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2021年3月8日(月)の午後、城陽の青谷梅林へ散歩の足を延ばした。城陽市の東部には約420haの広大な丘陵地が広がるが、その南部は関西最大の建設用砂利掘削エリアになっている(下の写真1)。JRの山城青谷駅の約2㎞北東、その砂利掘削エリアに西から食い込む形で青谷梅林がある。<br /><br />青谷梅林は京都一の梅の郷。起源は正確には分からないようだが、古くから梅どころとして有名だった。鎌倉末期には後醍醐天皇の皇子の宗良(むねなが)親王が「風かよふ綴喜の里の梅が香を 空にへだつる中垣ぞなき」と詠んだ。また、明治から大正に掛けての皇族で、明治維新後に伏見宮家に復籍となったが仏門にとどまり皇族最後の尼門跡となった伏見宮文秀女王も「青谷の梅咲きたりとここかしこ 人まち顔に鶯の鳴く」と云う歌を残している。<br /><br />現在は約50軒の農家が約20haに渡っておよそ1万本の梅を栽培している。京都府の梅の生産量は都道府県別の順位では30位台半ばと、決して多くなく全体で280トン程度だが、そのうちの半分前後となる120から160トンを生産。その8割が京都や名古屋方面に出荷される。ちなみに都道府県別のトップは和歌山県で65,000トンを越え、国内生産量の60%以上を占めている。レベルが違い過ぎるわ。<br /><br />生産される梅は大別すると大梅と小梅に分けられ、大梅は肉離れがよく、城陽特産の梅酒や和菓子の原料になり、小梅は歯ごたえのある味が好まれ梅干し用になる。梅干用の梅は、収穫後に塩漬けされ、8月上旬のもっとも暑い時期に三日三晩、日に干される。この天日干しも城陽の夏の風物詩。こうして夏の恵みを受けて、美味しい梅干しが仕上がるそうだ。<br /><br />この梅林は生産用の梅林ではあるが、早春には歌に詠まれたように城州白、白加賀、オタフクダルマなどさまざまな品種の梅花が咲き乱れる。約1万本の梅の木のほとんどが白梅で、これらが満開になると非常に美しく、甘酸っぱい香りと共に人々の目に飛び込んでくるのは純白の羽二重を広げたような美しさと云われる。<br /><br />コロナ禍以前には、この季節、2月下旬から3月中旬に掛けて、「春は城陽から」をキャッチフレーズとする梅まつりが行われていたのだが、残念ながら去年(2020年)も今年も中止。青谷梅林振興協議会の主催で1984年から毎年開催されており、京阪神の各地から毎年2万人もの観梅客が訪れ、春の風物詩として親しまれていたのだが・・・<br /><br />うちも家族で来たことがある。期間中には生産梅林に自由に立ち入ることができるエリアも設けられ、梅製品や特産品、軽飲食の売店が並び、さらにコンサート、紙芝居、舞踊などさまざまな行事も行われていた。来年(2022年)は復活を祈りたい。<br /><br />JR奈良線の山城青谷駅の北東に2㎞ほど。江戸時代から続く中天満神社や龍福寺がある中ノ郷地区(元々は中(なか)と云う村)の北側に梅林は広がる。この中地区の社寺のことは前に書いた。<br />https://4travel.jp/travelogue/11637498<br /><br />途中寄り道しないと歩いて20分ほど。梅まつりが行われていれば、駅前から赤いのぼりが導いてくれるが、今年は当然それもない。我々はこの辺りは来たことがあるところなので、幸いに迷うこともなく3時頃梅林に到着。<br /><br />梅林エリアは中ノ郷地区の北側、東の山に挟まれた部分に指を突き出したような形で、周回道路に囲まれている。ぐるっと回ると1.7㎞ほどある。北側の道の崖の上や折り返し部分の先、東側には砂利掘削場が見え隠れしいかにも城陽らしい。<br /><br />この日は時計回りで30分ほど掛けて1周する。全体的な感じとして、ちょっと時期が遅かったかなあって感じ。西側の低い部分はそれなりに咲いてる感じだったが、谷の奥、高い方に進むと結構落下盛んだった。ただ、メインの白梅は少し時期が過ぎてたが、紅梅やピンクや白の枝垂れはなかなか綺麗だった。<br /><br />南側の道の中間辺りの南側に特に鬱蒼としている林がある。樫の木などが茂るこの林は山の神まつりを行う聖なる林。山の神とは山の支配者・守護神で、また里に豊作をもたらす田の守護神でもある。この地域の山は土砂の多い地質で大雨の時、しはしば土砂流が里を襲った。<br /><br />かつての人々は、それを山の神の怒りと受け止め、山と里との境界三ヶ所にある一の口、二の口、三の口で山の神を祀り、山の安全と豊かな暮らしを祈り続けてきた。ここはその三の口。一の口は、ここより600mほど南の場所に今もあるそうなので、市辺天満神社の北側辺りか? 500mほど北にあった二の口は、高度成長期の山砂利採取によって消滅したそうだ。<br /><br />帰り道、駅方向に行かずに、中ノ郷地区を横切って南に抜けるが、この地区の南側の梅林もなかなか見事。こっちの方が時期があってたみたいで、民家の見事な紅梅やしだれ梅も見事だった(下記のアルバムの最後の3枚)。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.5370918122978168&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />以上

京都 城陽 青谷梅林(Aodani Plum Grove, Joyo, Kyoto, JP)

