2021/10/02 - 2021/10/02
15位(同エリア434件中)
まほうのべるさん
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喜多方が東北では一番最近、重要伝統的建造物群保存地区に選定された事を知って是非訪れなければと思い行ったんだけど、事前にきちんと調べず蔵の町だから古い店蔵が建ち並んでいると思って行ってみると想像とは違っていまた。
重要伝統的建造物群保存地区に選定された理由は地割がきちんと残されているからで、建物は思ったほど建ち並んではいなかったんだ。建物好きとしてはちょっとガッカリ。でも、喜多方には多くの店蔵などが残っており気を取り直して街歩きしなくちゃ
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
蔵座敷あづまさ
福島西で高速を降り、目の前の道路が115号線で左に曲がりまっすぐ走ります。459号線に入り裏磐梯を眺めながら走り続けると、喜多方の街中に入ります。紅葉には早く、1か月後ぐらいは見頃なんだと思うけど。
オープンって案内があったけど、まだ9時。
なのにもう開いているの?って思ってドアを開けてみたけど閉まっていたよ。 -
イチオシ
旧甲斐家住宅
蔵の町喜多方。
厳選された銘木と職人の技術で建造され国登録有形文化財に指定されています。
平成28年、喜多方市へ寄贈され観光物産協会が管理しています。駐車場は写真左の道から入ったところに広い無料駐車場があります。 -
旧甲斐家住宅
幕末に初代吉五郎が信州から喜多方に移り酒造業を始めます。
三代目が麹造りで繁盛し、文明開化の機運を見て、製紙工場を興します。
4代目は味噌・醤油の醸造をはじめ、(当時は製紙工場と酒造業は廃していた)まちの発展にも関心が深く、喜多方中学(現在の喜多方高校)や郵便局の誘致に資材を投じたと言われています。男子一生の夢を豪壮な蔵座敷と主屋の建築にかkwました。 -
旧甲斐家住宅
主屋の中廊下は長さは10間(18m)で、6間(10・8m)の板2枚と、4間(7・3m)の板2枚、合計4枚の欅無垢板の廊下です。 -
イチオシ
旧甲斐家住宅
芸術的な反り具合、カッコイイ螺旋階段だね。
見ているだけなんて勿体無い、上ってみたいよ。 -
旧甲斐家住宅
手延べの板ガラス
フキ竿で熱せられたガラスを円筒状に吹き膨らませ、それを冷ましてから縦に切り、再び熱して、板状に広げる『手吹き円筒法』 -
旧甲斐家住宅
『一生の夢と技の結晶』って喜多方では珍しい黒漆喰、51畳の座敷、螺旋階段、金箔の屏風など喜多方一の豪華さです。 -
旧甲斐家住宅
喫茶室 烏城西洋室
大正時代に設けられた蔵の中の応接室。
現在は当時の造作をそのまま残し、当時からの呼び名『西洋室』にちなみ烏城西洋室と呼ばれています。 -
イチオシ
旧甲斐家住宅
喫茶室 烏城西洋室
3年前までここでお茶がいただけていたなんて。
お茶したかったな、残念。 -
旧甲斐家住宅
喫茶室 烏城西洋室
2026年までに修復をして公開できるようにしたいって言っていたので、その時来たらまた訪れてみたい。 -
旧甲斐家住宅
畳は昭和54年の畳替えまで一度も替えることなく使用できた上質な藺草のみで編んだ畳表。蔵座敷の建材は檜の無節を用いた『総檜造り』で、、切目縁には二寸厚、四尺幅の欅を敷き詰めています。檜の硬さでは、唐紙.障子の重量を支えきれないため、敷居に樫の木を埋め込むことによって、総檜を守り通しています。 -
旧甲斐家住宅
上段の間の床柱は鉄刀木と四方柾の檜。
下段の間の床柱は縞黒檀。
唐紙と障子の戸縁は紫檀。
壁は金雲模様(金箔)の大唐紙をはめ込んでいます。 -
旧甲斐家住宅
庭工事は石材を主に東京方面から搬入し、庭の基礎工事には連日90人程の人夫が取り組み、当時甲斐家では人夫に対するお茶の接待の人手が足りなかったために、毎日十銭札を手渡していました。おのため『お札を刷っていうのでは』との噂が出たそうです。 -
旧甲斐家住宅
お庭の木々の剪定をしていて庭全体、蔵座敷全体の写真は撮りませんでした。
