2021/03/25 - 2021/03/31
1047位(同エリア1727件中)
napaさん
去年の5月の連休に予定していた屋久島旅行、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の影響でようやく一年越しで実現しました。当初は硫黄島にも行こうと綿密な計画を立てていましたが、感染拡大の影響からいまだに抜け出せず、硫黄島やトカラ列島は来島自粛の要請が出たままで断念。
何千年と生きる屋久杉、切り倒されてなお何百年と朽ち果てず形を残し、やがて若い苗木が育つ温床となること、屋久杉とあった人の暮らしなどを通じて生命を感じる旅になりました。
3/25 乗り継ぎ2回で屋久島へ
3/26 白谷雲水峡、島一周
3/27 永田浜、ヤクスギランド
3/28 屋久杉自然館
3/29 縄文杉
3/30 思い付きで種子島弾丸旅行
3/31 帰宅
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- レンタカー JALグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
早朝、安房の松峯大橋
-
橋を渡ると間もなく現在の安房森林軌道の発着所があります。かつては海岸沿いの貯木場まで軌道は伸びていました
-
鬱蒼とした森の中へ続く森林軌道。往時は切り出した屋久杉だけではなく、通学する子どもたち、買い出しに出かける主婦も運ぶ、山での生活になくてはならないものだったそうです
-
屋久杉自然館前のトロッコ気動車
屋久島町屋久杉自然館 美術館・博物館
-
軌道が敷かれ近代的な伐採が行われる以前、薩摩藩の時代には切り倒した屋久杉はその場で長さ50cm、幅10cmほどの平木と呼ばれる板に加工され、人が背負って山から下ろされていました。ひとり年間600枚の平木を下ろしたそうですが、年貢としては2310枚で米1俵に換算したそうです。かつては1俵が大人ひとりが1年に食べる米の量といわれていたので、1年働いて3か月分の米にしか相当しないというのは重労働の割にずいぶん安い稼ぎだと思いました。
-
土砂降りの翌日、早朝6時荒川登山口出発。トロッコ軌道を8km辿ります。
屋久杉自然館から荒川登山口までは登山バスを利用しますが、4時過ぎにお弁当屋さんで予約してあった登山弁当を受け取り、4時半にバスの発着所に到着したころにはすでに大勢の人が集まっていました。私たちは何とか5時発のバスに乗れましたが、5時近くになって来た人は次の便も満席、今日は乗れませんよと言われていました。バスに乗れないなんてことがあるとは、早め行動が必須です! -
欄干のない橋。先に出発したパーティーをどんどん追い越します。
-
登山道は右へ曲がり小杉谷へ。直進する軌道は石塚地区へ伸びる営林署専用区間。安房森林軌道は1923年から1970年までは伐採した屋久杉の運搬に、その後は土埋木、さらには登山者が利用したトイレのし尿を運ぶといったように役割も変遷してきました。
-
長い木橋を渡って小杉谷へ
-
小杉谷にあった集落は森に還っていました。学校の跡だけが広い空き地となって、にぎやかだったころを想像させます。最盛期で147名の在校生。
-
杉林のなかを伸びるトロッコ道。前日の大雨に流されてきた枝や落ち葉がレールに引っかかって、一部歩きづらくなっています。
-
歩き始めて2時間、トロッコ軌道の終点に着きました。
ここにはトイレもあるので休憩していると、向こうから若者が大慌てで走ってきました。相当我慢していたようで、荷物を途中投げ捨てながら、さいごはつまずいて転がり込んでしまいました。山中のトイレは大変です。 -
ここからはいよいよ本格的な登りになります
-
屋久島の花崗岩は極めてゆっくりと冷えて固まったため正長石の大きな結晶が見られるのが特徴だそうです。表面がざらざらして滑りずらいので、歩きやすく助かります。
-
風化が進んでも、ガラス質の結晶部分がそのまま小石状に残っています。
-
もう一息
-
大木のトンネルをくぐって
-
展望デッキが見えてきました。出発から3時間半、930時到着。