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2021/03/08 - 2021/03/08

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ちふゆ

ちふゆさん

2021年3月8日(月)の午後、城陽の青谷梅林へ散歩の足を延ばした。城陽市の東部には約420haの広大な丘陵地が広がるが、その南部は関西最大の建設用砂利掘削エリアになっている(下の写真1)。JRの山城青谷駅の約2㎞北東、その砂利掘削エリアに西から食い込む形で青谷梅林がある。

青谷梅林は京都一の梅の郷。起源は正確には分からないようだが、古くから梅どころとして有名だった。鎌倉末期には後醍醐天皇の皇子の宗良(むねなが)親王が「風かよふ綴喜の里の梅が香を 空にへだつる中垣ぞなき」と詠んだ。また、明治から大正に掛けての皇族で、明治維新後に伏見宮家に復籍となったが仏門にとどまり皇族最後の尼門跡となった伏見宮文秀女王も「青谷の梅咲きたりとここかしこ 人まち顔に鶯の鳴く」と云う歌を残している。

現在は約50軒の農家が約20haに渡っておよそ1万本の梅を栽培している。京都府の梅の生産量は都道府県別の順位では30位台半ばと、決して多くなく全体で280トン程度だが、そのうちの半分前後となる120から160トンを生産。その8割が京都や名古屋方面に出荷される。ちなみに都道府県別のトップは和歌山県で65,000トンを越え、国内生産量の60%以上を占めている。レベルが違い過ぎるわ。

生産される梅は大別すると大梅と小梅に分けられ、大梅は肉離れがよく、城陽特産の梅酒や和菓子の原料になり、小梅は歯ごたえのある味が好まれ梅干し用になる。梅干用の梅は、収穫後に塩漬けされ、8月上旬のもっとも暑い時期に三日三晩、日に干される。この天日干しも城陽の夏の風物詩。こうして夏の恵みを受けて、美味しい梅干しが仕上がるそうだ。

この梅林は生産用の梅林ではあるが、早春には歌に詠まれたように城州白、白加賀、オタフクダルマなどさまざまな品種の梅花が咲き乱れる。約1万本の梅の木のほとんどが白梅で、これらが満開になると非常に美しく、甘酸っぱい香りと共に人々の目に飛び込んでくるのは純白の羽二重を広げたような美しさと云われる。

コロナ禍以前には、この季節、2月下旬から3月中旬に掛けて、「春は城陽から」をキャッチフレーズとする梅まつりが行われていたのだが、残念ながら去年(2020年)も今年も中止。青谷梅林振興協議会の主催で1984年から毎年開催されており、京阪神の各地から毎年2万人もの観梅客が訪れ、春の風物詩として親しまれていたのだが・・・

うちも家族で来たことがある。期間中には生産梅林に自由に立ち入ることができるエリアも設けられ、梅製品や特産品、軽飲食の売店が並び、さらにコンサート、紙芝居、舞踊などさまざまな行事も行われていた。来年(2022年)は復活を祈りたい。

JR奈良線の山城青谷駅の北東に2㎞ほど。江戸時代から続く中天満神社や龍福寺がある中ノ郷地区(元々は中(なか)と云う村)の北側に梅林は広がる。この中地区の社寺のことは前に書いた。
https://4travel.jp/travelogue/11637498

途中寄り道しないと歩いて20分ほど。梅まつりが行われていれば、駅前から赤いのぼりが導いてくれるが、今年は当然それもない。我々はこの辺りは来たことがあるところなので、幸いに迷うこともなく3時頃梅林に到着。

梅林エリアは中ノ郷地区の北側、東の山に挟まれた部分に指を突き出したような形で、周回道路に囲まれている。ぐるっと回ると1.7㎞ほどある。北側の道の崖の上や折り返し部分の先、東側には砂利掘削場が見え隠れしいかにも城陽らしい。

この日は時計回りで30分ほど掛けて1周する。全体的な感じとして、ちょっと時期が遅かったかなあって感じ。西側の低い部分はそれなりに咲いてる感じだったが、谷の奥、高い方に進むと結構落下盛んだった。ただ、メインの白梅は少し時期が過ぎてたが、紅梅やピンクや白の枝垂れはなかなか綺麗だった。

南側の道の中間辺りの南側に特に鬱蒼としている林がある。樫の木などが茂るこの林は山の神まつりを行う聖なる林。山の神とは山の支配者・守護神で、また里に豊作をもたらす田の守護神でもある。この地域の山は土砂の多い地質で大雨の時、しはしば土砂流が里を襲った。

かつての人々は、それを山の神の怒りと受け止め、山と里との境界三ヶ所にある一の口、二の口、三の口で山の神を祀り、山の安全と豊かな暮らしを祈り続けてきた。ここはその三の口。一の口は、ここより600mほど南の場所に今もあるそうなので、市辺天満神社の北側辺りか? 500mほど北にあった二の口は、高度成長期の山砂利採取によって消滅したそうだ。

帰り道、駅方向に行かずに、中ノ郷地区を横切って南に抜けるが、この地区の南側の梅林もなかなか見事。こっちの方が時期があってたみたいで、民家の見事な紅梅やしだれ梅も見事だった(下記のアルバムの最後の3枚)。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.5370918122978168&type=1&l=223fe1adec


以上

  • 写真1 城陽東南部丘陵の砂利掘削エリア

    写真1 城陽東南部丘陵の砂利掘削エリア

  • 写真2 少し時期を過ぎた梅林の奥の方

    写真2 少し時期を過ぎた梅林の奥の方

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