2021/03/27 - 2021/03/27
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<塩飽本島(しわくほんじま)>港で自転車を借り(1日500円)、反時計回りに一周(13km)します。塩飽水軍の本拠地、その後は廻船業、海軍兵士と永年船乗りを輩出してきた島なので、海上安全を祈ってきた神社・寺の数が小さい島なのに集落ごとに在るのに驚きです。木烏(こがらす)神社。文化財の鳥居を入れて写真を撮るのを忘れてしまいました。芝居小屋は、江戸幕府の禁制から逃れるため納屋として作られました。板戸を開けて前に出すと舞台が出来ます。廻船で裕福な島だったので芝居の巡業がやってきていたのだと思います。当時の建物が現存していて文化財指定です。海は瀬戸内ですが、そこそこ綺麗なものです。わずかながら果樹栽培しているお宅も。夫婦蔵も廻船業者が江戸時代に建てたもので丸亀市の文化財に指定されています。
自転車をこいで笠島の伝統建築物保存地区に来ました。この保存地区は全国に123カ所あり、北野異人館通りや湯浅、富田林なども指定されています。笠島のメインストリートであるマッチョ通り。塩飽水軍の豪腕な水主たちが闊歩していたから付けられた名前ではなく(笑)、町通り→マッチョ通りとなまったようです。1590(天正18)年に豊臣秀吉から島民に塩飽の領知権が与えられたとき、年寄と称したトップ4家の一つ真木(さなぎ)邸が笠島まち並保存センターとして開放されており、入館しました。廻船で栄えた立派なお宅で、江戸時代の千両箱や人形が飾られていました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 交通手段
- 船 自家用車
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<児島港→塩飽本島(しわくほんじま)>船は児島港(岡山県)から出ています。児島港にある木造灯台は1863年に建てられたもので、市重要文化財に指定されています。
六口丸海運 乗り物
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船の利用者は車のナンバープレートを申し出れば、一日無料駐車が可能でした。
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船は瀬戸大橋をくぐり、30分で塩飽本島に着船しました。
本島 自然・景勝地
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戦国時代には塩飽水軍が活躍。そして江戸時代には海運で栄えました。今も歴史情緒あふれる町並みが見られるということで楽しみです。島の人口はこの20年で半分以下に減少して400人。「鶴瓶の家族に乾杯」のロケ地としては最適かなと思っていたら、船の待合室に写真が飾ってありました。
本島レンタサイクル 乗り物
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港で自転車を借り(1日500円)、反時計回りに一周(13km)します。塩飽水軍の本拠地、その後は廻船業、海軍兵士と永年船乗りを輩出してきた島なので、海上安全を祈ってきた神社・寺の数が小さい島なのに集落ごとに在るのに驚きです。写真は木烏(こがらす)神社。文化財の鳥居を入れて写真を撮るのを忘れてしまいました。
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写真は芝居小屋で、江戸幕府の禁制から逃れるため納屋として作られました。板戸を開けて前に出すと舞台が出来ます。廻船で裕福な島だったので芝居の巡業がやってきていたのだと思います。当時の建物が現存していて文化財指定です。
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海は瀬戸内ですが、そこそこ綺麗なものです。
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わずかながら果樹栽培しているお宅も(写真)。
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夫婦蔵(写真)も廻船業者が江戸時代に建てたもので丸亀市の文化財に指定されています。
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生ノ浜というバス停がありました。塩飽本島は丸亀市に属しており、市のコミュニティバスが1日5便やってきます(見かけましたが乗客はゼロでした)。
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バス停の前に廃校があり、中を覗いてみると内部は当時のまま残っていました。
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黒板の字は学校が現役の時のものではなく「機関車先生」実写版のロケが行われた17年前のもののようです。主人公の先生が学校を去るときに書いたメッセージです(写真)。
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主演の坂口憲二さんは今は芸能界を引退してカフェを始められているようです。
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北観音堂というお堂(写真)を眺めていたら、地元のおばあさんに「電気屋さんですか?ご苦労様です」と頭を下げられました。ある意味当たっているのですが、私の身なりを見て仕事を当てたのはさすが80年以上生きて来られただけあると納得してしまいました。
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塩飽本島は江戸時代から造船も盛んで船大工が活躍しました。三所神社です。
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この三所神社にも塩飽大工の彫刻の傑作が見られます(写真)。
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写真は民宿に飾られたキャラクター。
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微妙に違ったりして自作でしょうか?今は人口400人の島で、彫刻もキャラクターも見に来る人は少ないですが、トラックも鉄道も飛行機もない江戸時代は、この島が物流の中心で豊かだったため、立派な名工を輩出したとのことです。
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島の東岸に出ると写真のように瀬戸大橋(児島坂出ルート)を眺めることが出来ます。
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自転車をこいで笠島の伝統建築物保存地区に来ました。
笠島まち並保存地区 名所・史跡
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写真は笠島のメインストリートであるマッチョ通り。
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塩飽水軍の豪腕な水主たちが闊歩していたから付けられた名前ではなく(笑)、町通り→マッチョ通りとなまったようです。
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1590(天正18)年に豊臣秀吉から島民に塩飽の領知権が与えられたとき、年寄と称したトップ4家の一つ真木(さなぎ)邸が笠島まち並保存センターとして開放されており、入館しました。廻船で栄えた立派なお宅で、江戸時代の千両箱や人形が飾られていました(写真)。
笠島まちなみ保存センター(真木邸) 名所・史跡
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この保存地区は全国に123カ所あり、北野異人館通りや湯浅、富田林なども指定されています。
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勤番所(写真)は塩飽諸島の650人の船形を束ねた4人の年寄たちが交代で政務を執った場所です。
塩飽勤番所 名所・史跡
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土塀と長屋門で囲まれた敷地に本館や朱印蔵があり、信長・秀吉・家康から与えられた朱印状や海路図が展示(写真左下)されていました。40年前まで丸亀市役所支所として使われていました。
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標高110mの遠見山に登りました。瀬戸大橋(児島~坂出)の全景が眺められます。
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写真のお墓ですが、島では「両墓制」が浸透していました。骨を埋める「埋め墓」と家の近所に建てる「詣り墓」の二つに分かれます。手前に見えているのが「埋め墓」で、簡単な目印だけのお墓です。「両墓制」の解説によると、近畿では両墓制が広く普及していたが、火葬の普及により消滅し、今は離島の一部に残るのみらしいです。
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写真右下は瀬戸内国際芸術祭2013秋の参加作品「善根湯×版築プロジェクト」です。
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写真は長徳寺の巨大なモッコクの木です。
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瀬戸内の島は猫にとって居心地が良いのか、猫島になっている島があり、塩飽本島でも猫が可愛がられています。
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愛の鐘
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島には似つかわしくない巨大な建築。門を見ると天理教の大教会でした。1896年に天理教が伝えられたとのことですが、海運で裕福な島民、巨石に恵まれる塩飽諸島で信者を増やすことは戦略だったなのかなとも考えたりしました。天理教は北海道でも布教につとめ、天理大学のレポートによると、北海道は地元の大阪兵庫、人口密集地の東京に次いで4番目に天理教会の多い地区だそうです。施設内は「瀬戸大橋の眺めが綺麗なので是非登ってください」という案内もあり、開放されていたのでおじゃましてみました。
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港の写真。手前の児島港(岡山県)に向かう旅客船で帰ります。奥の大きな船は丸亀港(香川県)に向かうフェリーです。
本島汽船 乗り物
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