-
樹齢2000年から7200年といわれる縄文杉。やはり写真ではその大きさが伝わりません。正直言って実物を見てもほかの大杉と違い近くに寄れないので、あまり大きさの実感がわきません。
そうはいっても数千年前からそこにあった木。人々は狩猟採取して日々の糧を得、文字さえもなかった時代から生き続ける生命があることに不思議を感じました。縄文杉 自然・景勝地
-
もと来た道を戻ります。
-
ウィルソン株
-
うろになった切株のなかには湧き水が流れ、小さな祠が祀ってありました。
-
きれいなハート形に切り取られた空
-
森林軌道まで戻ってきました。ここからは平坦で歩きやすい道になるので、ほぼ山登りは終わった気分です。
-
ポイントで分岐するトロッコ軌道。手前と向こうの両方向から待避線が急なカーブを描いて岩壁に入っていきます。
-
岩を穿ってできた小さな空間に線路が引き込まれていますが、車両が向きを変えるためにはあまりにも短すぎます。
-
何のためのものだったのか、敷設する労力の割に実用性が無いように感じられましたが、何か暗示的で印象に残りました。
-
大きな切株のあいだを走る軌道。何千年と生き、切り倒されても次の世代の苗床となって存在し続ける杉。
-
小杉谷橋から見る安房川、大きな花崗岩と山々をところどころに彩る桜。
-
うち捨てられた機関車
-
区間中唯一のトンネルを抜けるとゴールはもうすぐ
-
最後の橋を渡るとトロッコ軌道はふたてに。
-
左手が荒川登山口、右が縄文杉へ。そして手前は安房までつながっていますが、発電所の関係者以外進入禁止になっていました。日本で唯一現存する森林軌道を歩いて、いつかふもとまで行ければと思ったのですが、不可能なようです。
-
1330時登山口到着。途中お昼ごはんで休憩もしたので、登りも下りも実質3時間半でした。
帰りの登山バスは15時発、それでも14時半には満席になり、あとから下山してきた人たちは16時以降のバスに回されていました。登り同様、ここでも早め行動が大切です。車中では神戸から来たという男性と隣り合わせになりました。昨日は九州最高峰・宮之浦岳に登頂し、山小屋で一泊、縄文杉へ縦走してきたとのこと。最高の眺望だったこと、たったひとりで過ごす山小屋の夜は心細く、わずかな物音にもびくびくしたことなど話してくれました。うらやましい!家族みんなでの縦走は厳しいので、ひとりででもまた来られれば・・・
屋久島に来るまでは距離にして22km、目安の所要時間10時間に及ぶ縄文杉までの道程を歩きとおせるのか少し心配していましたが、思いのほか楽で楽しい山行となりました。 -
最終日、思いついて隣の種子島へ弾丸日帰り旅行に出発。岸壁は転勤で島に渡る先生を迎える幟や横断幕でにぎやか。
-
限られた時間で千座の岩屋へ
-
岩壁にはいくつも洞窟が口を開けています。
-
潮が引いたときにしか入れないそうです
-
波の浸食でできた洞窟は中に入るとつながって、迷路状となっていました
-
きのこのような岩が床一面に生える場所も
-
砂浜に続く洞窟と沖合の小島。千人が座れるくらい広いことから名づけられたという岩屋は思った以上に見ごたえがありました。
千座の岩屋 自然・景勝地
-
屋久島に戻って、空港の近くの出店
-
小さな小さなおばあちゃんが郷土菓子のかからんだんごとつのまきを売っていました。かたつむりのような外観のつのまきは、もち米を灰汁で煮たもので黄色い色をしたちまきといった感じ、あまり味はありません。かからんだんごはよもぎ餅、黒砂糖の甘さで食べやすい。
-
朝いちばんの便で屋久島を離れます。また3区間を乗り継いで北海道へ戻ります。
行ってみたくて、でもそれがかなっていない土地もまだまだありますが、旅するたびに再び訪れてみたい場所が増えていきます。
おわり
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
この旅行で行ったスポット
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 一年越しの屋久島
0
44