蔵座敷『烏城』はくろぬりの岡山城の別名『烏城』にちなみ、蔵の外壁を黒漆喰で塗り重ねていることから、『蔵のまち喜多方蔵のうちそと』を執筆した朝日新聞福島支局の記者で池内紀昭が著作の中で使用した呼称だそうです。 -
若喜商店レンガ蔵
旧甲斐家住宅から車を走らせ、写真の右側にある駐車場に車を停めます。
店舗は昭和6年に建てられ、土台はイタリアから取り寄せられた大理石で、壁材のタイルは東京の帝国ホテルで採用された『スクラッチ・タイル』を用いた洋風建築です。 -
若喜商店レンガ蔵
明治37年に鉄道開通と三津谷レンガ工場が開設され、喜多方では多くのレンガ蔵が建てられました。若喜商店レンガ蔵も、レンガ工場で製造された煉瓦を用い民間で初めて建設されたものです。 -
若喜商店レンガ蔵
敷地の中には8棟の蔵が現存しています。 -
イチオシ
若喜商店レンガ蔵
建材には贅を尽くした喜多方最初のレンガ蔵。
当時は 珍しいバルコニーがあります。二階は『欅の間』総欅という贅を凝らしたしつらえで、随所に工夫がなされています。平成13年5月に
店舗と共に国の有形登録文化財に認定されました。 -
若喜商店レンガ蔵
経済産業省から明治の近代化産業遺産にも認定されています。 -
若喜商店レンガ蔵
宝暦5(1755)年、若松屋喜祖衛門が創業という老舗の味噌醤油醸造所です。 -
若喜商店レンガ蔵
見学者は他におらずお店の方に『ゆっくり見ていってください』と言われます。
ゆっくり見学させていただくことにしましょう。 -
イチオシ
若喜商店レンガ蔵
縞柿の間
内部の一階は『柿の木』で作られた「縞柿の間」
天井、鴨居、柱、座卓、火鉢までが縞柿の木で統一されたています。
内部には入れずガラス越しに写真を写します。 -
若喜商店レンガ館
縞柿の間
銘木『縞柿』を柱から天井・調度類に至るまで使用した贅沢な造りの蔵座敷がレンガ造りの屋敷にある非常に珍しい建物です。 -
若喜昭和館
昭和館の2階では非売品のブリキやプラモデルのおもちゃを展示しています。
見学者はおらずのんびり眺めます。 -
若喜昭和館
昭和館は天井が高く昭和の駄菓子屋さんが再現されています。
若喜商店の冬は天然仕込みの醤油工場となるスペースを、夏場だけ駄菓子と和雑貨の店として営業しています。 -
若喜昭和館
令和ではお駄菓子屋はコンビニなのかな。
使われている調度品や展示品は昭和の時代に実際に使われていたものです。 -
若喜昭和館
醬油ソフトクリーム350円。
甘じょっぱいお醤油をとろーりとかけたソフトはみたらし団子のような風味がします。『こちらに座って食べてください。』と案内されたテーブルで一息。喜多方ではこのソフトクリームの他に、らーめんソフト、ロイヤルピーナッツソフトとソフトクリームのはしごの予定でしたが、結局、醤油ソフトクリームしか食べれませんでした。 -
蔵座敷美術館
笹屋旅館が所有している蔵座敷を改装して美術館としました。
竹久夢二の作品をはじめとする日本画や書、陶磁器、掛け軸など約100点を展示しています。時間がないのでここはパスします。 -
蔵座敷美術館
蔵座敷は明治24年に建てられ、重厚な白と黒の壁でできた大きな戸前、上段の間、中の間、三の間造りで、三つの部屋からなっています。 -
笹屋旅館
創業1879(明治12)年。
三代目圭一郎が画商をかねていたため多くの絵画を所有していました。
竹久夢二、武者小路実篤、下村観山などの画家が笹屋旅館に泊まっています。 -
ふれあい通り
古くから市がたち栄えてきた地区で『小荒井』と呼ばれ、現在も江戸・明治以来の個性的な店舗蔵が軒を重ねています。 -
ふれあい通り
顔見世(外観のみ)
明治に建てられた家財蔵。
道路際の店蔵が解体されて顔を出した座敷蔵。2階には置床をはじめ、座敷を独立して使うための工夫があります。福島県建築文化省準賞を受賞しています。
福島民報は新聞社。
蔵の建物にバイクが勢揃い。 -
ふれあい通り
新町停留所から喜多方駅までの通りがふれあい通りです。
ふれあい通りと言う名は、あたたかな気持ちにさせてくれる和みのネーミングですね。 -
ふれあい通り
以前、来た時は旅行者で賑わっていたのに、あまり歩いている人はいなくてちょっと寂しいかな。 -
喜多方蔵の里
旧東海林家酒造蔵
