2021/10/28 - 2021/10/28
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kojikojiさん
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久しぶりに熟睡できたようで、気持ちの良い目覚めでした。夜明け前の午前5時30分に一番風呂をいただいて、ホテルの部屋から眺める夜明けの景色も素晴らしかったです。そのままホテルを出て朝ごはんの前まで散歩することにしました。表に出てみるとホテルの散歩道の看板があり、近くに展望台があるのが分かりました。そこのも立ち寄ってから「的矢湾大橋」を渡って、的矢湾を眺めてみました。晩御飯がまあまあ良かったので酢が、朝ごはんは前の日の作り置きのようなもので、これにはちょっとがっかりでした。午前8時30分にホテルを出発してまずは相差(おうさつ)にある神明神社と石神さんの参拝に向かいます。相差は海女さんの多い集落で、石神さんも海女さんの信仰から女性の願いが叶うということになったそうです。参拝よりも海女文化について興味が湧き、近くにあった「海女文化資料館」と「海女の家」にも立ち寄ってきました。もちろん参道無人販売のあおさも買ってきました。全くノーマークというか興味の無かったところが、今回一番面白かったという皮肉なことになりましたが、もう少し時間があったらここで海鮮を食べたかったなと思いました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 観光バス タクシー 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- エイチ・アイ・エス
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久しぶりに熟睡できたようで、午前5時には目が覚めてしまいました。地下の大浴場は午前5時30分からなので少し前に行ってみましたが、時間まで扉は閉まっていました。一番風呂をいただいて部屋に戻ると表も明るくなっていました。
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前の日の夕方にわずかに見えた風景はこんなだったかと改めて見渡してしまいます。なんといっても真っ赤な的矢湾大橋が印象的です。
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東側に的矢湾が伸びていて、その先はもう太平洋です。
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安いツアーなので部屋からの眺望なんて期待していませんでしたが、嬉しい誤算でした。
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「伊勢スペイン村」パルケエスパーニャが見えましたが、賑わっているようには思えませんでした。
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静まり返った的矢湾には漁船も見えました。
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「的矢湾大橋」はパールロードの途中にある的矢湾に架かる橋長237.6メートルの真っ赤なアーチ型の鉄橋です。
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カキの養殖いかだも見えました。
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伊雑の浦(いぞうのうら)の奥にもたくさんの杭が打たれているので、ここでもカキの養殖がおこなわれているのでしょうか。
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明るくなってきた東の方角には太平洋もわずかに望めました。
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朝ごはんまで1時間ほどあるので、ホテルの周囲を散歩してみることにしました。
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通りの反対側まで行くとホテルの全景がファインダーに収まりました。
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建築的な美しさは感じませんがロケーションは良いと思います。
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元々は伊勢志摩ロイヤルホテルという名称で経営されていたそうですが、別府で泊まったことのある別府湾ロイヤルホテルを思い出しました。なんとなく建物とプールの配置などが似ているように思えました。
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ホテルの周辺にはこのような標識があって、近くの展望台までのルートが分かるようになっています。
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これが展望台のようです。道路を渡らなければならないので地下道が設けてありました。ただ、早朝なので車の通りも無いので渡ってしまいましたが。
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ステンレスの鏡面の球体は真珠を表しているのでしょうね。
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展望台からは伊雑の浦(いぞうのうら)がきれいに見えました。
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そして的矢湾大橋も。
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後で知りましたがこの橋では自殺する方も多いようです。橋を渡っていたら花束と飲み物が添えられてあったので調べてみました。
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朝日は昇ったばかりなので橋の影がきれいに見えました。
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リアス式の海岸線は美しいと思います。
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トンビが3羽上空をクルクルと周っていました。
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橋を渡ってみることにします。
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東側にだけ歩道が設けてあります。
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橋を渡りかけると朝日がきれいに見えました。
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小さな港にヨットやモーターボートが係留されています。
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この景色を見られただけでも散歩した甲斐がありました。
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妻はまだ寝ている時間です。そろそろ目覚まし時計が鳴るかもしれません。
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橋の影がきれいに見えます。
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朝日が海面に反射してきれいです。
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橋を渡りきったところでこれ以上は進んでも仕方ないと思います。
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この辺りでも大型のホテルだと思います。
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橋の途中で電話すると妻はこちらを眺めていたとのことでした。客室の上から4フロア下のカーテンがたくさん開いているのが8回で、ここがHISのツアーの客室でした。
