルムチ」に向かう。
西安 11:40発 ⇒⇒ ウルムチ 15:20着 -
【2日目PM】「紅山公園」より(ウルムチ市街)
ウルムチは大都会。
ウルムチは新疆ウイグル自治区の中心地で、
世界で最も内陸に位置する都市と言われる。 -
【2日目PM】「紅山公園」より(ウルムチ市街)
「紅山公園」から南に、天山山脈がうっすらと見える。 -
【2日目PM】「ウルムチ市街」
中国は全国で北京時間が標準時として使われるが、
ウイグル族は、密かに「ウイグル時間」(北京ー2時間)を使う
人が多いらしい。(但し、電車やバスの時刻表は北京時間)
-
【2日目PM】「ウルムチ市街」
-
【2日目PM】「バザール」(ウルムチ市内)
ウルムチで最大のバザール。 -
【2日目PM】「バザール」(ウルムチ市内)
-
【2日目PM】「バザール」(ウルムチ市内)
ウルムチは中国の最西端であり、ウイグル族の街。
写真の肉はおいしそうだが、、、
街はずれの地元ご用達レストランでは、塩味の骨付き肉料理と
温まったビールが出てきたのには、参りました。。
(イスラム教の世界なので、店に酒が置いてなくて、
わざわざ、買ってきてくれたのは嬉しかったが、、、。)
中華料理と言えば世界中にあり、当たりはずれはほぼ無いが、
この地は祖先が遊牧民でもあり、食事には期待できない。 -
【3日目AM】07:54「ウルムチ市街」
宿泊ホテル客室より、ウルムチの朝。
これから、「トルファン」へ高速道路を東へ走る。 -
【3日目AM】車窓風景「ウルムチ」⇒⇒「トルファン」
500基以上の「風力発電機」が並ぶアジアNo.1の風力発電所。 -
【3日目AM】車窓風景「ウルムチ」⇒⇒「トルファン」
オアシスがある所には村がある。
今日は金曜日(休日)で、バザールが開かれていた。 -
【3日目PM】車窓風景:ブドウ畑「ウルムチ」⇒⇒「トルファン」
多分、シルクロードの時代からある、ブドウ畑。
干しブドウ用の畑だろうか。
畑の中の茶色い建物は、壁に穴が造られた干しブドウにする為の
小屋と想像するが?。 -
【3日目PM】車窓風景「ウルムチ」⇒⇒「トルファン」
帽子をみると、彼らは「イスラム教徒」。 -
【3日目PM】「高昌故城」(トルファン)
漢代から約1,000年間栄えたトルファンの王城跡地。
古城は一辺が約1.5kmの四角形という大きなもの。
628年には、玄奘三蔵がインドへ行く途中でここに
1か月滞在して説法をしたと言われる。 -
【3日目PM】「高昌故城」(トルファン)
城壁の中に漢代から1,000年間栄えた王城跡が残る。 -
【3日目PM】「高昌故城」(トルファン)
土を固めて仕上げた城壁が、城を取り囲んでいた。 -
【3日目PM】「高昌故城」(トルファン)
ただただ、荒涼とした風景があるのみ。
長い年月を経て、みんな溶けてしまった。 -
【3日目PM】「高昌故城」(トルファン)
-
【3日目PM】「高昌故城」(トルファン)
この辺りは、修復が行われた。 -
【3日目PM】「高昌故城」(トルファン)
というわけで、1,000年も栄えた古代都市の観光は終わり。
当地には、なにも残っていないが、
博物館にでも発掘された品々があるのかも知れない。 -
【3日目PM】13:46「火焔山」
トルファン盆地の北端に100㎞に渡って連なる山脈がある。
日中、気温が40℃を越えると辺りの地表温度は60℃以上になり、
赤いシワの山肌は炎のように揺らめく。
「西遊記」の舞台でもある。 -
【3日目PM】13:53「ベゼクリク千仏洞」
トルファンから、東へ約50㎞にある。
ここは王族の寺院だった。
-
【3日目PM】「ベゼクリク千仏洞」
左手は、天山山脈を水源とするムルトク河が流れ、
オアシスとなっている。
その対岸には「火焔山」が迫る。
6世紀から14世紀の間に開削された石窟寺院。
10世紀頃、ウイグル族がこの地に移り住み、
土地の風習に従い仏教を信仰した。 -
【3日目PM】「ベゼクリク千仏洞」
83窟のほとんどは西ウイグル王国(9世)時代のものだが
壁画などは、ヨーロッパやロシア、日本の探検隊に持ち去られた。
このアングルは、昔NHKの番組で見た記憶がある。
石窟寺院内の写真が残っていないので、
撮影禁止だったと思う。
-
【3日目PM】「ベゼクリク千仏洞」
ムルトク河へ目を向けると、崖の下にも遺跡があるようです。 -
【3日目PM】14:18「ベゼクリク千仏洞」
左手が火焔山、緑はムルトク河、