大正12年に建てられこの蔵では、かつての名酒『白山』が貯蔵されていました。昭和7年に『夢心酒造』が譲り受け倉庫として使われてきました。 -
喜多方市美術館
煉瓦蔵をイメージしてつくられていて、建物の一部には地元喜多方で焼いた煉瓦を積み、周りの町並みと調和しています。
常設展示はなく、企画展中心の美術館で、夏休みを中心に、華族で楽しめる点来会も毎年企画され、『地域に密着した美術館』を目標にしています。 -
旧冠木家店蔵
喜多方蔵の里は蔵造りの文化を後世に伝えることを目的に設置されています。
蔵4500㎡の敷地内に、中庭を中心として店蔵、味噌蔵、穀物蔵、蔵座敷、郷頭曲り家などを配置して、蔵や民家のある懐かしい日本の原風景を形作っています。 -
旧冠木家店蔵
喜多方市はかつて『北方』と呼ばれ、江戸時代には物資の集散地として、また若松城下と米沢を結ぶ街道の町として栄えました。北方にはいまも4100棟以上の蔵が広く分布しています。
旧冠木家店蔵は元々は呉服商の店蔵で、三方に下屋がとりついた特徴的な外観をもっています。明治初中期の大規模な呉服店の店蔵を象徴する二重屋根形式の優れた建築的構成を持つ点で、喜多方の住文化の保存継承に重要な意味を持つ建築物です。 -
喜多方で蔵が多く建てられたのは、
物資の貯えに必要だった
醸造業や漆器業に最適だった
明治13年の大火でその耐火性が見直された
蔵を建てることは男の一生の夢だった
蔵造りの名工が数多くいた -
喜多方蔵の里
門を入って左に側に受付があり入場料を支払いますが、肝煎屋敷旧手代木家住宅が補修中で見学不可なんですって残念。 -
お詫びにと喜多方の絵ハガキ3枚と、『喜多方ラーメン今昔』をいただきました。
施設内に補修中のものがあり見学できないからとお詫びの品をいただいたのは初めてです。 -
蔵の里の入場料は400円、高校生以下200円。
-
喜多方蔵の里
蔵座敷
母屋そのものを,裏づくりにしており、居間と書院座敷、前室を配置しています。座敷蔵と勝手蔵は、台所胸をイメージした瓦屋根でつないでいます。 -
喜多方蔵の里
旧井上家穀物蔵
茅葺きを瓦葺きに再生し、片開きの土戸の鍛冶金物は当時のものをそのまま使っています。墨書きには『慶応四戊辰年小沼村甚五郎作 辰三月建物作之』とあります。1868年に建てられた二重屋根の土塀蔵。 -
喜多方蔵の里
旧井上家穀物蔵
会津型紙の資料を展示しています。
喜多方は伊勢白子、京都、江戸と並ぶ染型紙の生産地でした。
当地で生産された渋紙に、ファッション性豊かな文様が彫りぬかれています。 -
喜多方蔵の里
旧唐橋家味噌醸造蔵
間口3間半×奥行8間の旧味噌醸造蔵です。 -
喜多方蔵の里
旧唐橋家味噌醸造蔵
二階吹き抜けの大きな空間です。 -
喜多方蔵の里
旧唐橋家味噌醸造蔵
蔵の町・喜多方を世に知らしめた写真家・金田実氏の人物紹介、写真作品が展示されています。 -
喜多方蔵の里
旧唐橋家味噌醸造蔵
昭和40年代後半、どんどん壊されていく運命にある『倉』に一抹の寂しさを感じて、蔵を撮り続けていました。 -
喜多方蔵の里
旧唐橋家味噌醸造蔵
生活の中に深く息づいた蔵の姿を見る人に大きな感動を与えて、次第に『蔵のまち喜多方』を訪れる人々が増えてきました。 -
喜多方蔵の里
旧唐橋家味噌醸造蔵
明治13年の大火では現在の喜多方市の中心部の表通りにある1軒の店から出火しました。火はまたたくまに広がり約3百棟が焼失してしまいました。 -
喜多方蔵の里
旧唐橋家味噌醸造蔵
一面の焼け野原の中に、くすぶりながらも残った蔵。
普通は倉庫として用いられる蔵ですが、喜多方では住居(蔵座敷)、店舗(店蔵)、工場、寺院など人々の暮らしと深く結びついています。 -
喜多方蔵の里
旧唐橋家味噌醸造蔵
内部は木造トラス組の架構をあらわし2階吹き抜けの大きな空間を形作っています。 -
喜多方蔵の里
旧猪俣家穀物蔵
かつての宿場町、熊倉にあった蔵で、屋根、窓の配置など均整がとれ、観音開きの扉の意匠も美しい当地方の典型的な穀物蔵です。 -
喜多方蔵の里
旧猪俣家穀物蔵
かつての宿場町、熊倉にあった蔵で、屋根、窓の配置など均整がとれ、観音開きの扉の意匠も美しい当地方の典型的な穀物蔵です。 -
喜多方蔵の里
旧猪俣家穀物蔵
