2021/09/26 - 2021/09/26
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xiaomaiさん
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5月初旬以降、新型コロナウィルス流行のため、まったく見ることができていない祭。祭ではないものの、その雰囲気が味わえるイベントがあったので、以前から訪れてみたいと思っていた桃園県大溪へ行ってきた。
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今年5回目のプユマ111号で桃園へ。乗車時間はわずか41分。プユマ号乗車時間最短記録。
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駅から徒歩数分の桃園バスターミナル。
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30分ほどで大溪老街に到着。伝統的な大型市場が中央にある、活気のある町。
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市場の端の方にある鎮豊宮。
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お祀りされているのは土地公。
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長い歴史を有する「老阿伯現滷豆干」。
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暑気を取り除く青草茶とともにいただいた。まだ10時前だったから、並ぶことなくすぐ買えた。ただ、新型コロナウィルス感染予防のため、店内飲食ができず公園で。
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日本時代に西洋式の建物が建てられ、それらが大事に保存されている。
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なかなか味わいのある彫刻。
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それぞれ異なるデザイン。
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台湾にこうした老街が多くあるけれど、大溪の保存状況はよい方だ。
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いつまでも残してほしい。
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老街を進んでいくと、廟があり、祭の時に街を練り歩く神将が安置されていた。
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この廟は大溪で最大の福仁宮。
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内部には多くのぼんぼりがぶら下げられていた。夜間はきっとさらにきれいなのだろう。
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三川門の中央にある扉から外を望むと、老街を歩く多くの人々の様子が見える。
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主祭神は開漳聖王。自分がよく行く廟の聖王とはお顔立ちが大きく異なる。
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正殿の後ろは後殿ではなく、天上聖母を祀る天后宮。
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体験用の神将内部が置かれていた。
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老街をさらに進むと大漢溪。
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鎮福宮
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土地公が祀られている。
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右手に修徳禅寺を見ながら前進すると......
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大溪普濟堂。
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金爐
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この廟にも神将が安置されていた。
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三太子。ずっと見ていたら、中に入らせてくれた。これとは違うのに入って、一輪車に乗っていた女の子がいた。
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主祭神は關聖帝君。
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この細い路地を進んでいくと......
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大溪出身の有名歌手、鳳飛飛の生家がある。肺がんを患い、58歳という若さで2012年に他界。
https://www.youtube.com/watch?v=MyMgkFEht68
50代以上の日本人には懐かしく感じる日本の曲をカバーしている。
台湾のカラオケ大会で歌詞をど忘れして以来、この曲は歌わなくなった。 -
老街の裏側には細い路地が迷路のように広がっている。
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画像右手にあるような古井戸がたくさんある。
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土地公を祀る鎮平宮。この街にはこうした小さい廟が多くある。
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地図など見ずにのんびり散策するのが適している。
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正義宮
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ここも土地公の廟。
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老街へ戻ってきた。
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この建物には剪黏と呼ばれる装飾が施されていた。
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日本ではなく、台湾の光景。
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小腹がすき、この店へ。
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豆花をベースに緑豆、タピオカなどを入れ、いちばん上に氷。熱っていた体が落ち着いた。
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次第に観光客が増えてきたけれど、誰も足を止めて、建築物を鑑賞しない。この美しさをなんとも思わないのだろうか。
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日本時代には豊かに栄えていた大溪。
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ベンチがあったら、ここでのんびりしたかった。
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これで青草茶が作られる。
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老街にあるここも迷宮の入り口。
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昼頃には豆干の有名店には購入客の列ができていた。
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大きめの井戸発見。
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大溪の街は高台にあり、美しい景色が楽しめる。
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台湾の至る所にある武徳殿。日本時代に警察官や軍人が柔道や剣道で体を鍛えた。
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1935年に建設された大溪の武徳殿は、終戦後は蒋介石が住んだ行館の護衛兵が駐留する所として使われた。
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後方に武徳殿、前方は武徳殿に附属する木造建築。
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大溪には多くの日本家屋が残されている。
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神将
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大溪の神将には、他の地にはあまり見られない、南極仙翁や達磨などのものもあり、興味深い。
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体験用のでお父さんが子供をほったらかして遊んでいた。これは重量がなく簡単なので、次回はぜひ本物を体験して欲しい。
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蒋介石が住んだところを記念館としているけれど、内部は木製家具の展示場(販売目的ではない)。
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内部はすっかり現代的に修繕されてしまっているから、見るべきは外部。
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大漢溪に自然に形成された石の列がおもしろい。
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鎮南宮
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土地公
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金爐に書かれた絵画にハンドメイド感があり、なんとも言えない親しみ感。
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日本時代に造られた相撲場。戦後、ここに池が作られたけれど、老朽化し、2006年に相撲場の形をしたパフォーマンス広場となった。
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石の太鼓橋を渡ると......
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大溪神社の参道。
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神社は既になく、そこにはなんの目的かわかりにくい建造物。
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いちばん上まで行くと、大溪吊り橋。日本時代にあったものを模して建造された。夜間はライトアップされる。
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1920年ごろ建てられ、大溪小学校の校長宿舎として使われていた建物。
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街の至る所に展示される神将
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石の彫刻もさることながら、その下の木造部分も美しかった。うまく画像に撮れず。
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気づいたら、福仁宮に戻ってきていた。
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13時過ぎには観光客で溢れ始めた。最近、日々の新型コロナウィルス新規感染者数が0や1と続いていて、休日に郊外へ出る人が増えてきた。マスクはもちろん皆着用。
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この店で油飯を食べようと思っていたんだけど、長い列。時間をずらすべく、街歩きを続行。
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神将
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子供が神将に入って楽しそうに遊んでいた。
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大溪には三太子の神将が多いと感じた。
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油飯の店はいつになっても長い列で、また次回食すことにした。そして、大溪バスターミナル。朝早く家を出たため、既に疲れを感じていた。しかし、帰宅するにはまだ早い。それで、桃園駅行き(帰宅コース)、龍潭行き(龍潭観光コース)のうち、早く出発する方のバスに乗車することにした。
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結局、龍潭行きの方が早かった。大溪バスターミナルを出発後、大漢溪を渡る武嶺橋が大渋滞。でも、いい休憩時間になった。
桃園龍潭の旅行記に続く。
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