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午前7時前にホテルに戻ることが出来ました。
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午前7時に昨晩と同じ宴会場に行くと朝ごはんの準備が出来ていました。通常はバイキングですが、コロナ禍なのでセットの朝食でした。
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良く寝たので朝から食欲があります。
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一見するとお皿がお盆に乗っているようですがすべてプリントです。不味いわけではありませんがすべての料理が冷たくなっていました。冷蔵庫から出されたような状態の煮物は心に訴え掛けるものはありません。
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コーヒーだけは熱々だったので良かったです。
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1階に降りておみやげ物を見てみましたが、この後おかげ横丁に行くので買い物はしませんでした。この階段の雰囲気も別府湾ロイヤルホテルに似ているように思いました。
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フロントの脇にも生花がきれいに生けられていました。
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部屋に戻ると天気も良くなってきたようで景色はさらに美しくなっていました。
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海岸の先に見える山は横山で、その左にうっすら見える山は金毘羅山ということです。これは四国高松の金毘羅山ではなく、先志摩(前島)半島の先端部にある標高119メートルの山です。
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出発前にホテルの表で記念写真を1枚。
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午前8時30分に出発です。ドライバー500キロ運転して、今日も500キロの運転が待っています。
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この日最初の観光は神明神社と石神さんの参拝です。ホテルからは30分ほどのドライブです。
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車窓からは海がきれいに見えました。
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到着した相差(おうさつ)は小さい集落のようですが、ホテルや旅館が多いのにびっくりしました。ここについては全く調べてなかったのですが、伊勢志摩で一番多くの海女さんが暮らすのはこの町だそうです。そんな説明を聞きながら神明神社に到着しました。
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境内の森の中に真っ赤な鳥居が映えます。
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神明神社の境内にある「石神さん」は海女さん達の間では古くから「女性の願いなら一つは叶えてくれる」と信仰されている社だそうです。
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近年立派な社に変わったそうです。
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願いを掻く記帳台まで備えてあります。ずいぶん時間をかけて願いを書いています。
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一緒に参拝させていただきましたが、男性の願いは叶わないみたいです。
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境内にはご神木がたくさんありました。伊勢神宮と言いこの伊勢谷鳥羽には不思議なパワーがあるように感じます。
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社務所には「蘇民将来子孫家」の御札が貼られています。
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神明神社にも参拝します。
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まずは作法にのっとって茅の輪を3回くぐります。
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ここは相差の氏神さまで、天照大神の主宰神として祭られています。境内 には長寿を守る神木として、氏子の敬拝の対象になっている楠木の古木(枯木)があります。
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脇にある覆屋社「長寿の館」には長寿を守る神木として、氏子の敬拝の対象になっている楠木の古木(枯木)があります。 「諸国誌草稿」によれば長さ三間四尺(約6.7メートル)、幹周り四丈九尺(約14.7メートル)、中は洞穴となっており 径一丈二尺(約3.6メートル)と記されており、八畳敷きの大きさがあったそうです。
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その一部が納められていて、触ることでそのパワーがいただけるような気がします。
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小さい「さざれ石」もありました。「さざれ石」は名前の通り「君が代」の歌詞に出てくる石の事です。もともと小さな石の意味ですが、長い年月をかけて小石の欠片の隙間を炭酸カルシウムや水酸化鉄が埋めることによって、1つの大きな岩の塊に変化したものを指します。
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ブナ科のスダジイの巨木がありました。暖地性照葉樹林を代表する樹種の1つで耐潮性が強く、丈夫であるため巨木になりやすいそうです。若木の樹皮は滑らかですが、成長すると樹皮に縦の切れ目が入ることが特徴で深く割れていました。
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さらにヤマモガシの巨木もありました。推定樹齢は300年もあるそうです。調べてみるとマカダミアナッツも同じ種類の木だということで、スリランカで見たマカダミアの木の事を思い出しました。
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子の鳥居をくぐったらどこか違う世界に行ってしまいそうです。
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早めに参拝を済ませて海女資料館に行ってみることにします。
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途中の家々には見事な伊勢注連縄が飾られています。
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「五座屋(ござや)」という海女の家をリニュアルしたお店が開店していました。ここは案内所の役目もあるようです。
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セーマンドーマンは伊勢志摩の海女が身につける魔除けのことです。海女達が恐れる魔の代表的なものとしてはトモカヅキ、山椒ビラシ(身体をチクチクとさす生物とされる)、尻コボシ(肛門から生き肝を引き抜く魔性といわれる)、ボーシン(船幽霊)、引モーレン(海の亡者霊)、龍宮からのおむかえ、などがあるそうです。
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星形の印(セーマン)と格子状の印(ドーマン)を貝紫色または黒糸で記し、海での安全を祈願するそうです。磯ノミ、磯ジャツ(上着)、磯メガネなど、海女の用具全般に記されます。