明治の社会福祉事業の母・瓜生岩子刀自の資料を展示しています。 -
喜多方蔵の里
旧猪俣家穀物蔵
瓜生岩子のことはここを訪れるまで知りませんでした。
明治時代の初めに社会慈善家として活躍し、今日の日本社会福祉の礎を気付きました。その功績により女子で初めての藍綬褒章を受けています。 -
喜多方蔵の里
旧猪俣家穀物蔵
浅草の浅草寺観音様の境内にも銅像があり、『刀自(とじ)』とは年配の女性に対し敬意を払って使う言葉です。
厳しくも貧しい時代に、わが身を削って人のために生きた女性です。
常に社会の弱者の味方となり、子供の健全育成に努め、まさに仏の菩薩行と評されています。 -
喜多方蔵の里
勝手蔵
店蔵から座敷蔵、勝手蔵と続く配置は喜多方地方の典型的な商家の構成になっており、蔵を母屋内に取り込む手法を再現しています。 -
喜多方蔵の里
勝手蔵
二瓶清コレクション(考古学的収集資料)を展示しています。 -
喜多方蔵の里
勝手蔵
『会津』の『津』は川を意味します。
会津の地には古来より多くの人々が住み、文化を育んできました。 -
喜多方蔵の里
座敷蔵
母屋そのものを蔵造りにしており、居間と書院座敷、前室を配置しています。蔵を母屋内に取り込む手法を再現しています。
蔵座敷は男のロマン『男40にして蔵のひとつも建てられないようでは男ではない』とも言われ、蔵を建てることが生涯の夢とされました。 -
喜多方蔵の里
郷頭屋敷旧外島家住宅
江戸初期から幕末まで郷頭を務めた外島家の住宅で、主棟および曲り棟の創建は明和8(1771)年との記録が残っています。 -
喜多方蔵の里
郷頭屋敷旧外島家住宅
昭和63年5月に解体されるとの知らせを聞き市教委が調査に着手します。 -
喜多方蔵の里
郷頭屋敷旧外島家住宅
平成元年に建物が解体され、平成2年に現在地に復元組み立てが慎重に進められました。 -
喜多方蔵の里
旧冠木家店蔵
喜多方の物産展示・土産品を販売しています。
板戸が上から引き出されるようになっていたり、土間の幅は店員が働く板の間と帳簿に比べて極めて狭く、対応する定員よりも客の数が増えないようにという昔ながらの配慮がうかがえます。 -
喜多方蔵の里
旧冠木家店蔵
竹鉄砲もあるよ。
上手に遊べるかな? -
喜多方蔵の里
旧東海林家酒造蔵
1階、日本の社会教育運動の先駆者~蓮沼門三資料展示
1階、自由民権運動と喜多方事件の資料展示
2階、喜多方地方郷土資料展示 -
喜多方蔵の里
旧東海林家酒造蔵
喜多方市内の蔵は現在でも使用されているものが多いので、内部を見学できる
蔵はとても少ないです。 -
喜多方蔵の里
旧東海林家酒造蔵
喜多方蔵の里では蔵造りの文化を後世に伝えることを目的に設置された施設です。 -
喜多方蔵の里
旧東海林家酒造蔵 -
喜多方蔵の里
肝煎屋敷 旧手代木家住宅
福島県指定重要文化財
江戸初期から明治初期まで、下三宮村の肝煎を務めた手代木家の住宅です。
異色ある間取りや鉤型の曲げられた造りなど江戸後期の形態をとどめています。
明治元年の農民一揆打ちこわし付けられた多数の柱傷が現存しているそうです。 -
イチオシ
安勝寺
全国でも珍しい蔵づくりの寺です。
応永29(1422)年創建。
1880(明治13)年の大火で本堂が焼失し、防火のために後に蔵造りの本堂が再建されました。 -
安勝寺
白い壁と黒い屋根のコントラストが美しい城郭建築を思わせる雰囲気が漂っています。 -
ふれあい通り
伝統的建造物群保存地区はこちらではないのかと思ってしまう。
左が清川商店明治~江戸期に建てられた家財蔵・酒蔵(貯蔵仕込み)
創業は寛永8年、仕込み蔵を無料で公開しています。 -
ふれあい通
島慶園
昭和5年に建てられた店蔵。
かつて喜多方周辺はお茶の産地で、島慶園も茶葉製造業として創業されました。 -
イチオシ
ふれあい通り
喜多方ラーメンミュージアム・ラーメン神社
ふれあい通りのほぼ中央にあり、割り箸をイメージした鳥居が目印になっています。江戸時代の店蔵を改装し、喜多方ラーメンの歴史や美味しさの秘訣を紹介するミュージアム。 -
ふれあい通り
喜多方ラーメンミュージアム・ラーメン神社
ラメンソフトクリームがあると聞いていたけど、この日はないんだって。
どんな味か楽しみにしていたのに残念!