右手が「ベゼクリク千仏洞」という位置関係。 -
【3日目PM】16:04「トルファンの町」
トルファンは、天山山脈の雪解け水で潤うオアシスの町。 -
【3日目PM】「トルファンの町」
トルファン盆地(標高ー154m)の中心に位置し、
天山南路と天山北路が繋がる地として、古くから
シルクロードの要衝として栄えた町。 -
【3日目PM】16:21「ぶどう棚」(トルファン)
「地下水路・カレーズ」の見学に訪れた地に、
たわわに実がなった「ぶどう棚」があった。
木漏れ日の下は、心地良い。 -
【3日目PM】17:03「地下水路・カレーズ」(トルファン)
水汲み場のような場所が残されている。
トルファン郊外では、現在も利用されているかも知れない。
トルファンには、1,000以上の水路があり、
総延長 3,000キロメートルになるといわれている。 -
【3日目PM】「地下水路・カレーズ」(トルファン)
中を覗くと、きれいな水が流れている。
1980年代のNHK「シルクロード」では、地上に小川の様に
流れる場面が何度かあった記憶がある。勿論、このタイプも。
天山山脈のふもとの地下水源から、勾配をもったトンネルを掘り
町まで水を運んだ。工事のためにに20mおき位に竪穴があるはず。
イランで、「カナート」と聞いたのと同じ仕組み。
調べると、カナートと同様のものをアフガニスタン、パキスタン、
ウズベキスタン、中国の新疆などでは「カレーズ 」といい、
北アフリカでは「フォガラ」というらしい。
さて、この仕組みを考え出したのは、どこの文化だろうか?
個人的には、イランの地ではないかと思う。
そしてイスラム教とともに、広がったか???。
(間違っていたら、ごめんなさい) -
【3日目PM】17:58 車窓風景 ⇒⇒「ウルムチ」
3時間かけて、「トルファン」から「ウルムチ」に戻ります。
同じ高速道路なので、再び風力発電所が現れた。 -
【4日目AM】9月19日(土)09:57⇒⇒天池(ウルムチ郊外)
ウルムチのホテルを 08:30出発し、
天池の手前で専用バスに乗り換え、天池へ。 -
【4日目AM】「天池」(ウルムチ郊外)
駐車場から、しばらく歩くと「天池」が現れる
天山山脈の主峰「ボグダ峰(5,445m)」の中腹、
標高2,000mにある湖で、「中国のスイス」とも呼ばれている。 -
【4日目AM】9月19日(土)11:02「天池」(ウルムチ郊外)
全長 3,400m、最大幅 1,500m 、水深105m。 標高 1,980m。
晴れているのは、珍しいらしい。
近くには、レストランや土産物屋などがある、大観光地。 -
【4日目AM】「天池」(ウルムチ郊外)
遊覧船があり、乗ったような記憶も有るが定かでない。 -
【4日目AM】「天池」(ウルムチ郊外)
ズームしてみると、船で行き上陸できそうです。 -
【4日目PM】「新疆ウイグル自治区博物館」(ウルムチ)
乾燥地に埋葬されたため、特別な処理をされて無いが
完璧にミイラとなって発掘された。
こちらのミイラが「楼蘭(ローラン)の美女」だったかな?。
ヨーロッパ系の顔立ちをしていて、太古から東西交流が
あったことがうかがえる。
1980年、タクラマカン砂漠の東にある楼蘭鉄板河遺跡で発掘された。
炭素14測定の結果、紀元前19世紀(約3,800年前)に埋葬されたもので、
死亡時の年齢は約40歳、身長155センチメートルと推測されている。
このときの発掘の模様は、NHK特集シルクロード第5回
「楼蘭王国を掘る」(1980年8月4日放送)で紹介された。 -
【4日目PM】「新疆ウイグル自治区博物館」
3,000~4,000年前のミイラが発掘されている。 -
【4日目PM】「新疆ウイグル自治区博物館」
-
【4日目PM】「新疆ウイグル自治区博物館」
多くのミイラが展示されています。 -
【4日目PM】「新疆ウイグル自治区博物館」
ミイラ以外に色んな展示があったはずだが、
写真は残っていない。 -
【5日目】
朝、ウルムチから敦煌へ、空路移動。 -
【5日目AM】9月20日(日)「敦煌空港」到着
08:00 ウルムチ発 中国南方航空 CZ-6895便 ⇒⇒
09:20 敦煌 着 機材:EMB-190 -
【5日目AM「敦煌空港」到着
ターミナルビルへは、勿論歩いて移動です。
周りには、何もないみたい。
敦煌は、かつてシルクロードの分岐点として栄えたオアシス都市。