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星形は一筆書きで元の位置に戻り始めも終わりもないことから魔物の入り込む余地がなく、また海女達の口伝に寄れば元の場所に戻る=「無事に戻ってこられるように」との祈りを込めたともいわれ、格子は多くの目で魔物を見張るといわれます。
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陰陽道と関係するともいわれ、星形の印は安倍晴明判紋、格子状の印は九字紋と同じ形状です。このセーマンは安倍晴明、ドーマンは蘆屋道満の名に由来するともいわれます。伊勢志摩の神島地方の海女は、この両方をあわせて「セーメー」と呼称するそうです。
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「帝都物語」の内で主人公の加藤保憲が「ドーマンセーマン」を縫いこんだハンカチと手袋を使用していたことを思い出しました。
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恐れられているトモカヅキは海女などの海に潜る者にそっくりに化けると言われます。海には自分1人だけのはずなのに、自分そっくりの身なりの人がいるということになり、この妖怪に遭遇するのは曇天の日といわれます。
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トモカヅキ海女を暗い場所へと誘ったり、アワビを差し出したりするそうです。この誘いに乗ってしまうと命が奪われると恐れられています。このときには後ろ手にしてアワビを貰えば良いと言われますが、その通りにしたところトモカヅキに蚊帳のようなものを被せられて苦しみ出し、無我夢中で持っていた鑿でこの蚊帳状のものを破って助かったという話もあるそうです。
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海女さんの無人販売や屋台に寄ってアオサを買いながら「海女文化資料館」に着きました。同じツアーの方にシャッターを頼まれたので、我々もシャッターを押してもらいました。
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海女資料館は相差のくらしや歴史を通し、相差の海女文化に触れることが出来る施設です。昔の海女さんの作業風景のジオラマや、道具・磯着の展示されています。
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この素朴な彫刻は山川芳洋さんという方が県職員の仕事の合間に独学で技術を習得して造られたそうです。
海女彫刻家山川芳洋さんについては:file:///C:/Users/iwasa/Downloads/201809_k1_sumitto%20(1).pdf -
先月東京駅ステーションギャラリーで見た藤戸竹喜の彫刻も素晴らしかったのですが、ここに無造作に並ぶ彫刻にも同じ精神性を感じました。
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今まで海女さんという職業は知っていましたし、遠くからその姿を見たことはありましたが、彫刻とはいえ近くで見ることが出来てよかったです。
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これも面白い展示でした。海底を再現した岩に強力なマグネットで張り付いたアワビを本物の「磯ノミ」という道具を使って?ぎ取ることが出来ます。
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アワビの採り方の説明は勉強になりました。実際に海に潜ってアワビやサザエを採ることはないと思いますが…。
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いつ頃の写真かは分かりませんが素敵な写真も展示されていました。
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これなどは一緒に海に入って撮影しているので臨場感がすごいです。子供の頃に千葉のどこかの海で見たのか、この伊勢志摩で見たのかあいまいな記憶が蘇ってきました。
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かつては裸眼で潜っていたそうですが、明治の中ごろから水中メガネを使うようになりました。 色々工夫されますが現在でも視界の広い1つメガネが主流となっているそうです。
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展示室の中央にある等身大の海女ジオラマもすごい迫力です。現在ではウェットスーツなので、このような白い磯着を身に着けています。船から潜る「フナド」の作業風景が再現されています。
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頭の中でNHKの紀行番組「新日本紀行」のオープニングの冨田勲の曲が頭の中に浮かんできます。頭被りに水眼鏡に磯ノミといういで立ちです。
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磯桶は浅いところで使う桶で、胴に巻かれた長い紐を腰に巻いて潜ります。手前の磯かごにはアワビを入れるそうです。見た目がドリームキャッチャーにも見えます。ある意味素潜りでお金になるものを採ってくるので夢を掴むこともできるのでしょう。
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蘇民将来子孫の木札も飾られていました。「七難即滅 七副即生」は仁王経に説かれている経文で、「あまたの災難はたちまち消滅し、多くの福徳に転ずる」 という転禍為福の考えから七福神への信仰を表します。世の中の7つの大難はたちどころに消滅し、7つの福が生まれるということ。「難を滅ぼし福を呼ぶ」という意味です。
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急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)は陰陽道に常用される呪文です。急ぎ律令のごとくすべしという意味です。そしてセーマンとドーマンの印も書かれてあります。
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実際に使われていた磯おもりも展示されていました。1部屋だけの展示館ですが、展示されているものの充実度は非常に高かったです。石神さんだけで素通りしてしまうにはもったいない施設です。
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展示館の隣には見事な枝振りの松の木がありました。
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バスの駐車場までの途中になる「梵潮寺(ぼんちょうじ)」は約700年前に後醍醐天皇の勅願により建てられた臨済宗南禅寺派の名刹だそうです。境内にある長寿大蘇鉄は樹齢700年以上の古木で、子孫繁栄と延命長寿と慕われているそうです。 またこの寺には大般若経600巻(鳥羽市指定文化財)が納められています。
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境内の長寿大蘇鉄を見に行くまでの時間はありませんでしたが、山門までの参道にも見事な蘇鉄が植えられてありました。蘇鉄の名前の由来は鉄を肥料にすると樹勢が増すため、枯れかかった時に鉄の釘を打ち込むと蘇ることから来ています。蘇鉄は昔は富と権力の象徴とされ、桂離宮や栗林公園には島津から贈られた蘇鉄が残っていますし、岡山の後楽園には広大な蘇鉄の畑がありました。
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相差を出て、同じパールロードを戻って的矢湾大橋を渡りました。すぐに志摩スペイン村の脇を通過しました。
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そして的矢湾の対岸を通過すると宿泊した「ホテル&リゾーツ伊勢志摩」がきれいに見えました。
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神路ダムは上水道専用アース式ダムで、美しいダム湖の景色が楽しめました。相差からちょうど1時間で伊勢神宮の内宮に到着しました。
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