『麵結びで縁結び』として良いご縁に恵まれるパワースポットとして人気です。 -
金田洋品店
店蔵としては最古のレンガ蔵です。
明治末期に建てられ、喜多方産のレンガを使用しています。
軒・屋根・壁面の収まりが特徴的で、箱棟や卯建のデザインが取り入れられています。 -
ふれあい通り
喫茶くら
明治末期に建てられ田店蔵です。
元は綿屋で焼く20年前に改修して喫茶店をオープンしました。
内部の壁も白漆喰で立派な観音扉が厨房の入口になっています。 -
ふれあい通り
中の越後屋
建立時期は不明で、味噌醤油蔵。
細長い敷地に蔵が立ち並んでいるため、蔵と蔵の間は迷路のようです。
現在も醸造蔵として使用されています。 -
ふれあい通り
町の八百屋さん蔵人
三十八間蔵・国登録有形文化財です。 -
蔵屋敷あづまさ
ランチはこちらでいただきます。
きのこ料理の小皿とお水が出てきたよ。 -
蔵座敷あづまさ
福島県一の大米穀商と言われた松崎家の蔵屋敷を改築しています。 -
蔵座敷あづまさ
170年前『あづまさ』は米穀商から始まりました。
会津米を買い付けに遠方より大勢の商人がやってきました。
順番になるまで寝泊まりしながら待っていました。 -
イチオシ
蔵座敷あづまさ
地粉100%の手打ちそばや田楽が絶品って聞いていたけど、喜多方と言えばやはりラーメン。ラーメンと譲味噌厚揚げの田楽を注文しましたが、厚揚げは売り切れだったのでこんにゃくにしました。見た目は味が濃さそうでそっと飲んでみたらまろやかで美味しかったよ。 -
蔵座敷あづまさ
食後にアイスコーヒーをサービスしてくれました。
お会計になって700円って言われたけど、たしかラーメンが700円+田楽200円=900円のはず。田楽も注文したので料金は違うのでは?と言うと700円で間違いないと言われます。 -
蔵座敷あづまさ
厚揚げが品切れでこんにゃくにしたからサービスしてくれたの?
伝票全く見なかったから真相はわからないよ。
美味しくいただいたからいいか? -
蔵座敷あづまさ
うるし美術博物館
以前、喜多方に来た時に超有名店で1時間も並んで食べたけど、すごく美味しいとは思わなかった。だから喜多方ラーメンは絶対に食べなくちゃっては思わなかったけど、今日はお腹が空いていたわけでもないのにとても美味しく感じた。 -
蔵座敷あづまさ
うるし美術博物館
けやき造り・総漆塗りで、生涯を漆塗りに没頭した『田中亨』はじめ漆美術品を展示しています。 -
蔵座敷あづまさ
2階には、漆の採取道具や漆器作りの道具を作業工程に沿って展示していたそうですが、2階は見学できませんでした。 -
蔵座敷あづまさ
塗師『田中亨』
乾漆花瓶 未完の大作といわれる乾漆大花瓶は、政策年数40年余年かけられた日本一の作品。重さは約40kg、中野の薄い木地部分以外は塗り重ねられた漆で、厚いところは12~13mmに達します。
伝統工芸師『芥川清鳳』
金屏風 漆をふんだんにほどこし、桜の幹の下部には、螺鈿をちりばめた豪華な作品です。 -
蔵座敷あづまさ
喜多方の漆は約500年前にさかのぼります。
室町戦国期に大名芦名氏が、漆樹植栽を奨励、天正18年、蒲生氏郷が近江国(滋賀県)から木地師と塗師を招いたことに始まります。 -
蔵座敷あづまさ
会津の湿潤に富んだ気候は、漆樹の栽培に最も適していました。漆の採取期間は6月中旬から11月中旬までです。幾度も漆を塗り込み磨くことにより何とも言えない光沢が生まれ、磨き上げられた器にけんらんたる絵風をほどこすんが蒔絵です。 -
蔵座敷あづまさ
かっての大地主風間善九郎の離れ座敷蔵です。
二階にもお部屋があって、団体のお客さんように使用されているようです。 -
蔵座敷あづまさ
手書きの大きなメニューが貼っていて、せっかくの雰囲気ダメにしていると思うけど、そう思う人って少ないのかな?お客さんがわかりやすいほうがいいのかな?