紀元前111年に漢の武帝が置いた河西四郡の1つ。 -
【5日目AM】09:36「敦煌空港」出発
この地の観光客は1日2万人ほどで、ほとんど中国の旅行者。
外国人はそのうちの3%、そしてほとんどが日本人。 -
【5日目AM】10:27「西千仏洞」
まず訪れたのは、ここ。
莫高窟の西側にあるので、「西千仏洞」と呼んでいる。 -
【5日目AM】「西千仏洞」
壁画が描かれたのは随、唐の時代のものが中心らしい。
写真撮影が禁止だったのだろう、写真は残っていない。
-
【5日目PM】車窓風景「西千仏洞」⇒⇒「陽関」
敦煌は、ブドウと綿花が主な産業。
日照時間が長いため、果物は甘い。 -
【5日目PM】車窓風景⇒⇒「陽関」
オアシス都市は緑豊か。
道路脇には、地下水路・カレーズから流れ出た水が
小川となって流れているような、NHK番組のイメージが
よみがえる。 -
【5日目PM】「陽関」
陽関博物館と有るが、のろし台が残るのみ。 -
【5日目PM】「のろし台」(陽関/敦煌郊外)
シルクロードの軍事通商の重要関門で、のろし台跡が残る。 -
【5日目PM】「陽関」(敦煌郊外)
「のろし台」手前の高台から、西方向の景色。
唐代の詩人が友との別れを惜しみ、
『西のかた陽関を出ずれば故人無からん』と詠んだ。 -
【5日目PM】「陽関」(敦煌郊外)
「のろし台」に近づき来ました。
あるのは、これだけです。 -
【5日目PM】「鳴砂山と月牙泉」への入り口道路
正面に見えるのが「鳴砂山」
「鳴砂山」の麓の右側に「月牙泉」がある。 -
【5日目PM】「鳴砂山」(めいさざん)」
砂礫が堆積してできた砂山で、東西40㎞に渡り続いている。 -
【5日目PM】「鳴砂山」
ラクダに乗って鳴砂山を観光する人達。 -
イチオシ
【5日目PM】「月牙泉 (げつがせん)」
「鳴砂山 (めいさざん)」の麓にある三日月型の泉が、
「月牙泉 (げつがせん)」。 -
【5日目PM】「鳴砂山と月牙泉」(砂丘を登った場所より)
縄梯子が砂丘の斜面に敷いてあり、
これを頼りに登ることが出来る。
「月牙泉」は、砂丘に囲われているが、2000年に渡り
絶えることなく湧き出ている泉。
(泉は、昔に比べると小さくなったらしい。) -
【5日目PM】「鳴砂山と月牙泉」
希望者は、砂が入らない様に靴カバーを借りる。
メモによると、15元・・・現地ガイドによって、
金額が違うのが中国らしい。 -
【5日目PM】「鳴砂山」
登って南の方を見ると、砂丘が延々と続くが、奥行きは?。
(東西は40㎞) -
【5日目PM】「鳴砂山と月牙泉」
北を眺めると、左が「月牙泉」、
右手はレストランや土産物屋の施設。 -
【5日目PM】「月牙泉」
「月牙泉」の対岸にあるお寺。 -
【5日目PM】「月牙泉」
「月牙泉」の対岸にあるお寺。 -
【5日目PM】「鳴砂山と月牙泉」
帰りにちょっとだけ、ラクダで移動体験。 -
【6日目AM】9月21日(月)09:35「莫高窟」
手前は河原、崖に穴が沢山見えますが、
見学する「莫高窟」は左手方向にある。
ここは、「鳴沙山」の東にあたる。 -
【6日目AM】「莫高窟」
ビジターセンターで、20分ほどの紹介映画を見た後、
研究院の女性に引率されて石窟寺院の見学へ。
公開されているのは、一部の窟のみ。
特別に追加で、2ヶ所の窟に案内されて見学。 -
【6日目AM】「莫高窟」
「莫高窟」は、「大同の雲崗」、「洛陽の龍門」とともに、
中国三大石窟のひとつ。
石窟は、4世紀「北諒」~14世紀「元」の1,000年の間、
掘り続けられた。その後、一時忘れられることになる。
1900年に再発見された後、多くの海外からの学者や探検隊が
訪れ、貴重な資料や壁画の一部が持ち去られてしまった。
日本からも、探検隊が来ている。 -
【6日目AM】「莫高窟」
-
【6日目AM】「莫高窟」
シンボル的な第96窟、
内部には莫高窟最大の弥勒菩薩が鎮座しているらしい。
背後は、「鳴沙山」砂漠。 -
【6日目AM】「莫高窟」
この建物(第96窟)の両側に石窟寺院が2段で並んでいる。
現在、492の窟が残っている。
見学できるのは一部に限られている。
-
【6日目AM】「莫高窟」
2段で並ぶ石窟にアクセス出来るように、通路が整備されている。
石窟内は、写真撮影禁止でした。
見学後に、DVD(120元)を購入 -
【6日目PM】16:47「敦煌空港」
「西安」へ移動します。
-
【6日目PM】「敦煌」⇒⇒「西安」
-