お店の人に思わず『メニューの張り紙ないほうがいいのでは?』と言いたくなるのをぐっと押さえました。 -
蔵座敷あづまさ
このスペースは閉鎖されていました。
ちょっと覗いて写真を撮っちゃった。
何故こちらは現在使われていないか聞けば良かった。 -
伝統的建造物群保存地区
おだづき蔵通り
蔵座敷あづまさに車を駐車したまま、おだづき通りを歩きます。
古い建物の数はふれあい通りの方があり、あちらがメイン通りで人通りも断然違う。観光客らしき人はほとんど見かけません。 -
おだづき蔵通り
小原酒造
明治10年に建てられた、店蔵。
無量で酒蔵が見学できます。 -
おだづき蔵通り
小原酒造
喜多方市小田付地区は平成30年重要伝統的群保存地区に選定されています。
天正10(1582)年に町割りが行われ、近村から定期市が移されました。近世には酒や味噌・醤油の醸造業も盛んになり、会津北方交易の中心地として発展してきました。江戸末期までに成立した道路・水路・宅地割が良く残されており、その上に店蔵など多様な土蔵等が建ち並ぶ町並みは、在郷町・醸造町としての特徴的な歴史的風致を形成しています。 -
おだづき蔵通り
大森邸
江戸から明治初期に建てられた。
米屋・質屋を営んでいて、現在は米蔵を回収して住宅押しています。 -
おたづき通り
新金忠『そば処縁』
十割そばノセルフサービスのお店。
今年8月にオープンしました。
3年前は『食堂&バル新金忠』と言うお店だったそうですが。 -
おたづき通り
明治蔵
『たすかりマルシェ』というリサイクル品販売の他に、地元の作家さん・サークルのハンドメイドの品々を扱っています。 -
おだづき蔵通り
2つの建物の間を入ると駐車場があるんだって。 -
馬車の駅
明治頃に建てられた店蔵で、左側はかつて蔵座敷で、現在は店舗として使用されています。店の裏に大型バスも停められる駐車場があります。
蔵座敷あづまさまで戻り、三津谷に向かいます。 -
三津谷集落煉瓦蔵
蔵座敷あづまさを右に真っすぐ進んでいく、三津谷レンガ蔵の看板が見えます。
三津谷はわずか5軒の小さな集落です。 -
三津谷集落煉瓦蔵群
喜多方ラーメン
赤れんが食堂を経営していたお父が引退して、娘が跡を継ぎ店名を『赤れんが』にに変えています。水を大事にしていて井戸水を使用し、飯豊山からの伏流水。 -
三津谷集落煉瓦蔵 若菜家
若菜家では内部をLプ介していて、入場料は200円です。
庭先で仕事をしていた手を休め、内部を案内してくれました。 -
三津谷集落煉瓦蔵 若菜家
当時では珍しい三階構造の蔵、農機具などの保管庫として使用されていました。
大正5年に建てられた42500個もの煉瓦が使用されています。
農作業蔵(明治43年)、蔵座敷(喜多方式木骨煉瓦造り大正6年)、味噌蔵(大正10年)若菜家では4棟の煉瓦蔵を所有しています。 -
三津谷集落煉瓦蔵 若菜家農作業蔵
若菜家煉瓦蔵は『喜多方市の赤煉瓦製造関連遺産と建造物』の一部として、経済産業省の近代化産業遺産にも登録されています。 -
三津谷集落煉瓦蔵 若菜家農作業蔵
明治時代に三津谷で登り窯が創業されていて、その窯で使用する薪を若菜家で提供していました。その謝礼としてレンガを譲り受け、現在も残る煉瓦蔵を建てました。 -
三津谷集落煉瓦蔵 若菜家農作業蔵
喜多方煉瓦は一派的な赤レンガとは違い、表面に釉薬が掛けられていて、施釉煉瓦または釉薬煉瓦と呼ばれ独特の雰囲気を持っています。三津谷の登り窯創始者の考案によるもので、厳しい会津凍害を防止する目的で作られています。 -
三津谷集落煉瓦蔵 若菜家農作業蔵
薪を燃料とした登り窯で焼かれるために、一枚一枚微妙な色の変化があり、レンガを積んだ時に何とも言えない風合いを出しています。 -
イチオシ
三津谷集落煉瓦蔵 若菜家農作業蔵
新潟生まれの瓦職人樋口一郎が、良質の赤土と燃料の赤松が揃った三津谷地地区めぐり逢い、市内の有力者数人に出資の協力を得て登り窯を建設しました。 -
杉山蔵群
三津谷の道路をさらに車で走ると、左側に『杉山の土蔵』の標識が見え、左に走ると集落が見えてきます。 -
杉山蔵群
戸数19の小さな集落です。
昔は木炭とスゲ草(笠の原料)の産地だったため、農家蔵が残されています。 -
杉山蔵群