【6日目PM】「敦煌空港」
基本的には、土漠・砂漠の土地につき、何もない。 -
【6日目PM】「敦煌空港」⇒⇒「西安」
中国東方空港 MU2216便 機材:A-319
17:07離陸し、19:10西安の空港に着陸。
着後、空港で夕食を頂き、ホテルに直行。
-
【7日目AM】9月22日(火)09:37「兵馬俑博物館」
発掘場所(第1号坑)全体が、建物で囲われている。
1974年、始皇帝陵東側の果樹園で井戸を掘っていた農民が
偶然、地中から陶製の武士像などを発見した。
第1~第3号坑が、発掘され公開されている。
この第1号坑は、巨大である。 -
【7日目AM】「兵馬俑博物館」(第1号坑)
6,000体を越える兵馬俑は、実物大でその一体一体の
表情や服装、持ち物などは精巧で異なる。 -
【7日目AM】「兵馬俑博物館」(第1号坑)
素焼き陶器には着色が施されていた。 -
【7日目AM】「兵馬俑博物館」(第1号坑)
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【7日目AM】「兵馬俑博物館」(第1号坑)
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【7日目AM】「兵馬俑博物館」(第1号坑)
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【7日目AM】「兵馬俑博物館」(第1号坑)
まだ、調査研究が行われているようだ。 -
イチオシ
【7日目AM】「兵馬俑博物館」
ここからは、別の建物に展示されていた。
このような等身大で精緻な素焼きの像を作る技術は凄い!。 -
【7日目AM】「兵馬俑博物館」
-
【7日目AM】「兵馬俑博物館」
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【7日目AM】「兵馬俑博物館」
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【7日目AM】「兵馬俑博物館」
生き生きとした馬には、色彩が残っている。 -
【7日目AM】「兵馬俑博物館」
-
【7日目AM】「秦の始皇帝陵」
朝から雨が降っていたが、傘が無くても良いくらいに天候回復。
秦の始皇帝陵は、紀元前210年頃に築かれた。 -
【7日目AM】「秦の始皇帝陵」
建造当時は、高さ80m、東西南北500mの大きさだった。
土を盛り、山を築いて陵墓としたのは、始皇帝が初めてだった。
死後も変わらない暮らしが出来るように、壮大な地下宮殿を築いた。
しかし、地下宮殿の全容は明らかになっていない。
⇒⇒ 山を眺めて、西安市内へ戻る。 -
【7日目PM】「西の城門」(西安市内)
西安の人口は、1,000万人(内、200万人は都市戸籍の無い人)。
市内には沢山の高層マンションげ建設中。
価格は床面積 100㎡で、1,400万円くらい(2015年当時)。 -
【7日目PM】「西の城門」(西安市内)
城壁の周囲は12㎞、高さ12m、
上部は幅が12~14mある遊歩道になっている。 -
【7日目PM】「西の城門」(西安市内)
この城門から、シルクロードへの旅がはじまる。
西門は「安定門」とも呼ばれている。 -
【7日目PM】「西の城門」(西安市内)
西安は、シルクロードの起点の街。
現在の西安から、西方を望む。 -
【7日目PM】「大雁塔」(西安市内)
インドより経典を持ち帰った玄奘三蔵が翻訳した仏教経典を
収めるために建立された。(慈恩寺境内にある)
高さ:64m、 7層 -
【7日目PM】「大雁塔」(西安市内)
-
【7日目PM】「慈恩寺」(西安市内)
境内に「大雁塔」が造られた。 -
【7日目PM】「慈恩寺」(西安市内)
-
【7日目PM】19:46「唐歌舞ショー」(西安市内)
こちらで、1時間ちょっとのショーを鑑賞。 -
【7日目PM】「唐歌舞ショー」(西安市内)
なかなか、華やかなショーでした。 -
【7日目PM】「唐歌舞ショー」(西安市内)
-
【7日目PM】「唐歌舞ショー」(西安市内)
-
【7日目PM】「唐歌舞ショー」(西安市内)
翌9月23日(水)早朝に西安を発ち、上海経由で成田に
16時過ぎ(日本時間)到着。
中国のシルクロード編は、終わりです。
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