集落は1本道の両側に建ち、生活や生産のための貯蔵蔵やお客様を迎える蔵座敷などが建っています。 -
杉山蔵群
喜多方市岩月町入田付杉山は市外から8kmほど北に位置しています。
車だから楽に来れるけど、バスは1日何本ぐらいあるんだろう? -
杉山蔵群
寛文5(1665)年の【小田付組土地帳】によると家数19軒・人数99人。
新編会津風土記によると18軒とある。400年もたつ現在もほぼ変わらない家数とはお揃記です。 -
杉山蔵群
顔料を混ぜない白漆喰が美しい貯蔵蔵や、観光総裁や賽客を迎える蔵座敷が建ち並んでいます。裏座敷の内部は漆で塗り飾られ、趣向を凝らした窓や扉など当時の座敷としては最高のものでした。内部公開はしていません。 -
杉山蔵群
杉山にある光徳寺は文永元(1264)年に空行が建てたそうで、鎌倉時代からこの付近は開けていたようです。 -
杉山蔵群
この集落の特徴の二重屋根の土蔵は、喜多方市内では見ることはないようです。
ほとんどの土蔵が妻側を道路を向けて建っていて、妻側には観音扉の防火壁があります。 -
カフェ煉瓦
杉山蔵群から喜多方駅前に戻って来ました。
カフェ煉瓦は明治初期の建物で米蔵でした。
昭和51年からカフェを営業していて、お店の回収には煉瓦積職人・田中又一の孫がかかわっています。 -
喜多方駅
駅右側に駐車場があり20分までは無料で、2時間までは200円と駅の駐車場なのに安い料金設定になっています。さあ帰りましょう。 -
ラーメン館
喜多方を後にしようとした時に気になる建物が見えてきたので、向かいの駐車場にちょっと車を停めさせてもらいます。ラーメン館は市役所隣にあり、喜多方ラーメンをはじめ、地元のお酒やお菓子など豊富に取り揃えています。お土産を選んでいるz間はないので、今回はパスします。ソフトクリームだけ買えばよかったかな。 -
この建物が目に入り写真を撮りたくなり、向かいのあるラーメン館の駐車場に車を停めて。飲食店のようですがかなりインパクトがあるでしょう。
-
ちょっと寄り道して、湖の近くまで行ってみました。
風が強く、雲が気持ちよさそうに浮かんでいます。
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この旅行記へのコメント (4)
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- ムロろ~んさん 2021/11/16 10:42:29
- 喜多方って言えばラーメンって思い浮かべるけれど…(;^ω^)
- こんにちは、ムロろ~んです。
喜多方へ行かれた旅行記を拝見しました。
蔵の街っていうイメージが何となくあった自分ですが、ラーメンしか思いつかなくて、喜多方へ行ったらまずラーメンを食べに行くってことしか考えない自分がいました(;^ω^)。
朝から開いているところもあって、朝食代わりに食べる方もいるようです。
その一人、私も過去にしました(笑)。
蔵造りの寺院、確かに耐火性のことを考えると面白い発想だなぁって思いました。
信仰の場としても大切ですしね(^_-)-☆。
蔵造りの建物が喫茶店になったり、ラーメン屋さんになったり、今でも大切に使われている姿に感じてしまいました。
大切ですよね、現役でも使い続ける姿勢って(^_-)-☆。
ムロろ~ん(-人-)
- まほうのべるさん からの返信 2021/11/18 20:33:12
- RE: 喜多方って言えばラーメンって思い浮かべるけれど…(;^ω^)
- > こんにちは、ムロろ?んです。
> 喜多方へ行かれた旅行記を拝見しました。
こんばんは、ムロろ〜んさん。
いつも書き込み有難うございます。
> 蔵の街っていうイメージが何となくあった自分ですが、ラーメンしか思いつかなくて、喜多方へ行ったらまずラーメンを食べに行くってことしか考えない自分がいました(;^ω^)。
> 朝から開いているところもあって、朝食代わりに食べる方もいるようです。
> その一人、私も過去にしました(笑)。
喜多方と言ったら一番有名なものはラーメンですよね。
喜多方=喜多方ラーメンとほとんどの人が思うのかもしれませんね。
喜多方では朝から営業しているお店も多く、朝食としての存在もあるようです。
ラーメン大好きですが朝から食べたことないけどな。
> 蔵造りの寺院、確かに耐火性のことを考えると面白い発想だなぁって思いました。
> 信仰の場としても大切ですしね(^_-)-☆。
> 蔵造りの建物が喫茶店になったり、ラーメン屋さんになったり、今でも大切に使われている姿に感じてしまいました。
> 大切ですよね、現役でも使い続ける姿勢って(^_-)-☆。
蔵のお寺は日本でも珍しいそうですが、貴重な資料を保存していることも多いので蔵を利用するのは納得ですよね。内部は閉まっていて見ることは出来なくて残念でした。昔の建物や蔵を利用しているお店は、カフェやレストランなど飲食店が多いですが、おのおのその特性を利用して上手に使われていると思います。
まほうのべる
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- aoitomoさん 2021/11/15 22:48:35
- 喜多方満喫~
- まほうのべるさん こんばんは~
喜多方と言えばラーメンばかりに目がいってしまいますが、
重要伝統的建造物群保存地区に選定されたのですね。
喜多方蔵の里は喜多方の蔵に関する情報もたくさんで、
喜多方を理解するのには一番かもしれませんね。
色々勉強なりました。
『蔵座敷あづまさ』
蔵屋敷の雰囲気があって、
こんな場所で喜多方ラーメンが食べられるのは最高ですよ。
厚揚げがは売り切れで田楽にしたので、
田楽はサービスでしょうか。
お客様から900円ではと言われて、
ハイ900円というのもはばかれて、
一方でまほうのべるさんの正直さにサービスしてくれたのかも。
想像とは違っていたとはいえ、
しっかりと観光されていることに、
まほうのべるさんですから不思議ではありませんが、
見所もたくさん。
お天気も良い中 十分に楽しめましたね~
aoitomo
- まほうのべるさん からの返信 2021/11/17 22:18:17
- RE: 喜多方満喫?
- > まほうのべるさん こんばんは?
こんばんは、aoitomoさん。
いつも書き込み有難うございます。
> 喜多方と言えばラーメンばかりに目がいってしまいますが、
> 重要伝統的建造物群保存地区に選定されたのですね。
そうですね、喜多方ラーメンは有名ですものね。
喜多方は東北で一番新しく重要伝統的群保存地区に選定されたんですよ。
平成30年だから本当に最近ですよね。
> 喜多方蔵の里は喜多方の蔵に関する情報もたくさんで、
> 喜多方を理解するのには一番かもしれませんね。
> 色々勉強なりました。
喜多方にはかなり以前に行ったことがあって、その時には蔵の里はありませんでした。蔵の里は喜多方市の歴史をよく知ることの出る場所だと思います。
> 『蔵座敷あづまさ』
> 蔵屋敷の雰囲気があって、
> こんな場所で喜多方ラーメンが食べられるのは最高ですよ。
> 厚揚げがは売り切れで田楽にしたので、
> 田楽はサービスでしょうか。
> お客様から900円ではと言われて、
> ハイ900円というのもはばかれて、
> 一方でまほうのべるさんの正直さにサービスしてくれたのかも。
喜多方には有名なラーメン屋さんはいくつもありますが、味よりも内部に関心があり食はついでという感じかな。あづまさは福島県一の米穀商・松崎家の建物を利用しているので、是非見たかったんです。
でもお店の方は女性だけで、とても優しく親切でした。
アイスコーヒーときのこの小皿がサービスでついてきて、ラーメンは見た目はかなり味が濃そうですが、とてもまろやかで美味しかったです。
たしかお会計は900円のはずなんですが、700円で間違いないって言われました。
> 想像とは違っていたとはいえ、
> しっかりと観光されていることに、
> まほうのべるさんですから不思議ではありませんが、
> 見所もたくさん。
> お天気も良い中 十分に楽しめましたね?
喜多方と言うとラーメンが有名ですが、べるにとっては蔵の町のイメージが強く、店蔵が建ち並び保存されているから重要伝統的群保存地区に選定されたのだと思っていました。蔵はいくつも残っているうえ蔵の里の見学もできたので充実した日でした。
まほうのべる
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